『卒論スターターキット』マンガ!音楽!何でもいいよ! 論文書けたら送ってみて!とは言ってくれない、ポップなテーマに厳しい担当教授を黙らせる方法
やる気のわいてない人に向けて書きます
卒論に悩んでいる大学生に向けて書きます。
最初に、「論文の書き方」系の名著を紹介します。
論文ガチ勢からも信頼されている名著が三つあります。
これだけでも有益なので、そこで離脱していただいてもOKです。
ただ、まだ卒論のテーマを決められていない方や、マンガなどのポップなテーマで書きたい人は、その先も読んでほしいです。やる気のわいてない人に向けた本は、あまりないからです。そう、多くの「論文の書き方」系の本は、やる気のある人に向けられています。そのため、意識が低い状態だと、「論文の書き方」系の本は難しすぎて、読み通すことができないのです。
意識が低いまま、なんとなく卒論のことが頭にある状態。ぜんぜんまだ手をつけてないけど、せっかくなら自分の好きなテーマで書きたい。でも、書き方とかよくわかんない。この文章は、そんなあなたに届けたい。(ぶしつけながら、敬称略ですすめさせていただきます)
マンガや音楽、ファッションにまつわる名著を紹介しながら、ポップな卒論を書くための思考方法を伝授したいと思います。テーマの立て方や、情報の整理方法など、メディア社会学的なアプローチを、目次から読み取っていきます。あまり本文には深入りしません。たぶん五分くらいで読めます。世界の眺め方、思考のフレームだけつかんだら、さっそく図書館へいってください。
自己紹介:ポップなテーマの修士論文が『Tシャツの日本史』という本になりました
2014年に「日本人とシャツのすそー東京の若者たちはいつからTシャツのすそを出しはじめたのかー」という修士論文を書きました。博士課程には進まず在野で研究を続け、幸運にも2025年に『Tシャツの日本史』という本を出すことができました。中央公論新社から好評発売中です。
文章を書くのは好きだけど、論文になると気後れしてしまうタイプの学生で、修士論文を書き上げるのにも三年半かかってしまいました。ただ、逆にいうと、意識は低いけど卒論はせっかくだからおもしろいこと書きたい心理は、痛いほどよくわかるわけです。
論文の書き方系の名著:阿部幸大『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』、上野千鶴子『情報生産者になる』、小熊英二『基礎からわかる 論文の書き方』

論文入門の決定版と言われる三冊。でも、内容は難しいです。議論がかなり高級なので、寝そべったままでは読めない。ただ、それぞれの著者が「これまでの論文の書き方の本とは違う、実用的な本を書いた」と語っているように、内容は非常にためになります。
いったん、テーマが決まったらしっかり読むことにして、まずは寝そべったまま、パラパラと目次をめくってみましょう。「オリジナリティとはなにか」「主題の決め方」「アーギュメントをみつける」「段落とパラグラフは違う」「誰も立てたことのない問い」といった、気になるパートを拾い読みするのがおすすめです。意外とするする読めたりして、でもそのせいで心が冷えてやる気が消えそうになったら、遠慮なく本を閉じてください。
なんとなく書きたいことが頭にある場合、やる気の炎との付き合い方が大切になってきます。自分が興奮しないと筆が進まないのに、『論文の書き方』なんて読んだら興奮が冷めちゃう。必須なのは理解できても、先行研究のリサーチも面倒、調べているうちに絶対興奮が冷めちゃう。か弱い炎を育てるガッツはないのに、根拠のない自信はあって、頭に浮かんでいるイメージは面白そうで、画期的な問いは立ててみたい。やる気があるのか、ないのか、自分でもわからない。
大丈夫です。ここから、やる気をブースト。
まずは「誰も立てたことのない問い」というモチーフです。
マンガ史の死角をつく:トミヤマユキコ『少女マンガのブサイク女子考』、南信長『メガネとデブキャラの漫画史』

マンガをテーマにした論文は、近年では増えていて、2026年には『マンガ研究で卒論を書こう! 社会とメディアから考える』という本も出版されています。社会学、マンガ論、メディア・オーディエンス研究が専門の池上賢による卒論の手引きは、かなり充実した方法論を提示していて、マンガ以外のメディア社会学的なアプローチにも応用できる内容になっています。
ただ、やはり、やる気のない学生には読み通すのが難しい。メディア論を書くための素晴らしい入門書だとしても、まだ気持ちが寝そべっているので、専門的なことを読むと眠くなってしまう。
そこで、二つのすぐれた達成を紹介します。
トミヤマユキコ『少女マンガのブサイク女子考』と、南信長『メガネとデブキャラの漫画史』です。この二つの本を読むと、これまでみてきた「論文の書き方」系の内容が理解しやすくなると思います。実践編として面白いので、寝そべっていたはずが、思わずガバリと体を起こしてしまいます。
マンガの研究は数あれど、ブサイクキャラやメガネとデブキャラの歴史については誰も書き留めてこなかった。正史としては誰もが無視してきたキャラクターの存在からマンガ史の死角を暴きだし、新たな論点を導き出す。見事な仕事です。意表を突きつつ、懐かしさと新鮮さの両方がある。
ああ、そういえば、メガネキャラって、どのマンガにもいるよな、なんて思いながら『メガネとデブキャラの漫画史』を読み進めると、日本にメガネを最初に導入した人物がフランシスコ・ザビエルである説や、そもそものメガネの誕生が13世紀のイタリアに起源があることを知ってしまう。
J-POP論に擬態して日本とアメリカについて書く:伏見瞬『スピッツ論 「分裂するポップ・ミュージック」』

