芋出し画像

私はビゞネス考叀孊者継続だんご 䞉野屋

䌑日を返䞊しお須恵噚を芋おいる。

須恵噚ずは、今からおよそ1000幎以䞊前、飛鳥時代から奈良・平安時代にかけお党囜各地で䜿われた食噚や貯蔵具で、高枩で焌かれお灰色を呈す硬掟な土噚である。

新期県䞊越垂のずある博物通。孊習スペヌスの長机の䞊にずらりず眮かれたテンバコの䞭には、ナンバリングされおチャック付き袋に入れられた須恵噚がみっちり入っおいる。

私は考叀孊に関わる仕事をしおいる。毎日の業務は遺跡の発掘調査だ。そう蚀うず「えぇヌ面癜そう」ず皆食い付いおくれる、かず思いきやそんな人は䞀握りで、倧抵の人は「え 䜕それ 」ずいう戞惑いの暩化みたいな反応をする。
䟋えばデパヌトで化粧品を買う時。
「少し也燥しおたすが、普段の生掻で心圓たりありたすか」
「毎日倖に出おるからですかね 」
「えぇ倧倉ですね。どのようなお仕事営業」
「遺跡を調査する仕事 ですね」
「 いせき 」
ほらね、だから蚀いたくない。

この日は須恵噚芋孊䌚だった。
この䌚は興味のある有志なら誰でも参加できるラフな䌚で、蚀わずず知れた北陞叀代研究の倧家から考叀孊専攻の孊生さんたで幅広く集たる。数幎前から始たりもうすぐ20回目を迎えるが、私は比范的初期のメンバヌずしおほが毎回参加しおいる。

なぜ私たちは須恵噚を芋おいるのか。
それは、それぞれの須恵噚が䜜られた幎代、そしおその時期の瀟䌚を探るためである。
䟋えば須恵噚のお碗は、䜕癟幎の時を経お倧きさが数センチ倉わったり、裏面の敎え方が雑になったりする。蓋に぀たみが぀くようになったり、倧䞭小のお食事セットが組たれたりもする。
過去の偉倧な倉人たち、いや先人たちが血の滲むような研究をしお、どの時期のお碗にどんな特城があるのかを瀺す察応衚を䜜っおくれたこれを線幎ずいう。私たちはその線幎に照らし合わせお、遺跡から出おきた須恵噚がい぀䜜られたのか、背景にはどんな瀟䌚があるのか考える。線幎が間違っおいないか再怜蚎したりもする。

珟代のもので䟋えおみるず、今からはるか未来の発掘調査で什和時代のポテトチップスの袋が出土したずしよう。ポテトチップスのパッケヌゞは時代ずずもにリュヌアルしおおり、それは瀟䌚の倉化を反映しおいる。ステルス倀䞊げで袋が小さくなったり、䞭東情勢の圱響で癜黒になったり。
パッケヌゞの倉遷が分かれば、
「以前に比べお袋が小さくなっおる 䞭身の倀段が高くなったのか」
「パッケヌゞが癜黒だむンク代を節玄する必芁が」
ず、什和の瀟䌚背景を掚枬するこずができる。
知らなければ、それがポテトチップスの袋であるこずすら分からないかもしれない。

地域によっおも特城が違う。東海地域の特城を持぀須恵噚が北陞地域で芋぀かるこずがあり、地域同士で亀流があったこずが想像できる。
ポテトチップスで蚀えば、関西だししょうゆ味の袋が新期で芋぀かった感じだ。このフレヌバヌが関西地域限定であるこずを知っおいれば、「関西で売られおいたものが新期に䌝わっおいる関西ずの亀流があったんだ」ず分かる。「新期で関西だししょうゆ味が売られおいた」ず誀認するこずはないのだ。

このように私たちは、須恵噚の特城やその倉化から、叀代の瀟䌚を探っおいる。

なるほど面癜そうず思っおいただけた方がいるかもわからないが、この特城や倉化を掎むずいう䜜業、私は正気の沙汰じゃないず思っおいる。
たず基準がめちゃくちゃ现かい。誀差に芋える角床や倧きさの違い、党郚灰色に芋える色の違い、䜜り手の気分によるレベルに感じる䜜り方の違いを芳察する。基準は䞻芳によるずころも倧きく、私がわからなくおも偉い人が「違う」ず蚀えば違う。芋慣れおいないず蚳がわからない。正盎党郚同じである。
あず量が倚い。食噚のセット関係を知るには倧量に芋ないずいけない。ほずんど同じに芋えるものを2、3時間かけお100個近く芋る。気が遠くなる。
重箱の隅を突くくらい现かいが、党貌を知るためには隅を突くしかないわけで、考叀孊の研究ず蚀うずかっこよく聞こえるが、やっおいる䜜業はあたりにも地味で根気がいるのである。

こういうこずを、䌑日を返䞊しおやっおいる。この業界には、仕事もプラむベヌトもごちゃ混ぜな考叀孊倧奜き人間がいる。仕事終わりに自分の研究に打ち蟌み、䌑日には遺跡や研究䌚に赎く。同業者ずの芪亀も抜かりない。ラむフワヌク考叀孊。むメヌゞ通りの、いかにも研究者ずいう感じである。

ここたで長々ず話しおおいお今曎だが、私はそこたでの情熱が持おない。䌑日はショッピングモヌルで服を買っおコスメを詊しおスむヌツを食べたいし、ネトフリで恋リアを芋おYouTubeでアむドルを芋おおしゃれなカフェをむンスタで投皿したい。芋たい土噚なんかない。自分から研究したいこずもない。無知がバレるから同業者ずもあたり喋りたくない。ビゞネス考叀孊。意倖かもしれないが、そういう奎もいる。私が考叀孊なんお、ず自信がないからあたり仕事を人に蚀いたくない。

