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【創䜜倧賞】アヌカむブの再線成『幕間の独りごず』ヌ忘れられた“ノむズ”に未来を芋る

未来を芋たければ過去ぞ飛べ

NHK BS「䞖界サブカルチャヌ史 欲望の系譜」で、ナレヌションの玉朚宏が繰り返し口にしおいた蚀葉である。

今を知るために過去ぞ飛ぶ。

時代の䞭心ではなく呚瞁ぞ目を向ける。

そこで芋぀けた断片を䞊べ盎した時、その時代を動かしおいた欲望や空気が浮かび䞊がっおくる。

私は、この芖点を野球にも持ち蟌んでみたいず思った。プロ野球ずいう巚倧なアヌカむブを再線成し、人間の物語を読み盎す詊みである。

遞手の珟圚地は、その幎、その日の成瞟だけでは芋えおこない。

高校時代の蚘事。忘れられた敗戊。恩垫の蚌蚀。ラむバルの蚀葉。十幎前の新聞の片隅に茉った小さなコメント。そしおXアカりントに流れる無数の投皿。

そんな詊みずしお曞き続けおきたのが『プロ野球ノむズの詩』である。

2026幎シヌズン開幕から亀流戊たで。私は140篇に及ぶ゚ッセむを蚘した。

『プロ野球ノむズの詩』ずいうタむトルには、少し皮肉が蟌められおいる。

スポヌツ玙の蚘事。Number、週刊ベヌスボヌルのむンタビュヌ、SNSに流れる無数の蚀葉。

それらは日々生産され、消費されおいく。詊合が終われば圹目を終え、新しい話題に抌し流される。

私はそうした情報を「ノむズ」ず呌んだ。

その瞬間の空気や感情が刻たれおいるにもかかわらず、あたりにも短い時間で忘れ去られおいくからだ。

だから私は、消費されるはずだったノむズを拟い集めた。

そしお時間や文脈を越えお䞊べ盎し、䞀人の遞手、䞀぀の出来事をもう䞀床芋぀め盎そうずした。

本䜜『幕間の独りごず』は、その140篇の䞭から5篇を遞んだものである。しかし、本曞の特城は遞んだこずそのものにはない。

『プロ野球ノむズの詩』で私が詊みおきた再配眮の方法にある。

もっずも、そこで詊みおきた再配眮ずは、コラムの䞊べ替えを意味しない。

それは、過去ず珟圚に散らばった蚀葉や蚘録を、新たな文脈の䞭で結び盎すこずにある。

高校時代の蚘事ず珟圚の詊合。ドラフト時の蚀葉ず珟圚の立堎。忘れられた敗戊ず今日の掻躍。

本来は離れお存圚しおいる時間の断片を結び盎した時、䞀人の遞手の茪郭が浮かび䞊がっおくる。

アヌカむブの䟡倀は、珟圚を盞察化するこずにある。

忘れられた蚘事や蚀葉を珟圚の隣ぞ眮き盎した時、その遞手は別の顔を芋せる。

本曞に収めた五篇もたた、そのような詊みである。

取材網や特別な立堎がなくずも、残された蚀葉や蚘録をたどるこずで、人は新たな物語を線むこずができる。

本䜜は、その可胜性ぞの小さな実隓でもある。



第章「鉄1キロず綿1キロ」ヌ䞻力の座に螏みずどたれるか、藀岡裕倧

4月23日。パ・リヌグの出堎遞手登録抹消に、千葉ロッテマリヌンズ・藀岡裕倧の名前が䞊んだ。

前日22日の日本ハム戊。自打球を右足銖付近に受けおおり、その圱響が考えられる。ただ、気がかりはそこだけではない。打撃の状態も、開幕から䞊向く気配を芋せおいなかった。

昚季は䞻将を任されながら、序盀の䞍振に苊しみ、若手の台頭もあっお芏定打垭には届かなかった。「うたくいかないこずだらけだった」――そう振り返ったシヌズンを経お、藀岡は囜内FA暩を行䜿せず残留を遞ぶ。

決断を埌抌ししたのは、「ショヌトでやっおくれ」ずいう蚀葉だった。

遊撃ぞのこだわりを胞に迎えた今季。しかし、負傷で出遅れ、開幕スタメンにその名はなかった。遊撃には小川韍成が入り、藀岡の今季初昇栌は4月8日。立ち䞊がりは埌手に回った。

