忘れた物語は、神社で目を覚ます
式子内親王(しょくしないしんのう)は
後白河天皇の皇女で、
賀茂斎院を務めた人だ。
賀茂斎院というのは、
今の葵祭の斎王代の元になった存在で、
神に仕える未婚の皇女のことである。
十年近くその役目を務め、生涯結婚もしなかった。
だから私は勝手に想像してしまう。
和泉式部のように、
「会いたい」
「恋しい」
と情熱のまま歌を詠める立場
ではなかったのではないかと。
もちろん本当のところは分からない。
千年前の人に聞くことはできないから。
けれど式子内親王の歌には恋の歌が多い。
百人一首にも選ばれている、
玉の緒よ
絶えなば絶えね
ながらへば
忍ぶることの
弱りもぞする
「忍ぶることの弱りもぞする」
隠している想いが、いつか隠しきれなくなりそうだ。
そんな歌を読むと、
この人は誰を想っていたのだろうと思わずにはいられない。
そのため後世には、
藤原定家との間に特別な
感情があったのではないか、
という物語まで生まれた。
もちろん史実ではない。
けれど、そんな想像をしたくなるほど
魅力的な歌を残した人だったのだろう。
不思議なもので、名前は覚えているのに、
なぜその人を知ったのかは
長い間ぼんやりとしていた。
思い返してみると、昔、
神社や和歌や哲学が好きな人がいた。
その人は藤原定家が好きで、
式子内親王の話もよくしていた気がする。
当時の私は和歌に詳しかったわけではないし、
正直、式子内親王についても
よく分かっていなかった。
けれど、その人が書いてくれた物語だけは何となく覚えている。
式子内親王と定家。
史実ではない。
けれど、お互いに心は通じているのに、
それが叶うことはない。
そんな物語だった気がする。
今となっては内容も曖昧だし、
携帯も変わってしまって読み返すこともできない。
それでも、
式子内親王という名前を聞いた瞬間、
その記憶だけがふわりと浮かんできた。
私は下鴨神社が好きだ。
上賀茂神社も好きだ。
先日も斎宮神社を訪れた。
なぜこんなに惹かれるのだろうと
考えていたけれど、
もしかしたら式子内親王が
賀茂斎院だったことも、
どこかで繋がっているのかもしれない。
神に仕えながら歌を詠み、月を見上げていた皇女。
その人生にどんな想いがあったのかは分からない。
けれど、
下鴨神社の糺の森を歩いていると、
千年前の人たちも同じように風の音を聞き、
木漏れ日を眺めていたのかもしれないと思う。
歴史が好きなのかと聞かれると、そうでもない。
たぶん私は、場所に残る
「人の気配」が好きなのだと思う。
忘れたと思っていたものほど、不意に思い出す。
失くしたと思っていた物語ほど、
違う形で戻ってくる。
来月は下鴨神社の御手洗祭がある。
鴨の七不思議のひとつとされる御手洗池の泡。
土用の頃になると湧き出す清水。
私は夕方に行くのが好きだ。
御手洗池に足を浸した瞬間、
思わず声が出そうになるほど冷たい。
お参りを終え、池を出て足を乾かしても、
その冷たさの余韻はしばらく残っている。
毎年同じことをしているのに、
毎年「ああ、冷たい」と思う。
気がつけば、もう十年以上通っている。
最近、ある人のnoteを読んでいて思う。
千年前の女性たちも、今を生きる女性たちも、
形は違えど、誰にも見せられない想いや、
言葉にならない感情を
抱えながら生きているのかもしれない。
式子内親王が本当は何を想っていたのか、
私たちには分からない。
けれど、千年後の誰かがその歌に心を動かされるように、
人の想いは、時代を越えて、
思いがけない場所で誰かに届くのかもしれない。
そう考えると、
式子内親王の歌が今も残っていることが、
少し嬉しくなる。
