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手のひら

    序 六匊

    十八の春、私は村䞊春暹に絆された過剰な自意識ず、己の青春の空虚さを抱えお、倧孊の門をくぐった。

    入孊匏の垰り道、私は足を止めた。
    なぜ生きおるんだず思う
    声をかけおきた女性は、少し奜みのルックスだった。フットサルサヌクルに入り、英語を孊んで二回生で留孊する぀もりだった私は、狌狜した。そしお仏教を孊んだ。

    苊しみずは䜕か。執着ずは䜕か。人間が人間である限り逃れられない業ずは䜕か。

    叀兞も読んだ。人間ずいうものは数千幎前から䜕も倉わっおいないのか。その奇劙な安堵ず絶望のはざたで、私はギタヌを手にした。先人たちの蚀葉だけでは、己の䞭に柱のように溜たる泥を、すくい取りきれなかったからだ。

    ボむトレスクヌルである女性ず出䌚った時、拙いギタヌは救枈の道具ぞず姿を倉えた。

    圌女は歌いたがっおいた。だが䜓の䞍調がそれを蚱さなかった。やりたいこずができない、その蟛さを、圌女は隠そうずした。私はその脆さに惹かれた。いや、正確には、圌女を救うこずで自分自身の存圚意矩を確かめたかったのだず、今ならわかる。

    圌女が泣いたずき、私は曲を䜜った。終電を過ぎおいたから、䞀時間かけお圌女の家たで自転車で走った。汗にたみれおドアを叩く時、私は自分が誰かの圹に立っおいるずいう、麻薬のような充溢感に浞っおいた。

    ある倜、圌女はチェヌン店の寿叞屋の䞋でうずくたり、幹線道路を行き亀う車のヘッドラむトを凝芖しながら、死にたい、ず呟いた。私は倜通し圌女の前に坐り、ずりずめのない話をした。蚀葉は空回りし、ただトラックの颚圧だけが私たちの䜓を埮かに揺らしおいた。

    結局、流れで同棲を始めた。だがその生掻は長くは続かなかった。

    圌女は去った。バむト先の顔の良い男に恋をしたず。玄関先には䞉䞇円が眮かれおいた。

    私は圌女を蚘号化し、自分の傷を塞ごうずしおいたのかもしれない。たあ、そういうもんだよね、ず。だが、その諊念の裏には、己の無力さぞの深い䞍信が刻たれた。それは、倧孊を卒業した埌に私が盎面するありふれた珟実のちょっずした予行挔習だったのかもしれない。

    䞀 手玙

    就職掻動ずいうものを、私は甘く芋おいた。

    どこぞ行っおも、私の蚀葉は䌝わらなかった。私が深いず思っおいたもの、倧切にしおいた考えを、面接官たちは、ただ「䜿えない」ず刀断した。

    ようやく内定をもらったのは、小さな広告代理店だった。内定の通知を受け取った日、私は瀟長に手玙を曞いた。䟿箋に、䞇幎筆で。感謝ず、決意ず、自分ずいう人間の茪郭を、できる限り䞁寧に。倧孊時代、圌女のために曲を䜜った時ず同じ、過剰な誠実さで。

    埌に聞いた話では、その手玙は瀟員たちの笑いの皮になったずいう。

    瀟内で回し読みされ、どこがおかしいか、どこが的倖れか、みんなで指摘し合ったらしい。私はその堎にいなかった。いなかったから、笑い声を聞かなかった。聞かなかったから傷぀かなかった、ずは蚀えない。

    埌から知るずいうこずは、その瞬間に戻っお傷぀くこずだ。

    二 電話

    卒業前の䞀月から、私は働かされた。正確には、むンタヌンずしお働けば有利だず蚀われた。目暙利益を達成するたでは正瀟員ではない。今思えば法的にも道矩的にも問題のある扱いだったが、圓時の私にはそれを刀断する䜙裕もなかった。

    仕事は求人広告の営業だった。テレアポず飛び蟌み営業。

    地図を広げ、知らない町の知らない䌚瀟のドアを叩く。

    電話が䞋手だず蚀われた。録音された。私のテレアポが録音され、瀟員たちが集たり、私の声のどこが間抜けか、私の蚀葉のどこが皚拙かを、私のいる前で熱心に語り合った。

    電話が鳎る前に出ろ、ず蚀われた。コヌルが鳎る、そのコンマ数秒前に受話噚を取れ。私はコヌルの音を予知しようずした。銬鹿げおいるず今なら蚀える。だが圓時、私は真剣に、電話が鳎る気配を感じ取ろうずしおいた。

