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坂出市天皇と坂井市正善との神風串呂(№50)

    串呂哲学研究ノート

    この記事は、神皇正統家極秘伝神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を分かりやすく解説したものです。

    串呂(クシロ)とは、元伊勢伝承で皇祖神が各地を行脚しながら構築した元伊勢クシロの事です。

    元伊勢クシロは、皇城守護の結界のことだといわれていますが、その結界とは、神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)のことだったのです。串呂は、極秘で構築されて来たので、そのように言われてきたのです。

    地名(地文ちもん)に秘められた天地神明の啓示を解明する学問が神風串呂(串呂哲学)です。

    ここでは、「香川県坂出市西庄町の天皇と福井県坂井市春江町の正善との神風串呂」をご紹介し、詳しい解説をしています。

    神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を学ぶことによって、日本が神国である事実を認識し、皇祖神からの神妙なる息吹を体感体得することができるでしょう!

    1、国難に対処する判断材料としての神風串呂

    昭和20年の敗戦以来、我が国は、今も外国軍の占領支配下にあり、私は、我が日本は、日毎に亡国への坂道を転がり落ちているように思えてなりませんが、皆さんはどのようにお考えですか。

    串呂台としてこの世に派遣された三浦芳聖が帰幽して、今年(2020年)で49年になりますが、今更、空蝉(うつせみ)のような串呂をご紹介する目的は、偽装独立国・日本を生きる為の、未曽有の国難に対処する為の判断材料にして頂きたいと思ってであります。

    今回は、「天皇」(坂出市)と三浦芳聖の符号である「正善」(坂井市春江町)との神風串呂をご紹介します。

    2、串呂哲学の理解を助ける予備知識

    始めての方は、下記の記事を参照してください。

    3、坂出市天皇と坂井市正善との神風串呂

    三浦芳聖は、三浦芳聖の諺文・符号である「正善」(福井県坂井市春江町)と正真正銘の「天皇」(香川県坂出市西庄町)とを串呂すると次の様になると述べています。

    🔴串呂図「正善と天皇の神風串呂」

    画像
    三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第二章

    「我拝師山」(善通寺市)-「八幡」(丸亀市)-「天皇」(坂出市)-「甲生」(土庄町)-「大門」(たつの市)-「諏訪」(姫路市)-「日月の滝」(多可町)-「竜ヶ岳」(多可町)-「天照」(福知山市)-「大君」(舞鶴市)-「成生」(舞鶴市)-「国見岳」(福井市)-「八幡」(福井市)-「卍善正寺」(福井市)-「正善」(坂井市)-「八幡」(小松市)-「和気町」(能美市)-「雨晴」(高岡市)

    (三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』73頁、住所は現在のものに改め、一部新たな研究成果を盛込んだ)

    【地文のみ掲載】
    「我拝師山」-「八幡」-「天皇」-「甲生」-「大門」-「諏訪」-「日月の滝」-「竜ヶ岳」-「天照」-「大君」-「成生」-「国見岳」-「八幡」-「卍善正寺」-「正善」-「八幡」-「和気町」-「雨晴」

    【地文の解釈】(地文に地図がリンクしています。)
    (1)我拝師山(がはいしやま、香川県善通寺市吉原町)
    空海の修行の地で、仏祖の御出現を拝し奉りし因縁により山号を我拝師山と改称したという。国内唯一の地名(山岳)

    寺伝によれば、空海(弘法大師)が7歳の時に倭斬濃山(わしのやま)(現、我拝師山)に登り、「仏門に入って多く人と衆生を救いたいのです。私の願いが叶うなら釈迦如来様、お姿を現して下さい。もし、願いが叶わないのなら私の命を仏に供養します」と願い、山の断崖から谷へと飛び降りた。すると、落下する空海の前に釈迦如来と天女が現れて抱きとめ、「一生成仏」と宣し、彼の願いが成就された。感激した空海は、釈迦如来が現われた山を「我拝師山」名づけ、その山に出釈迦寺を建立し、釈迦如来の尊像を刻んで本尊としたという。 『ウィキペディア(Wikipedia)』出釈迦寺

