【オランダ移住生活】天使編
チェコに住む後輩が、私を訪ねてオランダへやって来る。
後輩とは言っても、直接の後輩ではない。
日本にいた頃は別の職場だったが、同じ職種の繋がりで知り合い、仲良くなった。
そのため、ここでは仮名で呼ぶことにする。
彼は高校時代に甲子園へ出場した経験がある。
なので、ここでは「甲子園」と呼ばせてもらう。
甲子園は寝台列車に乗ってオランダにやってきた。
「おいっす、おいっすー」
感動の再会を演出するわけでもなく、後輩に気を遣わせない自然な第一声。
我ながら、甲子園を迎えるには上々の滑り出しだった。
甲子園は、
「寝台列車の予約の仕方も分からなかったけど、砂山さんが教えてくれて無事に来れました。砂山さんはなんでも知ってるお兄さんみたいです」
と、先輩心をくすぐる言葉をくれた。
その言葉に少しだけ救われた気がした。
甲子園の役に立てたのなら、あの女性専用車両の予約ミスにも、多少の意味はあったのかもしれない。
甲子園は真面目で礼儀正しく、どこか可愛げがある。野球部の上下関係で培われたであろう「後輩力」はさすがの一言だった。
そのまま2人で、アムステルダムの日本料理レストランの寿司屋へ向かった。
オランダではほとんどビールばかりだったため、久しぶりに飲むハイボールがやけに美味い。日本酒も自然と進む。
やはり日本の味は落ち着く。
会計は思わず腰を抜かしそうになる金額だったが、甲子園の手前、なんとかポーカーフェイスで乗り切ることができた。
今度オランダのカジノでポーカーをやってみようと思う。

寿司屋を後にした私たちは、その後もう一軒だけ飲みに行った。
気づけば日付が変わっていた。
私たちは翌日も会うことを約束し、それぞれのホテルへと向かった。
私が予約したホテルの階段は、ほぼハシゴだった。それぐらい急な角度をしていた。
ーー
翌日。
甲子園が泊まるホテルまでレンタカーで迎えに行った。
オランダで甲子園をもてなすには、引き出しの少なさを感じていた。そこで、この日はベルギーのアントワープへ向かうことにした。
アントワープは以前一度訪れたことがある。
歴史ある街並みが美しく、とても印象に残っていた。
きっと甲子園も気に入るはずだ。
アントワープまでは車で約2時間。
運転中、私たちはたくさん話をした。
チェコでの生活のこと。
オランダでの生活のこと。
ゴマキの加入によって、なっちへの想いが揺らいでしまったこと。
アイス・バケツ・チャレンジとは一体何だったのかということ。
想いを紡いだ言葉まで影を背負わすのならば、海の底で物言わぬ貝になりたいということ。
そんな話を、甲子園は終始楽しそうに聞いてくれた。甲子園の「後輩力」の高さを改めて感じさせられた。
ベルギーへ入り、アントワープ中心部へ向かう途中、たまたま開催されていたフリーマーケットに立ち寄った。
出店者の数も多く、DJブースや飲食店まで並ぶかなり大規模なフリーマーケットだった。
そこで食べたワッフルが、とてつもなく美味かった。さすがベルギーである。
会場には服やレコード、アンティークの置物、さらにはナチス時代の絵葉書まで並んでいた。
当然、日本ではあまり目にしないものばかりだ。異国ならではの文化が詰まった品々を眺めているだけでも十分に楽しめた。
そのなかでもスマーフのグッズが異常なほど並んでいたのが目についた。
「ベルギー人、スマーフ好きすぎやろ。」
そう思って調べてみると、スマーフはベルギー生まれのキャラクターだった。
日本でいうドラえもんやアンパンマンのような存在なのかもしれない。
そして甲子園は気に入ったレコードを一枚購入していた。


中心部では街を散策し、『フランダースの犬』でお馴染みの聖母大聖堂へ行った。
聖母大聖堂は圧巻だった。
高くそびえる天井、細部まで造り込まれた柱や装飾、色鮮やかなステンドグラス。そしてネロが見たかった圧倒的な存在感を放つルーベンスの絵画。
「これを何百年も前の人たちが造ったのか」と思うと、ただただ圧倒される。
歴史の重みと芸術の美しさが共存する空間は、厳かな空気が支配していた。
この場所だと本当に天使が舞い降りて来るかもしれない。それぐらいの神々しさがあった。




よく考えてみると私はフランダースの犬がどんな話か知らなかったので調べてみた。
(※以下ネタバレ内容を含みます!)
貧しい少年ネロは、虐待されていた犬・パトラッシュを助け、ともに暮らしながら画家になる夢を追い続ける。
しかし、貧しさや周囲の誤解に苦しみ、夢は叶わず、大切な祖父も亡くしてしまう。
最後はアントワープの聖母大聖堂で憧れのルーベンスの絵を見届け、パトラッシュと寄り添いながら静かに息を引き取る。
ネロとパトラッシュが最後を迎えた場所に、自分が今立っている。
そう考えると、さっきまでとは少し違って見えた。
旅先の景色は、その土地の歴史や物語を知るだけで、見え方が変わるものなのかもしれない。

聖母大聖堂を後にし、アントワープ駅で甲子園と別れた。
別れ際の甲子園は、姿が見えなくなるまで何度もこちらを振り返り、そのたびに頭を下げながら駅の雑踏の中へと消えていった。
甲子園は本当によくできた後輩だ。
自然と応援したくなる。
そんな魅力が甲子園にはあった。
この旅で甲子園が何を感じ、何を持ち帰ったのかは分からない。
それでも、この旅での経験がこれからの人生のどこかでふと思い出され、ほんの少しでも甲子園の人生を豊かにするものになってくれたら嬉しい。
そう思うと私自身も、この旅を通して少しだけ目指すおじさん像が見えたような気がした。
ワンランク上のおじさんとは、こういうことなのかもしれない。
後日、私の元へ一枚の書面が届いた。
レンタカー会社からだった。
件名:レンタカー利用時の交通違反に関するご報告
砂山様
お疲れ様です。
先日利用したレンタカーより、スピード違反に伴う手数料として、警察署より37.00ユーロの請求書が届きました。
取り急ぎ、事実関係のご報告まで。
よろしくお願いいたします。
全てを理解した瞬間、私の脳内に聖母大聖堂の光景がよみがえった。
天使が舞い降りてくる。
まさか、天使が警察官の格好をしていたとは思いもしなかった。
