メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

短線小説『かならずよめ』

    An Absurdist Record / 䞍条理蚘録文曞

    膚匵ず収瞮田䞭ヒロシの蚘録、1962幎秋・東京荻窪

    蚘録者䞍明・発芋堎所荻窪四䞁目アパヌト二〇䞉号宀の床


    PROLOGUE — 序文にかえお

    これは田䞭ヒロシの蚘録である。
    ただし、どの田䞭ヒロシのものかは、刀然ずしない。

    田䞭ヒロシは䞉十䞀歳のずき、奇数時に膚匵するようになった。

    午前䞀時になるず䜓重が倍になった。
    午前二時になるず元に戻った。
    午前䞉時にたた倍になった。
    これが延々ず続いた。

    膚匵した状態では、知性も倍になった。
    収瞮するず、蚘憶の倧半が抜け萜ちた。

    医垫は「前䟋がない」ず蚀い、倧家は「倩井の修繕費を払え」ず蚀い、隣の鈎朚さんは「お颚呂の氎が二階から降っおくる」ず蚀った。
    ヒロシは「すみたせん」ず蚀った。

    ※ 本文曞は圓該アパヌトの䞀宀にお発芋された。
    ノヌト六冊、䟿箋䞉十二枚、電話垳の䜙癜、
    タバコの箱の裏面に及ぶ断片的蚘録より構成。

    蚘茉日時1962幎10月16日〜28日
    蚘録者の同䞀性確認䞍可

    1962幎の秋は、䞖界が終わりそうだった。
    田䞭ヒロシは、そのこずを知っおいた。
    ただし、二時間おきに、知らなくなった。


    キュヌバ危機の力孊的構造ず、スヌツの匕匵匷床に぀いお

    1962.10.16 — 01:00 — EXPANSION BEGINS
    ×2
    1962幎10月16日 午前1時 膚匵期・第䞀回

    膚匵が来た。

    い぀も通り、服が先に気づく。瞫い目が、音もなく、しかし確実に、癜旗を揚げる。

    今月で五着目だ。コヌト類を陀けば。
    知性が展開する。神経接続の密床が跳ね䞊がる。

    今この瞬間、私は東京の朚造アパヌトの二階で前屈みになりながら、キュヌバ海域における栞匟頭搭茉ミサむルの配備完了時期を蚈算しおいる。

    蚈算は自明だ。

    デヌタは短波ラゞオず各囜新聞の行間に十分に存圚する。
    問題は、私がそれを読めるのが今だけだずいうこずだ。

    ゜連・䞭距離匟道ミサむル掚定射皋  4,000km
    キュヌバ〜ワシントンD.C.      2,176km
    ∎ 射皋内。䜙裕をもっお。
    
    掚定発射準備完了  72時間以内誀差±6h
    私の次の膚匵たで  2時間

    ——これが問題の本質的非察称性である
    私にできるこずがある。論理的に、構造的に、そう刀断できる。
    ケネディ政暩はおそらく気づいおいる。フルシチョフは揺れおいる。

    揺れおいるずいうこずは、止たる可胜性があるずいうこずだ。
    誰かが、適切な経路で、適切な情報を届ければ。

    問題は私が荻窪の電噚屋の配達員であるこずだ。
    そしお、二時間埌にそれしかなくなるこずだ。

    急いでメモを曞く。次の私に向けお。できるだけ平易に。

    「賢い私が問題を発芋し、
    銬鹿な私が行動しなければならない。
    これより䞍条理な分業は、歎史䞊存圚しないず思う。」

    倩井に頭が届きそうだ。この廃墟みたいなアパヌトは倩井が䜎い。
    倧家に感謝するべきか怒るべきか、毎回刀断が分かれる。

    メモを曞き終えた。封筒に入れた。
    衚に「かならずよめ」ず曞いた。平仮名で。


    かならずよめ

    1962.10.16 — 02:00 — CONTRACTION
    ÷2
    1962幎10月16日 午前2時 収瞮期・第䞀回

    封筒があった。
    気が぀いたら、机の前にすわっおいた。
    「かならずよめ」ず曞いおあった。自分の字だ。

    䞭身を出した。

    【次のおれぞ】

    キュヌバに゜連のミサむルがある。䞉日以内に発射される。
    䞖界が終わる。

    圚日米囜倧䜿通に電話しろ。番号赀坂(33)0900
    「I have critical information about Soviet missiles in Cuba.」
    ず蚀え。玙に曞いお読めばいい。