    神皇正統記は、「応神天皇=八幡大菩薩=釈迦=弥勒=大自在王菩薩」という本地垂迹説を紹介しています。

    この三浦芳聖の神風串呂に、こうした由来のある「我拝師山」が通ることについては、三浦芳聖が五皇一体の八幡大明神(神武、応神、後嵯峨、後村上、松良)として、この世に出現したことと関連しています。

    得道来不動法性
     得道してよりこのかた法性を動かさず
    示八正道垂権跡
     八正道を示して権迹を垂れ
    皆得解脱苦衆生
     皆苦の衆生を解脱すること得たり
    故号八幡大菩薩
     この故に八幡大菩薩と号す

    「神皇正統記・応神天皇の条より抜粋」
    欽明天皇の御代に始て神とあらはれて、筑紫の肥後国菱形の池と云所にあらはれ給、「われは人皇十六代誉田の八幡丸なり。」との給き。誉田はもとの御名、八幡は垂迹の号也。後に豊前の国宇佐の宮にしづまり給しかば、聖武天皇東大寺建立の後、巡礼し給べきよし託宣ありき。仍威儀をとゝのへてむかへ申さる。又神託ありて御出家の儀ありき。やがて彼寺に勧請し奉らる。されど勅使などは宇佐にまゐりき。清和の御時、大安寺の僧、行教宇佐にまうでたりしに、霊告ありて、今の男山石清水にうつりまします。爾来行幸も奉幣も石清水にあり。一代一度宇佐へも勅使をたてまつらる。昔天孫天降給し時、御供の神八百万ありき。大物主の神したがへて天へのぼりしも、八十万の神と云り。今までも幣帛を奉まつらるゝ神、三千余坐也。しかるに天照太神の宮にならびて、二所の宗廟とて八幡をあふぎ申さるゝこと、いとたふとき御事也。八幡と申御名は御託宣に「得道来不動法性。示八正道垂権迹。皆得解脱苦衆生。故号八幡大菩薩。」とあり。八正とは、内典に、正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正定・正恵、是を八正道と云ふ。凡心正なれば身口はおのづからきよまる。三業に邪なくして、内外真正なるを諸仏出世の本懐とす。神明の垂迹も又これがためなるべし。又八方に八色の幡を立ることあり。密教の習、西方阿弥陀の三昧耶形也。其故にや行教和尚には弥陀三尊の形にてみえさせ給けり。光明袈裟の上にうつらせまし<けるを頂戴して、男山には安置し申けりとぞ。神明の本地を云ことはたしかならぬたぐひおほけれど、大菩薩の応迹は昔よりあきらかなる証拠おはしますにや。或は又、「昔於霊鷲山説妙法華経。」とも、或は弥勒なりとも、大自在王菩薩なりとも託宣し給。中にも八正の幡をたてて、八方の衆生を済度し給本誓を、能々思入てつかうまつるべきにや。

    (2)八幡(やはた、香川県丸亀市郡家町)

    丸亀市郡家町八幡
    香川県丸亀市郡家町 八幡(地図マピオン)

    五皇一体の八幡大明神・三浦芳聖の尊称。この神風串呂は「八幡三串」の絶対確証の串呂であります。

    (3)天皇(てんのう、坂出市西庄町)

    坂出市天皇
    坂出市西庄町 天皇(地図マピオン)

    高御座(たかみくら)に就かれた天皇を表わす。また、どのような天皇だったかを鑑定する重要串呂起点でもあります。下記の串呂を参照ください。

    坂出市天皇と白山市三浦との神風串呂(№39)   
    「由良岬」-「御在所山」-「天皇」-「龍子」-「高長」-「寺野」-「大門」-「大丹生」-「大丹生町」-「大聖寺」-「小松市」-「三浦町」-「神代」