もし、あなたが好きなアーティストがいて、バンドがいて、その人についての卒論を書きたいと思っているなら、絶対に参考になります。そのアーティストを、どう歴史に、どの歴史的な文脈に、何をどう紐づけて掘り下げるのか。ここが問題になると、論文の書き方の本でも解説されますが、この本はそれの実践です。
これは、さきほどみた「〇〇の死角を暴く」とは別のアプローチになります。アーティストの表現そのもの、そして、そのアーティストを呼び寄せた国内外の時代精神、その関連と来歴を、とにかく見つめる集める並べる。参考文献をみると一目瞭然ですが、この本がJ-POP論に擬態した日本人論、そのなかでも日本とアメリカの若者文化についての思想書であることが一発でわかります。
ここがポイントです。あなたは、卒業論文で、自分なりの思想書を作ってみたいはずなのです。要領のいい同級生は生成AIを駆使して、寝ている間に卒論が完成するプログラムを組んでいるでしょう。しかし、あなたは、興奮したいわけです。自分の可能性に。ひっそりと頭に浮かんでいるアイディアに。
本書も、スピッツの話を追いかけていると思っていたら、不意に「日本と『音楽』の関係を考えるために、私たちは150年ほど前の世界にさかのぼりたい」と視点が飛ぶ。第五章の「国についてー"日本"と"アメリカ"ー」では、スピッツの時代から大きく時代を巻き戻し、歌唱そのものの歴史を掘り下げていく。直前で作家自身の合唱コンクールの話をはさみつつ、いま私たちが当たり前だと思っていることが、明治時代に急に生まれたものであることに、思い当たらせてくれる。私は率直に、明治以前の風習が破壊され急激に西洋化していく150年前の暮らしを、スピッツの楽曲に接続させていく手つきに興奮した。そして、このアプローチは再現性があり、だからこそ教科書のような本だと思っている。
さきほどのマンガ史の死角を暴くアプローチと、本書のアプローチ。ポップなテーマの本の構造を体に通すことで、論文の書き方関係の本を、椅子に座って読めるようになる、そんな気がしています。
150年前のことを調べ、教授を黙らせるための必読書:石井研堂『明治事物起源』

せっかく布団からでて、椅子に座るところまできたので、軽率に150年前に飛べる本を紹介します。石井研堂『明治事物起源』があれば、どんなにポップなテーマでも、卒業論文はかけます。
『明治事物起源』は、日本が150年前、西洋化をスタートさせた時代に何が起きていたのかを記録している本です。いろいろな物事の始まりが記載された辞書のような本。私も『Tシャツの日本史』で「シヤツの始」という項目を引用しています。『明治事物起源』の素晴らしいところは、いま私たちの目の前に当たり前にあるものの起源が書かれていることです。たとえば、イルミネーション。名刺。マスク。ブランコ。ちくま学芸文庫で全8巻、国会図書館のNDLサーチでも読めます。
私が修士論文を書いているときに、中間発表をして、ゼミの先生にいわれたのは、ポップカルチャーの論文は、同時代的なことだけを書いてもダメ。テーマを「歴史の文脈に位置付けろ」ということでした。もし自分のなかに、現代を打ち抜くような画期的な論点、アイディアがあったとして、その発想の素晴らしさを証明するには、方法が一つしかない。日本が西洋化した瞬間から話を始めることです。いまの私たちの当たり前が、当たり前じゃなかったころの話を、どこで差し込むか。その実践を、今回いくつか紹介しました。
これまで、やる気はないけど、せっかくだから面白い卒論にはしたい人に向けて書いてきました。朗報があります。いま、ノーアイディアでも戦えます。『明治事物起源』がすごすぎる本だからです。図書館にいって、ぺらぺらめくってください。繰り返しになりますが、いま当たり前の物事が、当たり前になった瞬間について、なにかしらの断絶についてまとめた本なのです。意識の低いまま、寝そべったまま、読書の興奮を味わっていきましょう。
