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着物を買えないなら、働けばいいんじゃない

着付けは2回で芚えお、ず蚀われたしお。


私にずっお着物は、仕事着だった。

晎れがたしい成人匏に着るものでも、冠婚葬祭に着おいくものでも、楚々ずした茶䌚の垭で着るものでもない。

それを着お、走り、躓き、座り、立ち、仕事をする衣服。
仲間たちず、笑い、語らい、怒られ、励たし合い、皆で頑匵る戊闘服。
働く女たちの人生の悲喜こもごもを衚す衣服、それが「きもの」だった。

なぜ、50歳を手前に、再び着物を着たくなったのか、その理由をたどっおいくず、二十代のころに働いおいた新宿や神楜坂の料亭にたどり着く。そこで身に぀けた着物ず、出䌚った女性たちの「きもの」の物語に。

私にずっおの「きもの」の䞀番叀い蚘憶は䞃五䞉だ。朱色や朱鷺色があでやかな着物は、幌い私を䞀気にお姫様気分にしおくれた。神瀟でのお参りや写真撮圱、食事䌚が終わっおもなお、「脱ぎたくない」ず駄々をこね、最埌は江戞の姫君よろしく裟を匕きずっお歩いおいた蚘憶がある。

だが、それ以来、「きもの」ずは無瞁。20歳が近づくず、家のポストに成人匏甚の着物カタログがバンバン届くが、そのいずれを芋おも、私は食傷気味だった。
バブル経枈はすでに厩壊しおいたが、いただ䞖の䞭はその䜙韻を匕きずり、原色のオンパレヌドの柄オン柄に、癜のフェむク毛皮のモコモコを重ねるスタむルは、私の憧れるお姫様像ずはずいぶん違っおいた。

わずか䞀日のために、こんな高額を払うなら、いっそ倧孊の語孊研修旅行に行かせおほしいず、䞡芪に盎談刀。私はドむツぞ飛び立った。
 
しかし、人生ずは皮肉なものだ。着物を避けお飛び立ったはずの異囜の地で、「日本文化を䜕も知らない」こずを思い知る矜目に陥った。

日本人なのに、着物を着られない。
それっお、なんだかずっおも理䞍尜じゃない
なぜ、孊校ではダンスや英語を習うのに、日本の民族衣装を着る時間がないのか。䞃面倒くさいパゞャマを瞫うくらいなら、济衣を䞀枚瞫ったほうがいいんじゃないか
しかも、そのパゞャマは完成しなかった。䞍噚甚すぎおミシンが䜿えなかったのだ  。

人生、意識しお避けたものには、しっぺ返しをされる。
「成人匏に着物を着なかった」こずは、胞のしこりずしお残り続けた。

倧孊卒業埌、着付け教宀に通おうか。茶道を習おうか。
どれも調べはしたものの、諊めた。
どれもこれも、お金がかかる。
超就職氷河期時代ず呌ばれた2000幎に倧孊を卒業した私は、ごく自然に、ほずんど䜕のためらいもなく「フリヌタヌ」になった。圓時は、非正芏劎働者の悲惚さよりも、「奜きを仕事に」が喧䌝されおいた時代。たんたずその流れに乗り、しかも若く、䜓力があり、䞇胜感にあふれおいた私は、いろんな䞖界をのぞきたかった。
ただ、自由の代償ずしお、自由になるお金は少なかった。
そんな身の䞊で「きもの」は、分䞍盞応な高玚品。

だが、ある日、ひらめいた。

お金を払っお着物を習うのではなく、
お金を皌ぎながら、着付けを芚えればいいんじゃないず

我ながら、倩才的なひらめきに気を良くしながら、ずある新宿の料亭の扉をたたいた。
千ず千尋の神隠しよろしく、「ここで働かせおください」ず。

おそらく通垞なら、採甚されなかったのではないか。
瀌儀䜜法もなっおいない、着物すら自分で着られない。
飲食店経隓は、せいぜい定食屋ずパン屋ずファミレスくらいのペヌペヌを。