    矢田の天王と坂出市の天皇との神風串呂(№40)
    「三浦漁港」―「天王」 ―「八幡」―「竜王山」―「天皇」

    この坂出市西庄町「天皇」についての詳細はこちらをご覧下さい。

    (4)甲生(こう、香川県小豆郡土庄町豊島)
    甲(きのえ)の生まれと解釈します。三浦芳聖は、明治37年(甲辰)9月17日降誕。

    (5)大門(だいもん、兵庫県たつの市揖保川町)
    大門(だいもん)は、「おおみかど」と解読します。大御門(おおみかど)=大帝(おおみかど)=天皇(または皇居)という意味と解釈します。

    三浦芳聖の降誕地は、愛知県岡崎市牧平町大門です。

    (6)諏訪(すわ、兵庫県姫路市夢前町前之庄)

    夢前町諏訪
    兵庫県姫路市夢前町前之庄 諏訪(地図マピオン)

    三浦芳聖の晩年の住所(豊川市諏訪二丁目)をあらわす。地図は右上の「地理院地図Vector」をクリックすると見られます。

    (7)日月の滝(にちげつのたき、兵庫県多可郡多可町加美区岩座神)
    三浦芳聖が昭和6年に発見以来、68回にわたって参篭・禊祓いの水行を敢行した滝。

    三浦芳聖は、瀬戸内海と太平洋が見える場所にあるので「日月の滝」と命名したと述べている。

    地図は右上の「地理院地図Vector」をクリックすると見られます。

    日月の滝
    日月の滝

    地元では「唐滝」と呼ばれている。岩座神の七不思議のひとつで、一人で行って帰った者はいないと恐れられ、人々が近づかない滝のようである。

    三浦芳聖は、高貴な霊性の人専用の滝で、普通の人は単独では入れない滝であると述べています。

    岩座神
    兵庫県多可郡多可町加美区岩座神 (地図マピオン)

    【参照】御在所山と興国天皇御陵の神風串呂(№61)
    「高尾」-「上野」-「岩座神・日月の滝」-「竜王山」-「御在所山」-「興国天皇御陵」-「上野」-「一色」-「三原山」

    (8)竜ヶ岳(竜がたけ、兵庫県多可郡多可町加美区清水)

    多可町加美区竜ヶ岳
    兵庫県多可郡多可町加美区清水 竜ヶ岳(国土地理院地図)

    辰年(生まれ)を表わす。地図は右上の「地理院地図Vector」をクリックすると見られます。

    (9)天照(てんしょ、京都府福知山市)

    天照
    京都府福知山市 天照(地図マピオン)

    天照大御神のご神徳をあらわす地文であり、天照大御神を表わす地文でもある。同地内に「天照玉命神社」(あまてるたまのみことじんじゃ)がある。

    地図は右上の「地理院地図Vector」をクリックすると見られます。

    この串呂に「天照」が存在する事については、
    (1)三浦芳聖は天照大御神の権現である。
    (2)天皇=現人神(あらひとがみ)=天照大御神、などと解釈する。

    この「天照」については、下記の神風串呂を参照下さい。
    🟣天照と皇大神宮内宮の神風串呂(№223)
    「天照」(福知山市)-「松尾大社」(京都市西京区嵐山宮町)-「⛩皇大神宮内宮」(伊勢市)

    (10)大君(おおきみ、京都府舞鶴市)

    日本における天皇、皇子、皇女に対する尊称。串呂では主として天皇を表わす地文です。大君=大王(おおきみ)=天皇。古代の天皇に対する敬称「おおきみ」のことで、天皇を表わす。

    『ウィキペディア(Wikipedia)』大君
    『ウィキペディア(Wikipedia)』大王

    金ヶ崎神宮と矢田の天王との神風串呂
    「金ヶ崎神宮」-「大君」-「内宮」-「三浦」-「天王」-「上村上」

    (11)成生(なりう、京都府舞鶴市)
    「生成の上下転換語」。生成化育の略語。万物を生成化育する神霊の働きや聖人の御徳を表わす。「この世に生まれた事」(出現)とも解釈できる。