ここたで打率.13622打数。守備は二塁で7詊合、䞉塁ず遊撃でそれぞれ1詊合ず぀。起甚の揺れが、そのたた珟状を映しおいる。

FA残留を遞んだ33歳のシヌズン、「想っおいた珟状」ではない。「䞻力」の座にずどたれるかいなか、螏ん匵りどころず蚀えるだろう。

藀岡ずいえば11幎前、亜现亜倧4幎時の蚘事を思い出す。同玚生の北村祥治ずずもに、ドラフトの指名挏れを報じた䞀節だ。

そこには、4幎間曞き続けおきた野球ノヌトを、そのずきだけ提出できなかった藀岡の姿があった。「䜕を曞いおいいかわからない」――そう口にした圌に、圓時の生田監督は蚀い攟぀。「指名されなければやめるのか。負け犬になるのか」。

同じ指名挏れを経隓した北村も、そのずきの監督の蚀葉をこう振り返っおいる。

「鉄1キロず綿1キロ、重さは同じだ。自分たちは野球を基準に考えがちだが、監督にずっおは藀岡も自分も、䞀般就職する遞手も倉わらない。䞀人ひずりの䟡倀は同じだ。䞋を向くな。」

厳しさで知られる亜现亜倧孊。その環境で過ごした4幎間が、遞手の内偎に残すものは小さくないだろう。

圓時、肩を萜ずす藀岡の隣にいたのは板山祐倪郎だった。藀岡よりも䞀足さきにプロ入りしたものの阪神で戊力倖を経隓。珟圚は䞭日でナヌティリティヌプレヌダヌずしおプレヌを続けおいる。そのたくたしさは、いたも倉わらない。実にしぶずい。

あの時間をくぐっおきた藀岡もたた、いた、別のかたちで螏みずどたる局面にいる。遊撃ぞのこだわりを抱えながら、䞻力にずどたれるかどうかのせめぎあいの䞭ぞ。

立堎は倉わっおも、問われおいるものは、あのずきず倧きくは倉わらない。グラりンドに残り続ける力が、あらためお詊されおいる。

【幕間の独りごず】
33歳。自分の茪郭を無理やり抌し広げなければ、生き残れない堎所がある。 鉄でも綿でも、重さは同じだ。 だったら私は、どれだけ䞍栌奜でも、グラりンドに残り続けるあの重みを信じたいず思う。



第章「ドラフト2022の裏偎で」――矢柀宏倪ず呌ばれなかったもう䞀぀の名前

矢柀宏倪が苊しんでいる。4月25日、察オリックス戊。3点を远う7回1死満塁、3者連続四球で抌せ抌せの堎面で代打を送られた。

投打の二刀流を期しおプロ入りしおから4幎。昚季から倖野手に専念し、今季も投手登録のたたではあるが、プレヌは倖野に限られおいる。週刊ベヌスボヌルの取材に察し、矢柀はこう語っおいる。

「倖野手1本で、レギュラヌを獲りにいくシヌズンになるず思いたす。」

「投手・矢柀」ぞの思いを問われるず、「本圓に、今は倖野での定䜍眮奪取しか考えおいないです」ず蚀い切ったうえで、蚀葉を継いだ。

「栗山英暹CBOずも話をするずきがありたすが、『レギュラヌを獲った先にできるこずが広がるかもしれない。たず、倖野手ずしおレギュラヌを獲ろう』ず蚀っおくださっおいるので、達成するたでピッチャヌのこずはたったく考えおいたせん。」

栗山の名を目にしたずき、蚘憶は䞀気に過去ぞず匕き戻された。2022幎、ドラフト戊線が早くも熱を垯びおいた頃のこずだ。

圓時、矢柀ずずもに倧孊球界で匷い存圚感を攟っおいたのが、山田健倪立倧だった。

幎明け早々から「䞖代屈指」「走攻守䞉拍子揃った倧型二塁手」ずいった評䟡が䞊び、ネット䞊のドラフト愛奜者のあいだでも「ドラフト1䜍候補」ずいう芋立おが共有されおいく。「右の長距離」ずいう需芁も重なり、その評䟡は加速しおいった。

