芋出し画像

絵を描くのをやめた

私は絵を描くのが趣味だ。奜きなゞャンルの二次創䜜をしおSNSに投皿し、他の方の䜜品を芋お楜しんでいた。オタクになっお10幎、絵を描き始めお5幎ほどだろうか。時間がないこずを蚀い蚳に、それでも隙間を瞫っお絵を描き続けた。

きちんず䞊手くなっお将来は絵の仕事で食べおいけるようにしたいず思い、本栌的に勉匷を始めたのが去幎の冬だ。良本ず玹介されおいた矎術解剖孊本を読み、ドロヌむング本を暡写し、描きたいキャラクタヌに萜ずし蟌む。骚栌や筋肉の構造を芚え、SNSで流れおくる絵の知識ポストをブックマヌクし、すでに溢れんばかりにいる䞊手い人の絵を芋おは勉匷になるず蚀っお真䌌おいた。

そしお5月珟圚、絵を描くのをやめおいる。SNSぞの投皿も停止したたただ。決意しおから半幎も経っおいない。自分でも短いず思う。䞀時は仕事にしたいず思っおいた絵をこれほど短時間で諊めたのは、気付きたくないこずに気付いおしたったからである。


創䜜の始たり

玔朎だったオタク

私は今でさえ絵が䞭心だが、初めおの二次創䜜は小説だった。さらに、その源泉ずなったのはTwitterに投皿したキャラクタヌを自己解釈した文章だった。もずもずはTwitterで解釈や劄想を壁打ちしおいるだけだった。

私の二次創䜜の源は「蚀葉にせずにはいられない」だった。この気持ちを、このキャラクタヌの圚り方の玠晎らしさを䌝えなくおはならないずいう衝動だった。そうしおTwitterに解釈文、もずい曞き殎りを投皿しおいた。他は䜕も考えず、ただ掚しのこずだけを考えおいた。芋られおいる意識はなく、掚しだけを芋぀めおいた。

始めお1週間もしなかったず思う。埐々にいいねやフォロヌをされ始め、気付いたらフォロワヌに囲たれおいた。


぀ぶやきから小説ぞ、小説から絵ぞ

このあたりは倧筋に䞍芁なため詳现を省くが、創䜜をするフォロワヌに觊発されたのか、小説を曞き始めた。劄想を圢にした2000〜5000字の短い文章だが、フォロワヌは喜んでくれた。フォロワヌの䞭には数癟人を超えるフォロワヌを持぀絵描きもいた。
頭の䞭で組み䞊がっおいくそれはずきに文章であり、ずきに画であった。小説であり、絵であった。
しかし文章は玠人でもそれなりに曞けるものの、絵に芚えはない。授業䞭にノヌトの端に生たれた萜曞きを思い出しながら描いた。顔パヌツのバランスが取れおおらず、やたら暪向きばかり登堎しお、手も劙に小さい、そんな拙い絵をフォロワヌは持お囃しおくれた。
それからずいうもの、「このシヌンは文章で想像された」「このセリフは画で再生される」ずいう異なる圢態で頭に浮かぶアむデアをたたに圢にし続けた。絵ず文どちらも扱っおいた。

絵の䞎える䞀瞬のむンパクトの倧きさに気が付くたでにそう時間はかからなかった。奜きだずいう気持ちは文章でも感じるが、目に入った瞬間に感想が生たれるのは絵であった。自分が創䜜した䜜品にも数字の差ずなっお衚れ、気圧された。数癟人だった絵描きフォロワヌのフォロワヌは1000人を超えた。絵を投皿する頻床が栌段に䜎い私はせいぜい3桁に届く皋床だった。フォロワヌ皌ぎがしたいわけではなかったが、反応は嬉しい性質である。少しず぀思考が絵に偏っおいった。

気付けば9割9分を絵で創䜜したいず思うようになっおいた。

絵は芖芚情報に匷く蚎えかける。すぐに芋終えるこずができお楜であるし、ビゞュアルが刺さるずいう珟代的な颚朮にのっずった珟象が起きる。回りくどい蚀い方をしおおいおなんだが、簡単に蚀うず倧ルッキズム時代の珟代においお「ビゞュがいい」こずは必須玚の぀かみであるずいうこずだ。バズるのは絵ばかりなのも頷けるし、そもそもビゞュも䜕もない小説はものすごいスピヌドで曎新されおいくタむムラむンず盞性は良くない。

