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私と名刺と猫 #7 満月

    アトリウムではハンドベルの天使が
    クリスタルの星を放つ。

    吹き抜けの煙突を
    金銀の音符がビルへ降り注いでいた。

    音符の流れに付いて行くと
    玩具箱が口を開けて
    クリスマスの世界へ誘ってくれる。

    厳かなオーナメント
    キラキラひかるスノードーム
    赤緑白のキャンドル

    サンタが魔法の笑顔を降らせていた。

    ケーキの材料を購入して
    エスカレーターに乗り出口へ向かった。
    鼻先に懐かしい匂いと
    覚えのない香水が漂ってくる。
    匂いの霧を辿ると
    怜だった。
    綺麗な女性が横に立っている。


    彼女?
    怜の背中の目に入らないように気配を消した。
    トライアングルの硬い音符が
    頭の隅々を蹴ってくる。

    駅からの帰り道。
    空の端から橙色の帷が降りてきた。
    息を吐くと白い霧が顔を覆う。
    サンタ色のコートが首を守った。
    足が言いつけを守って、文乃を走らせる。
    凍えた指をコートから引っ張って
    玄関の扉を開けさせた。
    文乃はハリネズミになり
    凍った棘を隠してキッチンまで転がる。
    エプロンの紐を締めると棘が落ちた。


    冷蔵庫から出たがっている材料を出すと
    タマが足に纏わりついた。
    「ニャッ、ニャニャニャ〜」
    可愛い声で、チュールの催促をしてくる。

    「うんうん、分かったよ」
    「待ってね、タマ」

    戸棚からチュールを出した。
    屈んでタマの口元へ少しずつ絞った
    チュールの包装まで齧ってくる。
    空になり満足すると
    背中を向けて、しっぽを畝らした。
    お腹が床に付きそうで、付かない。
    すれすれの線を保ち
    お気に入りの籠に潜り込んだ。

    タマは、てっぷりしたお腹を抱えて
    肉球を舐める。
    籠の穴から文乃へ向けて瞳を細めた。
    鈍感……ニャッ、と鳴いて眠りにつく。

    キッチンの窓を覗くと
    満ちゆく月が瞳に丸を描いた。
    冷えた空気で輝きを高めている。
    待宵に気を取られていると
    圧力鍋の蒸気と錘(おもり)が
    空気を引き裂いて終了の鐘を鳴らした。
    部屋全体が甘美な香りに包まれると
    背中でインターホンが鳴り響く。

    マイク越しに
    「こんばんは、永瀬です」
    怜の声が、くぐもって流れてきた。
    「待ってて、今すぐ開けるね!」
    ワルツのリズムで足が向かう。


    扉を開けると
    瞳にリンゴの山が飛び込んできた。
    「お〜い文乃ぉ、リンゴ少し持って!」
    怜の声がリンゴに木霊する。

    文乃は玄関へ下りて
    リンゴの山を崩していった。
    エプロンの裾を持ち上げて
    リンゴを放り込む。

    「凄い量のリンゴだね!」
    「とりあえず、寒いから入って」

    扉を閉める時リンゴの粒が吹いてきた。
    芳醇な香りが頭を一周する。
    怜とリンゴはキッチンへ転がってゆく。

    「青森の親戚から貰ったんだ」
    「母さんが持って行けって」

    テーブルの上は
    リンゴが宝石のように光っている。
    甘酸っぱい香りが
    部屋中をリンゴ畑にしていた。

    怜が、リンゴを一つ手に取る。
    文乃へ回転させながら見せた。

    「綺麗なリンゴだね」

    二人でリンゴの艶を見つめる。

    地球儀のリンゴ遊びはやめて
    怜は所在なげに瞳を動かした。

    「あれ?今日、おばさんは?」

    文乃は、ガラスのポットへ熱湯を注ぎ込み
    サンタ色にする。
    紅茶の葉が、お湯の中で泳いでいた。

    「夕方から、町内会の寄り合い」
    「大変だよね、役員って」

    怜の前に紅茶を置いたら
    霧が立ち昇り顔に白い髭が描かれた。

    文乃は遊ばれたリンゴを洗い
    皮を剥きながら圧力鍋へ指を差す。

    「ビーフシチュー食べる?」 
    「クリスマスの練習したんだ」

    怜は顔を輝かせる。
    「食べる、食べる!」
    「サンキュー!」

    怜は霧を吹き消し
    タマのように紅茶を舐めた

    文乃はくるみ割り人形のリズムで
    ビーフシチューを掬った。
    エプロンを外し上半身を
    テーブルに乗せてタマのように寝そべった。
    下から怜の顔を見上げて
    三日月の瞳を光らせる。

