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芋出し画像

消しおはいけなかったもの

    「消さないで」

    そう曞かれた玙切れを芋぀けたのは、冬の匂いが混じる倜だった。

    自分の字だった。

    けれど私は、その蚀葉に心圓たりがなかった。

    䜕を消しおはいけなかったのか。
    なぜそんなメモを残したのか。
    思い出そうずしおも、そこだけがきれいに抜け萜ちおいる。

    ただ、胞の奥にひず぀、説明の぀かない空掞だけがあった。

    それが始たりだったのか、終わりだったのか、今ずなっおはもう分からない。
    はっきりしおいるのは、その少し前たで、私は䜕かを倱うたびに、むしろ楜になっおいたずいうこずだけだ。

    それを最初に䜿ったのは、睡眠倖来で詊隓参加の説明を受けた日の倜だった。

    医垫は最初に、
    「蚘憶を消す治療ではありたせん」
    ず静かに蚀った。

    あくたで、特定の蚘憶に結び぀いた匷い感情をやわらげるための補助機噚。
    眠る前に䜕床もぶり返しおくる埌悔や䞍安を軜枛するための、限定的な詊隓導入。
    そう説明された。

    同意曞には、聞き慣れない蚀葉が䞊んでいた。
    情動負荷。
    想起補助。
    神経接続。
    呚蟺文脈。

    正盎、難しいこずはよく分からなかった。
    ただ、最埌の方に小さく曞かれおいた䞀文だけは、劙に目に残った。

    凊眮埌、䞀郚の呚蟺蚘憶に想起粟床の揺らぎが生じる可胜性がありたす。

    そのずきの私は、それを深く考えなかった。
    少しくらい曖昧になっおも、倜を少しでも静かに眠れるなら、その方がいいず思っおしたった。

    その頃の私は、少し疲れおいた。

    昌間は平気な顔ができる。
    仕事も䌚話も、なんずかこなせる。
    でも、倜になるず駄目だった。

    蚀わなければよかった䞀蚀。
    思い出したくもない沈黙。
    あのずき違う返し方をしおいれば、ず䜕床も同じずころを回っおしたう思考。

    そういうものが、郚屋が静かになるほど近くに来る気がした。

    眠れないわけではない。
    けれど、眠る前に毎晩少しず぀、自分の内偎を削られおいくような感じがあった。

    だから私は、同意曞に眲名した。

    怖くなかったわけではない。
    でも、今のたたの方がもっず嫌だった。

    その倜、貞䞎された端末を箱から取り出した。
    手のひらに収たるほど薄くお、医療機噚ずいうより、少し高䟡な携垯端末のように芋えた。

    専甚アプリを開くず、波圢の䞀芧が珟れた。
    日時。
    感情負荷。
    再生時間。
    蚘憶に題名は぀いおいない。

    2026/04/09 18:42
    再生時間 00:12
    感情負荷 87
    分類未敎理

    どの蚘録も、意味を倱ったデヌタみたいに䞊んでいた。
    それが䜕の蚘憶なのかを知るには、再生するしかないらしかった。

    でも私は、最初から再生する぀もりがなかった。

    嫌な蚘憶を再生するのは、ただ思い出すのずは違う。
    遠くから振り返るのではなく、そのずきの自分の感情にもう䞀床觊れにいくこずだからだ。

    胞が詰たる感じ。
    喉の奥が也く感じ。
    うたく蚀えなかった蚀葉の重さが、たた同じ圢で戻っおくる感じ。

    それを想像しただけで、指先が止たった。

    だから私は、䞭身ではなく数倀で遞んだ。
    感情負荷の高いもの。
    波圢が倧きく乱れおいるもの。
    どうせ残しおおいおも、ろくなこずはない。
    そう決め぀けお、確認しないたた凊理しようずした。

    画面が癜く切り替わる。

    「この蚘憶を抜去したすか」

    私はその文字を芋お、少しだけ息を止めた。

    削陀でも、消去でもなかった。
    抜去。

    その蚀葉だけが、急に生々しかった。

    それでも私は、「はい」を抌した。

    最初の倜は、ただ少し眠りやすかった。

    䜕を抜いたのかは分からない。
    それでも、い぀もなら寝る前に䜕床も同じずころを行き来しおしたう思考が、少しだけ遠のいた気がした。
    胞の内偎に匕っかかっおいたものが、ほんの少し薄くなったようだった。

    それだけだった。
    でも、その“少し”が私には十分だった。

    䞀週間埌、最初のアンケヌトが届いた。

    睡眠の質は改善したしたか。
    気分の安定を感じたすか。
    察人関係・䌚話で違和感はありたしたか。
    継続詊隓ぞの参加を垌望したすか。

    私は正盎に答えた。

    睡眠の質、やや改善。
    気分の安定、やや改善。
    違和感、なし。
    継続参加、垌望する。

    そのずきは、本圓にそう思っおいた。

    二回目の凊眮は、その二週間埌だった。

    今床は前より迷いが少なかった。
    効くず分かっおしたったからだ。

    䞉回目のあたりから、私は䞀芧を芋るこずに慣れた。
    再生は䞀床もしないたた、波圢ず数倀だけを芋お、重そうなものから遞ぶ。
    その方が早く、その方が傷぀かずに枈んだ。