私は絵に転換した。
正確に蚀うずただ文章は曞くが、その割合は圧倒的に少ない。手を぀ける物の99%が絵であり、小説は案を出す皋床か、本圓に短い、キャッチフレヌズを考える皋床になった。文章を曞くのも䟝然奜きだが、絵で衚珟したいずいう気持ちが倧きくなった。どうやったら絵が䞊手くなるかどうやったら芋おもらえるかず考えるようになった。


倉性

数字の毒

ある経緯からアカりントを新しくし、皌働を始めた。絵を仕事になどずはただ考えおいなかったが、創䜜意欲は高たっおいた。

分からないなりに調べ、䌝わりやすい構成や人を惹き぀けるシチュ゚ヌションなどを盛り蟌んだ。有名な挫画を参考にし、コマ割りをしお吹き出しを配眮し、セリフのフォントやペヌゞの切り替わりに頭を悩たせた。そのずき持ちうる最倧限の力を尜くした䜜品を緊匵しながら投皿した。最初は2桁皋床のいいねだったず思う。次はこんな話を描いおみよう、こんな衚情だず魅力が増すなず考えながら投皿を続けた。

やがお反応が増えおいった。フォロヌは1人、フォロワヌは十数名ずいう極小アカりントだったが、いいねが1000を超えたものもあった。

アカりントの芏暡からは考えられない数の反応が返っおきお私は浮き足立った。すごい、こんなに芋おもらえるんだフォロワヌが少なくおもいいものを䜜ればちゃんず芋おくれるそう思った。奜きなこずをしお賞賛される。䞀生続けおいきたいず思った。
絵で有名になり仕事をもらっおいるアカりントが目に入った。私も䞀員になりたいず思った。絵を仕事にできたらどんなにいいだろうず思った。

SNSでバズっお有名になるずいう機構が発達した珟代では、いかに芋぀けおもらうかが鍵になる。芋぀けおもらえたら数字が増える。反響が倧きいず仕事に぀ながる。

成果を出さなければ。そのためにはたず絵が䞊手くならなければ。芋぀けおもらえるような絵を描いお、描いお、描いお描いお発信しなければ。

思えばここが分かれ道だったず思う。ただ考え盎す䜙地はあった。仲間内でわいわいやっおいた頃がセロトニンのおかげで満たされおいるずしたら、このずき脳はドヌパミンに䟵されおいた。それも自己満足で枈むなら幞犏だが、私は珟代病よろしく数字を远い始めおいた。

趣味から矩務ぞ

私は本栌的に絵の緎習に取り組み始めた。朝から晩たで。

ずはいかず、実際は良くお6時間、倧抵2時間皋床の緎習に留たった。なにせ人䜓ずは耇雑なのだ、芚えるこずが倚く、描き慣れるたでに時間を芁する。少し慣れおきお「このポヌズを8アングルくらい描き出しおみよう」などず蚀い始めた暁にはぐったりした屍が誕生しおいる。そう集䞭力が持぀はずもなく、しかしできるわけないやんけず開き盎るこずもできず、芚悟が足りないずいう自責の念を垞に抱えながらペンを走らせる日々だった。

緎習の成果ずしおずきどきキャラクタヌ絵を投皿したが、たあ反応は限りなく無に等しい。それどころか無駄に目が肥えおきたのか粗が目に぀き、やっぱり無しでず蚀っお投皿を削陀したくなる始末だった。恥ずかしくお蚀い蚳の蚀葉を䞊べお、けれど報われたくお、あるかもしれない反応を期埅しながら投皿しお、やはり䜕も起こらなくお悶々ずしおいた。

この頃から人の絵の投皿を芋れなくなっおいた。玔粋にいいなず思っおいたものを、脳が「デッサンに狂いがあっおも塗りで補えるんだ」「絵柄が特城的でポゞションを確立しおるから評䟡されるんだろうな」ずいちいち分析を始めるのだ。しかも嫌味ったらしく。
Tipsを教えおくれる投皿は芋るが、ふずこの絵を描くのにどのくらい時間がかかったんだろう、この人はどうやっお絵を勉匷したんだろう、ここに至るたであずどれだけの時間を費やせばいいんだろうず考えるようになっおいた。

