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Photo bypekopekofrog

相対論には、無限に硬い物体はない。

    Masahiro Hotta

    相対論では、物理的な影響は光速度より速く届かないことが知られています。これは割と世間でも有名なことだと思いますが、このことから導かれること、つまり無限に硬い物体、つまり理想剛体は実在できないという事実はあまり知られていないようです。

    科学哲学者のコミュニティでも、この理想剛体の不存在はあまり知られていないのか、量子力学の観測と絡んだある「パラドックス」を強調して、物理学者たちを国際会議で批判する科学哲学の人も目にしました。

    その人は講演で「ソーキンのパラドックス」を取り上げて、これは深刻な量子力学の観測問題であり、量子力学の破綻を隠そうとしている物理学者のスキャンダルだと発言したのです。

    ところが、その講演を聞いていると、その人が相対論をよく理解していないための単なる勘違いだと、聴衆の物理学者たちにはわかりました。

    きちんと基礎から物理を学ぼうとする科学哲学者や哲学徒は最近増えてきているのですが、一方で基本的な物理の理解しようとせずに、表面的に物理学を論じる科学哲学者の人もまだ居て、物理学者たちは困惑をしています。

    この人も、講演の中で「理想剛体」を暗に仮定をしていたのが間違いの原因だったのです。たとえば理想剛体の存在を許せば、簡単に光速度を超えた物理的影響の伝搬がでてきます。図1のように、棒状の理想剛体の左端をトンカチで叩けば、無限に硬いために縮めないその剛体は、その形状のまま右方向に移動をします。特にその剛体の右端は左でトンカチが剛体を叩いた瞬間に動き出します。

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    図1:理想剛体をトンカチで叩く

    すると確かに光速度を越えた影響が右端に現れています。しかし、相対論はこのような物理的影響の伝搬を禁止をするため、上の状況を実現する理想剛体は存在しないという結論が得られるのです。

    トンカチで硬い棒の左端を叩いて起きることは、その棒がトンカチの力で圧縮することです。もちろんのその圧縮の力は徐々に左から右に伝わりますが、この速度は光速度を越えません。図2では、トンカチで叩かれたその硬い棒の右端はまだ全く動いていない状況が描かれています。

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    図2:圧縮する棒

    量子測定における「ソーキンのパラドックス」でも、結局理想剛体でできている測定機を考えたために起きた間違いに過ぎません。

    また理想剛体でなくても、似た間違いを起こしやすい例として、荷電粒子のクーロン場があります。電荷qを持つ荷電粒子の周りには球対称な正電場、つまりクーロン電場や、図3のような、そのクーロンポテンシャルが張り付いています。

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    図3:静止している荷電粒子のクーロンポテンシャル

    ここで、荷電粒子に急に力を加えて加速します。非相対論的な議論になじんでいると、図4のように、その粒子に張り付いた電場全体も一斉に動くと勘違いする方も、たまにいます。

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    図4:間違ったクーロンポテンシャル

    ところが相対論の因果律があるため、これも間違いです。粒子が動き出したせいで起きるクーロンポテンシャルの影響も光速度を越えては伝わりません。実際には図5のように、徐々に粒子近傍のポテンシャルが歪みはじめるだけです。光速度ではまだ到達できない空間領域のポテンシャルの形は、粒子が止まっているときと同じままです。

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    図5:実際のクーロンポテンシャル

    時間とともに、だんだんと粒子が動いている影響がポテンシャルにも現れてくるだけなのです。

    物性物理学では、光速度無限大極限の非相対論的なモデルで議論をするのですが、その場合でもこのような相対論的な因果律が本当に効かないかどうかのチェックも大事になります。これを怠って変な主張をしてしまわないように、物理学徒は注意が必要です。




     
     
     
    量子情報物理学の研究者です。著書に『入門現代の量子力学 -量子情報・量子測定を中心として-』(講談社サイエンティフィク)『量子情報と時空の物理』(サイエンス社)。質問はMONDで。(https://mond.how/ja/hottaqu)Twitter: @hottaqu

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