
ファンタズマ・アカデミー【第五章】 また明日ね!
1.
ラナが目を開けると、同じ顔をした三人がとがった八重歯を見せてニコニコしていた。
「…………?」
ラナはわけがわからずボーッとしている。ずっとベッドの上に寝かされていたようだ。
「やだ、忘れちゃいました? 私たちのこと」
「こっちがケル。あたしがベロ。そんでそっちが――」
「スーっス。大丈夫っス? ここは保健室っスよ」
ケル・ベロ・スーたち! なんで私保健室に? 確か、私……。
「このバカーッ!」
ケル・ベロ・スーを押しのけてラナの前にあらわれたのは、怒り爆発のスピネル。
「はじめに会ったときあたし言ったよね? 車道に飛び出しちゃダメだって。なんでいうこと聞かないのよ?」
スピネルの迫力にラナはたじたじ。
「えっと、飛ばされたシール追いかけるのに、つい一生けん命になっちゃって」
「そんなもののために、そこまでやらなくたっていいじゃない!」
そんなもの?
ズキン、とラナの胸が痛む。
スピネルにとっては、取るに足りないものかもしれないけど――。
「私にとっては大切なものだったから」
ラナは、はっきりと言い返したが、スピネルはますます不機嫌になって、「そういうところが気に入らないの!」
「ごめん……迷惑かけて」
今にも泣き出しそうに目をうるませてあやまるラナに、スピネルはいらだたしそうに言い放った。
「あたしのことホントに友だちって思ってるんだったら、この世から消えちゃうようなマネしないでって言ってんのよ!」
「えっ???」
目をパチクリさせているラナに、ナハトがほほえむ。
「きみのことを助けたのはスピネルなんだよ。きみの身体を石にして、事故の衝突から守ったんだ」
そうだ、あのとき私スピネルの目を見て、そのあと意識がなくなって。
ひとに迷惑かけちゃうから自分の能力は使いたくないって言ってたのに、私を助けるために?
「ありがとう、スピネル! 私もうムチャなことしないから!」
ラナはぎゅっとスピネルに抱きついた。
「ちょ、ちょっとやめてよ! あんたってオーバーね!」
恥ずかしさのあまり、今度はスピネルが石のように固まった。
「私たちもちょっとだけ活躍したんですよ」
自慢げに胸をはるケル・ベロ・スー。
「車のことは大丈夫だからね。ファンアカとケーサツに連絡して、パパッと一件落着☆」
「一件落着?」
ベロがサッと保健室の窓のカーテンを開けた。
外にはメタリックブルーの大きな車。ギョロッとした目玉のようなライトがラナのほうを向き、
「おじょうさん、交通ルールは守ってくださいね」
と、渋い声で言った。
「車がしゃべってる……!」
ポカーンと口を開けているラナに、ベロが説明する。
「このあたりの車はみーんな生きてんの。走り屋の魂が宿ってるんだよ。バンパーのところに傷がついたけど、応急キットで直る程度だから大丈夫だって」
すみませんでした! とラナは車に向かって頭を下げた。
「ラナちゃんのことは、ナハトくんがここまで運んできたっス」
スーがそう言うと、ナハトの青白い肌にポッと赤みがさした。
「いっつも物壊してばっかりだから、少しでも力になれてよかった」
「みんなどうもありがとう!」
2.