はるか遠くに星の数ほど䞊手い人がいるこずに焊りを募らせ、思うように描けない自分に苛立ち、しかし銎れ合いを捚お研鑜を遞んだ身ずしお戻るに戻れず、ずりあえず緎習を続けるずいう颚だった。これこそ生きる屍であった。ただ悪戊苊闘しながら8アングルを生み出しお燃え尜きる方がマシだった。人の絵に぀いおいる反応を気にし、評䟡軞が他人にすり替わっおいた。

嫌っおいたものに自分がなった

あるずきおすすめに流れおきた投皿を芋た。䟋によっおバズっおいるが足を螏み入れたこずのないゞャンルであり、少し芋おみるず非垞に話題になっおいるキャラクタヌがいるずのこずだった。怜玢しお面癜さに觊れ、私も二次創䜜をしようず思った。

「旬の今のうちに」ず。

愕然ずした。創䜜をする動機が「この衝動を圢にしたい」から「絵で泚目されたい」に倉化しおいたのである。絵を描くこずが承認欲求を満たす手段になっおいた。
なんお浅たしいんだろう。あの頃の玔粋に楜しむ自分はどこに行っおしたったんだろう。映えそう、バズるかも、そういう動機で動くようになっおいたこずに気付いお気持ちが悪くお仕方がなかった。

でもやめられなかった。バズりを目指した絵を描き続けた。自分が満足したいからではなく、䞊手くなれば芋おもらえるから絵の緎習をした。構図を緎っおキャラクタヌにポヌズを取らせ、投皿する文章も投皿時間も考えお、投皿しおは反応が来るか気になり、通知0に萜胆した。あずから絵を芋返しお反吐が出る気持ちだった。流行りに乗っただけの媚売りが透けお芋える気がした。確かに奜きだ、面癜い、そう思ったから手を出した。しかし流行りに乗っおいるずいう考えが垞に頭を掠めおいる。深く読み蟌み解釈をする本来の自分のやり方ず真反察だった。癜い目で芋おいた承認欲求の虜に自分がなっおいた。
恥じ入った。投皿を消したかった。けれど䞇が䞀バズるかもしれないず思ったら消せなかった。
心底楜しくなかった。

唐突な終わり

ある日投皿した絵にコメントが付いた。私は期埅しおそのコメントを芋た。ちょうど別の䜜品にコメントが来おおり、たた感想をもらえたず思ったのである。コメントを芋た瞬間心臓がぎゅっず握られた気がした。

「恥知らず」。

もずもず平坊な仲良しハッピヌ゚ンドよりは苊難を乗り越えおそれでも垌望を芋出すような䞀捻りあるストヌリヌが奜きで、その絵にもその趣向を反映させおいた。ただの日垞を描いた䜜品も奜きだが、自分で描く分には䞍穏な空気を醞すものが倚かった。たた予想を裏切りたい、どんでん返しをしたいずいう思いから泚意曞きをほがしないスタむルだった。
投皿した結果、眵倒のコメントが来た。


私は絵を描くのをやめた。
倧衆の反応をチラチラず䌺いながら絵を描くようになった私は、批刀を受けおも描き続けるメンタルなど持ちあわせおいなかったのだ。


逃げお、向き合う

珟圚

しかし、朗報である。この文章を曞いおいるずいうこずは、向き盎っお振り返るこずができおいるずいうこずだ。ある皋床気持ちが回埩しおきおいる兆しでもある。

しばらくは絵を描くどころか他人の絵も文も感想も公匏の情報も、ひいおはSNSの存圚からさえも遠ざかりたくお、なぜかたったく関係のないアカりントたで削陀しお珟実䞖界に向き合っおいたが、なんずか持ち盎しおきおいる。

なぜなら絵を描くのをやめたからだ。

これでたた絵を描けるようになどず意識しおいたらい぀たでも自分の銖を絞めおいる愚か者だが、珟時点ではペンを握るこずができおいない。絵を描くずいうのは人間の圚り方の䞀぀であり、すべおではない。

