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💟串呂の人柱を志願した英霊に捧ぐ

    串呂哲学研究ノート

    💌串呂地文を構築するために尊い人柱となる事を志願した英霊達に、深く厚く感謝申し上げ、その偉大なる勇気を讃えます!

    1、人柱についての理解不足を恥ず

    いまから十年以上前のことになりますが、下記の串呂をより深く研究する為に、昭和43年(1968年)8月18日未明に発生した「飛騨川バス転落事故」に関する資料(新聞記事)を求めて地元の図書館へ参りました。

    🟢死亡者104名「飛騨川バス転落事故の神風串呂」

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    (三浦芳聖著『飛騨川バス転落事故の神風串呂』1968年9月)

    幸い事故発生当時の新聞が「マイクロフィルム」で保存してあり、関連記事をコピーして帰り、時間を掛けて精読してみました。

    その結果、「飛騨川バス転落事故」は、単に串呂起点(基点)を昭示するために、たまたま発生した人身事故ではなく、念入りな串呂計画に基づいて発生した事故であり、串呂哲学にとって極めて重要かつ深刻で複雑な内容を秘めている事が分かりました。

    そこで、事故で犠牲となられた104名の方々の鎮魂のためにも、当時管理していたブログに研究成果を公表しようと強く思いました。

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    日本史上最悪のバス事故。飛騨川バス転落事故を振り返る

    ところが、「飛騨川バス転落事故」についての記事を作成しようとするたびに、地震が発生したり、急に鼓動が激しくなったりして胸が苦しくなり、投稿することができませんでした。

    このような障害が度々起きた為、串呂主宰神が「飛騨川バス転落事故についての記事を公表してはならない!」とお考えなのだろうと思い、ブログへの投稿を半ばあきらめていたのです。

    しかし、三浦芳聖先生御降誕120周年の記念すべき年を迎え、いよいよ公表すべき時期が来たのか、投稿できなかった原因が、やっと判明したのです。

    投稿の障害となっていた原因とは、串呂を解明するために発生する人身事故の犠牲者についての「私の理解不足」でした。

    私はそれまで、串呂解明のための人柱ひとばしらとも言うべき人身事故の犠牲者について「たまたま事故に巻き込まれた不運で気の毒な方々」と言う程度の理解で、日本神界は串呂のためとは言え、人命を軽視しているのではないか?と思っていたのです。

    しかし、これは実まことに愚かな恥ずべき誤った理解だったのです!😭😭😭

    2、串呂構築の光の戦士だった


    特に上記の「飛騨川バス転落事故」については、死亡・行方不明者104名という国内バス事故史上最多の犠牲者が出ているため、この犠牲者に対する正しい理解がないまま記事を投稿すると、串呂に対する誤解が生ずるため、神界から投稿許可が出なかったのだと分かりました。

    それでは、天地神明の御教導により到達した、串呂解明のために人身事故が起き「罪のない犠牲者(人柱)が出る」ことについての考えを述べてみます。

    結論から先に申し上げますと、これは、常々申上げている「神風串呂史観」とも関連する事ですが、

    🟢事故に巻き込まれて犠牲者となられた方々は、神風串呂解明のために、串呂主宰神・天照大御神のお役に立つなら喜んで!と、みずから進んで人柱となる人生を志願したケース、あるいは、過去に過ち犯した負のカルマ消滅の為に、みずから人柱となる人生を志願したケースなど、事前に霊界で人柱となる契約を結び、串呂主宰神の串呂計画に従ってこの世に生まれたという考えです。

    この考えは、常識の世界ではなかなか理解しがたい事だろうと思いますので下記に具体例を示して説明します。


    (1)楠木正成のケース

    歴史上、神風串呂構築のための人柱となられた顕著な例として、神戸市の湊川で戦死した楠木正成くすのきまさしげ(大楠公だいなんこう)を挙げることが出来ます。

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    楠木正成(1294年/諸説あり-1336年7月4日)

    楠木正成くすのきまさしげは、当時の武士の多くが、その出処進退しゅっしょしんたいを利害損得に基づいて決めていた時代にあって、勅命ちょくめいを奉じて、負けると分かっていた不利な戦いに出陣し、みずから予測した通り一族郎党と共に討ち死にしました。

