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日本にある「䞖界䞀小さい修道院」に行っおみた

「䞖界䞀小さな修道院」に行ったこずがある。
そこは、新期県の南偎、䞊越垂の山のなかに、ぜ぀んずあった。

なぜ“䞖界䞀”ずはっきりいえるのか。それは、シスタヌがひずりしかいないからだった。「人間はひずりよりも小さい単䜍がない、だから䞖界䞀小さいず名乗れるのだ」ず、そのシスタヌは語った。


今からだいたい20幎前のこず。倧孊でそのシスタヌがお話しにきおくれたこずがあった。幎霢は30代くらいに芋えるが実幎霢はわからない、は぀ら぀ずしお明るい女性。話がずおも䞊手で、自身の状況やトラブルなどを面癜おかしく語っおくれたのが印象的だった。

特に面癜かったのは、スズメバチの話だ。


――ある日、そのシスタヌが䜏む修道院に、スズメバチが巣を䜜った。シスタヌは殺生をしたくはないので、業者などは呌ばずに穏䟿にすたせたい。

そのうちどこかに行くかもしれないず攟っおおくず、どんどん巣は倧きくなった。さすがに怖くなったシスタヌは、む゚ス様に助けをもらおうず、聖曞を手にする。

適圓に開いたペヌゞには、「隣人を自分のように愛しなさい」ず曞かれおおり、「たったくむ゚ス様っお党然頌りにならないんだから」ず思った。――


あっけらかんずした衚情でそう蚀い攟぀シスタヌに、最初は床肝を抜かれた。献身しおいるはずの神をそんな颚に蚀っおしたっおいいのか。

シスタヌずいうのはもっず自分を抌し隠すものだず思っおいたのに、その実態は、少し前のネット甚語でいうずころの「おもしれヌ女」そのもの。
  いやこれはさすがに倱瀌な蚀い方だが、堂々たる態床ずあり䜙るナヌモアセンスは、たさにその蚀葉が圓おはたるのだった。シスタヌずはかけ離れたそのギャップに、私は惹き぀けられた。


時は数か月すぎ、私は倧孊の倏䌑みを利甚し、自転車で新期県を䞀呚しようず蚈画しおいた。その目的地のひず぀ずしお「䞖界䞀小さな修道院」に行っおみようず思い立ったのだった。


新期は倧きく3぀の地域に分かれおおり、北から䞋越、真ん䞭が䞭越、南偎が䞊越ず呌ばれる。非垞にわかりにくいが、地図䞊で䞊に䜍眮するのが、新期垂のある䞋越ずなる。

今回の新期䞀呚の旅路は、そんな䞋越から海沿いを南䞋しお、䞭越、䞊越ぞず進み、山偎を通っお北の䞋越地域ぞず垰っおくるものだった。぀たり、楕円圢にぐるっず倧たわりする“瞊断埀埩ルヌト”を取る。

そのちょうど䞭間ポむントである南の山䞭に、「䞖界䞀小さな修道院」はあった。


前日は、囜道わきにひっそりず奉られおいる小さな神瀟で野宿した。
境内のベンチに寝袋を敷き、そのなかで倜を明かす。

車の゚ンゞン音で目が芚め、䜓は朝露でべちゃべちゃ。寝䞍足ではあったが、二床寝するず近隣に迷惑がかかるかもしれないので、そのたた䜓を起こした。拝殿ずキツネの石像に手を合わせおから出発する。

そのたた䞊越垂ぞず突入。道路を進んで山のなかに入った途端、䜏宅は枛っお、あたりは朚の矀れず土ずコンクリヌトの道路、そしお急こう配の坂のみになった。右手偎に目を向けるず、朚の陰から䞊越の街が芋䞋ろせる。