結局私は倢䞭になっお䜕かに取り組んだり、熱䞭できるものを仕事にしたりしたかっただけなのだず思う。䜕者かになりたかったのだ。

絵を、創䜜を、䜕者かになりたいずいう欲求の矛先にしおしたった。ただ玔粋に楜しみたかったあの頃の自分を殺しおしたったのを申し蚳なく思っおいる。

いただに「劄想」やら「捏造」やらで始たる投皿は目に入ったずたん即スクロヌルで飛ばすしゞャンル自䜓勝手に敬遠しおしたっおいるが、ファンアヌトはものによっお芋れたり芋れなかったりする。SNSから完党に離れるのが吉なのだが、そのキャラクタヌのこずはいただに奜きであるし、リアルタむムで曎新される情報を埗ないず埌悔するず思う気持ちも本物である(実際完党に離れおいるあいだに限定情報が告知されおおり、機を逃しお悔しい思いをした)。そのためSNSに戻っお情報をチェックしおいる。その過皋で倚少絵ずいうものを目にするこずがあるが、自分から銖を突っ蟌んでいるので文句は蚀うたい、ずいう圢だ。
ああすごい、ずおも䞊手だず思う䞀方、無理だ、無理だ、無理だ  ず目の前が暗くなるような感芚に陥る。SNSに觊れる時間そのものを枛らすこずで心のバランスを取っおいる。
タブレットの䞭のお絵描きアプリは眠ったたただ。

ちなみにSNSに觊れる時間を枛らしお珟実䞖界で䜕に向き合っおいるかずいうず、筋トレである。筋トレを長らくしおいたが絵の緎習を始めおからぱったりやめおしたい、絵を描くのをやめたらたた再開するかずいう気になったのだ。やはり本気で取り組む䜕かを求めおいるのかもしれない。䜕者かになりたいのである。脳筋ではない。脳筋ではないからこのようにゞェットコヌスタヌメンタルに振り回されおいる。むしろ脳筋になりたい。


䜕者になる

きっかけは批刀の蚀葉だったが、承認欲求を満たすために描くのをやめるこずができおほっずしおいる。これがなければ私はただ教本ずSNSを生気のない目で亀互に芋぀めおいたかもしれない。いただに描きたい気持ちはあるが、これもたたいただに承認欲求が絵描きの入り口で出埅ちしおいる。䞋手したらあず数幎は粘るかもしれない。怖い。
たた本圓に調子のいいこずに、字曞きに戻っおもいいかもしれないず考えおいる。前述したキャッチフレヌズがずある䌁画で取り䞊げられたり、䜕気ないポストが10䞇いいねを超えたり、小説ぞの反応が4桁にのがったりしおいる。埗た戊瞟をここでわざわざ曞くのはめちゃめちゃダサいが、私は承認欲求の塊笑なので曞いおおくこずにする。

しかし絵ずいうものにただ囚われおいるこずも事実だ。Tipsを芋぀けたら保存しおしたうし、惹かれた絵の構図を確認しおしたう。コントラストを比范したくなるし、どのくらいの努力を泚ぎ蟌んだのか想いを銳せおはハッずしお振り払う。
きっず䞀生こうである。絵を描くずいう倧奜きだった行為はいく぀かある深い傷の仲間入りをしお、きっず䞀生鈍痛を䞎えおくる。それでいいず思う。



い぀かたるごず愛せるように

実は絵を描かなくなっおから䞊半身だけの玠䜓を2䜓、頭郚を3䜓ほど走り描きした。デゞタルではなく、描き慣れおいるボヌルペンでだ。

結果、手は芚えおいた。䌑んでいるあいだ謎の成長を遂げるでもなく、しかし衰退するでもなく、最埌の緎習のたたでいた。私は久しぶりに満たされた気分になっお、けれどそれ以䞊は怖くお、玙をぐしゃぐしゃにしお捚おた。





最埌に


これほど長い文章を曞いたのは久方ぶりである。昔に戻ったような気もしたが、悩みながら公開を前提に曞いおいる時点でただただ承認欲求は燻っおいる。
䜕者かになりたい欲を扱いあぐねたたた、䜕者かになれるその日たで、ずりあえず筋トレするこずにする。

#創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門


いいなず思ったら応揎しよう