💟第2話 崇神天皇が畏怖した理由は?-ここまで解った元伊勢伝承
🎀串呂哲学研究ノート第346号
🟡史実の隠蔽
『元伊勢- Wikipedia』には、「すなわちそれまでは皇居内に祀られていたが、その状態を畏怖した同(注、崇神)天皇」とありますが、「記紀」には、崇神天皇の御代になって、突然、なぜ皇祖神を畏怖(おそれおののく)しなければならなかったのか、その理由が書かれてありません。(史実の隠蔽です。)

真実は、崇神天皇の御代に富士阿祖山太神宮でお祭りされていた天照大御神の神霊を奪取して宮中で祭祀した所、
皇祖神は、天照大御神の遺勅を守らない神定憲法違反!と崇神天皇を御咎めになり祟りがあったのです。(「神皇記」)
🟡崇神天皇が畏怖した理由
疫病や飢饉により多くの死者が出たり農民が逃亡したり各地で反乱があったことは、「記紀」にも記録されています。
崇神天皇が恐れおののくほどであったのですから、記録にはありませんが、身内の誰かが頓死したり、頭の病気(精神病)になったり、難治性の病気に掛かったりしたのかも知れません。
もし、見るべきでない立場の人が興味半分で宝鏡を見た場合、視力を失ったことも考えられますね。

この辺の事情を分かりやすく述べますと次のようになります。
崇神天皇の御代(崇神五年)、富士阿祖山大神宮で祭られていた天照大神の神霊と「三品の大御宝」を大和の国・笠縫の里に移し、天照大御神と大国魂神の二神を皇城内で祭祀し、宮中には模造品(形代・レプリカ)を作製して納めました。
その結果は、宮中で祭祀していた天照大御神と大国魂神の二神の神威が強すぎて、同床共殿にお祭りする事ができず、また疫病や飢饉により多くの死者が出たり農民が逃亡したり各地で反乱があったため、崇神天皇はその状況を畏怖し、崇神七年、「天照大御神と大国魂神の二神を」を皇城外に出してお祭りすることにしたのです。
天照大御神は豊鍬入姫命に託して笠縫邑(現在の檜原神社)に祭らせ、大田田根子に大物主神を祭らせ、市磯長尾市に倭大国魂神(大和神社祭神)を祭らせたところ国は治まったのです。
天照大御神は豊葦原の瑞穂国の第一代神皇であり、大物主神、倭大国魂神は、阿祖山大神宮の大宮司職で、富士王朝の神皇格の神でした。
(「神皇記」、「記紀」、『崇神天皇- Wikipedia』)
🟡歴史の偽造・改竄が行われた
「記紀」には、「神皇記」に記載されている崇神王朝に都合の悪い前段が記載されていませんでした。
歴史の偽造であり改竄であり、隠蔽です。
ただし、歴史を書いたのは「記紀」を編纂した7~8世紀以降の人々ですから、実際は、崇神王朝に都合が悪いというより、奈良王朝あるいは平安王朝は、関東・東北地方以東の反抗勢力のルーツである「富士王朝の存在」を認めたくなかったのであろうと思います。
「記紀」には富士山についての記載が何もありません。無視です。
富士王朝と書きましたが、天照大御神が第一代神皇に就任した豊葦原の瑞穂国のことです。(「神皇記」)
🟡ここまで解った元伊勢伝承
💟第1話 崇神天皇、宝鏡を奉遷
💟第3話 天照大御神は崇神王朝の祭祀を拒否
💟第4話 各地巡行は元伊勢クシロ構築の旅
💟第5話 両朝融和計画進行中
🎀元伊勢伝承とは
元伊勢伝承の皇祖神・天照大御神の各地巡行は、神風クシロ構築の旅であり、各地の産土神(地霊)に神風クシロ構築計画への協力を呼び掛ける遊説でありました。
元伊勢クシロは神風クシロです。天照大御神が、伊勢地方にお鎮まりになったのは、串呂の超重要起点(基点・根拠地)をここに置くためだったのです!
🟡神風串呂を学びましょう!
🟣情報拡散のお願い
神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。
🌷この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。
三浦芳聖師が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。
🌷串呂主宰神 天照大御神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の皇統を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。
ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!
2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。
🌷神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!
神風串呂の主宰神は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。
一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。
🟡祈り
全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします!
出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。
著者 鈴木超世志のプロフィール
中学一年満13才の時、神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師に師事し爾来60年間、
串呂哲学(神風串呂)を研究して来た老学徒。1950年愛知県生れ74才。
串呂哲学研究家。串呂哲学研究会代表。神社本庁神主、元高校教諭。
著 書
「神風串呂入門」
「ここまで解った元伊勢伝承」
「開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道」
「天照大御神の子育て 御子 三浦芳聖 の教導録 青春編」
など多数
ブログ
串呂哲学研究ノート
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🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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