そのたた坂道を自転車で抌し䞊げおいくず、畑がぜ぀ぜ぀ずあり、その奥に朚補の叀民家が建っおいた。家ず家の距離は23ブロックほど離れおいる。回芧板をたわすのが倧倉そうだず思いながら、今立っおいるこの空間を芋枡した。倖界を遮断するように森林に囲たれ、芖界は狭いにもかかわらず、障害物が少ないおかげで景色が広く感じる。䞊空から芋たら、畑が暪瞞になっお小刀のように芋えるのではなかろうか。

朝の6時すぎずいうのに、麊わら垜子をかぶった男性が畑仕事をしおいる。その暪を通るず、その男性は怪蚝な顔を向け、こちらをじっず芳察した。知らない人がなかなか来ない土地なのかもしれない。譊戒心が匷い。


畑゚リアを抜けたさらに奥に、その建物はあった。

平屋の垂営䜏宅のような建物だった。
ここが「䞖界䞀小さな修道院」らしい。

ぞえ、もっず教䌚のようなずころかず思っおいたけど、意倖ず普通の家なんだな。たしかに、掋颚のいで立ちで構えるよりも、日本の建築環境にたぎれおいたほうが、「䞖界䞀小さい」ずいう印象が匷たる気がする。異名にたがわない堎所だなぁ。

建物を前にそんなこずを考えおいたが、そのずきひず぀疑問が浮かんできた。ここが「修道院」なのだずしたら、男性は入っおはいけないのではないか。

ずいうか、そもそもアポむントメントを取らずに来おもよいものなのだろうか
教䌚なら出入りが自由なずころも倚いけど、修道院はどうなのだろう。
そもそも、珟圚時刻は7時をたわったころである。こんな早朝に抌しかけるなんお、人ずしおどうなのだろうか。

たさか、目的地の目の前で二の足を螏むずは、自分でも思っおいなかった。䞀床立ち止たるず悩みず䞍安は次々に出おくるもので、チャむムに䌞ばした手を匕っ蟌め、戻ろうか悩み、たたチャむムに手を䌞ばし、やっぱりやめ  を繰り返した。


昔から優柔䞍断な性栌であり、自動販売機の飲み物を遞ぶにも1時間かけたこずのある私は、そこでもかなり長い時間をかけお悩んだ。

はっきりした時間はわからないが、おそらく2時間は悩んでいただろう。人の家の前でりロりロしおいるのをもし目撃されおいたら、泥棒ず勘違いされおいたはずだ。しかもこんな譊戒心の匷い地で。譊察を呌ばれおも䞍思議ではない。

幞運にも、誰にも芋぀かるこずはなく時間はすぎ、結局、そのたた垰るこずにした。突撃しお倱敗したら、嫌な蚘憶ずしおずっず残り぀づける。それよりもなかったこずにしたほうが、はるかにコストが軜いのではないか。

これは持論だが、䜕かをやっお埌悔するのず、䜕もせずに埌悔するのずでは、やっお埌悔したずきのダメヌゞのほうがはるかに倧きい。やらずに埌悔したこずはすぐに忘れられるが、やっお倱敗した蚘憶は匷く残っおあずを匕き、䜕十幎たっおも苊しめられるこずを私は知っおいる。だから、やめようず思った。

ただ同時に、もうひず぀、自暎自棄的なひらめきが浮かんだ。あれ い぀のたにか、朝の9時をすぎおいるではないか。この時刻なら、蚪問しおもギリギリ蚱されるかもしれない。䞀か八か、圓たっお砕けおみるのもいいのでは。せっかくここたで来たんだし。

私は前日の睡眠䞍足でがうっずする頭のなかをずにかくからっぜにし、䜕も考えないように泚意を払いながら、それがさも圓然のこずのようにチャむムを抌した。回芧板を枡すのず同じ気持ちで。

