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💟⛩絹掛神社-忠烈無比の日本魂(串呂哲学研究ノート第341号)

    🟡神に祀られた日本民族の英雄を讃える

    💖神国日本では、国家と民族の体現者である「🎀神皇正統の天皇」のために、生命を捧げた者が一番尊く、神として神社に祀られるのです!💝

    国家民族の繁栄・発展のためには、神皇正統の天皇に生命を捧げた日本民族の英雄たちを讃えなければなりません。

    串呂主宰神・天照大御神が構築された神風串呂には、日本民族の英雄たちを祭祀した神社が、実に見事に配置されています。

    💝今号は、建武中興十五社のひとつ「⛩金崎宮」の摂社・⛩絹掛神社に祀られた日本民族の英雄たちを讃えたいと思います。💖

    🟢お宮(神社)は串呂の守護神である

    *お宮という字を分解しますと、宮=ウ冠+呂です。
    *ウ冠は、家という字のように屋根を表わします。屋根は、雨・露から豕いのこを保護する守護者です。
    *ウ冠は、空や宇宙という字のように天を表わします。天は地を覆おおい、有害な電磁波から地球を保護する守護者(天佑神助)です。
    *呂は、串呂を表わします。
    💖神社=宮=ウ冠+呂=串呂の守護者を表わします。

    🟡尊良上皇以下、官軍将兵の壮烈なる最期


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    金崎宮(福井県敦賀市金ヶ崎町)

    尊良上皇以下、官軍将兵の壮烈なる最期の有様を述べた『太平記』巻18の6の一節は、是非とも目を通して頂きたいと思います。

    これは「太平記」の中の白眉の一節で、中世戦記文学の珠玉の結晶、日本民族の宝です!

    読みやすい書き下し文にしました。声を出して朗読して見て下さい。緊迫した城中の空気が伝わって来るようです!

    尊良天皇の第二皇子「基良親王」の嫡孫家である岡崎市明見町の河合家では宮様でありながら壮烈無比の最期を遂げられた尊良親王(実は天皇)の日本魂を「尊良精神」と呼んで尊称し伝承してきました。

    尊良親王(実は天皇)享年34(満33歳)。

    新田越後守義顕にったえちごのかみよしあきは、一宮いちのみやの御前おんまえに参りて、「合戦かっせんの様よう今は是これまでと覚おぼえ候そうろう。我等、力無ちからなく、弓箭きゅうせんの名を惜しむ家にて候そうろう間あいだ、自害じがい仕つかまつらんずるにて候そうろう。上様うえさまの御事おんことは、縦たとえ敵の中へ御出おんいで候そうらえ共ども、失い進まいらするまでの事はよも候そうらわじ。只加様ただかようにて御座ござ有るべしとこそ存ぞんじ候そうらえ。」と申されければ、

    一宮いちのみや、何いつよりも御快気おんこころよげに打ち笑えませ給いて、「主上しゅじょう帝都ていとへ還幸かんこう成りし時、我を以て元首がんしゅの将とし、汝を以て股肱ここうの臣為たらしむ。夫それ股肱ここう無くして元首がんしゅ持たもつ事を得んや。されば吾れ命めいを白刃はくじんの上に縮めて、怨あたを黄泉こうせんの下もとに酬むくわんと思う也なり。抑そもそも自害をば如何様いかようにしたるがよき物ぞ。」と仰おおせられければ、

    義顕よしあき感涙かんるいを押さえて、「加様かように仕つかまつる者にて候そうろう。」と申しもはてず、刀を抜いて逆手さかてに取り直し、左の脇に突き立て、右の小脇こわきのあばら骨二三枚懸かけて掻かき破り、其の刀を抜いて宮の御前に差し置きて、うつぶしに成りてぞ死ししにける。

    一宮、軈やがて其の刀を召され御覧ごらんずるに、柄口つかぐちに血余あまりすべりければ、御衣ぎょいの袖にて刀の柄つかをきりきりと押し巻かせ給いて、雪の如くなる御膚おんはだえを顕わし、御心おんむねの辺りに突き立て、義顕が枕まくらの上に伏させ給う。

    頭大夫とうのだいぶ行房ゆきふさ・里見さとみ大炊助おおいのすけ義氏よしうじ・武田の与一よいち・気比けひの弥三郎やさぶろう大夫たゆう氏治うじはる・大田帥おおたそつの法眼ほうげん以下いげ御前おんまえに候そうらいけるが、いざさらば宮の御供おんとも仕つかまつらんとて、同音どうおんに念仏唱えて一度に皆腹を切る。

    是これを見て庭上ていじょうに並なみ居たる兵つわもの三百余人、互に差違さしちがえ々々さしちがえ弥いやが上に重伏かさなりふす。

    (原文の里見大炊助時義は義氏の誤りのようです。訂正しました。)

    🟡⛩絹掛神社(きぬかけじんじゃ)

    金崎城の落城時に尊良たかなが親王(三浦皇統家では尊良天皇)のご自害に殉死した将兵の英霊を祭った神社が明治30年(1897年)建立されました。金崎宮の摂社・⛩絹掛神社です。

