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💟国家民族を救う道4-天照大御神の御活躍(串呂哲学研究ノート第353)

    串呂哲学研究ノート

    🟡天照大御神の御活躍

    三輪義熈みわよしひろ著「神皇記」(第一編 神皇之巻じんのうのまき  第二章 神祇じんぎ  第四節 豊阿始原世とよあしはらのよ 地神ちしん 五代  第一 天照大御神)より

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    三輪義熈著「神皇記」(第一編 神皇之巻じんのうのまき  第二章 神祇じんぎ 
    第四節 豊阿始原世とよあしはらのよ 地神ちしん 五代  第一 天照大御神)

    🟠阿祖山太神宮を造営、即位の典礼を定めさせ給う

    大御神は、二柱尊ふたはしらのみことより大御位おおみくらいを禅受ゆずりうけけ給うや、小室おむろの阿田都山あたつやまに宮殿を造営ましまして、神祖しんそ神宗しんそう代々の天つ大御神を祀らせ給う。

    高天原たかあまはら宗廟そうびょう天社てんしゃ大宮おおみや阿祖山あそやま太神宮だいじんぐうと称し奉たてまつらる。大御神の止とどまりまします大御宮おおみみやを守らせ給ふ宮なるに由り、一ひとつに宮守みやもりの宮と称し奉る。

    爾後じご、大御位に即つかせまさむには、此太神宮の神殿に於て大御位に即かせますべきことに定めさせ給う。(神器記)

    (口語訳)
    天照大御神は、イザナギ・イザナミの二柱から天つ大御位(あまつおおみくらい)を譲り受けると、 小室(おむろ)の阿田都山(あたつやま)に宮殿を建て、 歴代の天つ大御神(あまつおおみかみ)を祀るための大きな神宮を造営されました。

    この神宮は 「高天原宗廟(たかあまはらのそうびょう)・天社(てんしゃ)・大宮阿祖山太神宮」 と呼ばれ、天照大御神がお住まいになる宮として特別に守られました。

    以後、天つ日嗣(あまつひつぎ=天の王位)に就く者は、 必ずこの太神宮で即位の儀式を行うことが定められました。

    🟠衣類を製することを発明し普及させ給う

    大御神は大御心を諸々の萬よろずの神々に注そそがせましまし、事細大ことさいだいとなく親みずからら身を以て当らせ給ふ。

    即ち、常に藤の蔓つるの皮を集め、打ち柔やわらげて克よく晒さらし、之を編みて、衣類を製することを発明ましまして、之を四方よもの州々くにぐにに教へ示させ給いき。(開闢記)

    (口語訳)
    天照大御神は、あらゆる神々に心を配り、 大小のことを問わず、自ら率先して働かれました。

    その一つが 衣類の発明 です。

    藤のつるの皮を集め、叩いて柔らかくし、 白く晒して編み、衣服を作る方法を考案されました。

    そしてその技術を四方の国々に教え、 衣類の製作が広く普及していきました。

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    🟠多加王の襲撃

    即位一〇五千十四日(即、一万五千十四日)のとき、高皇産霊神たかみむすびのかみの曽孫に多加王というものあり。臂力ひりょく他に絶ならびなく。眷属けんぞく千三百余人を率ひきいて不ニ山の煙を目標として豊阿始原瑞穂国とよあしはらのみずほのくにに渡り、高天原に上り、大御神を従え瑞穂国を占領せむことを企てぬ。

    然るに、大御神之に応じまさざりしかば、諸事に妨害を加え其暴状そのぼうじょう至らざるなきに至れり。乃ち、大御神は竟ついに奥深き天あめの石窟せっくつに籠こもりましましき。国内忽たちまち闇黒あんこくとなむなりにし。

    是より先多加王の入り来ますや、大巳貴命おおなむちのみことは弟神おとうとがみ 農佐毘古命のうさひこのみことをして四方よもの州々くにぐにより眷属八千余神を集めしめ、以て之を囲み、多加王の眷属を鏖みなごろしにせしむ。