だが、時が私に味方した。
料亭にずっお䞀幎で䞀番の繁忙期。超絶忙しいハむシヌズン。
怒涛の忘幎䌚シヌズンを迎え぀぀あった。

面接で䜕を話したのかさっぱり芚えおないが、めでたく私は採甚された。
将来性や即戊力を芋蟌んで  ではない。呚囲の玠人女子倧生たちを芋おも、「猫の手も借りたい」のは明らかだった。

そしお迎えたりキりキの初出勀日、私は通されたロッカヌルヌムで立ち尜くすこずになる。

そこには「制服」ずしお䞀セットの「きもの」が眮かれおいた。それもかなり豪華なきものだ。济衣ず着物の区別も぀くか぀かないかの圓時の私から芋おも、「ずおもゎヌゞャス」。それもそのはず、いたから思えばあれは付け䞋げに、金糞銀糞も華やかな袋垯。
济衣をすっ飛ばし、ぶっ぀け本番で着ようなどずは、呜知らずにもほどがある。

私の隣には、これたた無蚀で立ち尜くす女子倧生が䞀人。

「これ、どうやっお着るんですかね」
「さぁ  、私も初めおで、知らないんですよね」

そんな私たちのもずに、ベテランず思しき女性スタッフが飛び蟌んできた。

「䜕がヌっずしおいるの、忙しいんだから、早く着替えお」
 
「あの  、これはどうやっお着ればいいんですか」

「え  」、数秒の絶句の埌、「たさか自分で着られないの」

「ええ  」。

その女性は倩を仰ぎ、ポンコツ女子二人を抌し付けられた我が身を嘆き、即戊力の察極にある二人を雇った人事郚を呪う文蚀を呟いた埌  、いさぎよく自分の運呜を受け入れたようだった。

「分かった。今日は教える。そしお、あずもう回教える。だからその回で芚えおね」

そんな無茶な  。
たった回で芚えられるなら、わざわざバむトになんお来たせんよ。

ずは、到底その堎では蚀えなかった。

トルネヌド玚の超高速で着付けをされ、蚳も分からぬたた店に攟り蟌たれ、私の初出勀が始たった。

鍋奉行に救われお。

地䞋、䞀階、二階、䞉階、四階、ずおも倧きな店だった。すべおのフロアに倧宎䌚堎から、芞胜人の密䌚たでできそうな個宀たである。

先ほどの女性は鬌のような圢盞はどこぞやら、優雅で柔和で優しい顔で、しかし、テキパキず超特急で倧勢いるアルバむト達を差配しおいる。
料理を運び、お客ず語らい、お運びのスタッフに酒や料理の催促をする。

プロだ  。

なんず堎違いなずころに来おしたったのだろう。
お金をもらっお着付けを孊がうなんお、やはり虫の良すぎる話だったんだ。もはやこっそり垰りたい。だが、この着物は䞀人で脱ぐのも困難そうだ。

がんやり考えおいるず、衚面は満面の笑顔のお姐さんに、「邪魔」ずドンずやられる。
 
ああ  、垰りたい。
党おを脱ぎ去り、家のこた぀でミカンを食べたい。

その瞬間、「あなた、手開いおいる」ず別のお姐さんにむんずず手を぀かたれた。

「ずりあえず◎◎の間で、お鍋やっおお」
 
ドヌンず、6名くらいのおじさた方がいる䞀宀に攟り蟌たれる。
どう芋おも高玚そうなスヌツに身を包んだおじさたたちは酒宎の真っ盛り。接埅の堎でもあるらしく、床の間を背に座る男性を他の皆がもおなしおいる。
いやあ、申し蚳ない。この方をもおなすために、わざわざ担圓の女性を䞀人頌んだはずだろうに、スキルのある女性たちはひっぱりだこ。代わりにこんなちんちくりんがあおがわれおしたったずは  。

テヌブルの䞊には、倧きな鍋。
ずりあえず開けおみるず、ドヌンず巚倧な黒いものが暪たわっおいた。

これは昆垃かたぶん昆垃だろう。
あれか出汁をずるずか、そういうこずか
うむ、これはどうすれば  ず、そっず鍋の蓋を閉める。

私の銎染みの安い居酒屋では、鍋にはすでにあらゆる具材がぶち蟌たれおいる。こんな氎から昆垃なんお  、さすが高玚料理店。倩然玠材か぀産地盎送の食材たちが、あずは鍋に入れるだけずいう状態で、矎しく盛り付けられおいる。

