
「おいしい」を、自分の手に取り戻す。ギャラリートークを終えて_考える食堂
5月16日、「考える食堂展」の会場で、フードイラストレーターの松野美穂さんをお迎えしてギャラリートークを行いました。
テーマは、食堂から考えるソーシャルデザイン&おいしさ
……と言うと少し大きな話に聞こえますが、実際には、みんなで崎陽軒の季節のお弁当初夏をいただきながら、「このお弁当のどこがいいんだろう」「自分にとっていいご飯ってなんだろう」と話していく時間でした。
トーク後、松野さんが note に「考える食堂展」ギャラリートークを終えて、という記事を書いてくださいました。
そこに書かれていたのが、「かよこさんがやっていることは、栄養学のフォービズムかもしれない」という言葉でした。
自分では絶対に出てこない言葉です。
でも読んでみると、たしかに今回の展示やトークで私がやりたかったことを、別の角度から照らしてもらったような気がしました。
メニュー名ではなく、食材を見る
今回の展示では、松野さんが描いた「ハンバーグプレート」のイラストを使わせていただいています。私がその絵に惹かれたのは、単に「おいしそう」だったからではありません。その絵を見ると、ハンバーグというメニュー名の奥にある、食材や調理の過程に目が向くからです。
以前、食事の中身について考えるワークショップをしたとき、料理の写真を並べたことがありました。ところが、参加者の視線は「写真としてきれいか」「盛り付けが好きか」「器がいいか」といったところに向かってしまいました。
もちろんそれも大事です。でも、そのとき私が見てほしかったのは、料理を構成している食材のほうでした。
ハンバーグという名前でひとまとめにされているものを、肉、きのこ、ソース、油、野菜、炭水化物といった要素にほどいてみる。そうすると、食事は急に「選べるもの」になります。
松野さんの絵には、その入口がありました。シズル感で「食べたい!」と煽るのではなく、何がどう料理されているのかを想像させる絵。おいしさの手前にある構造を、やわらかく見せてくれる絵。だから今回、どうしても展示の中に置きたいと思いました。
あえて、きれいにしすぎない
松野さんの記事では、展示について「シズル感を入れすぎない引き算のデザイン」と書いてくださいました。これはとても嬉しい指摘でした。
今回の展示は、プロのデザイナーさんにも入っていただいています。ロゴやキービジュアル、アイコンなどは、きちんと人に届くように整えていただきました。
一方で、展示パネルの中身は、私が自分で作ったパワーポイントをかなり残しています。正直に言うと、もっときれいにする余地はたくさんあると思っています。でも、私は今回の展示を「完璧に美しい研究発表」にしたかったわけではありませんでした。
修士論文を書いたあと、強く思ったのは「このままだと誰にも届かない」ということでした。8万字の論文を書いて、自分では大事なことを書けたと思っても、それを読んでもらえなければ、ただ自分の中にしまわれて終わってしまう。だから展示にしたいと思いました。
でも同時に、研究者や学生が、自分の手で、自分の研究を人に渡すにはどうしたらいいのか。その実験でもありました。お金をたくさんかけて、すべてをプロにお願いすれば、もっと完成度の高い展示にはできたかもしれません。でも、それは再現性が低い。
私が探したかったのは、限られたリソースの中で、どこまで人に届く形にできるのかということでした。
これは、食堂の話とよく似ています。ものすごく贅沢な食事ではなくても、「雑に扱われていない」「自分のことを少し考えてくれている」と感じる食事があります。その境目はどこにあるのか。
展示も同じでした。
気持ちよく見せることと、考えてもらうこと。その間の、ちょうどよい場所を探していました。
茶色多め食堂と、いいご飯
トークの中では、口頭だったこともあって少し強い言葉を使いましたが、文字にするなら「茶色多め食堂」と呼ぶくらいがちょうどよさそうです。
カレー、そば、うどん、唐揚げ丼、揚げ物の定食。
まずいわけではないけれど、毎日食べたいわけでもない。お腹は満たせるけれど、食べる人の体や気持ちが大事にされている感じがしない。
そういう食堂は、いろいろな場所にあります。
ただ、運営する側から見ると、そこには理由があります。ロスが出にくい。調理技術があまりいらない。原価が安定している。一定数は売れる。食堂を長く安定して回すには、とても合理的です。
でも、その合理性だけで食堂を作っていくと、食べる人の感覚とずれていきます。
たとえば、ある食堂で「うちはお蕎麦が人気なんです」と言われたことがあります。でも私は、それは本当に蕎麦が好きで選ばれているのだろうか、と思いました。
ほかの選択肢の中で一番ダメージが少ないから選ばれているだけかもしれない。食べる人の消極的な選択が、運営側には「人気」として見えてしまう。このズレをどう扱うかが、食堂を考えるうえでとても大事だと思っています。
おいしさは、味だけではない
トークでは、参加者の皆さんにも「自分にとって、いいご飯とは何か」を話してもらいました。
白いご飯がおいしいこと。
食べたいと思ったメニューがあること。
小鉢がいくつも並んでいること。
魚の皮にきれいな焼き目がついていること。
サラダに紫色の野菜が入っていること。
れんこんの輪切りの模様が見えること。
パリパリした食感があること。
どれも、とても具体的でした。
そして、その具体性がよかったです。
「おいしい」は、味だけでできているわけではありません。