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    金崎宮摂社・⛩絹掛神社(福井県敦賀市金ヶ崎町)

    🟢ご祭神

    「絹掛神社~南朝方武将を祀る社」より引用
    金ヶ崎宮の摂社。明治30年、金ヶ崎城ゆかりの南朝方武将を祀って創建されました。鳥居の前には鎮魂之碑が建てられています。

    祭神は、南朝方武将の藤原行房ふじわらゆきふさ、新田義顕にったよしあき、気比氏治けひうじはる、気比斎晴けひなりはる、瓜生保うりゅうたもつ、瓜生義鑑うりゅうぎかん、里見時成さとみときなり、里見義氏さとみよしうじ、由良具滋ゆらともしげ、長浜顕寛ながはまあきひろ、武田與一たけだよいち、以下殉難将士。

    🟢ご由緒

    (「金崎宮」より抜粋転載)

    当宮は敦賀つるが市の市街地の東北に位置し元官幣中社かんぺいちゅうしゃの社格である。この金崎山は気比けひ大宮司氏治うじはるの居城でもあり延元二年(一三三七)三月六日落城す。

    その時城中に在られた尊良親王は自刃され、義顕よしあき、氏治うじはるらの将兵三百余人も殉じゅんじ果てた。皇太子恒良親王は逃れられるも後に幽閉され、翌年京都にて他界される。

    金崎城落城後五百五十六年を経て明治二十六年(一八九三)敦賀の人々の熱烈なる請願によって尊良親王、恒良親王を祭神に社号を金崎宮として鎮座されたのが本宮である。

    又落城の時、殉難した将士を祀る絹掛神社は、これら将士の子孫が有志を募り手続きを経て明治三十年(一八九七)創立認可を受けて設立されたお社である。

    この金崎城趾は昭和九年(一九三四)史蹟として文部省より指定を受け月見御殿の旧趾、焼米出土地、経塚のあと、木戸堀切の旧趾などあり由緒の地である。金崎宮。境内由緒書より。

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    福井県敦賀市金ヶ崎(YAHOO!JAPAN地図)

    🟡⛩絹掛神社を串線する神風串呂の事例


    🟢⛩皇大神宮内宮と⛩金崎宮(摂社・⛩絹掛神社)とを結んだ串呂

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    三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』 第一章より
    研究の成果を追加しました。(串呂哲学研究会)

    🟢天王山忠魂碑

    以下は、「忠烈無比の官軍将兵を称える天王山忠魂碑」からの転載。

    三重県鈴鹿市国府町のほぼ中央部に、天王山という63mの小山があります。その山頂に、大正10年(1921年)3月、国府町在郷軍人会が建てた「天王山忠魂碑」があります。

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    三重県鈴鹿市国府町天王山(地図マピオン)

    ネット検索を駆使して、「北陸朝廷の存在を昭示する神風串呂」を研究中、「天王山忠魂碑」が、串呂哲学上の重要な地文である事が解明され、私は、神秘的な神風串呂の威力に圧倒されると同時に、天佑神助のお導きに心から感謝いたしました。

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    天王山忠魂碑(JM3AVI 山と無線大好き)

    「天王山忠魂碑」は、北陸朝廷のあった金ケ崎城で尊良上皇に殉死した官軍将兵の忠烈無比なる日本魂を称えるために建てられた記念碑なのです。

    ・・・・・転載ここまで・・・・・

    【参照】
    北陸朝廷の存在を昭示する神風串呂
    金崎神宮と尊良天皇の神風串呂


    🔴天照大御神の子育て-御子 三浦芳聖 の教導録 一覧
    🟢
    串呂哲学重要事項(リンク先一覧)


    💟串呂文庫

    🔴三浦芳聖著「神皇正統家極秘伝 明治天王(睦仁)の神風串呂」復刻版
    🟢三浦芳聖著「五皇一体之八幡大明神 三浦芳聖 降誕号」復刻版
    🟠三浦芳聖 著「神風串呂神伝」
    🟢三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』(デジタル復刻版)
    🔴神風串呂入門-神皇正統家極秘伝(鈴木超世志著)
    🟡串呂文庫 コピーサービスのお知らせ 串呂哲学研究会


    🟣串呂哲学研究ノートバックナンバー

    🔴情報拡散のお願い

    この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂や三浦芳聖伝の紹介記事のバックナンバーです。

    三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

    串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

    2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。
    神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。

    神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

    一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。

    神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。

    出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。


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    🟡前号(№340)
    ⛩湊川神社-串呂の守護神 楠木正成
    🟢次号(№342)
    ⛩藤島神社-源家の誉れここに有り

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    青年時代に、神皇正統家に極秘で伝承された神風串呂を学ぶ神縁に恵まれ、爾来、細々と串呂哲学の研究を実施して参りました一学徒です。神風串呂を紹介しながら、日本神界の神経綸(かみしくみ)を研究考察して参ります。一人でも多くの方々に串呂哲学の存在を知って頂ければ望外の喜びです。

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