    『太平記』西源院本によれば、後醍醐や公卿に「京中で尊氏を迎え撃つべき」という自身の進言が聞き入れられなかったことに対し、「討死せよとの勅命を下していただきたい」と発言しており、開き直った正成の悲痛な言葉や不満を伝えている。

    『楠木正成- Wikipedia』

    『梅松論ばいしょうろん』には、正成が兵庫に下向する途中、尼崎において「今度このたびは正成、和泉・河内両国の守護として勅命を蒙こうむり軍勢を催もよおすに、親類一族なほ以て難渋なんじゅうの色有る斯かくの如し。況いわんや国人こくじん土民どみん等においておや。是則これすなわち天下てんか君を背そむけること明らけし。然間しかるあいだ正成存命無益ぞんめいむえきなり。最前に命を落とすべき(足利勢を迎え撃つため、正成は和泉や河内の守護として勅命により軍勢を催しても、親類・一族でさえ難色なんしょくを示す。ましてや一般の国人・土民はついてきません。天下が天皇に背を向けたことは明確です。正成の存命は無益ですので、激しく戦って死にましょう)。」という旨を後醍醐に上奏したことが記されている。尊氏たかうじとの戦争の勝敗が人心にあると考えていた正成は、世の中の人々が天皇や建武政権に背を向け、民衆の支持を得られていない状況では、敗北は必至であると考えていた。

    『楠木正成 - Wikipedia』

    こうして負けると分かっていた戦いに出陣した楠木正成が、43歳という若さで戦死した戦場に建立された「⛩湊川神社」は重要串呂地文であります。

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    ⛩湊川神社(神戸市中央区多聞通)

    これを言い換えますと、「楠木正成公は、重要串呂地点・⛩湊川神社を構築するためにこの世に生まれた」となります。

    参考のため、⛩湊川神社の串呂を2本掲載します。

    🟠竜巻現場を基点とした神風串呂 

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    三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第四章

    🟠大鳥居三串、小松天皇(興良)の神風串呂

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    三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第四章

    一族郎党と共に一命を捧げて使命を果たし、霊界に帰還した楠木正成は、現在、⛩湊川神社の主祭神となっているばかりか「神界の監察官かんさつかん」としてご活躍であると三浦芳聖師から聞いております。

    楠木正成公は、たまたま不利な軍いくさに出陣し、「湊川」で戦死した不運な武将ではなく、事前に神界で串呂主宰神と交わした契約に基づき、綿密な串呂計画の下に、この世に派遣され、串呂のために貢献した光の戦士なのです。

    💟⛩湊川神社-串呂の守護神 楠木正成

    ⛩湊川神社の串呂の詳細は下記を参照下さい。

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    兵庫県神戸市中央区多聞通(地図マピオン)

    湊川神社の祭神
    主祭神 贈正一位 橘朝臣(楠木)正成公
    配祀神
    贈従二位 楠木正行卿
    贈正三位 楠木正季卿
    菊池武吉命・江田高次命・伊藤義知命・箕浦朝房命・岡田友治命
    矢尾正春命・和田正隆命・神宮寺正師命・橋本正員命
    冨田正武命・恵美正遠命・河原正次命・宇佐美正安命・三石行隆命
    安西正光命・南江正忠命
    本殿合祀:摂社甘南備神社(祭神:大楠公御夫人滋子刀自命)
    (祭神名の表記は『湊川神社誌』による)

    『湊川神社- Wikipedia』

    (2)後醍醐ごだいご天皇のケース

    生まれ故郷の京の都に住めず、運命に翻弄ほんろうされるように奈良の吉野山に南朝の拠点を設け、歴史家から様々な評価を受けている後醍醐天皇も、

    楠木正成同様、吉野郡吉野町吉野山に、後醍醐天皇塔尾御陵とおのおごりょうや⛩吉野神宮などの重要串呂地文を構築するために、この世に派遣され、串呂のために貢献した光の戦士なのです。

    後醍醐天皇と楠木正成は、重要地文・構築合戦こうちくがっせんの戦友だったという事になります。🥰😊

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    後醍醐天皇(1288年-1339年)
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    後醍醐天皇塔尾御陵(吉野町吉野山)