そのとき、ビュオオオオ! と黒くて冷たい風が吹いた。リサが目に涙を浮かべながらラナの手をギュッとにぎりしめている。
「ごごごごごめんネ……あなたのコト、アブナイめにあわせるツモリはなかっタノ。スピネルちゃんにバレそうになったカラ、オドロいちゃっただけナノ」
「バレそうになった?」
「これよ」
スピネルは、ラナにプリントシールを手渡した。
「あれっ?」
ラナは思わずプリントシールを二度見する。
ラナとスピネルふたりで撮ったはずなのに、写っているのはなんと七人。ふたりのそばでナハト、リサ、ケル・ベロ・スーがちゃっかりスマイルを浮かべてまぎれこんでいた。
「こいつら、姿隠してあたしたちのことずっとつけて来てたのよ」
スピネルがムスッと彼らをにらみつけた。
「だ、だって転入生がいきなり学校飛び出しちゃったのよ? 追わないわけにはいかないでしょう? ねぇ、みんな?」
ケルが残りの者たちに同意を求めた。
「僕、授業サボって出かけたのなんてはじめて。ドキドキしたけど、すっごく楽しかった。それにパフェってあんなにおいしいんだね! 知らなかったよ」
ナハトはスイーツに目覚めたらしい。
「みんなで転入生の見守り隊……キラキラジュエル・イリュージョンに、あまーいモンスターパフェ、思い出の記念撮影。まるで少女マンガの一ページに入りこんだみタイ。アオハル~♫」
うっとりと今日一日のできごとを思い返すリサ。
「ふっざけんな、元はといえばあんたたちがついて来なかったら、ラナもこんな危険な目に――!」
サングラスを外そうとするスピネルを、ちょっと待って! とラナが止めた。
「確かにこっそりついて来てたのにはビックリしちゃったけど、今日一日助けてくれてたんだよね? 私のこと」
通りの深い霧を吹き飛ばしてくれたのはリサの黒い風。スピネルのところまで案内してくれたのは、ケル・ベロ・スーたちの紫の目。私の身体がスピネルのところまで飛んで行ったのはナハトの超人的なパワーのおかげだったんだ。
思い返せば他にもいろいろ……みんな、私のことほんとうに心配してくれてたんだなぁ。
「よかったら、私たちとも仲良くしてよ。ラナちゃん、それとスピネル!」
ケル・ベロ・スーがブンブンッとモフモフの両手を振った。
「てゆーか、ラナだけじゃなく、なんであたしまで?」
意表をつかれたスピネルに、ナハトがささやきかける。
「きみがほんとうは優しいこと、ここにいるみんなはちゃんと分かってるから」
「うふふふふ、うふふふふ。ツンデレなのヨネ、スピネルちゃんハ」
黒い目玉焼きのような目をらんらんと輝かせるリサ。
「なんなのよ、もう。勝手にしなさいよっ!」
うろたえるスピネルを見て、ラナはうれしそう。
「あははは、スピネル、顔真っ赤! そういうところカワイイよね」
3.
「……ちょっと誰かひとり忘れていやしないかい?」
ラナの向かいのベッドから、恨めしそうな声が聞こえた。頭に包帯を巻いた少年が、紅茶のカップを片手にラナたちをにらんでいる。
「誰だっけ?」
大きく首をかしげるナハト。
「忘れてんじゃない! この天然バカ力!」
ケルが、そうだったとひらめく。
「そこにいるマッちゃんが石になったラナちゃんを元に戻したんですよ。魔法のお茶をふりかけてね」
「マッちゃんじゃない! グレイだグレイ!」
グレイはガチャン! とカップをソーサーに置いた。
「だって、マッドハッターだから『マッちゃん』っス。まちがってはないっス」
スーは、しれっとグレイのイラつきに追い打ちをかける。
「魔法のお茶っていろいろ使えるんだね。あたし、ナンパだけかと思ってた」
ふんふん、と感心するベロ。
「失礼な! お茶にはさまざまな種類と薬効があるんだ。奥深い世界なんだよ」
グレイはベッドから下りると、ラナにお茶の入った銀のカップを手渡した。
「あの、このお茶って――」
疑っているラナに、グレイはムッとしながらも、
「怪しいものじゃない。キミにふりかけた解呪のお茶だ。中身はダンデライオンに、シナモンとクローブとナツメグ、こんぺいとう一つ。飲むと気分が落ち着くよ。お茶はふりかけるよりも、やっぱり味わったほうが楽しいからね」
「ありがとう」
お茶のあたたかさと良い香りがほっこりとラナを包む。
「グレイ、ラナを元に戻してくれて助かったわ。あんたのことちょっと誤解してたみたいでごめん。これからは気をつけるわね」
スピネルがグレイにあやまると、グレイはフンッと笑い、
「分かりゃいいのさ、分かりゃ。これからはボクが何やってもいちいちとがめないでくれよ。ヘビ女はヘビ女らしく、日陰でおとなしくしておくんだな」
と、言い放った。
ギリッ、と強く歯を食いしばる音が聞こえたかと思うと、
「あんたのそういうところが気に入らないのよ!」
ほんの一瞬だった。スピネルがサングラスを外したとたん、カキン、とグレイの身体は石になった。
「わあーっ!」
ラナが大きな叫び声をあげる。スピネルはハッと我に返り、
「ごめん……やっぱりこわいわよね、こんな――」
ところがラナはスピネルそっちのけで、いそいそとベッドから下り、石になったグレイの身体をながめたり、コンコンッとたたいたりしている。
「ラナ? どうかしたの」
「これ、蛇紋石(ルビ・サーペンティン)だ!」
「なにそれ?」
不思議がっているナハトたちに、ラナはいきいきと説明する。
「ほら、この石像の表面見て。濃い緑色で、黒が混じっていてヘビの皮みたいな模様がついてるでしょ。だから蛇紋石(ルビ・サーペンティン)って呼ばれてるの。蛇紋石(ルビ・サーペンティン)って、危険なことから身を守るお守りの効果もあるんだよ」
4.