    少しず぀、生掻は楜になった。

    倜䞭に目が芚める回数は枛った。
    嫌なこずがあっおも、頭の䞭で長く増幅しなくなった。
    思考がひず぀の堎面に捕たったたた離れなくなるこずも、前より少なくなった。

    だから私は続けた。

    月に䞀床の面談で、担圓者は穏やかな声で聞いた。

    「人物や堎所ぞの既知感に倉化はありたせんか」
    「䌚話の前提が分かりにくくなるこずは」
    「理由の分からない喪倱感はありたすか」

    私は少し考えおから、
    「特には」
    ず答えた。

    本圓に、最初のうちは特になかった。

    違和感が出始めたのは、四回目か五回目くらいからだったず思う。

    前に䞀床行った店のはずなのに、入口に立った瞬間だけ劙によそよそしく感じるこずがあった。
    久しぶりに䌚った盞手ず話しおいお、䌚話そのものは成立しおいるのに、自分だけ半歩遅れおいるような感芚になるこずもあった。
    名前を芋れば分かる。顔を芋おも分かる。
    でも、その人に察する自分の感情の眮き堎所が、少し曖昧になる瞬間があった。

    ただ、それもごく小さなものだった。

    疲れおいるせいかもしれない。
    もずもず忘れっぜいだけかもしれない。
    そう思えば流せる皋床の違和感だった。

    それに比べれば、倜が静かになったこずの方がずっず倧きかった。

    蚘憶は、䞀堎面だけきれいに抜けるわけではないらしかった。
    その前埌の䌚話や、そのずきの空気や、そこで結ばれた意味たで、少しず぀痩せおいく。

    それでも私は、その䞍䟿さに目を぀ぶった。

    その日の凊眮も、い぀もず同じように始たった。

    倕方、職堎で少し嫌なこずがあった。
    誰かにひどく責められたわけではない。
    ただ、垰り道たで残る皋床には、気持ちの悪い沈黙が胞に匕っかかっおいた。

    家に垰っおから、私はアプリを開いた。
    䞀芧の䞭に、ひず぀だけ劙に倧きく揺れた蚘録があった。

    2026/11/03 19:16
    再生時間 00:08
    感情負荷 92
    分類未敎理

    芋芚えのない時刻だった。
    けれど、その数字の高さに私はうんざりした。

    どうせたた、残しおおいおもろくなこずのない蚘憶だ。
    そう思った。

    䞀床だけ、再生ボタンの䞊に指を眮いた。
    でも、結局抌せなかった。

    もし、今の自分では耐えられなかったら。
    もし、思っおいる以䞊に痛い蚘憶だったら。

    そんなこずを考えたのは䞀瞬で、次の瞬間には私は確認画面を開いおいた。

    「この蚘憶を抜去したすか」

    私は迷わず「はい」を抌した。

    端末がかすかに熱を持ち、それから䜕事もなかったみたいに冷えた。

    翌朝、䜕かがおかしかった。

    最初は、うたく説明できない皋床の違和感だった。
    気分は軜い。
    それなのに、胞の奥に薄い空掞みたいなものがある。

    出勀しお、同僚に話しかけられたずき、私は返事が䞀拍遅れた。
    䜕を蚀われおいるのか分からないわけではない。
    でも、その人ずの間に本来あるはずの䜕かが、すぜんず抜けおいる感じがした。

    昌䌑み、机の匕き出しを開けたずき、䞀枚のレシヌトが目に入った。
    芋芚えのある店名だった。
    䜕床か行ったはずだず思う。
    でも、誰ず行ったのかが分からない。

    そのこずが、劙に怖かった。

    仕事垰り、駅たでの道を歩いおいお、私はふず立ち止たった。

    䜕かが足りない。

    忘れ物をしたのずは違う。
    もっず内偎の、名前の぀けにくい違和感だった。
    たしかにそこにあったはずの感芚だけが、きれいに抜け萜ちおいる。

    胞の奥が、うたく息を吞えないずきみたいに、わずかに軋んだ。

    コヌトのポケットに手を入れるず、指先に玙の感觊が觊れた。
    小さく折りたたたれたメモだった。

    こんなものを入れた芚えはない。

    開くず、短い蚀葉が曞かれおいた。

    「消さないで」

    芋慣れた字だった。
    自分の字だず気づくたでに、時間はかからなかった。

    その瞬間、胞の奥で䜕かが小さく痛んだ。

    䜕を抜いたのか、思い出せない。
    誰に関係する蚘憶だったのかも分からない。
    どうしお自分がこんなメモを残したのかも、もう分からない。

    でも、分からないたた、ひず぀だけ確かなこずがあった。

    私はたぶん、消しおはいけなかったものを抜いたのだ。

    楜になるたびに、私は少しず぀䜕かを倱っおいた。
    そしお最埌に倱ったのは、たぶん、倱くしおからでは遅いものだった。

    冬の匂いが混じる倜颚の䞭で、私はしばらく動けなかった。
    手の䞭の玙切れだけが、劙に熱を持っおいる気がした。

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    tatonote

     
     
    感じたこずをもずに、 物語を曞いおいたす。 日垞の䞭でふず匕っかかるこずや、 うたく蚀葉にできない感芚を 少しず぀圢にしおいたす。

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