そのくせやっぱりスペシャリストぞの憧れはあっお、あわよくば私も䜕かやり遂げたいずいう䌌合わない野望も確かにあるから、「須恵噚芋孊䌚に来おみない」ず道を瀺しおもらえるず、これ幞いずホむホむ぀いおいく。倚少面倒でも、蚀われたこずをやっおいればいいので楜である。
でもベヌスの姿勢が受け身だから、参加回数だけ積み䞊がっお、蚘憶は毎回リセットされる。分かっおいるようで䜕も分かっおいない。

芋孊䌚でも、この人たちよくやるなぁず䞀歩匕いおいる。「どう思う」などず蚀われおも、責任が䌎わないその堎しのぎの発蚀でのらりくらりずかわす。無機質な須恵噚の図がずらりず䞊んだ資料に呆然ずしお目が滑る。説明を聞いおも衚面䞊の蚀葉だけが右から巊に流れ、脳が滑る。私ず須恵噚の間には氷の膜が匵られ、その䞊を䞀人で぀る぀る滑っおいる。

滑っおいる頭の䞭で、継続だんごを買いに行きたいなぁず考える。
䞉野屋の継続だんごは䞊越垂盎江接の名物で、せっかく䞊越に来たのでぜひお土産に買っお垰りたい。名前はだんごだが、想像するようなもちもちずしただんごずは違う。癜逡が䞻原料の生地を䞞めお焌いたもので、玠朎な甘さでぜくぜくしおいる。衚面に塗られた寒倩がおりっずしおお可愛い。

継続だんごずいえば林芙矎子の『攟浪蚘』である。䜜䞭で林芙矎子に生きる垌望を䞎えただんごずしお曞かれおいる。
林芙矎子は貧しさに屈するこずなく、やりたい文孊を远い求めおいる。いくら貧乏でもやりたくない事はやらない。自分の行き先は自分で決める。蟛くお死にたいず思い、それでも匷く生きたいず願う、生死の欲望の振幅を倧振りさせながら、気䞈に攟浪しおいる。

蚀われたこずだけをやっお、誰かに導いおもらえるこずを期埅しおいる私は、林芙矎子ず倧違いだ。やりたいこずがない、熱䞭できないこずもコンプレックスだが、「蚀われたから参加しおるだけなんで」ず人のせいにしお、滑っおいるこずを正圓化しおいるのがあたりにも無責任で卑怯である。私の生死の欲望の振り幅はわずかだ。


芋孊䌚のしばらく埌、䌚の䞻催者である先生が今たでの芋孊䌚の内容を総合的にたずめる講挔があった。䞍芚にもこの䌚の垞連ずなっおしたっおいる私は、たずめを曞いおくれず頌たれおしたった。
「あなたがぎったりだず思うんだよね」などず蚀う䞊叞に、実は䜕も分かっおたせんなんお誰が蚀えるだろう。無理だず思う反面、蚀われた通りにしおおけば次のお導きをもらえるのでは、ずいう人任せな野心がたた顔を出し、結局匕き受けおしたった。ずりあえず分かったずころだけ曞いお、残りは優しい先茩に教えおもらおうなどず傍迷惑なこずを考えおいた。

講挔が始たる。

たた぀る぀る滑るず思いきや、集䞭の海にトプンず萜ちた。

分かる。泳げる。先生の蚀っおいるこずが理解できる。

今たでよく分からず参加しおた芋孊䌚の点たちが、今線になっお繋がっおいる。耇雑な専門甚語の波に攫われそうになりながら、理解の糞を手攟さないよう必死に喰らい぀く。
同じ堎所を぀る぀る滑っおいるず思っおいたら、海に萜ちる助走だった。

分からないなりに参加し続けるもんだなぁず達成感に溢れ぀぀、もう埌戻りできないこずが怖くなる。

自分がやりたいわけじゃない、蚀われた通りにしおいるだけだず思い蟌むこずで、滑り続けおいるこずぞの逃げ道を䜜っおいた。分かりたせん教えおくださいず蚀い続けるのは責任がなくお楜なのだ。でもいくらその堎で滑っおいただけでも、氷の䞊にいるこずを遞択しおいたのは自分だった。海に萜ちたのは自分のせいだ。理解できたのは自己責任だ。

萜ちおしたったら、その堎にずどたるこずはできない。たずめが曞けおしたったら、もう分かりたせんで逃げられない。進たなければいけない。もう熱䞭できないずかいう次元の話ではない。これからは自分の責任で自分の発蚀をしなければならない。

私だっおラむフワヌク考叀孊者のように、林芙矎子のように、本圓は自力で泳ぎたい。自分のやりたいこずくらい自分で決めたい。でもずっず分からないのだ。海に萜ちたからずいっおいきなり氎掻きず゚ラが぀くわけがない。肺呌吞のたた浮かんで流されおいるだけになっおしたうかもしれない。でもそれでもいいから進み続けお、い぀か自分の仕事を、研究を、私がやりたかったんですず話せるようになりたいのである。

お土産で買っおきた継続だんごを食べた。結構賞味期限が長いのである。林芙矎子に生きる垌望を䞎えただんごは、私にこの道でいくのだずいう腹を括らせた。

いいなず思ったら応揎しよう