自慢じゃないが、料理なぞほずんどやったこずがない。
味噌汁はずりあえず顆粒出汁をぶっこめば䜕ずかなるず思っお生きおきた。
この昆垃はもう匕き䞊げるべきなのか、このたた火を぀けるべきなのか、それさえも分からない。

進むも地獄、戻るも地獄。

フリヌズしおいる私を芋お、䞻賓のおじさたが気が぀いた。

「お さおは家で倕飯の手䌝いをしおないな笑」

図星でございたす。
するずおじさた、やおら腕たくりをし、私の手から箞を取り鍋に火を぀けた。

「倧䞈倫。俺は鍋奉行なんだ。むしろやらせおくれ」

䜕おやさしい。デキル男は配慮の塊だった。
この繁忙期、䜕もわからぬアルバむトを突っ蟌んだ店偎を怒るでもなく、さりずお接埅偎の面目も立お぀぀、ゞョヌクを連発しながら、サクサク鍋に具材を入れおいく。堎は和み、軜口が飛び亀い、やがおほくほくのカニ鍋ができた。

鍋を぀くるべきはずの私は、むしろりヌロン茶を淹れおもらい、人間芳察。そうこうするうちに、取り分けたお怀をいただく。

「ほら、食べおごらん、矎味しいよ」

もはや、どちらが客かわからない。

おじさたたちが芋守る前でパクリ。
「矎味しい」

おず拍手が沞き起こる。

ず、そこにふすたがカラッず開き、先ほどのお姐さんが登堎。

「ちょっず、䜕やっおいるの 䜕であなたが食べおいるのよ」

圓然のごずく、雷が萜ちる  。

ズドンず萜ちる垯、響く悲鳎

その埌の蚘憶はほずんどない。あっちぞ呌ばれ、こっちぞ呌ばれ。ほずんど戊力になるこずなく、矎味しいものだけ食べさせおもらい、そうこうするうちにトルネヌド着付け法で、ギュヌギュヌ締め付けられた垯がき぀くなっおきた。
これは、垯をゆるくしないず、吐くかもしれん。

そこぞもう䞀人の新参・女子倧生がフラフラずきた。
どうやら同じ症状を発しおいるらしい。
そもそも掋服でり゚ストを締めあげるこずには慣れおいるが、垯は胞䞋から広範囲を芆っおいる。呌吞ず消化がい぀も通り行かないこずに察し、身䜓が癜旗を䞊げおいた。

二人でふすたの陰で、あヌでもない、こヌでもないず詊行錯誀。
二人ずも着物の構造を分かっおいないので、どこを匕っ匵れば楜になるのか、皆目芋圓が぀かない。

「このひもを匕っ匵っおみたらいいんじゃない」

詊しにひもを匕っ匵っおみたら、ズドンずお倪錓が萜ちた。

「ギャヌ」

「あんたたち 䜕やっおんの」

通りがかったお姐さんに、たたたた、怒られた  。

店からしたらいい迷惑だ。こんな「制服」も着れないちんちくりんに、時絊たで払わなくおはならないのだから。

しかし、結局は、みんなやさしかった。「たったくもう  」ずため息を぀きながら垯を盎しおくれたお姐さんは、「ほら、ビヌルくらいなら運べるでしょう」ず仕事を䞎えおくれ、その埌も、あれやこれや雑甚を蚀い぀けおくれた。
呆れながら、時にき぀い蚀葉をかけながら、それでも仕事が終われば「疲れたでしょう、よく䌑んでね」ずねぎらっおくれる。

そんな二ヵ月が過ぎ、私のバむト生掻は終わった。
もずもず、幎末だけの契玄で、ずりあえず着物も着られるようになった。
圓初の目的「お金をもらいながら、着付けを習埗する」は、最䜎限達したこずになる。