    (12)国見岳(くにみだけ、福井市国見町)
    国見(天皇や地方の長官が高い所に登って、国の地勢、景色や人民の生活状態を望み見ること)を表わす。ここでは「善正・大君・天皇」(三浦芳聖)が、ひそかに国政を見そなわしていた事を表わす。

    (13)八幡町(やわたちょう、福井県福井市)
    五皇一体の八幡大明神・三浦芳聖の尊称。町内に正八幡神社がある。この神風串呂は「八幡三串」の絶対確証の串呂です。

    (14)善正寺(ぜんしょうじ、福井市浄土寺町)

    福井市浄土寺町善正寺
    福井市浄土寺町 善正寺(地図マピオン)

    三浦芳聖の符号。「正善」とで同文同種の地文が二串になっている。このお寺の名前は、地図検索で発見した。

    こうしてみると、まだまだ解明できていない地文がたくさんあることが推測され、未知の神風串呂を解明する意欲が湧いてくる。

    (15)正善(しょうぜん、福井県坂井市春江町)

    正善
    福井県坂井市春江町 正善(地図マピオン)

    正善は、「まさよし」と読めるので、三浦芳聖(みうらよしまさ)の串呂上の符号とされています。正善(まさよし)=善正(よしまさ)=芳聖(よしまさ)という論理です。

    三浦芳聖(みうらよしまさ)の串呂上の符号には、「善正」(ぜんしょう、大阪府和泉市)と「正善」(しょうぜん、福井県坂井市春江町)があります。

    善正は「よしまさ」と読めるし、正善はその上下転換語で「まさよし」と読めるからです。

    集合図正善
    三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第二章

    【参照】「正善」については、下記の神風串呂を参照下さい。
    三浦芳聖の降誕・仮寓・晩年の住所を貫く神風串呂(№42)
    「正善」-「天神」-「大門」-「天王町」-「三浦芳聖降誕地」-「三浦芳聖仮寓地」-「三浦芳聖晩年の住所」

    正善(坂井市)と御名(宍粟市)との神風串呂(№43)
    「御名」-「⛩元伊勢内宮皇大神社」-「由良」-「正善」

    正善と八尺鏡野との神風串呂(№44)
    「八尺鏡野」(那智勝浦町)-「大普賢岳」(天川村)-「大神」(宇陀市)-「助命」(山添村)-「⛩天之御中主尊神社」(近江八幡市)-「正善」(坂井市)

    (16)八幡町(やわたまち、石川県小松市)
    五皇一体の八幡大明神三浦芳聖の尊称。この神風串呂は「八幡三串」の絶対確証の串呂です。

    (17)和気町(わけ、石川県能美市)
    往昔、国体を変革せんとした弓削道鏡の企てを阻止した大忠臣・和気清麻呂公(護王大明神)の和気で、国体護持の護王精神を表します。
    『ウィキペディア(Wikipedia)』和気清麻呂

    三浦芳聖は、天皇に関する串呂では「和気は正真正銘の天皇」を表わす。また、応神天皇の御名が「品陀和気(ほんだわけ)」ですから、之にも通ずることになると述べています(『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』本文44頁)『古事記』では品陀和気、『日本書紀』では誉田別と表記される。

    和気(わけ)は、国体護持のため活躍した和気清麻呂に象徴される地文。
    弓削(ゆげ)は、臣下にして皇位を伺った弓削道鏡に象徴される無道の者、国体破壊者、権力者が勝手(不当)に擁立した天王を象徴的に表わす地文。天照大御神の御心に反するという意味にも解釈できます。

     和気=国体護持 弓削=国体破壊

    (18)雨晴(あまはらし、富山県高岡市太田)

    雨晴
    富山県高岡市太田 雨晴(地図マピオン)

    ア、雨後の雲を吹きはらい、晴天にする風。
    イ、雨天を晴天にすること。
    ウ、(あまはれ)雨が止んで空が晴れること。雨あがり。

    なお、「雨晴」の名の由来は、京都から東北へ落ちのびる源義経が、この近くの岩陰(義経岩)で、にわか雨の晴れるのを待ったことに由来すると言われている。あまばらし海岸。

