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ハワイ島の地震と、共に揺れるこころ

3週間ほど前、私が住んでいる地域は震度6程度の大きな地震に見舞われた。震源地からわずか6マイル(約10キロ)ほどの場所に暮らす我が家は、突き上げるような衝撃のあと、今まで体験したことのない揺れに襲われ、食器棚からは食器が、本棚からは本が降ってきた。

翌朝調べてみると、冷蔵庫が5センチ、ベッドが20センチほど移動しており、改めてその衝撃の大きさに驚いた。幸い、うちは新築で揺れも20秒ほどと短かったおかげで、深刻な被害はなかった。

ただ、知り合いのご近所さんの中には、石垣が崩れたり、基礎から家がズレ落ちてしまった人もいる。また、家から南に行った地域では水道が通っておらず、雨水を浄化して使っているのだが、そのタンクが壊れてしまって不自由な生活をされている方も多いそうだ。アメリカの中にいながら、発展途上国のような不便さも隣り合わせなのが、ハワイの生活のリアルだ。

ハワイ島に住んでいると火山の爆発に伴う地震はよく体験する。大抵は震度2くらいの揺れが数秒続くだけだ。ただ今回の地震は、地下のプレートが、ハワイ島という巨大な島の重さに耐えられず折れたことによるものだという。地底の深いところで、大きな再編成が起きているのだろう。今もまだ、余震が続いている。

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実は少し前、自分が人との関係において境界を守れていない、という衝撃の気づきがあった。知らず知らずのうちに、自分軸を手放しがちだったということにも、芋づる式に気づいていった。

仕事柄、自分のセラピーは常に受けてきたし、心を成長させることには人一倍熱心に取り組んできた自負があった。また権威に対してはしっかりと自分の意見が言えていたので、まさか自分に「自分軸がない」などとは思いもしなかったのだ。

だからこそ、できていなかった自分を知ったときの衝撃は大きかった。まさに、私を支えていた「自己像という名のプレート」が、音を立てて折れてしまったようだった。そして、その気づきが訪れたまさにそのタイミングで、あの大きな地震が起きた。

大きな地震と同じように、心の中の余震も続いた。自分軸という視点でこれまでの人生を振り返ってみれば、実にさまざまな場面でそれを取りこぼしていたことに気づく。他者に寄り添う職業を選んだのも、決して偶然ではなかったのだ。

様々な関係のなかで何か不和が起きそうになると、まず自分が折れるという選択をしてきたこと。仕事も家族のことも、責任感から必要以上に背負い込んできたこと。地殻変動のあとのように、隠されていた真実が次々と目の前に現れた。

だから、少しだけ自分の行動を変えてみることにした。

夫に対して、自分の意見を前よりしっかりと伝えてみた。noteなどの発信も、自分の気持ちが戻ってくるまで休むことを自分に許した。オンラインワークショップも、思い切って延期した。

今のところ、恐れていたことは起こっていない。夫は私の意見を以前よりもっと尊重してくれるようになったし、責任感だけで無理に開催するよりも、エネルギーが戻ってからやるワークショップの方が、私自身が楽しめそうだ。

それなのに、どこか落ち着かない。

*

昨晩、山鳴りのような音と振動を感じて、身体がギュッと身構えるのがわかった。幸い大きな揺れにはならなかったが、ちょうど3週間前のほぼ同じ時間帯だったこともあり、夫とともに恐怖の余韻を味わった。「早く終わってほしいね」と言い合いながら。

長年私を支えていた大きなプレートが割れたばかりだから、私の心も今、まだ揺れや迷いは続いている。

早く安定したい、とも思う。

でも、大きな地殻変動があったときは、落ち着くまでには時間がかかるのだ。

また訪れる小さな余震を感じながら、「焦らない、焦らない」と、自分の胸にそっと手を当てている。


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