「そうナノ? この石像おウチに飾ろうかシラ。うふふふふご利益満テン~♪」
ぎゅーっとグレイの石像にしがみつくリサ。
「すごいね、スピネル! 見たものを蛇紋石(ルビ・サーペンティン)に変えられるなんて! カリナンさんの力もすごかったけど、スピネルもステキな力の持ち主だよ! 私も自分が蛇紋石(ルビ・サーペンティン)になったところ、写真に撮ってもらえばよかったな」
スピネルの身体からフッと力が抜けていく。
「ラナ、あんたって、ほんとうに……」
「スピネル?」
ラナがキョトンとスピネルを見つめる。
「あははははははっ!」
「どうしたの? スピネル。私、なんかおもしろいこと言ったっけ?」
ラナがたずねると、スピネルの笑いはますます止まらなくなった。
いったいどうして? と、首をかしげているラナの横で大笑いするスピネルの表情は、これまでファンアカのみんなが見たことがないほど幸せそうだった。
「ん?」
急にラナを含めて保健室にいるみんなの身体がふわっと宙に舞い上がる。
「わわわわ!」
そして、磁石で引きつけられたかのように、ギューンッ! と一か所に寄せ集められた。
「はいはーい。にぎやかにしてるところ申し訳ないけれど、私からは逃れられないわよ。悪い子ちゃんたち!」
ピンクのロングヘアをたなびかせて、にっこり笑っているのはシルク先生。ラナたちはシルク先生の長ーい手にからめ取られていた。
「よくも丸一日授業を抜け出したわね。転入生のラナさんまで」
「ご、ごめんなさい……」
宙ぶらりんにされた状態のままあやまるラナ。
「おまけにみーんなチョコレートの香りがプンプン。さぞかし甘ーいものでも食べてきたのかしら? いいわねぇー」
舌なめずりするシルク先生も見てケル・ベロ・スーは大パニック。
「先生許してー! 私たちを丸かじりしないでー!」
「シルク先生、僕たちのこと食べる気? というか食べれるんですか?」
どうするつもりなんだろう、とようすをうかがっているナハトと、
「分かんナイけど、バリバリの肉食女子って感じがすルワ」
ビクビクふるえているリサ。
「さーて、どうしてやろうかしら? と、言いたいところですけど」
ストン! とシルク先生の手がはなれ、ラナたちは地面におろされた。
「今回は大目に見てあげましょう。それがクロト校長のご指示です。そうですね、校長先生?」
シルク先生の腕には一匹の黒ネコが抱きしめられている。
「あ……!」
そのネコにラナは見覚えがあった。
黒ネコはラナと目が合うと、ぴょんっとシルク先生の腕から離れ、トコトコとラナのそばに近づいた。
「あなた、車掌さんね?」
黒ネコはニャア、と返事をすると、
「またお会いしましたね、ラナさん。そしてはじめまして。私が校長のクロトです。いかがでしたか? 本日の課外授業は?」
と、人間の言葉でたずねてきた。
5.