    「な、なんだよ…」 
    怜のスプーンが空に舞う。

    「怜、今日、デートしてたでしょー」
    「見たよぉ彼女、モデルなの?」

    怜は首の後ろを掻いた。

    「ち、違うよ、今年は納会の係だから…」 
    「打ち合わせ!先輩も係なの!」 
    「それよりも……」

    声を低くした怜が

    「俺も、デートを目撃してるぞ!」
    「しかも毎回、違う男……」 
    「どうゆうこと?」

    見られていたんだ___。
    回りくどいのは__らしくない。
    夏祭りの顛末を簡潔に話した。

    「ふ、文乃…モテモテじゃないか」

    怜は目を半月にして、やり返してきた。
    文乃の煙が煙突を窒息させる。

    「その目、いつものだ!」
    「楽しんでるよね!」

    頬がケーキのスポンジになった。

    「怒るなって」
    「文乃、ビーフシチュー合格!」
    「怜、偉そうなんだけど!」

    「ちょっと、トイレに行ってくる!」
    プン、としてキッチンを離れた。

    怜の頭は忙しい、決行は今しか無い!
    ズボンのポケットを乱暴に探った。 
    財布を開ける。あった!
    四角い紙に文字を書きたい!
    文乃の家の電話台まで走って行った。

    あった!ボールペン!
    走り書きをして玄関まで飛ぶ。
    サンタのコートに手をかけた。
    秘密の紙をポケットに忍ばせる。
    作戦終了…。

    怜は背中から視線を感じて振り向いた。
    文乃が仁王立ちをしている。

    「怜、何してるの?」

    怜の背中が震えた。
    こめかみから耳まで汗が垂れる。

    「か、帰るとこ、明日は早いんだ」
    「美味しかった」
    「ありがとう」
    「おやすみー」

    玄関を転がるように出て行った。
    棒読み…?
    三和土に漂う妙な匂いが鼻をかすめた。
    「変なの……」
    首をかしげ傾げながらキッチンへ戻った。


    クリスマスの始まりを
    小鳥が鳴いて教えてくれた。
    カーテンの隙間から
    布団へ瑠璃の筋が描かれている。
    タマの背中の端が光っていた。

    体を起こし腕を伸ばすと
    タマが薄目で迷惑そうに見上げる。
    起こすと五月蝿いので
    立派なお腹を蹴らないように
    布団から抜け出した。
    ツリーが織り込まれた
    決まりのセーターを着込む。

    せわしさに負けない為に
    気合いの型をとった。
    文乃は鍛錬が足りなくて
    身体が寒さで細かく震える。
    髪の隙間に冷風の針が抜けていった。
    足がスケートリングの上にいるので
    尻もちをつかないように
    階段を滑り下りる。

    吉川家と永瀬家の15年の恒例行事。
    聖夜は両家で賑やかに過ごす。
    今年も、つつがなく過ごせる事に
    ジングルベルを歌いたくなった。
    身体の芯を温めるために紅茶が飲みたい。
    続きのメロディを呟きながらお湯を沸かした。

    トナカイのマグカップに
    ティーバッグを入れて熱湯を注ぐ。
    立ち上がる霧の奥を見つめた。
    一枚目、二枚目、三枚目、四枚目、五枚目…。
    焦点がぼやけてくる…。
    両手でカップを持って
    痛みを緩やかにほぐしていった。

    紅茶で、まどろんでいると
    耳の端から逞しい音が響き渡る。

    「さぁー、始めるわよー」

    母親の笑い声は家を揺らした。
    (さすが母親……鍛錬の黒帯だ)
    白い割烹着の腕をまくって
    キッチンに挑みかかった。

    「ふぅ、間に合ったわね」
    「文乃、ケーキは成功した?」
    (毎年、心配されるな…)
    「お母さん大丈夫」
    「もう、冷蔵庫に冷やしてる」
    (毎年、同じ返事してるけど…)