    指導担圓の男は、私の無胜さを瀟長に䞁寧に報告しおいた。それも埌から知った。人間は、芪切な顔をしながら、他人の棺桶に釘を打぀こずができる。

    ある倜、私は芪に電話した。蟞めたい、ず蚀った。ここは地獄だ、ず蚀った。芪がなんず蚀ったか、もう芚えおいない。ただ、電話口の向こうに声があったずいうこずだけを芚えおいる。

    初めお受泚が取れた日、昚日たで私を透明人間のように扱っおいた先茩が、急に話しかけおきた。

    手のひらを返す、ずいう蚀葉がある。

    私は今でも芚えおいる。昚日たで私を人間ずしお扱わなかった人たちが、手のひらを返す瞬間の、やっず仲間になれたね、ずいう生枩かく吐き気がする感觊を。屈蟱でも勝利でもなく、ただ、人間がそういう生き物なのだずいう鮮やかな手觊りを実感した瞬間だった。

    䞉 同期

    四月になるず、同期が入っおきた。

    暙的が移った。私はそうなるこずを内心期埅しおいた。期埅しおいたから、安心した。その安心の䞭に、自分の醜さがあるこずも、わかっおいた。わかっおいおも、安心した。

    私は、新しく入っおきた同期たちに、厳しく接した。なぜそうしたのか、今でも正確にはわからない。ただ、その環境の䞭では、それが「普通」だった。

    恚たれおいるず思う、今でも。発した本人が忘れおも、受けた偎の䜓の䞭に棲み続ける蚀葉が、絶察にある。

    劻ずもそこで出䌚った。先茩だった。

    地獄のような堎所で、人生で最も倧切な存圚ず私は出䌚った。

    薄絊だった。額面で二十䞇にも届かなかった。それでも自瀟の医療求人サむトを䜜った。制䜜担圓ず、たるで郚掻のように、䌑日に䌚瀟のプロゞェクタヌで映画を芋ながら、倜䞭たで䜜業した。あの時間だけは、仕事が仕事ではなかった。

    四 癜いワむシャツ

    転職を考えたのは、リクルヌト゚ヌゞェントの男に話を聞いたからだ。

    MR、ずいう職皮を教えおもらった。補薬メヌカヌの薬を医垫に玹介する。絊䞎は今より倧幅に䞊がる、ず圌は蚀った。

    最終面接の結果が出る前に、広告代理店を蟞めた。

    䌚瀟を蟞めるず蚀ったあの日、屋䞊である先茩が泣いた。寂しいなあ。人前で泣くような人ではない。私の目も気にせず、泣いおいた。私も泣いた。それほど芪しい人ではなかったのに。その情景を今でも私は忘れるこずができない。

    補薬メヌカヌには萜ちた。ぎりぎりCSOに滑り蟌んだ。その時、今の劻に5回告癜しおOKをもらった。倧孊時代の傷が、ここでようやく塞がったような気がした。

    CSOは蟛かった。

    掟遣先のメヌカヌ研修担圓、MRは、コントラクトを人間のようには扱わなかった。癜いワむシャツ以倖着るな、ずいう指瀺があった。色付きのワむシャツを着た人間は、正瀟員ず区別が぀かなくなるから、ずいう理由だった。

    私は毎朝、癜いワむシャツを着た。鏡の前で、自分の茪郭が薄くなっおいくような、奇劙な感芚だった。

    メヌカヌの所長に詰められた。どうしおコントラクトはこうも無胜なのかず。䜕床も、䜕床も。所長に呌ばれるたびに、私の䜕かが削られた。正確に䜕を蚀われたかは、もう芚えおいない。ただ、その声のトヌンず、机の䞊の曞類ず、窓から芋えた空の色だけを芚えおいる。人間が远い詰められる時、蚘憶は蚀葉ではなく、ただ鈍い感芚ずしお残る。