「課外……授業?」
「ええ。はじめて訪れた町の風景、そしてはじめて出会う友だちは、どんな教科書よりもたくさんのステキな経験をもたらしてくれます。今日一日で、あなたもいろいろなものを手に入れられたのではないでしょうか?」
たくさんのステキな経験……。
ラナはもう一度プリントシールを目の前に広げると、ぎゅっと胸に抱きしめた。
「はい、そのとおりです。校長先生!」
クロト校長は笑ったように目を細めると、
「それから、あなたも誰かにかけがえのない贈りものをもたらしていることを、どうぞ忘れないでください。あなたがここにいることで、誰かの願いがかなうことだってあるのですから」
チラッとスピネルのほうを向いた。
「う、うるさいっ!」
スピネルは、気まずそうにクロト校長に背を向ける。
「クロト校長、実は黒ネコだったんだ。僕とはじめて会ったときは妖精だったのに」
ナハトくんが意外そうにクロト校長をながめている。
「あら、私たちのときはテディベアの姿でしたけど。そうよね?」
ケルの言葉に、そう、そう、とうなずくベロとスー。
「クロト校長、世界的ポップスターじゃなかっタノ? 昔ゾンビのみんなといっしょにお墓でダンスしてくれたノニ」
心の底からガッカリしているリサ。
オッホンと、シルク先生がわざとらしくせきばらいを響かせる。
「目の前の姿がなんであれ、クロト校長がわが校の校長であることに変わりありません。いくらモフモフでかわいくても敬意を忘れてはダメよ。それから、今日は特別に許したけど、明日からは通常の授業だからね? みんなチコクしないで来るのよ。スピネルも、ラナさんも。ね?」
「そう、今日は終わってしまうけれど、みなさんの学校生活はこれからも続きます。明日も元気にファンアカに来てくださいね」
クロト校長がしっぽをピョイピョイッと振った。
「はーい、先生さよなら、また明日!」
また明日……。
その言葉がラナの心にあたたかく染みわたる。
この宝物みたいに特別だった一日も、明日になったら、なにげない昨日に変わるのかもしれない。でも、それでいいんだ。私の願いはまだかないはじめたばかり。明日も、あさっても、しあさっても、ずっとずっと新しい宝物を見つけていけたらいいな。スピネルや、ここにいるファンアカのみんなといっしょに。
6.
そして、次の日。ラナにとってはじめての授業が始まった。
シルク先生に引率されてやって来たのは、アビスシティのはずれにある「常夜の谷」。
ここは、ずっと夜のままでいつでもお月さまが顔を出しているのだという。
「はいっ、本日は夜空にゴーゴー! 飛行演習です。みんな、乗り物の準備はできてる?」
シルク先生が勢いよく空に向かって拳を振り上げた。
「これでいいのかな? これしか思いつかなくて」
ラナが手にしているのは家から持ってきたほうき。
「いいんじゃない。無難な感じで。ま、あたしはもっとスリリングなほうが好みだけどね」
スピネルは、お気に入りのスケボーを抱えている。
「あれっ? そのスケボーに貼ってあるのって――」
ラナはスピネルのスケボーにいっしょに撮ったプリントシールが貼られているのに気づいた。
「な、なによ。いいでしょ、一枚くらい好きに使っても!」
プリントシールなんてどうでもいいって感じだったのに、意外とスピネル気に入ってるのかも。私もほうきに貼ろうかな?
「わあ、ケル・ベロ・スーのそれなに? UFO?」
ラナは、彼女たちのそばに置いてある巨大な円盤に目が止まった。
「これ? ロボット掃除機です。ちょっと大きめですけどね」
と、ケル。
「これ寝そべりながら空飛べるから楽なんだよ」
ベロがうれしそうにパタパタと耳を動かす。
「ラナちゃんも次からこれにするといいっス。掃除もこっちのほうがパワフルっス」
ぜひ! と太鼓判を押すスー。
「みんないろんなもので空飛んだことがあるんだね。私にもできるかな……」
みんなとちがって、特殊な力なんてなんにも持ってないのに。
「僕たちも、空を飛ぶ力は持ってないんだ。いっしょにがんばろう」
不安そうなラナを、ナハトが勇気づける。
「それに、やったことがないことをやろうとしてるのはあんただけじゃないのよ。あっち見てみな」
スピネルが指さす先では、翼のある子や透きとおったオバケの子たちが、
「やだ、めんどーい」
と、ブツクサ言いながら千鳥足で歩いている。
「あそこにいるのは歩行演習組なの。みーんな地面なんて下りたことのないヤツばっかよ」
あっちはあっちで大変そうだな、とラナは思った。
「『常夜の谷』は、その土地じたいに魔力が宿っていルノ。なによりも『飛びタイ!』って、強く思うことが大事ナノ。そしたら、谷の神サマが力を授けてくれるノヨ。ロマンチックよネ」
ゾンビちゃんの用意した自転車の後部座席にはグレイが縛りつけられている。
「なにがロマンチックだ! 離せっ。この妄想腐女子!」
「うふふふふ、グレイさまとこの夜空で自転車デート。ドリーム~♫」
「そうそう。飛ぶことをためらっているそこのアナタも大丈夫! たちまちこの夜空に飛び立ちたくなっちゃうから」
シルク先生が断言する。
「え?」
どういう意味だろう、とラナが不思議に思っていると、
シュン! と夜空を一筋の光がかけぬけた。
7.
