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【子育てエッセイ】売り切れたら気絶してやる

長い戦いだった…。

出口が見えず、どこに向かっているのかも分からなくなり、同じ場所をグルグルと回るかのような感覚は、まるでメリーゴーランドだ。


それが今日、ゴールを迎えた。


机に鎮座する四角いフォルム。

目の前にあることが信じられず、そっと触れた指先から、確かな実感がじんわりと滲み出してくる。

目の前の景色が一瞬歪んで見えた。

きっとこぼれ落ちそうになる涙のせいかもしれない。



「お渡しは10月の終わり頃になりますね〜。」


やっと決まったランドセル。

泣いても笑っても、もう後戻りはできない。



ラン活中、何件も店を巡った。その度に


「これがいい!」


「やっぱこれ!」


「もう飽きた〜。遊びいきたい〜。」


その日の夜にパンフレットやスマホで確認するも、実際に見て気に入ったランドセルでさえ、「違う!かわいくない!」と言う始末。


「やっぱり去年のモデルがいいんだね、この子は。」


泥沼化するラン活に妻も困り果てていた。


2025年モデルのランドセルに一目惚れした娘。

「もうないよ?」と伝えても諦めがつかない様子。


いっそ、お目当てのランドセルを背負う1年生の子に


「そのランドセル、新品と交換してください!」


と、頭を地面に擦り付けるか?と考えるまで私も思考が麻痺していた。



――そして、その日は唐突に訪れた。


土曜日の昼近く、仕事をしていた私のスマホに1件のLINEが届いた。


「これにするって。」と書かれた本文に画像が添付してあり、ランドセルを背負った娘が、満面の笑みでピースサインをしている。


(こ、このランドセルは!?)


そこに写っていたのは、その店限定モデル。

すでに色によっては品切れになっている品だ。


幸いお気に入りの色の展示品を背負っている事から品切れにはなっていないのだろう。

明日早速買いに行こうと心に決め、意識を仕事へと切り替えた。



――翌日。


開店と同時に突入したい気持ちを抑えながら、まず向かったのは銀行だった。


今回購入するランドセルは、その店の電子マネーで支払うとポイントが付く。

 チャージするのに現金が必要だ。


"どうせ買うなら少しでもお得に買いたい"


そんな私のささやかな抵抗が銀行へと向かわせた。

しかし娘にとっては事情など関係ない。


「早くしないと売り切れちゃう!」


後部座席から悲鳴にも似た声が飛ぶ。


「大丈夫だって」


「大丈夫じゃない!」


「まだあるから」


「なくなったらどうするの!?」


そして娘は高らかに宣言した。


「売り切れたら気絶してやる!」


……。

脅迫である。


しかも人生初のランドセル購入を人質に取った悪質なやつだ。

銀行で用事を済ませる数分間ですら、


「まだ?」

「急いで!」

「本当にある?」


と、背後からプレッシャーをかけ続けてくる。


そんなに言われると段々不安になってきた。

もし本当に売り切れていたらどうなる?


気絶する娘を抱えて帰ることになるのだろうか。


そんな不安を抱えながら店へ到着。

一直線にランドセル売り場へ向かう。


そして――あった。


昨日、娘が満面の笑みで背負っていたランドセルが。

娘は駆け寄ると再び背負い、鏡の前でくるりと回った。


「これにするー!」


昨日と同じ答えだった。

妻と顔を見合わせる。


何ヶ月も迷い続けた娘が、今日も同じランドセルを選んだ。

それだけで十分だった。

手続きを終え、店員さんから最後の説明を受ける。


「お渡しは10月の終わり頃になりますね」


長かったラン活が終わった瞬間だった。



帰り道。


後部座席の娘は上機嫌で鼻歌を歌っている。

まだランドセルは手元にない。

届くのは数ヶ月も先だ。

それなのに、もう一年生になった気分らしい。


ふとバックミラー越しにその姿を見る。

来年の春には、この小さな背中にランドセルを背負って小学校へ向かうのだろう。

ついこの間保育園に入園したと思っていたのに…。

そう思うと少しだけ胸が熱くなった。



……まあ、その前に無事買えてよかった。

正直なところ、今の私の感想はそれに尽きる。


なにせ売り切れたら、娘が気絶する予定だったのだから。


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