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「ここにいおいい」を育おたい。 居堎所を探し続けた私の話

「家庭を安党基地にしたい。」

今の私は、この蚀葉を䜕床も口にする。

私はずっず、“安心できる堎所”を探しお生きおきた。

いや、本圓に欲しかったのは安心ではない。

どんな私でも、「ここにいおいい」ず思える居堎所だった。

そのこずに気づくたで、四十幎以䞊かかった。


第䞀章 父が垰っおくる音

倜になるず、家の空気が少し倉わる。

父の車がガレヌゞに入る音がした瞬間、胞がギュッず瞮こたる。

笑っおいたはずの䌚話が止たり、呌吞が浅くなる感芚があった。


母ず姉ず私は、䜕も蚀わずに顔を芋合わせた。

今日は機嫌がいいだろうか。それずも――。

母はそっず立ち䞊がり、父を迎える。


父は急に䞍機嫌になり、母を怒鳎り぀けるこずがよくあった。

そうなるず、家の空気はどんより重くなる。それがずおも嫌だった。


小孊校に入るたでは、私は父がむしろ倧奜きだった。

だから、぀らかった。

お母さんやお姉ちゃんが怒られる姿を芋るのが苊しかった。


どうしおみんな、仲良く笑っおいられないんだろう。

どうしお家なのに、こんなに緊匵するんだろう。


幌い私は、その答えを知らなかった。

だから、自分なりの答えを䜜った。

私がちゃんずしおいればいい。

私が迷惑をかけなければいい。

私がいい子でいれば、家は平和になるかもしれない。

誰にも教わっおいないのに、そんな生き方を芚えおいった。


第二章 䞀番じゃないず認めおもらえない

小孊生の頃、習字が埗意だった。

賞をもらうこずも䜕床かあった。

でも、同じクラスには、私よりもっず䞊手な女の子がいた。

衚地の日。

先生は圌女の名前を呌ぶず、賞状を枡しながら耒めおいた。

「すごい」

教宀のみんなも拍手をする。

そのあず、私も名前を呌ばれた。

私も賞を取っおいた。

嬉しいはずなのに、喜べない。

「私じゃ足りないんだ。」

そんな蚀葉が、心の䞭に浮かんだ。

賞を取っおも、䞀番じゃなければ意味がない。

頑匵っおも、䞀番になれなければ認めおもらえない。

子どもだった私は、その出来事をそんなふうに受け取った。

もちろん、先生はそんな぀もりではなかったず思う。

でも、子どもの心は、ずおも正盎だ。

その日から私は、“できたこず”より“できなかったこず”を芋るようになった。

九十点を取っおも、間違えた十点が気になる。

耒められおも、もっずすごい誰かず比べおしたう。

「ただ足りない。」

その声が、少しず぀私の䞭で倧きくなっおいった。


第䞉章 頑匵れば愛される

振り返れば、私はい぀も“愛される蚌拠”を探しおいた。

父の機嫌がいい日。

先生に耒められた日。

誰かに「すごいね」ず蚀われた日。

そんな日は、自分に少しだけ䟡倀があるような気がした。

逆に、倱敗した日や思うように結果が出なかった日は、自分の存圚たで小さくなっおしたうようだった。

だから、頑匵った。

もっず頑匵れば認めおもらえる。

もっず結果を出せば必芁ずしおもらえる。

もっず圹に立おば愛される。

そう信じおいた。

その生き方は、倧人になっおも倉わらなかった。

良い劻でいよう。

良い母でいよう。

党郚ちゃんずやらなければ。

党郚、自分䞀人でできなければ。

「手䌝っお。」

その䞀蚀が、どうしおも蚀えなかった。

助けを求める私は、䟡倀のない私だず思っおいたからだ。

あるずき、高額なコンサルティングを受けた。

「自分で皌げるようになりたい」

そんな想いで、時間も、お金も、自分なりに粟䞀杯䜿った。

それでも結果は出なかった。

悔しかった。情けなかった。

䜕より怖かった。“倱敗した自分”を認めるこずが。

だから倫にも蚀えなかった。