    手力男命たじからおのみこと、王をぞ捕獲ほかくましましぬる。

    (口語訳)
    天照大御神が即位して 一万五千十四日 の頃、 高皇産霊神(たかみむすびのかみ)の曾孫にあたる 多加王 という人物が現れます。

    多加王は非常に強い力を持ち、 千三百余りの眷属を率いて不二山(ふじさん)の煙を目印に瑞穂国へ渡り、 高天原に上って天照大御神を従わせ、国を奪おうと企てました。

    天照大御神はこれに応じず、 多加王は妨害を繰り返し、ついには暴虐の限りを尽くすようになります。

    そのため天照大御神は深い天の石窟(いわや)に籠もられ、 国中はたちまち闇に包まれました。

    多加王が侵入する前に、 大巳貴命(おおなむちのみこと)は弟の農佐毘古命(のうさひこのみこと)に命じ、 八千余りの神々を集めて多加王の軍勢を包囲し、 その眷属を討ち滅ぼしました。

    そして 手力男命(たじからおのみこと) が多加王本人を捕らえました。

    🟠天の石窟に籠り止り給う

    是ここに於て、天つ神国つ神は、各部署して四方より奥深く山に押入り、八方より手を尽して大御神を捜索そうさくし奉る。漸ようやくにして、八重やえ九重ここのえ奥の天の石窟せっくつに籠こもり止とどまりましませることを知る。

    乃ち、惣神そうしん大に悦び、岩戸の前に於て、作田毘古命さくたひこのみこと鳴木なるきを叩たたきて歌い、天鈿女命あめのうずめのみこと青葉の木の枝を以て祝いわいの舞まいを演じ、大に悦び祝賀し奉る。

    大御神亦悦びて出御しゅつぎょましませる時、惣神一斉に手を拍うちて大に祝し奉る。手力男命たじからおのみこと、大御神の手を奉ほうじ、農佐毘古命のうさひこのみことを御前に立して小室おむろの日向ひむかの大御宮に還幸かんこうましましぬ。

    是これより先、大巳貴命おおなむちのみことは多加王に逐一ちくいち道理を説き諭さとしましまししかば、王も其の理ことわりに服し給いき。

    (口語訳)
    天照大御神が石窟に籠もられたため、 天つ神・国つ神は四方から山奥へ入り、必死に捜索しました。

    ようやく八重九重の奥にある石窟に籠もっておられることが分かると、 神々は大いに喜び、岩戸の前で祭りを行います。

    • 作田毘古命(さくたひこのみこと)が木を叩いて歌い、

    • 天鈿女命(あめのうずめのみこと)が青葉を手に舞い踊り、

    • 神々は皆で祝賀しました。

    その楽しげな様子に天照大御神も心を開かれ、 岩戸から姿を現されます。

    神々は一斉に手を打って喜び、 手力男命が天照大御神の御手を取り、 農佐毘古命を先導として、 日向の大御宮へとお帰りいただきました。

    その前に、大巳貴命は多加王に道理を説き、 多加王もついにその理に従いました。

    🟠多可王と姉弟の契を結び給う

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    三輪義熈著「神皇記」(第一編 神皇之巻じんのうのまき  第二章 神祇じんぎ 
    第四節 豊阿始原世とよあしはらのよ 地神ちしん 五代  第一 天照大御神)

    一日大御神、王を延見えんけんましまして紹のりたまわく、汝なんじ此これより善心に復かえり、吾神国わがしんこくの四方四海しほうしかいの諸々の荒振神等あらぶるかみたちを言向和平ことむけやわしなば、姉弟の契ちぎりをなし、一命を助け置く可べしと。

    王答白こたえもうしつらく、恐かしこし、此これより善心に復かえり、大御神の依ことよさし賜える命みことの随まにまに勤つとめましてむと、大御神いと悦ばせ給う。是ここに於て大御神は王と姉弟の契ちぎりを結ばせましき。

    王は之が証あかしとして手に焚たき炭を塗り、其の手形を柏葉かしわばに押して来る。是れ、吾国契約わがくにのけいやく捺印なついんの濫觴らんしょうなり。(以上開闢記、祖佐記、神代記、支那皇記)