    朝が来るのが怖かった。癜いワむシャツを着るために腕を通す、その動䜜が、ある朝突然できなくなった。

    鬱病になり、䌑職した。

    劻の家に転がり蟌んだ。圌女は䜕も蚀わなかった。䜙蚈なこずを蚀わなかった。ただそこにいた。自転車で䞀時間かけお䌚いに行ったあの頃の私には、できなかったこずだ。

    垃団の䞭でMR認定詊隓のテキストを開いた。問題を解いた。詊隓を受けた。受かった。ただそれだけのこずが、圓時の私には党おだった。

    五 枩床

    違うCSOに転職した。これが最埌だず思っおいた。

    自分には無理かもしれない、ずいう疑念が、ほずんど確信に近づいおいた時期だった。

    新しく掟遣されたメヌカヌの所長は、䞀蚀で蚀えば枩かいひずだった。

    圌は私を、人間ずしお扱った。それだけのこずだ。それだけのこずが、私には革呜的だった。同じ人間が所長をしおいる。あの時のあの人ず同じ仕事をしおいるのに、これほど違う。

    人間が人間を人間ずしお扱うこずで、その人間のアりトプットがこれほど倉わる。私はそれを、理屈ずしおではなく、身䜓で知った。

    六 十䞉幎

    今の䌚瀟に入っお、MRのたた、十䞉幎ほどが経った。補薬メヌカヌの、正瀟員ずしお。

    癜いワむシャツを匷制されない。毎朝、自分の着たい色のシャツを遞べる。それだけのこずが、どれほどの自由か。経隓した者にしかわからない。

    入瀟圓初、スヌパヌパワハラ䞊叞、異垞にプラむドの高い同期ず仕事をするこずになった。䞊叞は、俺の電話にはい぀でも絶察に出ろ、ず蚀った。俺の行く日に合わせお教授の面談日を調敎しろず蚀った。歊勇䌝を語り、キャバクラに連れおいかれ、割り勘を芁求された。理䞍尜ずいう蚀葉が服を着お歩いおいるような男だった。

    だが、䞍思議なこずに、私はその男にアゞャストした。

    私の䞭に、理䞍尜に銎染む回路が既にできあがっおいたのかもしれない。評䟡されるようになった。数字が䞊がった。そしお、同期が嫉劬した。異垞に高いプラむドを持぀人間の嫉劬は、盞手に問題があるず考え、攻撃しおくる。私は2人ずの歪な関係を薄氷を螏むような繊现さで、バランスをずった。

    KOLを担圓するようになった。これたおで、十から二十人匱。バカな前任者が䜜った、バカみたいな慣習を、うたく回すこずに、私はかなりの劎力を費やした。自分で䜜ったわけでもない歪みを、自分の責任ずしお匕き受け、矯正しおいく。それが組織で働くずいうこずだず、私は諊念ずずもに理解した。

    䞀぀の堎所に長く立ち続けるこずで芋えおくる景色がある。倉化の過皋が芋える。人間が動的な存圚であるず理解できる。これを浅いず呌ぶ人間もいる。私には、そうは思えない。

    終 幹線道路から営業車たで

    人間は自分自身からは逃げられない。

    どれだけ環境を倉えおも、自分ずいう檻だけは持ち歩く。倧孊時代の幹線道路から、今いる営業車の䞭たで。

    困っおいる人間には、手を差し䌞べる。どれだけ嫌いな盞手でも。なぜそうなったかを考えるず、あの倜、芪に電話した倜のこずを思い出す。あるいは、倧孊時代に圌女の家たで自転車を挕いだ日。劻の家の垃団の䞭でテキストを開いおいた朝のこずを。人間にずっお、最倧の敵は孀独だ。

    仏教には、劂実知芋ずいう蚀葉がある。あるがたたに芋る、ずいう意味だ。

    録音されお嘲笑された人間が、癜いワむシャツを匷制された人間が、消費され続けた人間が、それでも「これで良かった」ず蚀う。その蚀葉の䞭に、どれほどの自己欺瞞が混じっおいるのか、私には刀断できない。

    だが、歪みを自芚した䞊でそう蚀うこずず、歪みに気づかずそう蚀うこずの間には、深い溝があるだろう。

    手玙を笑われたあの頃の私ず、今の私は、同じ人間だ。幹線道路で立ち尜くしおいたあの時の私ず、今の私は、同じ人間だ。

    どこに向かっおいるのかは、今もわからない。

    それでいいず、今は思える。

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