さらに2月、その空気を決定づける報道が出る。

䟍ゞャパンを率いおいた栗山監督が、矢柀日䜓倧ず山田の倧孊生2人を、3月開催予定の匷化詊合に“飛び玚”でリストアップしおいたずいうものだ。コロナ犍により詊合自䜓は流れたが、この䞀報は界隈の芋立おを䞀段ず匷固なものにした。

7月にはオランダで開催されたハヌレムベヌスボヌルりィヌクで山田は䞻将を務め、8月には倧孊日本代衚ずしお高校日本代衚の壮行詊合にも出堎する。評䟡を裏付ける材料は、確かに積み䞊がっおいた。

それでも、結果は異なる圢で珟れる。

倧孊4幎のドラフト圓日、山田の名前が呌ばれるこずはなく、あれほど肥倧化しおいた「ドラ1」の熱狂は指名の瞬間に音もなく霧散しおいった。

倖から芋぀めるだけの者にずっおも、その空癜の萜差は容易に受け止めきれるものではなかった。

山田はその埌、日本生呜ぞ進んだ。ドラフト指名挏れから瀟䌚人入り。2幎埌、再び指名の機䌚を埗る幎を迎える。

そのずき、栗山英暹は北海道日本ハムファむタヌズのチヌフ・ベヌスボヌル・オフィサヌずしお、球団運営ず線成の䞭枢にいた。か぀お「飛び玚」で名を挙げた遞手に察し、関䞎し埗る立堎にあったずもいえる。

それでも、指名はなかった。

山田は二床、名前を呌ばれなかった。

䞀床目は、期埅が膚らみきった末の空癜。
二床目は、時間を経おなお埋たらなかった空癜。

そしお、いたもなお、その空癜は続いおいる。

あのずき栗山が「飛び玚」で名を挙げた二人は、別々の時間を歩くこずになった。

矢柀の珟圚は、憧れの舞台での栌闘だ。倖野手ずしおレギュラヌを぀かむ――その䞀点に照準を合わせた日々が続いおいる。

だからこそ、その打垭を芋぀めるずき、どうしおも重なっおしたう。

同じ堎所に呌ばれかけたはずの、もうひず぀の名前があるずいう事実を。

その䞍圚ごず、矢柀宏倪は、いた、グラりンドに立っおいる。

【幕間の独りごず】
午前二時、静たり返った郚屋で、呌ばれなかった名前のこずを考える。 光が匷ければ匷いほど、その背埌に萜ちる圱は深く、濃い。 矢柀のナニフォヌムの癜さに、私はどうしおも、あの日の空癜を重ねおしたう。


第3章「垞廣矜也斗䌝」ヌはじたりはい぀も「誰かの背䞭」から

5月4日、暪浜スタゞアム。7回裏。
スコアは6点ビハむンド。マりンドに䞊がったのは、広島・垞廣矜也斗だった。

2023幎ドラフト1䜍。
か぀おの競合指名、抜遞の熱狂を思い返せば、この堎面はどこか拍子抜けにも映る。先発ロヌテの柱ずしお名前が呌ばれる未来を想像しおいたファンにずっお、この起甚は「少し違う」ず感じられおも䞍思議ではない。

その䞀方で、最近になっお流れおきた報道がある。
青山孊院倧をようやく卒業したずいう話だ。

時間の流れが、わずかにずれおいる。

プロ3幎目。けれど感芚ずしおは「今幎からがスタヌト」。
そう捉えるず、この7回のマりンドは、むしろ自然な䜍眮に芋えおくる。

ファンからすれば「ちょっず埅っおくれよ」ず蚀いたくなるかもしれない。
ドラフト1䜍ずいう肩曞きは、それだけで即戊力のむメヌゞを呌び蟌むからだ。

だが、垞廣が歩んできた道のりをなぞるず、その違和感は次第に茪郭を倉えおいく。

さもありなん――そんな手觊りぞず。

垞廣の出発点は、いわゆる゚リヌトの軌道ずは重ならない。
倧分県立舞鶎高校。進孊校であり、甲子園ずは瞁が薄い堎所だ。
䞭孊時代はチヌムの䞉番手投手。球速も際立぀ものではなかった。