    (口語訳)
    天照大御神は多加王を呼び、こう告げます。

    「これからは善き心に立ち返り、 四方四海の荒ぶる神々を言向け和らげるなら、 姉弟の契りを結び、命を助けよう。」

    多加王は深く頭を下げ、 「これより善心に立ち返り、命のままに努めます」と誓いました。

    天照大御神は大いに喜び、 多加王と 姉弟の契り を結ばれます。

    多加王はその証として、 手に炭を塗り、柏の葉に手形を押しました。 これが 日本の契約印の起源 とされています。

    まとめ(一般向けの理解)

    • 天照大御神は即位後、阿祖山太神宮を造営し、即位儀礼を定めた

    • 衣類の製作法を発明し、国中に広めた

    • 多加王が国を奪おうと襲来したが、神々がこれを討伐

    • 天照大御神は石窟に籠もるが、神々の祭りで再び姿を現す

    • 多加王は心を改め、天照大御神と姉弟の契りを結ぶ

    • 柏葉の手形が「契約印」の始まりとされる

    🟡三輪義熈著「神皇記」の復刻

    三輪義熈著「神皇記」について、2011年に、現代語訳「神皇記」の刊行がなされていますが、「神皇記」の電子版の復刻は、ほんの一部とは言え、今回の串呂哲学研究会の試みが最初の様です。

    「神皇記」を生で読むのは、読み方が難解で大変ですが、格調が高く、いいものですね。

    今回、「臂力ひりょく他に絶く」の「絶く」の読み方が、なかなか分からず、これを「絶ならびなく」と読めた時には、著者の神霊のお導きを感じました。

    続く


    🔴神風串呂を学びましょう!

    串呂哲学研究会では、今日では入手不可能な三浦芳聖の著書を復刻するのに多くの時間と労力を掛け、採算を全く考慮せず、串呂図、表紙画像、系図、中扉などのCG画像作成のために多くの費用を掛けて参りました。

    これは、我が日本国と日本民族の将来を案ずればこそであります。皇祖神・天照大御神が、私達日本民族のために、苦心惨憺、長期間を掛けて構築して下さった神風串呂を学びましょう!



    💟串呂文庫

    🔴三浦芳聖著「神皇正統家極秘伝 明治天王(睦仁)の神風串呂」復刻版
    🟢三浦芳聖著「五皇一体之八幡大明神 三浦芳聖 降誕号」復刻版
    🟠三浦芳聖 著「神風串呂神伝」
    🟢三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』(デジタル復刻版)
    🔴神風串呂入門-神皇正統家極秘伝(鈴木超世志)
    🟡地文学への招待(鈴木超世志)
    🟢南朝(神皇)正統皇位継承論(鈴木超世志)
    🟣開鏡維新の神風串呂(鈴木超世志)
    🟡明治天皇(睦仁)の神風串呂(鈴木超世志)
    🟠皇祖神からの伝言-ここまで解った元伊勢伝承(鈴木超世志)
    🟡串呂文庫 コピーサービスのお知らせ 串呂哲学研究会


    🟣串呂哲学研究ノート バックナンバー

    🔴情報拡散のお願い

    この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂や三浦芳聖伝の紹介記事のバックナンバーです。

    三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

    串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

    2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。
    神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。

    神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

    一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。

    神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。

    出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。

    🟡前号(№352)
    国家民族を救う道3-天照大御神とは
    🟢次号(№354)
    国家民族を救う道5-三種の神器の製作

    🟠天照大御神の子育て-御子 三浦芳聖 の教導録 一覧
    🟣国家民族を救う道2~一覧

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    串呂哲学研究会 鈴木超世志
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    青年時代に、神皇正統家に極秘で伝承された神風串呂を学ぶ神縁に恵まれ、爾来、細々と串呂哲学の研究を実施して参りました一学徒です。神風串呂を紹介しながら、日本神界の神経綸(かみしくみ)を研究考察して参ります。一人でも多くの方々に串呂哲学の存在を知って頂ければ望外の喜びです。

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