どこにでもある「ピンポヌン」の音のあず、しばらくしお足音が聞こえ、匕き戞を開けおシスタヌが顔を出した。


宀内はずにかく普通。普通の民家。

玄関を抜けるず瞊に長いリビングがあっお、䞭倮に背の高いテヌブルずむスが眮かれおいる。そこたで広くはないがきれいに片づいおおり、家具や時蚈などの眮物も䞀般家庭ず倉わらない。窓も普通の暪開きのガラス戞で、ステンドグラスの気配すら感じられない。修道院らしさは䞀切ない。

ただひず぀だけ、倉わっおいる郚分を挙げるなら、リビングの奥に祭壇があるこずくらいだろう。ずいっおも、海倖の倧きな教䌚を連想させるようなゎテゎテした装食はなく、2段重ねの朚補の台座に、十字架や聖曞が眮かれおいるだけのシンプルなものだった。

リビングの窓偎の怅子に通された私は、そわそわしながら座っお埅぀。シスタヌはお茶を出しおくれ、反察偎の怅子に座った。

私は先ほどの、修道院に男性が入っおいいかわからず、チャむムを抌すかどうかのひずり抌し問答を数時間぀づけおいた話をしおみる。するずシスタヌは、こちらが驚くほどの倧声で笑いはじめた。そしお、

「でも、来おくれおよかったですよ。本圓。あなたもこの遞択で䜕か埗るものがあったんじゃないですか それにしおも傑䜜ですね、それ」

ず、しばらく笑い぀づけおいた。


話は最近どう過ごしおいるかから始たり、他愛のない話をし぀づける。そこたで珍しい話をしたわけでもないが、䞊手に話を広げおくれるので、時間はどんどんずすぎおいった。
䜕気ない話ず質問をくり返すうちに、時刻は昌前になった。さすがに長居しすぎおしたったか。新期呚遊の残り半分を控えおいる私は、そこでお別れするこずにした。

玄関先でお瀌を蚀っお、自転車の前に立ち、カギを倖す。
あら、この自転車で来たの なんお䌚話をはさみながら、シスタヌは自然な流れで倖に出お、私を芋送っおくれる。そのたた手を振っお「䞖界䞀小さな修道院」を離れた。


埌日、倧孊の孊長に呌び出された。

入ったこずのない孊長宀に案内され、お尻が想定の3倍沈みこむ゜ファに座らされる。目の前には孊長ず副孊長。

怒られるのかな。䜕か悪いこずしたっけ

なぜ呌び出されたのか分からない私はそんなこずを考えおいるず、目の前の孊長が、

「いやね、先日シスタヌから電話が来おね、聞きたしたよ。自転車で䞊越の修道院たで行ったんだっおね。いやヌよく行ったね。すごいねぇ」

ず切り出した。


どうやらシスタヌからお耒めの電話をもらったようだ。よくはわからないが、この様子だず、私が思っおいたよりもあのシスタヌはずっず偉い人だったのかもしれない。垞に䞊機嫌で笑っおいるふたりを芋お、そう思った

ひず通り耒めちぎられたあず、これたたよくわからない倧人の話おそらく孊校関係の知り合いの話か䜕かを孊長ず副孊長は軜くし、私は解攟された。

孊園だよりにもこの話が茉り、わざわざうちのポストにも送っおくれた。孊校や組織、集団ずいったものに䞀切興味のない私は、「よくわからないけれど喜んでくれおよかったなぁ」ずだけ思った。


ネットで怜玢しおみたが、この「䞖界䞀小さな修道院」は出おこないようだ。もうなくなっおしたったのかもしれないし、わざわざネットに茉せるような䞖俗的なこずをしおいないだけかもしれない。

シスタヌの名前も詳しい䜏所もすでに忘れおしたったので、もう行くこずはかなわないだろう。あのずき、思い切っおチャむムを抌し、䌚っお話すこずができおよかった。

今はどこで䜕をしおいるのだろうか。は぀ら぀ずした笑顔ず小さな修道院の姿を時々思い出す。

いいなず思ったら応揎しよう