あれは……。
その光は、ひとつ、ふたつと増えていき、やがて夜空いちめんにまばゆい光の矢が放たれた。
「流星群だ!」
「そうなのー。キレイでしょ? みんながファンアカに来る前に食べたチョコレートは、この夜空から降る流れ星でできているのよ」
「先生、あのチョコもう少しおいしくならないのー?」
ケル・ベロ・スーがそろって不満をもらす。
「はじめ毒盛られたかと思ったわよ」
正直な意見を口にしたのはスピネル。
「僕、チョコ食べたのはじめてだったから、ずっとあんな複雑な味がするものだと思ってた」
ナハトは、くすんとしょげている。
「あっまーい! チョコじゃなくて、まずみなさんの考えが甘い! 願いごとっていうのは、ただじっとしているだけじゃかなわないの。いろいろ行動して、人生の酸いも甘いもかみ分けながら少しずつ願いをかなえていくのよ。あのチョコには夢や希望だけじゃなく、つらさや悲しみも含まれているの。でも、その複雑な味をきちんと飲みこんだあなたたちには、きっと自分の願いをかなえる力があるわ。それじゃあ飛行演習スタートするわよ!」
シルク先生はパチッとウインクしてみせた。
「せーの、えいっ!」
クラスのみんなが崖の先からふわりふわりと次々に空に浮かんでいく。
けれども、ラナはほうきにまたがったままじっとしたままだ。
「どうしたのよ、まだ迷ってるの?」
スケボーに乗ったスピネルがラナに声をかけた。
「うん、下見るとどうしても足がすくんじゃって」
目の前には深い深い谷底がぱっくり口を開けている。
「大丈夫よ。もし落っこちても、またあたしが石に変えたげるからケガはしないわ。だから安心して失敗しなさい♫」
スピネルはくくくっとおもしろそうに笑った。
「その笑い、さては失敗するの期待してるなー」
ラナが怒ると、スピネルはさらに笑って、
「ほらほら、もたもたしてると星がぜーんぶ流れ落ちちゃうわよ」
「星……そうだ! スピネルの願いごとってなんだったの?」
スピネルは、ガクッとスケボーからすべり落ちそうになった。
「な、なによ突然」
「そういえばまだ教えてもらってなかったと思って。よかったら、聞かせてよ。スピネルの願いごと」
すると、スピネルはラナから視線をそらしたまま、
「そーね、あんたがここから無事に飛ぶことができたら教えてあげてもいいけど?」
ほんとう? と、ラナの顔が明るくなる。
「じゃあ、私がんばる! もしスピネルの願いごとが分かったら、願いがかなうよう私も協力するからね!」
「……てゆーか、もうかなってるし」
ポツリとスピネルはつぶやいた。
8.
「えっ、なに?」
「なんでもない! さっさと行ってきな!」
スピネルは、ほうきに乗ったラナの背中をポンッと押し出すと、自分もスケボーで空中に飛んだ。
「わーっ!」
思いがけず空に放り出され、大パニックのラナ。
「ラナちゃん、がんばってー!」
ロボット掃除機の上で丸まって飛んでいるケル・ベロ・スーがラナにエールを送る。
「落ち着いて乗っていれば、大丈夫だから」
そのとなりでは、ナハトがちょこんとじゅうたんに腰かけている。
「はじめてのことをやるって勇気がいることだケド、一歩ふみ出せばパッと世界が広がるものなのヨネ。うふふふふ、アドベンチャ~♫」
「はっ、離せーっ!」
ほわわーんと自転車をこいでるリサと、死にものぐるいで逃げ出そうとしているグレイ。
ぎゅっと目をつぶったまま、ほうきにしがみついているラナの肩に、ふわっとあたたかい手がふれた。スピネルがにっこりとほほえんでいる。
「ほら、できたじゃん」
ラナは落ち着いてあたりを見まわした。キラキラと宝石のように輝く流れ星の群れと、自分を応援するクラスメイトたちの顔がそこにはあった。
「飛んでる。私、ほんとうに飛んでるんだ」
「どうせなら、月のほうまで飛んで行こうラナ。あんた、あたしの友だちでしょ? だったら、文句言わずについといで!」
と、ラナの手を引っぱり、さらに高くかけ上がった。
「うん!」
ラナはスピネルといっしょに、空のかなたまで飛んで行く。
そのようすを、流れ星たちがいつまでもやさしく見守っていた。
おわり