
エピローグ また明日。
朝。
小さなフェリーが島へ向かう。
今日も同じ海。
今日も同じ航路。
藤堂颯太は乗船口に立つ。
「こんにちは」
乗客が笑う。
「こんにちは」
颯太も笑う。
ほんの少しだけ。
前より自然に。
フェリーは静かに港を離れた。
*
閉館後の水族館。
朝倉凪は今日もクラゲの水槽を掃除している。
ゆっくり揺れる光。
ゆっくり揺れる命。
「今日も飛んでる?」
クラゲは何も答えない。
でも。
少しだけ翼のように見えた。
凪は笑う。
「そんなキャラじゃないでしょ」
*
誰もいない水族館。
坂本恒一は工具箱を置く。
点検を終え。
今日も少しだけ歌う。
昔より少しだけ声は低くなった。
それでも歌う。
夢だったから。
好きだったから。
翌日。
島のスナック。
「下手だねぇ」
和江が呆れたように言う。
「褒めてます?」
「誰がだい」
店のベルが鳴る。
今日も。
いつもの夜だった。
*
酒蔵では。
高瀬悠真が新しい酒を搾っている。
父が一口飲む。
少し考える。
「今年の出来はどうですか」
父は短く答えた。
「まだまだだな」
悠真は笑う。
「ですよね」
もう次の攻略法を考えていた。
*
隣の部屋では。
高瀬美咲が新しいラベルを描いている。
田んぼ。
夕暮れ。
風。
誰も見向きもしない景色。
コンテストの結果は、もう覚えていない。
ただ。
描きたいから描いている。
*
郵便局。
佐伯恒一は今日も配達へ向かう。
住所のある手紙。
住所のない想い。
全部同じ鞄に入っている。
今日も誰かのもとへ届ける。
それが仕事だった。
そして。
少しだけ好きな仕事になった。
*
夕方。
相沢美里は娘と手を繋いで歩いている。
「ママ」
「ん?」
「今日もお仕事?」
「うん」
娘は少し考えてから笑う。
「じゃあ、おやすみは今度ね」
美里も笑う。
「そうだね」
今度は。
ちゃんと笑えた。
*
施設の一室。
八木さんは今日も絵本を開いている。
「これはな」
「昔、子どもらが好きやった話でな」
誰に話しているのか。
本人にもわからない。
でも。
その声は、とてもやさしかった。
窓の外には。
小さな島へ向かうフェリーが見える。
*
遊園地。
八木翔太は観覧車の扉を閉める。
「ありがとうございました」
「またお越しください」
乗客を見送る。
それから。
ポケットからスマートフォンを取り出した。
大学時代の恩師。
教職課程の教授。
名前を見つめる。
しばらく。
本当にしばらく見つめる。
そして。
小さく息を吐いた。
「……やってみるか」
送信ボタンを押す。
*
海は今日も変わらない。
島も。
フェリーも。
水族館も。
酒蔵も。
スナックも。
遊園地も。
昨日と同じ景色が続いている。
けれど。
人は少しずつ変わっていく。
昨日より少しだけ。
笑えるようになった人。
昨日より少しだけ。
誰かを思えるようになった人。
昨日より少しだけ。
前を向けるようになった人。
そんな小さな変化を乗せながら。
今日も。
誰かが誰かのために働いている。
それは。
大きな奇跡なんかじゃない。
でも。
確かに誰かを救っている。
だから。
また明日。