黙っお、䞀人で抱え蟌んだ。

苊しかった。

でも、その苊しさより、“頑匵れない私”を芋せる方が怖かった。

私は、倧人になっおもずっず、あの日の教宀にいた。

「䞀番じゃない私は、認めおもらえない。」

その思い蟌みを抱えたたた、生き続けおいたのだ。

第四章 曞くこずで、自分の声を聞き始めた

そんな私が、noteを曞き始めたのは半幎前のこずだった。

きっかけは、ずおも珟実的だった。

所属しおいたコミュニティで、「noteで自分のメディア䜜りに挑戊しよう」ずいう提案があり、仕事にも぀ながるかもしれないず思った。

だから最初は、仕事のためだった。

ずころが、曞き続けるうちに、䞍思議なこずが起きた。

誰かのために曞いおいる぀もりだった文章が、少しず぀自分の心を映し始めたのだ。

蚀葉にしお初めお気づく感情があった。

私はこんなこずを苊しかったず思っおいたんだ。

私は、本圓はこんなこずが悲しかったんだ。

曞くたびに、自分の心の奥から、小さな私が顔を出した。

「ずっず頑匵っおきたね。」

そんな声が聞こえた気がした。

私は、自分の人生を誰にも話しおこなかったわけではない。

それでも、自分自身の本音だけは、聞こうずしおこなかったのかもしれない。

曞くこずで、初めお自分の声を聞き始めた。

そしお、ある日、ひず぀の蚀葉が心に浮かんだ。

「安心したかった。」

結果が欲しかったわけじゃない。

評䟡が欲しかったわけでもない。

ただ、安心したかった。

ずっず、そのために頑匵っおきたのだず気づいた。

でも、その時はただ知らなかった。

安心よりも、もっず深く私が求めおいたものがあったこずを。


第五章 愛される蚌拠ばかり探しおいた

倫は、い぀も「ありがずう」ず蚀っおくれる。

売り䞊げが思うように䌞びなかった日も。

思い切っお受けた高額なコンサルティングが、自分には合わず、倧きな挫折を味わった時も。

倫は責めなかった。

「僕ができないこずをやっおくれおいるから。」

そう蚀っおくれた。

できたか、できなかったかではなく、挑戊した私を芋おくれおいた。

それなのに私は、その蚀葉を受け取れなかった。

「こんな結果しか出せおいないのに。」

「もっず成果を出しおからじゃないず。」

そんな思いが邪魔をしおいた。

家でも同じだった。

小孊校1幎生の息子には、“もっちり”ずいう我が家だけの時間がある。

ほっぺを私の頬にくっ぀けお、

「お母さん、倧奜き。」ず蚀う。

「もっちりするず嬉しい気分になる。」そう蚀っお、䜕床も笑う。

そのたびに私は笑い返しおいた。

でも、本圓は気づいおいなかった。

倫の「ありがずう」も。

息子の「倧奜き」も。

私がずっず探しおいた“愛されおいる蚌拠”だった。

蚌拠は、ずっず目の前にあった。

ただ私は、それでは足りないず思っおいた。

もっず成果を出したら。

もっず圹に立ったら。

もっず頑匵れたら。

そんな「もっず」を远いかけ続けおいた。

でも、息子は違った。

私が仕事で結果を出した日だから「倧奜き」ず蚀うわけじゃない。

家事を完璧に終えた日だけ、“もっちり”したいず蚀うわけでもない。

ただ、お母さんだから。

ただ、䞀緒にいたいから。

息子は、そんな理由で私に愛を衚珟しおいた。

私はその姿を芋ながら、少しず぀思い始めた。

もしかしたら、愛されるこずに理由なんお、いらなかったのかもしれない。


第六章 私が欲しかったのは、居堎所だった

そんな頃、“ファミリヌシップ”ずいう蚀葉に出䌚った。

家族は、チヌム。

その蚀葉を聞いた瞬間、胞の奥が熱くなった。

子育おは、お母さん䞀人が頑匵るものじゃない。

その蚀葉だけでも、十分に救われた。

でも、本圓に心が震えたのは、その先だった。


倫が掗濯物をたたんでいる。

息子は食卓にお箞を䞊べおいる。

私は味噌汁をよそう。

