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漫画「ドラえもん」と国語力の関係性についての考察

わたしは関西のとある田舎で公立の中学校教員をしている。
現在は育児休暇を取得中なので子育てに専念しているが、子どもたちに携わり、彼らの成長をいちばん近くで見届けることのできるこの仕事に誇りをもっているし、自分では天職だと思っている。

教師になった理由は様々あるが、そのうちの一つは、「幼い頃から読書が好きで、国語が得意科目であったため、読書や国語の面白さを伝えたいから」というものである。

「小さい頃のあずきは週末になるたびに町の図書館へ出かけ、自分の背丈よりも高く両脇に本を積み上げ、片っ端から読み漁っていた」とよく母から聞かされていた。記憶にないわたしは「盛りすぎだろ」と受け流していたが、地元の幼馴染も「保育園の頃からそうだった」とみな口を揃えて言うので、どうやら筋金入りだったらしいのだ。

おかげで国語の成績だけは小中高と抜群に良かった。一度中学3年生の頃に、全国模試で国語だけ偏差値78という驚異の数字を叩き出したことがある。塾の先生も引いていた。わたしも引いた。
いっぽう高校時代、数Iの定期テストでは8点を取ったことがあるし、理数科目では赤点と補習の常連組だったことは棚に上げておく。
(そんなんでも教師になれるんだよ、とこのエピソードを使ってよく子どもたちを励ましている)

ではなぜわたしはここまで読書が好きで、国語が得意だったのだろうか。はっきり言って遺伝ではないことは確かだ。
我が家に文系はわたしを除いて一人もいない。かろうじて理数系が一人、他は体育会系かお笑い系。(夫にはいつも何だその分類とつっこまれる)家族の誰かが漫画、雑誌以外の本を読んでいる姿など見たことがない。

では、なぜ。

突拍子もないと思われるかもしれないが、わたしは、理由の一つに「ドラえもん」の存在があるという説を唱えたい。

両親が共働きだったわたしは、幼い頃はよく祖父母の家で過ごしていた。近所に古本屋があり、子守を持て余した祖母はよくわたしをそこへ連れて行ってくれた。
行くたびに一冊ずつ買い与えてくれていたのが、「ドラえもん」なのである。

物心ついて初めて読んだ漫画「ドラえもん」
画像は自前の物なので色褪せている


ドラえもんは多くの人がご存知のとおり、ページをめくるだけで過去や未来、雲の上や海の底など様々な場所へ連れて行ってくれる。
また、ファンの中では「ドラえもんで描かれていないテーマはない」と言われるほど、多様な
エピソードがあり、わたしはそこから色んなことを学んだ。
道徳やモラルはもちろんのこと、科学や生物学、天文学、歴史、地理、政治、環境問題に人権問題......。わたしが恐竜や絶滅動物に詳しくなったのはドラえもんのおかげだし、海底にはマリンスノウという現象が起こることや、アダムとイブやノアの方舟、モーゼの十戒などの聖書の有名エピソードもドラえもんで知った。宇宙や地球はどうやって誕生したのか、「盲点」というものの存在、などなど。藤本先生の多才っぷりには本当に脱帽である。

つまりわたしは、幼いながらに異世界へ旅立つことができる楽しさと、学びを得られる喜びを、ドラえもんを通じて読書の中に見出してしまったのだ。
それをきっかけに本の虫となっていったのだろう。

そしてドラえもんをはじめとする藤子・F・不二雄作品には、「軽快なテンポと絶妙な行間」「表情で魅せる無言の感情」が特徴としてあると感じている。
例えば下のような展開である。

ドラえもんプラス1巻より

これはのび太が外で何度も服を汚して帰ってくるので、ママがのび太にお説教をするシーンである。
無駄がない。あまりにも無駄がなさすぎる。
ジャイアンたちに追いかけられたせいで水たまりにはまり、服を汚し、帰宅してそのことをママに叱られる。
これをたった4コマで表現しているのである。セリフに関してはママが放った「また」の二文字のみ。
にも関わらず、登場人物たちの表情や仕草でこれらの場面を的確に表現している。ママの怒りやのび太の落胆の度合いまではっきりと読み手に伝わってくる。
3コマ目の「また」と言い放つママの表情からは、怒りだけではなく呆れなどの感情も読み取ることができないだろうか。
「ドラえもん」を読んでいると、このように、自然と行間や心情を読み解く癖がつくのである。

これらが藤本先生の表現力の素晴らしさであり、「ドラえもん」の魅力の一つであり、そして、わたしが国語力の土台となる想像力・推察力・洞察力・読解力等を鍛えることができた要因の一つかもしれない、と思うのだ。

もちろん、実際のところの因果関係は不明である。ただひとつはっきりと言えるのは、「ドラえもん」は素晴らしい作品であるということだ。

どこかにわたしと同じように、「ドラえもん」のおかげで読書好きになった、国語が得意になった…と感じている人物はいないだろうか。
きっと同志がいるのではないかと信じている。

国語力向上の要因としては、この他にも様々なものが複雑に絡み合っていると感じているため、いつかまたそのことも機会があれば書いてみたい。

なお、念のため付記しておくが、この投稿は当然の如くなんのPR案件でもない、なんの影響力ももたないただの戯言である。

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