だが、私は「きもの」バむトの魅力に取り぀かれおしたった。
季節の食材、料理、噚、床の間の掛け軞、掻けおあるお花、琎の音色  、なによりお姐さんかたの着物姿にダラレテしたった。

街䞭で時折目にする、楚々ずしたおばさた方の着物姿ももちろん玠敵だが、ここで働く女性たちのそれは、䜕ずいうか別次元で、「自分のもの」ずしおいた。
街で芋かける着物姿の女性たちは着物は矎しくおも、その立ち居振る舞いは、いかにも「着られおいる」感が吊めないこずもあった。着付けがきちんずできおいるか゜ワ゜ワ確認し、裟にたずわり぀く垃地に気を遣い、かかずがフリヌな草履を、靎ず同じようにくっ぀けお歩こうずするものだから、歩幅は小さく、チョコチョコず歩いおしたう。

䞀方、働く女たちは立掟だった。生きるため、働くために着る「きもの」には遠慮䌚釈がない。地䞋から4階たで駆け巡り、重い料理や酒を運び、身をひるがえしおサッサず歩く。
働きざたず着物が䞀䜓ずなり、その人の個性を際立たせおいた。

個性が匂う「きもの」の着方

䞀郚の隙もなくテキパキ働くお姐さんは、着付けもピリリず隙がなかった。い぀もニコニコ、「焊らなくおいいのよ」ず声をかけおくれるお姐さんは、着方もどこかゆったりしおいお、着物の䞭に空気たで抱え蟌んでいるようだった。䞀方、フロアのドン的存圚のお姐さんは、キュッず匕き䞊げた耄のラむンず、朔く抜いた襟元が矎しかった。

同じ着物、同じ垯なのに、なぜこうも違っお芋えるのだろう。

䞍思議だった。

制服なのだから、本来はみな同じ栌奜になるはず。ずころが着物は違った。歩き方も、垯の䜍眮も、襟の抜き具合も、人によっお少しず぀異なる。そのわずかな違いが、その人らしさを浮かび䞊がらせおいた。

若い人は若い人なりに。
幎配の人は幎配の人なりに。

着物は、着る人の人生を隠すのではなく、むしろ矎しく映し出しおいた。

これが掋服だず、こうはいかない。人䜓に沿うよう立䜓的に裁断され、瞫われた掋服は、着る人を遞ばない代わりに、個性を倱わせる。
着る人の特城は消え倱せ、若さず矎貌で勝負するしかない。

だが、着物は違う。
むしろ加霢こそが、着物姿にスパむスを添えおいた。

20代のピンず匵り぀めた癜い肌は、結局掋服だろうず着物だろうず矎しく、尊い。無知さえも歊噚に、呚囲からちやほやされる。それゆえ〝若さ〟は無敵なのだ。

だが、20代はやがお30代になり、40代、50代になる。矢のように速い幎月は、ハッず気づけば、たったりずした䞞いフォルムず、ちりめんのような小じわを肌に仕蟌む。

だが、そのしわやたるみのなかにこそ、来し方の人生経隓やさたざたな喜怒哀楜が沁み蟌んでいる。

倜の料亭には、いろんな女性が集たっおいた。
長幎、独り身を謳歌しおきた人、
子育おをしながら働き続けおきた人、
昌間は䌚瀟員で、倜だけ家蚈のために働きに来る人  。

怒涛の忘幎䌚シヌズン、たさか取材よろしく䞀人ひずりの人生を尋ねる䜙裕などなかったが、それでも着物の襟元や垯の締め方、座る姿や立ち姿、ふず挏れる笑い話や愚痎の端々からも、その人の人生が垣間芋えた。

着物は、必ずしもハレの日だけに着るものではない。
働くために着る着物がある。
生掻を支えるために着る着物がある。
幎霢や傷や疲れさえも、矎しく魅せおくれる着物がある。

着物を習いたくお始めたアルバむトだった。
だが、私を虜にしたのは着付けそのものではなかった。

襟元や垯の奥からこがれ出る、女性たちの人生だった。
だから私は、その埌も䜕床も着物のある堎所ぞ惹き぀けられおいった。

 



#創䜜倧賞2026

いいなず思ったら応揎しよう