    無芖するな。本圓のこずだ。
    おれが曞いた。おれを信じろ。
                倩才のおれより

    読んだ。䜕床か読んだ。

    「キュヌバ」は知っおいる。遠い島だ。
    「ミサむル」も知っおいる。でかい爆匟みたいなや぀だ。

    「䞖界が終わる」は、ちょっず倧げさな気がした。でも、自分が曞いたな
    ら、なんか理由があるんだろうず思った。

    英語の文章を玙に曞き写した。ゆっくり写した。
    「critical」の綎りに䞉回迷った。
    受話噚を取った。番号を回した。
    呌び出し音が、六回鳎った。
    英語で䜕か蚀われた。

    「  あ、えヌず」ずおれは蚀った。

    玙を読んだ。
    電話は、しばらくしお切れた。
    もう䞀床かけた。たた切れた。

    封筒の裏に「でんわした。きれた。」ず曞いた。
    それから「もう䞀回かける」ず曞いた。
    それから腹が枛ったので、台所に行っお冷や飯を食べた。


    「でんわした。きれた。」——
    この八文字に蟌められた情報量に぀いお

    1962.10.17 — 05:00 — EXPANSION
    ×2
    1962幎10月17日 午前5時 膚匵期・第二回

    封筒の裏の蚘録を読んだ。「でんわした。きれた。」。それだけだ。

    私はしばらくその八文字を眺めた。銬鹿な私が電話しお切られた、
    ずいうこずだ。圓然の結果だ。

    荻窪の配達員が倜䞭に倧䜿通ぞ電話しお「Soviet missiles」ず蚀っおも、それ自䜓が䞍審情報ずしお凊理される。

    問題は経路ではなく信憑性だ。

    信憑性を担保するには、情報の粟床ず具䜓性しかない。

    私の蚈算における掚定倀珟時点
    
    配備基地  サン・クリストバル近郊、二箇所以䞊
    ミサむル型匏R-12NATO呌称SS-4
    栞匟頭換算広島型の玄80倍基
    発射刀断暩限珟地叞什官ぞの䞀郚委譲の可胜性あり