見た目、食感、温度、手間、季節感、安心感、作り手の気配、自分の体調、その日の気分。そういうものが重なって、「これはいいご飯だ」と感じている。
多くの人は、専門的な知識がなくても、目の前の食事が自分を大事にしてくれているかどうかを、かなり直感的に受け取っていると思います。
だから私は、食事はメディアだと思っています。
食事は、栄養素だけを運んでいるのではありません。
「あなたの体を大事に思っています」
「ここで安心して過ごしてほしいです」
「今日はこれを食べて、少し元気になってください」
そういうメッセージも一緒に運んでいます。
ジャッジしない、でも観察する
食を扱うときに、私がいちばん大事にしたいことがあります。
それは、他人の食べ方をジャッジしないことです。
食べることは、とても個人的で、センシティブなものです。
好き嫌いも、体に合う合わないも、食べたい量も、安心できる食べ方も、人によって違います。
だから、誰かの食事に対して「それは体に悪い」「そんなものを食べてはいけない」と簡単に言いたくありません。
ポテトチップスを一袋食べて幸せなら、それはその人の心を満たす食事です。もちろん、体に必要な栄養をとることも大切です。
でも、心を満たすことも同じくらい大切です。
大事なのは、どちらが正しいかではなく、今の自分は何のために食べているのかを、自分でわかっていることだと思います。
今日は心を満たすために食べる。
今日は体を整えるために食べる。
どちらもあっていい。
その選択を、他人に預けすぎないこと。
自分の体や気持ちを観察しながら、自分のものさしを持つこと。「考える食堂」でやりたかったのは、まさにそのための入口を作ることでした。
一食130gの野菜で、空気が変わる
トークの後半では、デジタルハリウッド大学の食堂改善についても話しました。
最初に相談を受けたとき、そこにあったのは、いわゆる茶色多め食堂に近い状態でした。唐揚げやカレーなど、決してまずいわけではないけれど、毎日食べ続けるには少し重たい。
でも、予算も人手も限られています。
いきなり栄養士が完璧な献立を組むようなことはできません。
そこでお願いしたのは、とてもシンプルなことでした。
「野菜を一食130g入れてください。味噌汁に入れてもいい。副菜にしてもいい。形は問いません。」そこで、調味された「フリー野菜料理」を置いてもらいました。
生野菜にドレッシングをかけるサラダではなく、味がちゃんと回っていて、そのまま食べられる野菜です。

これだけで、食堂の空気が変わりました。
カレーを食べる人も、唐揚げを食べる人も、そこに野菜を好きな量だけ足せる。食べる人が、自分の食事を調整できる。
たった一品の野菜が、「ここでは自分の体を少し大事にできる」という感覚を作ってくれたのだと思います。
大きな正解を押しつけるのではなく、小さな選択肢を増やす。それが、私にとっての食堂のデザインです。
間違ってもいいから、自分で選ぶ
松野さんは note の中で、展示のレーダーチャートを「矯正のためのルールではなく、今の自分の形を観察するためのものさし」と書いてくださいました。

本当にその通りです。
私は、栄養学を人を縛るものにしたくありません。
何をどれだけ食べるべきかを命令するものではなく、自分の食べ方を見つめるための道具にしたい。
自分は今、何を食べているのか。
何が足りないのか。
何を食べると気分がいいのか。
何を食べると体がつらくなるのか。
そうやって観察するためのものさしです。
もちろん、間違うこともあります。
食べすぎる日もあるし、合わないものを食べてしまう日もあるし、今日はもうポテチでいい、という日もあります。
でも、間違ってもいい。
間違いながら、自分の体と相談していけばいい。転ばないように誰かに管理されるより、自分で転んで、自分で起き上がるほうがいい。そのために、食を自分の手に取り戻したい。
「考える食堂展」は、そんなことを考えながら作った展示でした。
ギャラリートークでは、松野さんの視点と、参加者の皆さんの言葉によって、私自身も、自分がやっていることをもう一度受け取り直すことができました。
おいしいとは何か。
いいご飯とは何か。
食堂は、何を渡す場所なのか。
その答えは、ひとつではありません。
でも、だからこそ、自分のものさしを持つことが大事なのだと思います。
ご来場くださった皆さま、松野さん、そしてこの展示を一緒に形にしてくださった皆さま、本当にありがとうございました。
食べることを、もう少し自由に。
でも、雑にではなく。
自分の体と、自分の気持ちを、ちゃんと手元に置いておくために。
展示のあとも、「考える食堂」は続きます
ワークショップでは、栄養学の知識を一方的に学ぶというよりも、日々の食事を振り返りながら、自分にとっての「ちょうどいい食べ方」を一緒に探していきます。食事を整えたいけれど、何から考えたらいいかわからない方。健康情報や食事の正解に少し疲れている方。自分の体や生活に合う食べ方を、自分の言葉で考えてみたい方に来ていただけたら嬉しいです。
ワークショップのお申し込みは、Peatix のイベントページから受け付けています。また、今後の開催情報は Peatix の「考える食堂」グループでもお知らせします。よろしければイベントページをご覧いただき、グループもフォローしていただけると嬉しいです。
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