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Photo bytajifusen

ただの紙袋が宝物になった日

    Maru

    保育士として働いていると、子どもたちに驚かされることがある。
    それは特別な行事の日でも、華やかな出来事でもない。
    何気ない日常の中で、ふと訪れる。
    ある日、一緒に過ごしていた女の子が、私の持っていた紙袋を見つけた。
    「おえかきしていい?」
    瞳を輝かせながら聞いてくる。
    もちろん、と答えると、彼女は嬉しそうにペンを握った。
    紙袋は、どこにでもある普通の紙袋だった。
    買い物をしたときにもらい、役目を終えたら処分される。
    大人にとっては、その程度の存在だ。
    けれど彼女は違った。
    紙袋を机の上に広げると、思いつくままに色を重ねていく。
    赤い丸。
    青い線。
    黄色のぐるぐる。
    ときどき考え込みながら、また描く。
    その真剣な横顔を見ていると、まるで小さな芸術家のようだった。
    完成した紙袋は、もう最初の姿ではなかった。
    世界に一つしかない作品になっていた。
    「できたよ!」
    誇らしそうに見せてくれた笑顔は、今でも忘れられない。
    私は保育士として、多くの子どもたちと出会ってきた。
    子どもたちは本当に不思議だ。
    大人なら見過ごしてしまうものを宝物に変える。
    石ころを集めて喜び、葉っぱを大切そうに握りしめ、空き箱で何時間も遊ぶ。
    何もない場所から楽しさを見つけ出す力を持っている。
    一方で、大人になると少しずつその力を失っていく。
    時間に追われる。
    予定に追われる。
    やるべきことに追われる。
    そして、紙袋はただの紙袋になってしまう。
    けれど、その子が描いた紙袋を見ていると、忘れていたものを思い出させてもらった気がした。
    幸せは特別な日にだけあるものではない。
    遠くまで出かけなくてもいい。
    高価なものを手に入れなくてもいい。
    目の前にある何気ないものを面白がれる心。
    それこそが、小さな幸せなのかもしれない。
    最近、私は母になった。
    生後間もない頃は、授乳と寝不足の繰り返しだった。
    保育士として子どもを見てきたはずなのに、自分の子どもを育てることはまったく別の世界だった。
    毎日が精一杯で、心に余裕を持てない日もある。
    それでも、息子は私が見落としてしまいそうな幸せを毎日のように教えてくれる。
    窓から差し込む光を見て笑うこと。
    風に揺れる葉っぱをじっと見つめること。
    ただ抱っこされるだけで安心した表情を見せてくれること。
    その姿を見るたびに思う。
    子どもたちは、生きることそのものを楽しむ天才なのだと。
    あの日、紙袋を宝物に変えた女の子も。
    今、私の腕の中で笑う息子も。
    同じことを教えてくれている。
    世界には、まだたくさんの発見があること。
    幸せは案外すぐそばにあること。
    大人になっても、それを見つけることはできること。
    最近、息子は紙袋を見つけると夢中で触る。
    しわを作ったり、音を鳴らしたり、ひっくり返したり。
    ただの紙袋なのに、まるで不思議な宝物を見つけたような顔をする。
    いつか息子も、紙袋に絵を描く日が来るのだろうか。
    どんな色を選ぶのだろう。
    どんな世界を描くのだろう。
    その日が来たら、私はきっと思い出す。
    あの女の子が教えてくれたことを。
    そして息子にも教えてもらうのだと思う。
    幸せは遠くに探しに行くものではなく、足元にそっと咲いているものなのだと。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
     

    Maru

     
     
    元バイリンガルプリスクールに勤務。 現在、フリーランス保育士のマルです。 幼児英語インストラクターでもあります! 最近、待望の第一子が生まれました。 我が子に翻弄される日々をシェアします♪

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