    ——この粟床を「銬鹿な私」が電話で䌝えられるか

    無理だ。構造的に無理だ。

    では、どうするか。私は考えた。五秒で結論が出た。

    情報の粟床を䌝えるのではなく、情報を持った存圚ずしお察面させる。

    盎接行け。倧䜿通に。

    スヌツを着おいけ。信頌性の倖装は重芁だ。
    銬鹿な私でも、スヌツを着おいれば倚少の䜙裕が生たれる。

    新しいメモを曞いた。前回より䞉倍長い。
    できるだけ短くしようずしたが、できなかった。
    どこたで削っおも、䌝えなければならないこずが残った。

    「メモが長いず、銬鹿な私は読たない。メモが短いず、情報が足りない。
    これは解のない最適化問題である。」

    結局、A4䞉枚になった。
    䞀枚目に「ずにかく倧䜿通に行け」ず倧きく曞いた。
    二枚目ず䞉枚目は、読めなくおもいいず思っお曞いた。


    スヌツが出おきた

    1962.10.17 — 08:00 — CONTRACTION
    ÷2
    1962幎10月17日 午前8時 収瞮期・第二回

    起きたら、机にメモが䞉枚あった。

    䞀枚目に「ずにかく倧䜿通に行け」ず曞いおあった。

    二枚目ず䞉枚目は、むずかしかった。「R-12」ずか「栞匟頭換算」ずか曞いおあった。

    なんかすごいこずが曞いおある気はした。でも、なんのこずかはわからなかった。

    クロヌれットを開けたら、スヌツが出おいた。ハンガヌにかかっおいた。
    たぶん、さっきの自分が出しおおいたんだず思う。気がきく。

    着た。少し臭った。結婚匏に着たや぀だ。結婚匏は、䞉幎前だ。

     その埌、離婚した。スヌツは残った。

    メモを党郚ポケットに入れた。読めない玙も入れた。
    なんか倧事そうだったので。

    赀坂たで、電車で行った。朝の電車は混んでいた。
    スヌツを着たサラリヌマンがたくさんいた。
    おれもスヌツを着おいたので、なじんでいた。

    でも、おれだけポケットに栞匟頭の蚈算匏が入っおいた。

    倧䜿通の前に着いた。
    譊備員がいた。
    おれは深呌吞した。

    「あの」ずおれは蚀った。

    「ミサむルのこずで」

    譊備員は銖をかしげた。おれはポケットから玙を出した。
    むずかしい玙を出した。譊備員に枡した。譊備員は読んだ。眉をひそめた。

    無線機で䜕か蚀った。

    䞭に通された。なんかうたくいった気がした。

    でも、なんでうたくいったのかはわからなかった。


    応接宀、ずいう堎所の情報論的意矩に぀いお

    1962.10.17 — 09:00 — EXPANSION
    ×2
    1962幎10月17日 午前9時 膚匵期・第䞉回

    気づいたら応接宀にいた。
    向かいに男が二人。スヌツ。手垳。片方はタバコを吞っおいた。

    二人は驚いた様子だったが、すぐに調子を取り戻したようだった。

    「田䞭さん」ず䞀人が蚀った。日本語だったが、アクセントがあった。

    「先ほどの曞類は、どこで入手されたしたか」

    「曞きたした」ず私は蚀った。「自分で」

    沈黙。


    「職業は」
    「電噚屋の配達員です」

    たた沈黙。


    タバコの煙が倩井に向かった。
    私はその流れを芋ながら、気流の粘性係数を無意識に蚈算しおいた。

    やめた。

    今はそれより重芁なこずがある。

    私がこの堎で蚌明できるこず
     ① 蚈算の粟床怜蚌可胜
     ② 情報゜ヌスの論理的䞀貫性説明可胜
     ③ 発射タむムラむンの劥圓性反蚌可胜な圢で提瀺可胜
    
    私がこの堎で蚌明できないこず
     ① なぜ荻窪の配達員がこれを知っおいるか
     ② 二時間埌に自分がこれを忘れるこず


    「二時間埌に、私はこの䌚話を芚えおいないず思いたす」ず私は蚀った。

    男たちはたた顔を芋合わせた。

    「粟神的な問題を抱えおいらっしゃいたすか」ず片方が聞いた。

    「䜓質的な問題です」ず私は蚀った。

    「説明するず長いので、芁点だけ蚀いたす。時間がないのです。
    私の蚈算が正しいかどうかを確認しおください。
    正しければ、動いおください。私の玠性は関係ありたせん」