それでも圌は、入孊圓初から「䞊でやりたい」ず口にしおいた。
根拠よりも先に、方向だけが定たっおいる。そんな蚀葉だった。

高校時代の圌は、垞に誰かの背䞭を仰ぎ芋る堎所に眮かれおいた。

絶察的な゚ヌスであった益川和銬の圱。すぐ埌ろから足音を響かせおくる新名凌銬や朚村駿倪朗ずいった埌茩たち。自分より高く評される存圚が垞に隣に揺れおいる環境こそが、結果ずしお圌を静かに抌し䞊げおいったのだろう。

名を知られぬ苛立ちも、評䟡されぬ違和感も、すべおはその配眮の䞭で熟成されおいく。

迎えた宮厎遠埁の䞀戊、匵り詰めた空気の䞭で指揮官から投げかけられた蚀葉が、圌の内なる䜕かに火を぀けた。

「スカりトに挚拶させる投球をしおみろ」

142キロを連発し、䞉振を積み䞊げる。
詊合埌、本圓にスカりトが珟れる。
無名ずいう立堎が、反転する瞬間だった。

それでも甲子園には届かない。
最埌の倏、敗戊の䞭で圌は継投を進蚀する。
結果は裏目に出たが、そこには投手ずしおの䞻䜓が芜を出しおいた。

 倧孊進孊も、䞎えられた道ではない。
自ら問い合わせ、緎習䌚に参加し、青山孊院倧にたどり着く。

「プロに行くために来た」

その蚀葉は、環境の䞭で詊される。
䞋村海翔をはじめ、党囜レベルの投手が䞊ぶ。
そこで垞廣は再び、「远う偎」に眮かれる。

圓初は球速だけを远った。
スカりトの芖線を意識し、力任せに投げる。
やがお故障がそれを止める。

投げられない時間。
フォヌムを問い盎す時間。
理解できなかった蚀葉が、身䜓の䞭で結び぀いおいく。

転機は倧孊3幎。
地元開催の詊合でベンチ倖ずなり、裏方に回る。
その悔しさを抱えたたた迎えた次の登板。
152キロ。内転筋の肉離れ。
代償ず匕き換えに、「投げ方」を掎む。

そこから先は加速する。
153キロ。倧孊日本代衚候補。
青山孊院の優勝に貢献する投手ぞず倉わっおいく。

振り返るず、垞廣は䞀貫しおいる。

垞に誰かの埌ろから始たり、
環境に抌し䞊げられるこずで、自分を曎新しおきた。

自分で道を切り拓くずいうより、
高い基準に觊れ続けるこずで、自然ず匕き䞊げられおいく。

その軌道。だからこそ、プロ3幎目の珟圚地も、ひず぀の延長線䞊にある。

先発ロヌテではない。ビハむンドでの登板。
圹割は限定的で、序列の䞭間に䜍眮する。

ここには、高校や倧孊のような「わかりやすい基準」がない。

远うべき誰か。
明確な到達点。
それが、少し芋えにくい堎所だ。

このずき、これたで機胜しおいた成長の回路が、䞀床止たる。

環境が匕き䞊げおくれる段階から、
自分で基準を眮く段階ぞ。

5月4日、暪浜スタゞアム。7回裏、6点ビハむンド。

その立ち䜍眮は、どこかで芋たこずがある。

高校でぱヌスの埌ろから。
倧孊では党囜区の投手の埌ろから。

垞に、誰かの背䞭を远う堎所から、圌は始たっおきた。

ならば、この日のマりンドも同じだ。

ドラフト1䜍ずいう肩曞は、少しだけ圌を前に抌し出した。
しかし垞廣矜也斗ずいう投手は、本来そこから始たるタむプではない。

6点差の7回。

ここは遠回りではない。
これたでず同じ、圌にずっおのスタヌトラむンだ。

【幕間の独りごず】
誰かの埌ろからしか始たれない倜があっおもいい。 6点差の7回。拍子抜けするような静寂のなかに、圌の本圓の始たりの合図が聞こえた気がした。 远い぀くべき背䞭がある限り、人はただ、どこたでも遠くぞ行ける。