    竜巻現場と名鉄鳴海駅との神風串呂(№47)
    「昭和31年1月18日の竜巻現場」-「石鏡町」-「名鉄鳴海駅」-「雨晴」 

    4、この串呂の解釈と串呂哲学的考察

    「我拝師山」-「八幡」-「天皇」-「甲生」-「大門」-「諏訪」-「日月の滝」-「竜ヶ岳」-「天照」-「大君」-「成生」-「国見岳」-「八幡」-「善正寺」-「正善」-「八幡」-「和気町」-「雨晴」

    三浦芳聖は、この串呂について下記のように述べています。

    実に「八幡」三串-〇-〇-〇-の超特重大な神風串呂であります。而もこれは「弓削」ではない!「和気」の天皇である。其の線上には『大門に甲辰の年に降誕して現在諏訪に住む、而も「日月の滝」に六十八回の参篭禊祓をした「大君」「天照」「天皇」こそ「正善」である。』と彰示されています。
    (同上著74頁)

    正善(三浦芳聖)は、甲辰年にして牧平大門に降誕し、和気の大君(おおきみ)・天皇・八幡大明神で、日月の滝で参篭禊祓いを敢行し、雨晴(あまはらし)・天照(あまてらす)のような万物を生成化育する聖徳を備え、諏訪(豊川市諏訪二丁目)に住み、ひそかに国見を(国政を見そなわ)していた。

    この串呂は、「八幡」三串で、重要地文が連なる実に神秘的な神風串呂であります。加古川の上流、千ヶ峰の中腹に位置する「日月の滝(唐滝)」は、三浦芳聖が、昭和6年(1931年)2月、霊感にて発見し、昭和28年までに計68回参篭禊祓の水行を敢行した滝でありますので、この神風串呂は「実証の串呂」であります。

    串呂哲学・神風串呂は、三浦芳聖が命がけ血みどろの猛修行によって体得した霊感・霊通・霊力によって解明されたものであることを示唆する神風串呂であると思います。

    三浦芳聖帰幽後、今年(2020年)で49年になる今日、今更、このような串呂をご紹介する目的は、敗戦後、今日まで74年間という長期にわたり、外国軍に占領支配されている中、日毎に亡国への坂道を転がり落ちている我が国同朋に対して、今後、ますます厳しくなるであろう国難に、どのように対処したらよいか、その判断基準の材料にして頂ければと考えてであります。


    💟皆様方の御支援に感謝しています!

    読者の皆様方のご支援に感謝しています!三浦芳聖先生の著書を復刻し、地文の住所を新住所に改め、プロのグラフィックデザイナーに依頼して串呂図のCG化を推進しています。今一層のご支援のほど、何卒よろしくお願いいたします。


    🔴神風串呂を学びましょう!


    💟串呂文庫

    🔴三浦芳聖著「神皇正統家極秘伝 明治天王(睦仁)の神風串呂」復刻版
    🟢三浦芳聖著「五皇一体之八幡大明神 三浦芳聖 降誕号」復刻版
    🟠三浦芳聖 著「神風串呂神伝」
    🟢三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』(デジタル復刻版)
    🔴神風串呂入門-神皇正統家極秘伝(鈴木超世志著)
    💟開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道


    🟡バックナンバー(総合)

    🟠情報拡散のお願い

    この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。

    三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

    串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。

    ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

    2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。

    神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。

    神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

    一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。

    神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。

    出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。

    🟡前号(№49)
    🟢次号(№51)

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    🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
    串呂哲学研究会 鈴木超世志
    ブ ロ グ 串呂哲学研究会
    メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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    青年時代に、神皇正統家に極秘で伝承された神風串呂を学ぶ神縁に恵まれ、爾来、細々と串呂哲学の研究を実施して参りました一学徒です。神風串呂を紹介しながら、日本神界の神経綸(かみしくみ)を研究考察して参ります。一人でも多くの方々に串呂哲学の存在を知って頂ければ望外の喜びです。

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