
おばあちゃんの話📝〜強さと優しさに包まれて〜
今年のお盆は、少しホッとする時間を持つことができました。
2ヶ月ほど前から始めたnoteにも少しずつ慣れ、この期間は皆さんの投稿を、やっと少しゆっくり読ませていただくことができました🥰。
企画に参加するのは初めてですが、亡きおばあちゃんに思いを馳せながら、感謝の気持ちも込めて書いてみたくなりました。
企画はこちらです👇️。
「教えて!おじいちゃん、おばあちゃんのこと。」
https://note.com/nozominnote/n/n3de30c2a7f30
私が小さかった頃、おばあちゃんの「武勇伝」を何度も聞かされていました😅。
私の記憶が合っていれば、こんな感じです👇️。
👵「ばあちゃんはな、使用人を何人も抱える学者さんの、大〜きなお屋敷でお手伝いさんをしてたんやけどな。
ある日、その家に泥棒が入ってな、
……泥棒を追い詰めたんや!」
👧「へぇ〜〜😳」
おばあちゃんは、得意げに話すというより、
「真面目に泥棒を捕まえたんや!」
という感じだったように思います(笑)。
使用人さんたちで力を合わせ、おばあちゃんのとっさの判断で泥棒の目に向かって灰を投げ……
最後は電信柱まで追い詰めて、電信柱に登った泥棒を警察が捕まえに来た――。
今改めて思い出すと、ちょっと喜劇も入ったドラマみたいです🤣。
当時、父が
「ほんと、ばあちゃんは豪傑ばあちゃんや😄」
と、称賛を込めてよく言っていたのも耳に残っています。
ほかにも、
ウラジオストクでお手伝いさんをしていたこと。
関東大震災に遭い、生き延びたこと。
田舎に引き上げるときには、使えるものを人に譲ってきて、とても喜ばれたこと。
(その後、譲ってもらった方が実家まで挨拶に来られていたような記憶もあります。)
そんな話を、私は何度も聞いていました😌。
そして、実はそのおばあちゃん、
戦死した弟の娘である私の母を、養女として迎え、育ててくれたんです。
しかも、女手ひとつで働き、家を建て、母を養ってくれたそうです。
まさに、激動の時代をたくましく生き抜いたおばあちゃんでした。
そういえば、少し大きくなった私は、
「おばあちゃんの人生を朝ドラにしたい〜!」
なんて思っていた頃もありましたね😊。
ある日、もう少し大きくなった私は、おばあちゃんに尋ねました。
👧「ばあちゃんの結婚相手は?」
👵「病気を患っていて、病院によく行ってたけどな……」
どうやら、結局は独り身だったようでした。
今になって思います。
母を養うために、自分のことは後回しにして、一生懸命働いてくれたんだな。
そして、母を大切に育ててくれたんだな。
そう思うと、そこにあった大きな愛情を感じます😭。
実は、面白い話がもう一つあります。
母を養女として育ててくれたおばあちゃんは、なんと母の結婚相手として、父も養子に迎え入れていたんです。
なにやら、
「父が小さい頃から気に入っていて、母の将来の結婚相手に……」
と、目をつけていたらしいです😲(笑)。
命の連鎖が途切れそうになったところを、このおばあちゃんの凄まじいパワーで、つないでくれた。
そんなふうにも思えてなりません。
そして今、私がこうしてここにいる。
その「つないでもらった命」を、本当に大切にしていかなければならないなと、今さらながら思います。
私から見ても、シャキシャキとしていて、男勝りのおばあちゃん。
でも、私が親に怒られて泣いていると、かばってくれたり、助けてくれたりしていました。
一番記憶に残っている出来事を、最後に。
下の子たちの悪さを私のせいにされて、親に反発して泣き叫んでいた私は、父に家の前のみかんの木にくくりつけられたことがありました。
(なんか、昭和の情景ですよね😅)
そこへ、おばあちゃんがこっそりやって来てくれて、
泣いている私を慰めながら、そばにいてくれた。
今でも、その光景を覚えています。
強くて、たくましくて、そして優しかったおばあちゃん。
こうして思い出していると、書きながら涙がこぼれました。
おばあちゃん、
母を大切に育ててくれて、本当にありがとう🙏✨。
私たちを愛してくれて、本当にありがとう😭。
忘れていた記憶を思い出させてくださった、この企画にも感謝いたします🙏✨
のぞみんさん、素敵な企画をありがとうございました!
おばあちゃんから受け取ったものを胸に、
ここからまた、前を向いて歩いていきます😊。