    🟠後醍醐天皇の御名を鑑定する神風串呂

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    (3)豊臣秀吉のケース

    戦国時代の英雄「豊臣秀吉」もまた、串呂主宰神の串呂計画に基づき、重要串呂地文を構築するために、この世に派遣され串呂のために貢献した光の戦士なのです。

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    豊臣秀吉(1537年-1598年)

    🟢豊臣秀吉の生誕地「中村公園」に建立された「大鳥居」

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    🟠大鳥居三串、小松天皇(興良)の神風串呂

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    (4)人生の「計画の場」

    上記の「考え」を補足するための参考資料として「坂本政道さんの記事」を転載させて頂きます。

    我々人類は、この世に生まれてくる前に、綿密な人生計画を立てていることが分かりますね。

    日本のサラリーマンは奴隷以下
    米国モンロー研究所が開発した「ヘミシンク」による体外離脱での体験を書いた『「臨死体験」を超える死後体験』(ⅠⅡⅢ/ハート出版)を始めとする多くの著書やヘミシンクの体験指導などで活躍中の坂本政道さんが、最近、あるSNSで紹介した下記の衝撃的な記事を読んで頂きたい。

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    7月(注:2023年)上旬に開催したモンロー研究所公式セミナーのエクスプロレーション27での参加者の体験。

    このセミナーでは、死後世界の中のフォーカス27と呼ばれる領域を探索する。人はここまで到達できると、ここでしばしの休息の後、次の生命体験のための準備を行う。準備の最終段階では、「計画の場」で次の生の計画を練る。

    ある参加者が、「計画の場」で、人は次の生をどういうふうに計画するのか様子を見ていた。すると、一人の人がカウンセラーのような相手と相談しているところが見えてきた。

    その人は前世では奴隷だった。カウンセラーから次の生として、日本のサラリーマンを勧められると、その人は泣きながら言った。

    「それだけは勘弁してくれ。奴隷よりもひどい生活だから」

    2023年7月28日の坂本政道さんの記事

    🟡富国強兵・殖産興業という化け物(ああ国民哀史)


    3、串呂の人柱を志願した英霊に捧ぐ

    🔴串呂地文を構築するために尊い人柱となる事を志願した英霊達に、深く厚く感謝申し上げ、その偉大なる勇気を讃えます!


    串呂地文を構築するために尊い人柱となられた方々に対し、このような理解に到達しましたら「飛騨川バス転落事故」についての記事を投稿できるようになりました。


    💟皆様方の御支援をお願い致します!

    読者の皆様方のご支援に感謝しています!現在、プロのグラフィックデザイナーに依頼して串呂図のCG化を推進しています。一日も早く完成したいので、今一層のご支援のほど、何卒よろしくお願いいたします。


    🔴神風串呂を学びましょう!


    💟串呂文庫

    🔴三浦芳聖著「神皇正統家極秘伝 明治天王(睦仁)の神風串呂」復刻版
    🟢三浦芳聖著「五皇一体之八幡大明神 三浦芳聖 降誕号」復刻版
    🟠三浦芳聖 著「神風串呂神伝」
    🟢三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』(デジタル復刻版)
    🔴神風串呂入門-神皇正統家極秘伝(鈴木超世志著)


    🟡バックナンバー(総合)

    🟠情報拡散のお願い

    この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。

    三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

    串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。

    ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

    2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。

    神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。

    神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

    一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。

    神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。

    出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。

    🟡前号(№387)
    世直し未だならず、光の戦士となって立ち上がれ!
    🟢次号(№389)
    三浦芳聖師考案の大和章-三浦芳聖先生御降誕120周年記念

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    🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
    串呂哲学研究会 鈴木超世志
    ブ ロ グ 串呂哲学研究会
    メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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    青年時代に、神皇正統家に極秘で伝承された神風串呂を学ぶ神縁に恵まれ、爾来、細々と串呂哲学の研究を実施して参りました一学徒です。神風串呂を紹介しながら、日本神界の神経綸(かみしくみ)を研究考察して参ります。一人でも多くの方々に串呂哲学の存在を知って頂ければ望外の喜びです。

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