💌串呂の活用法-串呂で子供の進路を占った我が家の経験・串呂で新都を建設した吉野朝宮廷
🎀串呂哲学研究ノート 第419号
1、串呂で子供の進路を占った我が家の経験
(1)串呂は地文で占う方位学である。
🌷平安時代の貴族たちには、「方違え」と呼ばれる習慣がありました。彼らは方位学(方角)を重んじていたのです。
しかし、同じ方角でも、日時によって方位の吉凶が変化するので煩わしい上に、緊急時には即応できないために廃れてしまいました。

【参照】『方違え- Wikipedia』
方違え(かたたがえ、かたちがえ)とは、陰陽道に基づいて平安時代以降に行われていた風習のひとつ。方忌み(かたいみ)とも言う。外出や造作、宮中の政、戦の開始などの際、その方角の吉凶を占い、その方角が悪いといったん別の方向に出かけ、目的地の方角が悪い方角にならないようにした。
🌷その点、串呂は地文で占う方位学であり、日時によって地文が変化する事が少なく、一度解明しておけば、長期間有効であります。
(2)串呂で子供の進路を占った我が家の経験
🌷私は、子供の高校進学時に京都市を中心とした国土地理院発行の5万分の1の地図をつなぎ合わせ、串線する地文から吉凶を占い、受験校を選んでやりましたが、その占いの結果は的確でした。
現住所を起点として、志望校の所在地とを結び、その線上に位置する地文を読んで、どちらの高校に進学したほうが本人の為になるかを占ったのです。
🌷当時、京都市の高校受験は、まず進学校への入学希望者を対象とした推薦入試にチャレンジする事になっていて、中学校の進路指導で受験校が二校に絞られ、子供は、どちらの高校を受験したら良いか迷っていました。
私は、串呂で地文を調べた結果、どの高校に進学したほうが良いか、吉凶が明らかでしたので、妻と子供には第二志望の高校を受験するよう厳命しました。
串呂に基づく私の進路指導を無視し、担任の先生の指導に従い第一志望の高校を受験した子供は、高校受験に失敗(不合格)したばかりか、志望校に進学できなかったので勉強する気を失い、惨憺たる高校時代を過ごし、誰でも入学できる私立の専門学校に進学しました。😭😭😭
上の子供の前例に学び、串呂に基づく進路指導に素直に従った次の子供は、高卒後、国立大学に進学し修士課程を修了して社会人として活躍しています。😍🥰🤩🍀🌺🌈
高校受験に失敗した子供には気の毒でしたが、天地神明・串呂主宰神が、串呂による進路指導が的確である事を教えて下さったものと感謝しています。
(3)串呂は就職や縁談、病院や介護施設選択にも活用できる
🌷上記の「串呂は地文で占う方位学である!」という私の経験からすれば、就職先を選ぶのにも、また結婚相手を選ぶのにも、病院や介護施設を選ぶのにも、串呂による占いが活用できるものと思います。
「源氏物語」には、主人公の「光源氏」が生まれた時、彼は皇族としてより臣下として生きる方が良い(天命である)と占ったと書かれています。当時の貴族たちは新生児の進路を占ったのです。
串呂で新生児の進路を占うことが出来るのか?ですが、出生地と名前を表わす地文を結ぶ串呂を調べれば、占うことは出来ると思います。串呂による進路占いに習熟して的確なる答えが出せるようになれば、世を役する事多大であります。
この分野の串呂研究は、未開拓の分野でありますが、串呂を活用して人々を幸福に導く分野でありますので、今後、研究して行きたいと考えています。
(4)串呂は未来を予知することが出来る
串呂が先か現実が先かという問題については、「串呂が先である」と考えています。三浦芳聖師は、口癖のように「串呂の通りになった!」と仰っておられました。
私は、昭和44年(1969年)、三浦芳聖師から下記の串呂を示され、私の将来を予告されたことを記憶しています。
三浦芳聖師は、「この串呂の通りになるだろう!」と仰られたのです!