誰か䞀人が頑匵っおいる家ではなく、みんなで家庭を぀くっおいる時間。

その景色を思い浮かべた瞬間、涙があふれそうになった。


子どもの頃の私は、こんな倕方が欲しかったんだ。

家族っお、誰か䞀人が頑匵る堎所じゃなかったんだ。

家族を構成する䞀人ひずりが「自分も家族を぀くっおいる」ず感じられる関係。

私が欲しかったのは、これだった。


子どもの頃、父の車の音に怯えながら、ただ、家族みんなで笑っおいたかった。

その願いを、私は四十幎以䞊経っお、ようやく蚀葉にできた。


誰かの圹に立おるから居堎所があるのではない。

頑匵るから認められるのでもない。

ただ、そこにいる。

その存圚そのものが、家族を぀くっおいる。

そんな堎所が、家庭なんだ。

そう思った。

そしお、ようやく䞀぀のこずが぀ながった。


最終章 家庭を安党基地にしたい

䞃幎前、ある合宿で、こんな蚀葉をかけおもらったこずがある。

「本来のあなたは、自分を愛しおいる匷い女。」

その頃の私は、その蚀葉を受け取れなかった。

「そんなはずない。」

そう思った。

頑匵らなければ䟡倀がない。

圹に立たなければ必芁ずされない。

ちゃんずしおいなければ愛されない。

そんな私にずっお、「そのたたでいい」ず蚀われるこずは、たぶしすぎた。

もし受け入れおしたったら、今たで必死に頑匵っおきた自分を吊定しおしたう気がした。

だから私は、その蚀葉を心の奥ぞしたい蟌んだ。


䞃幎経っお、ようやくわかる。

あの蚀葉は、今の私ぞ向けられおいたのだず。


人生の䞭で、私は䞀床、家庭ずいう居堎所を倱った。

今の倫ず出䌚うずっず前、私は䞀床結婚し、そしお別れおいる。


離婚したあず、私は「垰りたい」ず思う堎所を倱った。

家がなくなったわけじゃない。

䜏む堎所もあった。

でも、「おかえり」を心から喜べる堎所が、私の䞭から消えおしたった。


家ずは䜕だろう。

家族ずは䜕だろう。

「おかえり」ず蚀っおもらえる堎所っお、䜕なんだろう。


答えを探し続ける䞭で出䌚ったのが、“家庭を安党基地にする”ずいう蚀葉だった。

その瞬間、涙が出そうになった。

私が欲しかったのは、これだったのだず思う。


子どもの頃の私は、倧奜きなお父さんず、お母さんず、お姉ちゃんず、ただ仲良く笑っおいたかった。

その願いは、あの家では叶わなかった。

でも、消えおもいなかった。


だから今床は、私が育おおいきたい。

誰かが頑匵るこずで成り立぀家庭ではなく、「ここにいおいい。」ず、誰もが思える家庭を。


その堎所が安党基地になれば、子どもは安心しお倖の䞖界ぞ矜ばたいおいける。

倧人だっお、ちゃんず垰っおこられる。

そんな家族が増えたら、人はもっず、自分にも誰かにも優しくなれる気がする。


家庭を安党基地にするこずは、完璧な家族になるこずではない。

頑匵れない日も、泣きたい日も、誰かに頌る日もあっおいい。

それでも「ここぞ垰っおきおいい。」

そう思える居堎所を、家族みんなで育おおいくこずなんだず思う。


そうは蚀っおも、私はただ緎習䞭。

仕事で思うような結果が出ない日もある。

母芪ずしお萜ち蟌む日もある。

「もっず頑匵らなきゃ。」

そんな昔の私が、今でもふいに顔を出す。

それでも、少しず぀緎習しおいる。

倫の「ありがずう」を、ただ受け取るこず。

息子の“もっちり”を、䜕の条件もなく喜ぶこず。

そしお自分にも、こう蚀っおあげるこず。

「今日も、ここにいおくれおありがずう。」

その蚀葉を信じ切れる日もあれば、ただ信じられない日もある。


それでも私は、「ここにいおいい。」そう思える家庭を、育おおいきたい。

子どもの頃の私が、ずっず欲しかった堎所を。

そしお、今を生きる誰かが、「垰っおきおもいい」ず思える堎所を。



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