バーチャル・インサニティ
大丈夫、大丈夫、大丈夫…、本番前に自分に言い聞かせる主人公。手のひらに「人」を書き、飲み込む主人公。平成初期ドラマのようなワンシーン。
大丈夫、大丈夫、大丈夫…というおまじないは、以外と大丈夫じゃない気がしている。今大切なのは本番の発表であり、試合であり、対話や商談そのものなのだ。あえて誤用するが、眼前の現実をおろそかにすると言う意味で「現を抜かす」という表現が合うかもしれない。
ひとつ単語を頭に浮かべると、その「言葉」と「それ以外」の二つに私の視界は分割される。この状態では、世界をそのまま受け取ることができない。「それ以外」を、主観が自動で否定するから。「A」と「NOT A」。この認識の仕組みと各人の頭中の辞書(言語感覚)の違いが、更に物事を複雑にし、ときに反発を生む。
コーチングのトレーニングを受けていた時期があり、そのときにコーチとしてクライアントと対話する時の「意識のレベル」というイメージを教わった。1から3まであり、簡単に言うと、1は自意識、2は眼前の相手、3は「対話の場」に意識が集中している状態というもの。
会話の中で「この人はなぜこんな事を言っているのだろう」「今日のご飯、なににしようかな」など考えてしまう。これはレベル1で、この記事冒頭の状態と同じく、頭の中に脳のコンピュータープログラム(日本語)がピピピピ…と走っている状態。多くの人が、最初これを抜けられず苦労する。
『創造工学』北川敏男 編(中央公論)では、脳の情報処理の経路として、「第1信号系」と「第2信号系」というモデルが提唱・紹介されている。第1信号系はイメージが優先する情報または記憶。第2信号系は、概念的な言葉が優先する情報・記憶だ。
「話していて思い出しちゃったんだけど~」、「~と言えばさ、」という連想は皆、毎日のようにやっている。頭の中のイメージや言葉をきっかけに、(視覚的または言語的情報によって)引っかかって浮かび上がる記憶がある。
音楽の歌詞と会話で使う言葉は発音が違う。歌詞は言葉と異なるアクセント、ピッチ(高さ)、スピード、リズムで歌われ、意味や字義や思考をすっとばして口から出てくる。上の成分が多く含まれる為、歌では詞が言葉としての意味を「半分」なしていない。
それと関係あるかどうかわからないが、日常生活で、鼻歌が口から出てきたが、肝心の歌詞が出てこないということが頻繁にある。でも、言葉の発音・アクセントのみがふと口をついてきて、その言葉自体(ワード)が出てこないという経験が私にはない。
音楽と言葉にまつわる不思議。
※この記事は、「話せるシェア本屋とまり木」の会報『とまり木瓦版』34号に寄稿した原稿をもとに、内容を加筆・修正したうえで再構成したものです。
