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確かに真空にはエネルギー密度が無限大の量子揺らぎはあるが、そのエネルギーはコスト無しに採りだせない。

    Masahiro Hotta

    量子場の真空状態は、確かにエネルギーが零である状態ですが、それは「何もない状態」ではありません。各時空点での場の量子揺らぎは不可避に残り、その運動がもつ局所的な零点エネルギーも存在しています。エネルギーの平均値は零のまま、エネルギー密度の量子揺らぎは各点で無限大に発散しています。すると、このエネルギーを無料で採りだせるのではないかと考える人も出てきますが、世の中はそううまく行きません。局所的操作だけである領域の真空からそのエネルギーを取り出せないことは、簡単な議論からわかります。もし仮に局所的操作で正のエネルギーを真空から採りだせたら、その後の量子場の状態の全体のエネルギーは負になります。ところが量子場の全体のエネルギーは常に非負です。ですから、この非負性と矛盾するために、局所的操作である領域から量子場の真空のエネルギーを外に採りだすことはできないのです。

    たしかにエネルギー密度の量子揺らぎは真空でも存在するのですが、そのエネルギーを外に採りだすには、他の場所にエネルギーを先に注入しておく必要があるのです。それを具体化したのが、量子エネルギーテレポーテーション(Quantum Energy Teleportation, QET)です。

    今回は、そのQETの基礎にもなっている、零点エネルギーの存在を改めて解説しておきましょう。

    簡単のため、最初は量子場ではなく、離散的な量子スピン鎖モデルの基底状態におけるエネルギー密度の量子揺らぎを考察してみます。まず全体系のエネルギーを意味する、ハミルトニアンHの最低固有値をもつ固有状態としての基底状態|Ω〉を考えます。

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    (1)式

    一般相対性理論を考えない限り、物理に効いてくるのは、エネルギーの値そのものではなく、エネルギー差です。ですからエネルギーの原点は人間の都合で勝手に決められます。そこで一般性を失うことなく、最低エネルギー固有値を零にすることができます。

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    (2)式

    このスピン鎖系の場所nには、準局所的なエネルギー密度が与えられており、そのエネルギー密度の和が全体のハミルトニアンHを与えます。

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    (3)式

    このエネルギー密度演算子は近接相互作用モデルでは下記の形に書けます。

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    (4)式

    このエネルギー密度に対する基底状態での量子揺らぎは、下記の平均2乗誤差で表現されます。

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    (5)式

    もしこの揺らぎが消えるのであれば、必ず

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    (6)式

    が成り立ちます。すなわち基底状態はエネルギー密度演算子の固有状態にもなっています。

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    (7)式

    ここで量子力学で一般に成り立つロバートソンの不等式を考えます。

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    (8)式

    エネルギー密度演算子は、一般には近接するサイトにおいて非可換性があります。この非可換性のために、(8)式の右辺は一般には消えません。すると基底状態のエネルギー密度の揺らぎは、特別な微調整をモデルにしない限り、零にはなりません。全体のエネルギーの値が1つに固定された、ハミルトニアンの固有状態であるにも関わらずです。このように、エネルギー密度の揺らぎは、実際に各点で残り得るのです。

    ここで重要な定理があります。エネルギー密度演算子は、多くの場合に負の固有値を持つという定理です。この証明は次の私の論文にあります。

    まず一般性を壊さずに、エネルギー密度の値の原点を

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    (9)式

    とできます。この設定において、もしある局所演算子Oが存在し、その演算子とエネルギー密度演算子との2点関数が零ではないとします。

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    (10)式

    すると、エネルギー密度演算子は、基底状態をその固有状態にすることができません。もし固有状態であるのならば、その固有値は期待値と同じ零であるべきで、そうすると下記のように2点関数も零になるべきだからです。

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    (11)式

    背理法によって、(10)式を満たす基底状態は、エネルギー密度演算子の固有状態ではありません。しかしエネルギー密度演算子のその基底状態での期待値は零になっているのです。これはエネルギー密度演算子の固有値のいくつかが、必ず負になっていることを意味します。

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    (12)式

    つまり、基底状態において平均値としては零であるエネルギー密度の値を、物理操作で更に小さくできる可能性があるのです。仮にこれが出来てしまえば、局所的なエネルギー保存則から、正のエネルギーが外部に放出されることになります。つまり、確かに使えそうなエネルギーが、基底状態に残っていたのです。これは場の量子論における基底状態、つまり真空状態でも同じ状況です。

    たとえば1次元空間の質量零の自由スカラー場を考えます。そのエネルギー密度は

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    (13)式

    で与えられますが、もっと正確には全体の零点振動の寄与を引いた

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    (14)式

    で、その演算子は定義されます。この引き算のおかげで、真空でもエネルギー密度の期待値は零になっています。

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    (15)式

    この演算子を用いたエネルギー密度演算子の真空での2点関数は消えない定数Cを用いて、

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    (16)式

    と計算されます。この相関関数で2つの点を一致させると、エネルギー密度の量子揺らぎが発散していることもわかります。

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    (17)式

    ですから量子場の真空状態において、確かにエネルギー密度の量子揺らぎが無限大になっています。エネルギー密度の真空での期待値が、零のままにも関わらずです。

    しかし、既に強調したように、全体のエネルギーは非負にしておく必要があるのです。ですから、真空において無限大に発散している、この量子場のエネルギー密度の揺らぎからエネルギーを、無料で外部に採りだすことはできません。QETでは、これを他の領域での量子揺らぎの測定のエネルギーコストで代用します。

    このQETは2つの実験で独立に検証されており、その実験グループが書いた、下記のレビュー記事がCanadian Journal of Physicsから出版されています。ご参考になさってください。

    "A review of applications of quantum energy teleportation: from experimental tests to thermodynamics and spacetime engineering", Boris Ragula and Eduardo Martín-Martínez,
    https://cdnsciencepub.com/doi/10.1139/cjp-2025-0128

    "Quantum energy in quantum computers: insights from quantum energy teleportation", Kazuki Ikeda.

    https://cdnsciencepub.com/doi/10.1139/cjp-2025-0120



     
     
     
    量子情報物理学の研究者です。著書に『入門現代の量子力学 -量子情報・量子測定を中心として-』(講談社サイエンティフィク)『量子情報と時空の物理』(サイエンス社)。質問はMONDで。(https://mond.how/ja/hottaqu)Twitter: @hottaqu

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