    䞉十分、話した。男たちは手垳にメモを取った。

    途䞭から、別の男が郚屋に入っおきた。さらに手垳にメモを取った。

    私が垰ろうずするず、䞀人が「たた来おください」ず蚀った。

    「来たすが、」ず私は蚀った。

    「次に来る私は、今の私ずは少し違うかもしれたせん。どうかその぀もりで」

    男は意味がわからなそうな顔をした。
    私も、うたい説明の方法がわからなかった。


    行った。枡した。垰った。

    1962.10.18 — 08:00 — CONTRACTION
    ÷2
    1962幎10月18日 午前8時 収瞮期・断片

    今日も行った。

    ポヌルさんがいた。玙を枡した。ポヌルさんはうなずいた。おれもうなずいた。なんでうなずいたのかはわからない。

    垰りの電車で、少し寝た。䞀駅で起きた。スヌツを着おいたので、倧䜿通に行く前だず思った。ポケットのメモを確認した。「垰れ」ず曞いおあった。

    垰った。


    別の人が出おきた

    1962.10.19 — 08:00 — CONTRACTION
    ÷2
    1962幎10月19日 午前8時 収瞮期・断片

    今日も行った。
    ポヌルさんはいなかった。別の人が出おきた。名前は聞かなかった。

    むずかしい玙を枡した。その人はうなずいた。「確認したす」ず蚀った。

    電車の䞭で、封筒の裏に「ポヌルさんじゃなかった」ず曞いた。

    座垭に座るず、二秒で意識が消える。

    しかし、䞀駅ごずに飛び起きる。

    自分がなぜスヌツを着おいるのか、なぜ赀坂ぞ行くのか、その郜床ポケットのメモを確認し、泣きそうになりながらたた目を閉じる。

    なんか、少し残念だった。理由はわからない。

    垰った。


    構造的な問題だ

    1962.10.20 — 05:00 — EXPANSION
    ×2
    1962幎10月20日 午前5時 膚匵期・断片

    膚匵期。

    昚日の収瞮期の私は、担圓者ではない人物にメモを枡したようだ。
    「ポヌルさんじゃなかった」ずだけ曞いおある。

    情報の連続性が損なわれた可胜性がある。
    経路の信頌性は、接觊する人間の䞀貫性に䟝存する。

    しかし、銬鹿な私が「ポヌルずいう名の男でなければ枡さない」ず適切に刀断できるずは思えない。

    これも構造的な問題だ。私が蚭蚈できない郚分が、垞に残る。

    今倜のメモに「ポヌル」ず倧きく曞いた。「この名前の人を呌んでもらえ」ず曞いた。うたくいくかはわからない。


    コヌヒヌが、先に来おいた

    1962.10.21 — 08:00 — CONTRACTION
    ÷2
    1962幎10月21日 午前8時 収瞮期・断片

    今日も行った。

    応接宀に通された。テヌブルの䞊に、コヌヒヌが二぀出おいた。おれが来る前から、あった気がした。聞かなかった。

    おれはコヌヒヌが少し苊手だ。でも、甚意されおいたので飲んだ。

    ポヌルさんに玙を枡した。ポヌルさんは読んだ。おれはコヌヒヌを飲んだ。なんか、い぀もず少し違う気がしたけど、䜕が違うのかはわからなかった。

    垰った。


    ケネディが挔説した倜の、確率論的考察

    1962.10.22 — 23:00 — EXPANSION
    ×2
    1962幎10月22日 午埌11時 膚匵期・蚘録番号䞍明

    ケネディが挔説した。海䞊封鎖を宣蚀した。

    私は短波ラゞオの前で、スヌツのたた正座しおいた。

    スヌツは今日で䞃着目だ。膚匵のたびに砎れる。砎れるたびに、銬鹿な私が「たたか」ずいう顔で新しいのを着る。銬鹿な私は几垳面だ。

    スヌツだけは補充し続けおいる。
    理由はわかっおいないはずだが、なぜか補充する。習慣ずは奇劙なものだ。

    珟時点の発射確率掚定ベむズ曎新埌
    
     10月18日時点  62%
     10月20日時点  71%
     10月22日時点  58%封鎖宣蚀により䞀時䜎䞋

    ただし、珟地叞什官ぞの暩限委譲が確認された堎合、
    この数倀は独立しお跳ね䞊がる可胜性がある。
    倉数が倚すぎる。蚈算が远い぀かない。

    ——はじめお、そう思った。

    ノヌトを芋た。この䞀週間の蚘録が積み䞊がっおいる。

    膚匵期の文字は现かく、びっしりず、数匏ず分析で埋たっおいる。

    収瞮期の文字は倧きく、ゆっくりず、時々ひらがなだけになる。
    収瞮期の私は毎日倧䜿通に行っおいる。蚘録によれば。

    行くたびに「たた来たした」ず蚀う。

    時々、担圓者のポヌルずいう男ず話す。䜕を話しおいるかは、メモに残っおいない。残す䜙裕がなかったのか、残すべき内容がなかったのか。

    「銬鹿な私は䜕かを䌝えおいる。
    䜕を䌝えおいるかは、私にもわからない。
    でも、行くこずをやめおいない。
    それだけは、確かだ。」

    私は今倜のうちに、新しいメモを曞かなければならない。
    発射確率が再䞊昇する条件ず、それを防ぐための具䜓的なアクションを。
    しかしどう曞いおも、銬鹿な私には半分しか䌝わらない。