第4章「運呜を愛し、垌望に生きる」ヌ郡叞裕也、新庄剛志ずいう「䜙癜」ずの共鳎

「運呜を愛し、垌望に生きる」。

2015倏の甲子園、仙台育英で準優勝を経隓し慶應ぞ進んだ郡叞裕也は、1幎時にこう蚘しおいた。「慶應高䞍合栌」を経おの回り道を、自ら匕き受けた蚀葉だ。この時点で、すでに圌は“環境に適応する”のではなく、“環境を意味づける”偎に立っおいた。

その資質は、早くから呚囲に䌝わっおいる。

高校時代、指揮官が䜓調を厩した神宮倧䌚前倜、「倧䞈倫です、僕らがやりたすよ」ず蚀い切った゚ピ゜ヌドは象城的だ。捕手ずしおの技術以前に、チヌムの空気を匕き受ける芚悟があった。

䜐々朚順䞀朗監督から䞎えられた四字熟語「聡明叡智」は、状況を読み替える力、その䞭で自分の圹割を芋぀ける力を指しおいる。

䞭日では、その力が十分に衚面化するこずはなかった。捕手ずしおの評䟡軞に瞛られたたた、出堎機䌚は限定される。だが、日本ハムで状況は反転する。新庄剛志は、郡叞を「捕手」ずいう枠から倖した。䞉塁、倖野、打順も固定しない。圹割を揺らすこずで、遞手の本質を匕き出す起甚だ。

このずき問われるのは、技術の高さそのものずいうより、䞎えられた圹割を匕き受け続ける力だ。

䞉塁、倖野、そしお番。起甚が倉わるたびに求められるものも倉わる。その䞭で厩れずに立ち続け、シヌズン埌半にかけお打撃を䞊げおいった。郡叞の䟡倀は、その察応の積み重ねに衚れおいる。

興味深いのは、監督ずの距離感だ。

新庄は现かいプレヌの指瀺を重ねるタむプではない。「打率280」ずいう目安は瀺すものの、そこぞ至る道筋はすべお本人に委ねられおいる。「30タコでも䜿う」ずいうあの砎栌の信頌も、ただ広倧な枠だけを提瀺する行為に他ならなかった。

郡叞裕也ずいう男は、その甚意された䞖界の䜙癜を正確に読み取り、自分だけの解釈で応答しおいく。

打率ノルマに察しお「2割7分9厘だったらどうなるんですかね」ず返すナヌモアは、埓属でも反発でもない。関係性の䞭で、䞻䜓を保぀振る舞いだ。

「運呜を愛し、垌望に生きる」。

蚀葉の通り、郡叞は䞎えられた配眮を匕き受けながら、その䞭で意味を線み盎しおきた。

䞭日から日本ハムぞ。捕手から䞉塁、そしお番ぞ。倉化の連続に芋える軌跡は、䞀぀の軞で貫かれおいる。監督が倉わるたびに、郡叞は“䜿われ方”を曎新する。そのたびに、内偎に蓄えた資質が、ゆっくりず圢を持぀。

そしおいた、その積み重ねは、チヌムの䞭心ぞず届き぀぀ある。

5月4日、察楜倩戊。「4番・䞉塁」に入ったのは枅宮幞倪郎だった。郡叞は代打で四球を遞ぶ。打率は243。数字だけを芋れば、停滞ず呌べる時間にある。

それでも、ここたでの歩みを重ねおみるず、この局面の芋え方は少し倉わる。

圹割を揺らされ、その郜床匕き受けおきた遞手だ。うたくいかない時間も含めお、配眮の䞭で意味を線み盎しおきた。その繰り返しが、いたの立ち䜍眮を぀くっおいる。

だからこそ、この打率の停滞も、途切れずしおではなく、次の圢に向かう過皋ずしお映る。

「運呜を愛し、垌望に生きる」。

あの蚀葉は、順調な時間のためにあるのではない。むしろ、こうした局面でこそ、遞び取られる。

【幕間の独りごず】
䞎えられた垭がどこであれ、そこに座る自分の意味だけは手攟さないこず。 2割7分9厘のナヌモアが、組織の窮屈な枠組みをかすかに笑い飛ばす。 運呜を愛するずは、きっずそういう、小さな抵抗の積み重ねだ。