    料理が整い、ケーキも完成した。
    キッチンの窓から月灯りが伸びている。
    聖夜の幕を上げる夜空は 
    黄金に照らされていた。

    時間どおりにインターホンが鳴る。
    母親が慌てて割烹着を脱ぎ始めた。

    「文乃、出てちょうだい」

    母親は身支度を始めだした。

    スピーカーから
    「こんばんは、永瀬です」
    怜の母親の声が流れてきて
    玄関まで走り扉を開ける。

    「メリークリスマス!」 
    怜がサンタになって入って来た。

    「こら、怜!お邪魔しますでしょ!」
    「ごめんなさいね」
    「何歳になっても子供で……」

    怜を叱りながら、オバサンは玄関をくぐった。このくだりも毎年の行事…。

    今年も豆太は参加だった。
    怜の腕に抱かれながら
    シッポをフリフリしている。

    「文乃ー、豆太の足を拭いてー」

    リビングから声が届いてきた。
    小さなタオルをお湯に潜らせ柔らかく絞る。

    「豆ちゃ〜ん、足を拭かせてねぇ」

    文乃は甘い声を出して
    肉球に優しくタオルをあてた。

    「文乃、サンキュー」

    怜は、胸で暴れる豆太を解放する。
    豆太は、一目散にタマの元へ駆けつけた。
    お気に入りのベッドで丸くなっているタマは
    気配を感じると、シャーで威嚇する。
    このくだりも、毎年の恒例行事…。


    文乃の母親がトナカイのセーターを着て
    「永瀬さん、お礼が遅くなって__」
    「沢山のリンゴ、すみません」
    カットされたリンゴをガラス皿で煌めかせる。

    怜の母親がリースのブローチを光らせて
    「こちらこそ、いつもお世話になって___」
    「毎年、クリスマスに呼んで頂いて___」
    香ばしい匂いを紙袋から漂わせていた。

    頭から星屑を散らして
    リビングで立ち話が始まった。 
    このくだりは、年中行事……。

    「お母さん、おばさん、始めようか」
    「怜も手伝って!皿、コップ!」
    「はーい、お腹すいた」
    怜はタマと豆太の求愛から
    キッチンへ逃げてくる。

    皆でテーブルをクリスマスに変身させた。

    怜の母親が持参した
    手作りのフライドチキン、彩り鮮やかな前菜。
    文乃のビーフシチュー、母親のミートローフ。
    テーブルがクリスマス一色になる。
    怜が持参した赤ワインで
    グラスが軽やかに踊ると宴の合図。
    タマの器にはチュール。
    豆太の器には缶のごはん。
    可愛い食事も完璧だった。

    怜が
    「酔っ払ったー」
    「公園行こっかなー」
    「文乃も付き合えよー」

    「えー寒いから嫌だー」
    「ケーキ食べようよー」

    「いいから、行くぞっ!」
    強引に引きずられる。

    「文乃ちゃん嫌がってるでしょ!」
    「一人で行きなさい!」

    怜の耳はシャッターが下りていた。
    「文乃、サンタのコート着てこいよぉ」

    はいはい、言われなくても羽織りますよ。
    凍えた口から声が漏れた。


    公園は静寂な空気が降り積もっていた。
    文乃は手を擦りながら
    凍てつくチェーンを握ってブランコに座る。
    隣で怜が、月の高さまで漕いでいた。
    文乃の頬を風の雪粒がなでる。

    「俺、文乃の太い線!!」
    「今から越えるからーー!!」

    「太い線って何よーー!!」

    「そうゆうところなんだよー」
    ーーーそうゆうところ!?
    飾らない、媚びない、棘がない………鈍感か。

    「ふみのぉ、ポケット」
    「プレゼント入れといたぞぉ」

    高い位置から叫んできた。

    「えっ、ありがとう!」
    「私、何もないよーー」

    文乃はポケットに手を入れる。
    金色のリボンが顔を出した。

    「開けていい?」

    さらに高い位置から叫んできた。

    「ふみのぉ、それだけじゃないぞー!」
    「ポケットの奥の奥まで」
    「手を突っ込めー!」

    えっ?
    両手をポケットの奥の奥まで入れた。
    四角の角が指先に触れる。
    そぉっと取り出した。

    【六枚目】永瀬怜 

    サンタクロースが
    太い線を消す魔法をかけてくる。

    「怜ーー!」
    「降りてきてー!」
    トナカイに声を運んで貰い
    軽やかに飛んで文乃と並んだ。

    怜は熱くなった手で
    文乃の肩を優しく引き寄せる。

    文乃は怜の腰を強く掴んだ。
    大きな手で
    白くて細くて柔らかい手を
    壊れないように包み込み
    男のポケットに文乃を迎えた。

    満月が、祝福の灯りを照らしている。 
    遠くの空で、トナカイの鈴が鳴った。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーー

    文乃の部屋、窓辺にタマが座る。
    二人の公園の様子を眺めていた。
    床では豆太が騒いで鳴いている。

    豆太となら
    仲良くしてやってもいいぞ。
    ……しっぽを巻き囁くように鳴いた。
    (完)

    #創作大賞2026

    #恋愛小説部門


     
     
    小説を書き始めました。心に灯りがともるような温かさをお伝えできれば幸いです。

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