    半分でいい、ず思いはじめおいる。半分䌝わっお、銬鹿な私がずにかく倧䜿通に行き続けるこずが、もしかしたら、䜕かを動かしおいるのかもしれない。

    もしかしたら、だが。


    ポヌルさんのこず

    1962.10.23 — 00:00 — CONTRACTION
    ÷2
    1962幎10月23日 午前0時 収瞮期・蚘録番号䞍明

    今日も倧䜿通に行った。

    ポヌルさんずいう人が、最近は毎回出おきおくれる。背が高い。髪が茶色い。日本語が少しうたくなっおきた気がする。おれのせいかもしれない。

    今日は、応接宀でコヌヒヌを出しおくれた。
    コヌヒヌは、おれが来る前から甚意されおいた気がした。
    聞かなかったけど。

    おれはコヌヒヌが少し苊手だが、ありがずうず蚀っお飲んだ。

    ポヌルさんは「田䞭さん、今日は䜕か」ず聞いた。

    ポケットのメモを出した。今日のメモは四枚あった。

    䞀枚目はひらがなで「ずにかく行け」ず曞いおあった。
    二枚目からはむずかしかった。ポヌルさんに党郚枡した。

    ポヌルさんはしばらく読んだ。


    䜕床かうなずいた。

    「これは」ず蚀っおから、少し黙った。「本囜に送りたす」ず蚀った。

    ※ この日の収瞮期ノヌトより

    「ポヌルさんはほんずうのこずをいっおるずおもう。
    なんずなくだけど。
    かおが、うそを぀いおるかおじゃない。
    ぀かれおるかおだった。おれずおなじ。」

    垰り際、ポヌルさんが「田䞭さんは、なぜ毎日来るんですか」ず聞いた。

    おれは少し考えた。

    「メモにそう曞いおあるので」ず蚀った。

    ポヌルさんは、笑ったのか笑わなかったのか、よくわからない顔をした。

    それから、少しのあいだ、窓の倖を芋た。
    おれには、ポヌルさんが䜕を考えおいるのかわからなかった。
    でも、考えおいるこずず、蚀えるこずが、違う人の顔だず思った。
    おれず同じかもしれない、ず思った。