第5章「牙の品栌」――朚浪聖也、32歳の祝犏ず壁に立ち向かう“負けん気”

「本日6月15日は、#朚浪聖也遞手のお誕生日です。おめでずうございたす」――。亀流戊を2詊合残しおいる阪神タむガヌス公匏アカりントの投皿には、倚くの祝犏が寄せられおいた。

そこには満面の笑みを浮かべる朚浪の姿がある。

もっずも、その笑顔ずは裏腹に、昚幎も今幎も朚浪を取り巻く状況は穏やかではない。朚浪本人にずっおも、朚浪を支え続けるファンにずっおも、32歳の誕生日はさたざたな思いが去来する䞀日ではないだろうか。

昚日たでのオリックスずの亀流戊で、朚浪は5月27日の日本ハム戊以来ずなるスタメン出堎の機䌚を埗た。しかし、攻守ずもに存圚感を瀺すには至らなかった。しかも守ったのは本職の遊撃ではなく䞉塁だった。

珟圚、阪神で遊撃の座を぀かんでいるのは熊谷敬宥である。藀川球児監督が繰り返し熊谷の守備を高く評䟡しおいるこずを螏たえるず、今埌も「遊撃手・朚浪聖也」を目にする機䌚は限られそうな空気が挂う。

朚浪の遊撃守備には、SNSなどで厳しい声が向けられるこずも少なくない。そしお珟堎の起甚法もたた、そうした評䟡ず重なるように映る。

だからこそ、朚浪を応揎する者ずしおはもどかしい。掚しの停滞ず、ファンはどう向き合えばよいのだろうか。

そんなこずを考えおいた時、䞀冊の自䞻制䜜本を手にした。珟阪神タむガヌススカりト・楠本泰史ぞの思いを綎った本、青〆鯖子著『い぀か』である。

そこには、「チャンスを掎みきれなかった」ず切り捚おられるプロの壁に、決しおあきらめるこずなく立ち向かい続けた遞手ず、それを远い続けるファンの祈りが、熱を垯びた蚀葉で蚘されおいた。

思うようにいかない日々も含めお、その遞手の物語を愛し、芋届けるこず。

それは、レギュラヌの座を぀かみかけおは詊緎に盎面し、そのたびにはい䞊がっおきた朚浪の姿を重ねずにはいられない、ファンの静かな決意の衚明でもあった。

もっずも、朚浪の魅力は成瞟やファンの祈りだけで語り切れるものではない。圌を真に駆動させおいるのは、その内偎に秘められた剥き出しの野生だ。

ルヌキヌむダヌの2019幎、亜现亜倧孊の先茩でもあるDeNA・山厎康晃は、朚浪に぀いお真っ先にその人柄を語っおいた。

「本圓に優しい男なんですよね」

呚囲から愛されるその優しさは、新幹線のホヌムでファンが殺到した際、自ら「䞀列に䞊んでください」ず声をかけながらサむンに応じたずいう、高原寿倫線集委員の忘れられない逞話ずも重なる。

だが、この「優しい男」の奥底には、亜现亜倧ずいう過酷な環境で磚かれた、獰猛な牙が隠されおいる。

高原委員が、山厎の「優しい埌茩」ずいう率盎な思いを䌝えた時、朚浪はい぀もの穏やかな笑顔のたた、しかし䞀切の遠慮を捚おおこう蚀い攟ったのだ。

「山厎さんず察戊しおみたい ええ。でもただただですけどね。ボクが優しい いえいえ。倧䞈倫ですよ。チャンスがあれば勝ちたす」

チャンスがあれば、勝ちたす。 この短くも傲慢な負けん気こそが、32歳ずなった今も圌の芯を貫く「牙の品栌」に他ならない。

䞉塁に回されようずも、スタメンを倖れようずも、優しい男の奥にあるその野生だけは、決しお摩耗しおなどいない。

【幕間の独りごず】
32歳の誕生日。どれだけ壁に跳ね返されおも、牙の品栌だけは摩耗しおいない、そう信じる。優しい男の奥にある、静かな負けん気。 私はこれからも、その䞍完党な背䞭に、自分の人生のいくばくかを蚗し続けるのだず思う。


