
【つわりは地獄だ】「赤ちゃんさまの天啓」に翻弄される
「食べもの迷子」始まる
私は白米を食べる。
味もにおいも、特段なにか感じたことはない。
妊娠6週も後半に差し掛かったころだった。
つわりは相変わらず波があり、胃腸炎程度の日もあれば、徹夜で飲んだ激重の二日酔いくらいグロッキーな日もあった。
それは突然のことだった。
ある日、急に白米が食べられなくなった。
お椀によそられたそれを見ただけでわかった。
「あ、だめだ」。
これが、つわり特有の極端な偏食の始まりだった。
心の友とばかりにどこへ行くにも常備していたミニクロワッサンは、見るのすら嫌になっていた。
芳醇なバターのかおりが無性に獣臭い。
同じ理由で、パンも全部だめになった。
水代わりに常飲していた炭酸水も、飲めなくなってしまった。
とりあえずお茶を試してみたが、鼻に抜けるにおいで心が折れた。
飲めるもの……なにか……なにかないか……。
あの日の私は追い詰められながら、ドラッグストアを徘徊していた。
そこで出会ったのが、梅ジュースである。
さわやかな緑のパッケージに、瑞々しい青い梅。
天啓だった。
試しに一本買ってみて、店の外でごくり。
飲めた……。
お告げは正しかった。店に戻り、持てる分だけ買い占めた。
ちなみに妊娠前の私は基本的にお茶と水しか飲まず、ジュースの類は基本的に一切口にしないタイプだった。
でもこのときは、人工的な甘酸っぱさが、何を飲んでも「不味い」と感じてしまう壊れた味覚を癒してくれた。
赤ちゃんさまが望んでいる
こんなふうに、どれだけ気持ち悪くて食欲がなくても、突然「これならいけるよ」とお告げが降ってくるときがあった。
実物を前にしているときだったらありがたいのだが、家のベッドで寝込んでいるときに降ってくるのが一番困った。
「これならいけるよ」とただ教えてもらうだけならありがたいのだが、「これが食べたい、今すぐ食べたい、食べなきゃ死ぬよ」くらいの猛烈な欲求なときもあった。
ちなみにこの「食べなきゃ死ぬよ」は誇張でも何でもない。
食べないと胃酸に満ちた胃が食道を通って口から出て窒息して死ぬ、くらいのことはあり得そうなくらい、本当に切羽詰まっている。
嘆いても仕方ないので、私は「赤ちゃんさまの命令」として受け止めることにした。
「赤ちゃんさまがお望みなら仕方ないよね」と、家計に糸目もつけず、「いける」と思えたものを買いまくった。
夜中に例の猛烈な欲求があったときは、赤ちゃんさまのために、夫が24時間スーパーまで自転車を走らせた。

本格的な吐きづわりの開始
妊娠7週になると、「赤ちゃんさま」が森羅万象の主体となり 、「私」という個人のもとめる食事は完全にできなくなった。
私はこの日、カレーが食べたかった。
あんなに忌み嫌っていた白米も、カレーと一緒になら食べられると思った。
夫に頼んでカレーを作ってもらい、夕食に食べた。
とてもおいしかった。
おいしかった、のだが。
食べた直後から、ものすごい胃もたれが私を襲った。
油でも飲み干したのか?と思うくらいの、ものすごい胃もたれだ。
私の胃はもう、カレーを「食べ物」として処理できなくなっていた。
その晩、異物として判定されたカレーが完全に排除されるまで、私は何度も何度も吐くはめになった。
朝5時まで吐いて、胃液しかでなくなり、ベッドに戻って寝た。
そして2時間後。胃酸は胃の中で大波をうっていた。
空っぽになったはずの胃が鉛でも入れたかのようにずっしり重く、「早く吐き出してくれ」と訴えているようだった。
鉛の位置が変われば不快感が和らぐのでは?
右を向き、左を向き、仰向けに戻り、また右を向き……。
ダメだった。諦めて吐いた。
しかし吐いても、鉛はなくならなかった。
この日を境に、私は立つのはおろか、椅子に座ることすらできなくなった。
90日に及ぶ、本格的な吐きづわりの幕開けである。
次回:「夫にも職場にも迷惑かけまくり。罪悪感でがんじがらめに…」 5/15(金)配信予定
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