    電車で垰った。
    スヌツが少し倧きかった。
    さっきたで䜓が倧きかったから、
    倧きいサむズを着おいたらしい。

    裟を匕きずりながら、荻窪たで垰った。


    発射確率、九十䞀パヌセント。
    あるいは、蚈算が正しくあっおほしくない倜に぀いお

    1962.10.27 — THE CLOSEST POINT
    
    最も危険な倜
    1962幎10月27日 午埌9時 膚匵期

    今倜は、はじめお、蚈算が間違っおいおほしいず思った。

    U-2偵察機が撃墜された。短波ラゞオがそれを䌝えた。
    私の蚈算では、これが「匕き金」に最も近いむベントだった。

    珟地叞什官の刀断が、本囜の制埡から離れはじめる。䞀床倖れた歯車は、止たらない。

    本日22:00時点・発射確率掚定91%
    
    残䜙時間掚定6〜18時間
    私が今の私でいられる時間あず玄1時間
    もう䞀人の私が動ける時間その埌2時間
    
    ∎ 銬鹿な私が動ける時間は存圚する
    ∎ 銬鹿な私に䜕ができるかは、わからない

    ノヌトを開いた。この十䞀日間の蚘録を、党郚読んだ。十四分かかった。

    銬鹿な私は、毎日倧䜿通に行っおいた。毎日メモを枡しおいた。

    毎日ポヌルずいう男ず話しおいた。䜕を話したかは曞いおいない。

    ただ「行った」「枡した」「垰った」だけが曞いおある。

    その単玔さが、今倜に限っお、奇劙に胞に刺さった。

    私は今倜のメモを曞いた。い぀もより短く曞いた。䞀枚にたずめた。

    「今倜が最埌かもしれない。
    だずしおも、銬鹿な私にできるこずしか、残っおいない。
    それで足りるかどうかは、もう蚈算しない。——いけ。」

    メモを封筒に入れた。衚に「あさ、ポヌルさんにでんわしろ」ず曞いた。

    平仮名で。

    番号も曞いた。

    倧きく曞いた。

    それから窓を開けた。

    荻窪の倜が広がっおいた。

    どこかで犬が吠えた。

    遠くで電車が走った。

    䞖界は、䜕も知らないような顔をしお、続いおいた。

    私は、䞖界が䜕も知らないこずを、
    今倜だけは、少しうらやたしいず思った。


    封筒ず、ラゞオず、冷や飯

    1962.10.28 — CONTRACTION — THE LAST MORNING
    ÷2
    1962幎10月28日 午前8時 収瞮期

    起きたら、封筒があった。

    「あさ、ポヌルさんにでんわしろ」ず曞いおあった。
    番号も曞いおあった。

    電話した。

    ポヌルさんは、䞉回目のコヌルで出た。

    「田䞭さん」ず蚀った。

    名前で呌ばれた。少しびっくりした。

    「あの」ずおれは蚀った。

    「その埌、どうですか」

    電話口で、少し間があった。

    「フルシチョフが、撀退を発衚したした」ずポヌルさんは蚀った。

    「今朝」

    おれは「そうですか」ず蚀った。

    「よかったですね」ず蚀った。

    「田䞭さんの  情報が、圹に立ちたした」ずポヌルさんは蚀った。

    少し間があった。


    「どの皋床かは、蚀えたせんが」

    ※ この日の収瞮期ノヌトより

    「ポヌルさんが、やくにたったずいった。
    どのおいどかはいえないけど、ずいった。
    そういうのが、いちばんしんじられるず思った。
    はっきりいう人は、だいたいうそを぀いおる。」

    電話を切った。ラゞオを぀けた。ニュヌスが流れおいた。゜連がキュヌバからミサむルを撀去する、ず蚀っおいた。アナりンサヌの声は、萜ち着いおいた。䞖界が終わりかけおいたこずを、知らないような声だった。

    台所に行っお、冷や飯を食べた。

    おいしかった。

    䞖界が続くず、飯がおいしい。

    圓たり前のこずだけど、
    今日はそれが、すごく圓たり前じゃない気がした。

    ノヌトを開いた。十䞀日分の蚘録がある。

    倩才の字ずおれの字が、亀互に䞊んでいる。
    倩才の字は読めないずころが倚い。

    おれの字は読めるけど、たいしたこずは曞いおいない。

    でも、なんか、これで䞀冊の本みたいだな、ず思った。

    読めない半分ず、読める半分で、できおる本。そういう本だず思った。


    蚘録の終わりに

    田䞭ヒロシのノヌトは、1962幎10月28日を最埌に、新しい蚘録が途絶えおいる。膚匵ず収瞮がその埌も続いたかどうかは䞍明だ。

    続いたずすれば、蚘録は別の堎所にあるか、あるいは誰かに読たれないたた捚おられたのかもしれない。

    圚日米囜倧䜿通の蚘録には、同時期に「日本人男性から耇数回にわたり提䟛された非公匏情報」ぞの蚀及がある。

    情報提䟛者の名前は蚘茉されおいない。「情報の粟床は異䟋であったが、情報源の信頌性評䟡に時間を芁した」ずある。

    〔収瞮期・最終蚘録より〕
    倩才のおれが䜕を考えおいたかは、もうわからない。
    でも、毎日封筒を残しおおいおくれたから、おれは毎日どこかに行けた。
    それで、よかったず思う。たぶん。

    荻窪四䞁目の朚造アパヌトは、1964幎の東京オリンピックに䌎う区画敎理で取り壊された。
    二〇䞉号宀の倩井には、補修の跡が耇数あったず、解䜓業者の蚘録にある。理由は蚘茉されおいない。


    END OF FILE / 蚘録終了
    発芋日時䞍明 発芋者䞍明
    文曞状態経幎劣化あり、䞀郚刀読䞍胜
    ——荻窪四䞁目・旧アパヌト解䜓蚘録附属文曞より

     
     
    プログラミングや人生で䜕床も挫折した男が、奜き勝手に語るnoteだ技術も映画も挫画もゲヌムもくだらないこずも党郚曞くぞ 気に入ったらフォロヌしおね Unityroomでも掻動しおいるぞ https://share.google/641wzH9qmBxTlwXdL

    あなたぞのおすすめ