🌷私は、三浦芳聖師の帰幽後、普通の社会人として生活して来ただけですが、気がついたら、串呂哲学研究家になって、神風串呂セミナーの講師になっていました。
串呂の解読法に習熟すれば、串呂で将来を予知することが出来るということです。国家民族の将来をはじめ、企業の将来や個人の将来も予知できると思います。
【参照】
💟大成の御弟子とならん!新串呂解明27-平坂町鈴木家の串呂公開7
(5)WEB地図のお蔭で串呂の解明が容易になった!
この半世紀の世の中の進歩・発展には驚くべきものがあります。串呂の世界では有難いことに、オンラインでWEB地図を使用することで串呂の解明が容易に出来るようになりました。
しかも地図を拡大することで、個人の家屋敷や小さな施設まで特定することが出来るようになりました。天地神明・串呂主宰神・天照大御神のお蔭であると心から感謝しています。

2、串呂で新都を建設した吉野朝宮廷
🌷三河吉野朝の研究者「山口保吉先生」の著書「三河吉野朝の研究」「芳花鶴水園の聖地」によれば、延元4年(1339年)8月16日、後醍醐天皇崩御後、義良親王が奈良の吉野朝で践祚すると、南朝宮廷は、延元5年(1340年)4月28日、興国と改元し、三州宝飯郡御津府(愛知県豊川市御津町)に新都を建設することを決定しました。
🌷新都を建設するに当たり、南朝宮廷は、下記の串呂図のように、⛩️熊野本宮大社と⛩️皇大神宮内宮とを結んだ延長線上の蒲郡市大塚町に⛩️廟社神明宮(⛩️大塚神明社)を建立し、その東方の「御津町一帯」(愛知県豊川市)を新都としたのです。
⛩️熊野本宮大社-⛩️皇大神宮内宮-⛩️廟社神明宮-⛰️三河本宮山
【参照】
三河吉野朝 - Wikipedia
山口保吉 - Wikipedia

大塚とは天皇の墓(御陵)を表わす言葉で、これについては既に下記で詳述しましたが、上記の串呂では、後醍醐天皇副陵・天皇山(蒲郡市相良町)を建立したことに由来する地名だそうです。
💟妙覚塚 皇陵説 立証!新串呂解明9-⛰️天母山と⛩️天母妙覚之大神との神風串呂
下記の串呂図の縮尺を20万分の1に縮めると、⛩️大塚神明社の真上を串呂しています。
⛩️大塚神明社は、三河吉野朝の神廟として建立された廟社ですが、大塚町の地名からは、後醍醐天皇を隠祀したものと思われます。
⛩️大塚神明社は、三河吉野朝の西の守りとして建立されたもので、その東方1.6キロの位置に「大塚町大門」という地名が有ります。三河吉野朝の西の入り口だったと思われます。

こうして、串呂で新都建設の場所を選定したため、その後、三河吉野朝は、延元5年(1340年)4月28日から明徳3年(1392年/明徳の和約)までの半世紀以上もの長期間にわたって存続できたばかりでなく、その嫡皇孫が現存しているのであります。
このような経緯を見れば、串呂で進路を選ぶことが如何に重要であるかが分かります。
【参照】三河吉野朝の詳細は下記を参照下さい。
南朝正統皇位継承論5-三河吉野朝の伝説
南朝正統皇位継承論6-三河吉野朝の伝説2(新都・御津府)
🟡神風串呂を学びましょう!
🟣情報拡散のお願い
神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。
🌷この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師が解明した神風串呂の紹介記事です。
三浦芳聖師が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。
🌷串呂主宰神 天照大御神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の皇統を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。
ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!
2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。
🌷神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!
神風串呂の主宰神は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。
一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。
🟡祈り
全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします!
出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。
著者 鈴木超世志のプロフィール
中学一年満13才の時、神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師に師事し爾来60年間、
串呂哲学(神風串呂)を研究して来た老学徒。1950年愛知県生れ74才。
串呂哲学研究家。串呂哲学研究会代表。神社本庁神主、元高校教諭。
著 書
「神風串呂入門」
「ここまで解った元伊勢伝承」
「開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道」
「天照大御神の子育て 御子 三浦芳聖 の教導録 青春編」
など多数
ブログ
串呂哲学研究ノート
*******************
🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
*******************
いいなと思ったら応援しよう!
串呂哲学研究ノートは、読者の皆様方の財政的ご支援により活動が維持されています。理解しやすい記事作成のために諸般の費用が掛かります。今一層のご支援のほど、何卒よろしくお願いいたします。読者の皆様方のご支援に感謝しています!