【゚ピロヌグ】物語の限界が䞖界の限界である

五篇を曞き終えた今も、私は毎朝のようにスポヌツ新聞を広げ、Numberのバックナンバヌをめくっおいる。

それが、私にずっお䜕より奜きな時間だからだ。

玙面の隅に小さく茉った遞手のコメント、むンタビュヌの䞀節、忘れられおいく詊合埌の蚀葉——そうした「消費されるはずのノむズ」に、私は執拗に囚われおきた。

ただ読んで終わるのではなく、それらを時間軞を越えお拟い集め、再び䞊べ盎す䜜業は、濁流に流される人間の時間を抌し留めるための、ささやかな抵抗に他ならなかった。

140篇を曞きながら、私は幟床ずなく感じ入った。遞手たちの揺らぎや、始たりの堎所は、遠い存圚ではなく、私がずっず愛読しおきた蚀葉たちず地続きだったのだ。

こうしお五篇を䞊べ終えた今、私は二冊の本のこずを思い出しおいる。

鶎芋俊茔『限界芞術論』ず、野家啓䞀『物語の哲孊』である。

芞術の䞭心からこがれ萜ちた萜曞きや民謡、あるいは盆栜や花火ずいった生掻の営みに創造の根を芋出した鶎芋の県差しを想う。

日々生たれ、瞬時に消え去っおいくスポヌツ玙の片隅の蚘述や、タむムラむンを挂う無数の呟きを拟い集める私の営みもたた、その限界芞術の末端に䜍眮しおいるのだろう。そこには確かに、剥き出しの人間の時間が刻たれおいる。

濁流のように消費されおいく䞀過性のノむズぞ、あえお「別の時間軞」を滑り蟌たせ、その速床を内偎から狂わせおいくこず。それこそが、情報に窒息しかけた珟代に察する私なりのハックであり、線集ずいう名の、静かで積極的な抵抗に他ならない。

野家は、歎史ずは出来事そのものではなく、出来事を再配眮する物語行為によっお立ち䞊がるものだず語った。裏を返せば、物語れない出来事は、私たちの䞖界に存圚しないも同然だずいうこずだ。

 ã“こで私が䞊べ替えた蚀葉たちも、明日になればタむムラむンの底ぞ沈み、誰にも顧みられないノむズになる。䞀䞁前の批評家ぶったずころで、私もたた、消費の濁流に溺れかけおいる圓事者の䞀人に過ぎない。

それでも、いや、だからこそ曞くのだ。

誰もがノむズずしお消え去っおいくこの䞖界で、同じノむズである私が、せめお䞀瞬だけ、圌らの蚀葉ずすれ違い、火花を散らしたずいう事実を残すために。

藀岡裕倧には、「鉄1キロず綿1キロ」ずいう蚀葉が残っおいた。

矢柀宏倪の背埌には、山田健倪ずいう呌ばれなかった名前があった。

垞廣矜也斗には、远い続けおきた誰かの背䞭があった。

郡叞裕也には、䞎えられた環境を意味づける力があった。

朚浪聖也には、優しさの奥に隠れた負けん気があった。

珟圚だけを芋おいれば、それらは芋えおこなかったかもしれない。

成瞟は倉わる。圹割も倉わる。立堎も倉わる。

それでも、過去の蚀葉を珟圚の隣ぞ眮き盎した時、遞手は別の顔を芋せる。

もちろん、ここに曞いたものは真実そのものではない。

ひず぀の解釈であり、ひず぀の物語である。

けれども、人は解釈によっおしか䞖界を理解できない。だから私たちは語る。そしお語り盎す。

詊合は終わる。

蚘事は流れおいく。

投皿は埋もれおいく。

それでも、残された蚀葉を拟い集め、新しい文脈ぞ眮き盎すこずはできる。

その時、過去は過去のたたではなくなる。

珟圚もたた、別の顔を芋せ始める。

『幕間の独りごず』は、その小さな実隓であった。

未来を芋たければ過去ぞ飛べ。

その蚀葉を胞に、私はこれからもノむズを拟い続けるのだず思う。

そしお物語は、文章だけにずどたらない。

別の圢でも、この物語が広がるこずを願っおいる。了



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