
ゼーラム 兆しの章(創作大賞応募作)
#創作大賞2026 #エンタメ原作部門
【作品紹介文】
古い家系に伝わる“石”──それは、選ばれし巫女だけが触れられるという伝承の核だ。
静電気体質の青年・神谷陸は、仲間たちと共にその謎へ踏み込む。
家系図から消された名前、そして母の死の真相。
科学と神話が交差する長野の地で、彼らは世界の“兆し”に触れていく。
【あらすじ】
静電気体質の大学生・神谷陸は、友人の創、澪、麗奈と共に、長野に残る古い家系と“七尋石”にまつわる謎へ踏み込む。
訪れた伊弉冉神社や資料館で、彼らは御影家に伝わる家系図の“消された名前”や、巫女だけが扱えるとされる石の伝承に行き当たる。
やがて、石は持つ者を選び、拒絶された者には“雷”が走るという伝承が浮かび上がる。
さらに、陸の母・真澄が儀式の最中に失踪したという過去が明らかになり、石は二つではなく“三つ”存在する可能性が示される。
謎が深まる中、翌朝の空は不穏な雷雲に覆われていた。
それは、彼らを待つ“兆し”の始まり──そして、世界が静かに目を覚ます前触れだった。
【クリエイターコメント】
幼い頃に繰り返し見た螺旋雲の夢と、世界に残る“説明のつかない現象”への興味が、この物語の原点です。
科学と神話、個人の記憶と家系の歴史が交差する瞬間を描きたいと思い、断片的なイメージをつなぎ合わせて物語にしました。
見えないものが世界を動かす──その感覚を共有できれば嬉しいです。
第1話 螺旋の夢
神谷陸は夢を見ていた。
少し薄暗い草原。草原の右手には白い柵が砂利道と一緒に、
先に見える森へと続いている。
砂利道をゆっくり、ゆっくりと歩いていく、
白い柵を支える杭は直径十センチほどの丸太をそのまま大地に差し込んで柵を支えていた。
歩くたびにひとつずつ、杭の頭に手をのせながらゆっくりと進んでいった。
四つ目の杭は縦に亀裂がある。中指を亀裂に収まるように握った。
その時、後ろから馬の鳴き声と馬車の音が近づいてきた。
馬車には荷物を多く積み込んで手綱を握った男が追い越しざまにこちらへ何かを叫んでいる。
しかし、馬車の騒音で、聞き取れない。
馬車は、騒ぐような声と共に森へ向かって砂利道を過ぎていった。
ふと気になり、後ろを振り返ってみた。
その瞬間!
── バンッ!!
すべての景色が一瞬で消えた。
真っ暗な空間。
上も下もない。
まるで宇宙空間のようなところに横になって浮いていた。
体は全く動かない。
ふと見ると周りには、同じように動かない人が、十人くらい浮いている。
その人たちもひっくり返った状態のまま全く動かない。
まるで時が止まったかのようであった。
暗闇の空間のずっと先に小さな光の点が見えた。
するとその光の点から白く細長い雲のようなものが、
螺旋状に伸びてくる。
そして螺旋状の雲はゆっくりと渦をまくように回転しはじめた。
自分の体も、他の人たちの体も、その回転と同じように、遠く見える光の点を中心に回り始め、少しずつ光の点に吸い寄せられていった。
光の点に近づくとそれは、とても大きな光の球。
とても光が強く、体はその光を受けて眩しくなった。
「ああ、吸い込まれる!」
とてつもない恐怖を感じた。
その瞬間!泣きながら目が覚めた。
「お母さん……怖い夢また出た……毎日出てくる」
「陸、大丈夫よ。それは小さい頃にはよく見る夢なのよ。大きくなったら見なくなるから大丈夫。それとこの夢の話はだれにもしちゃだめよ。変な人と思われちゃうから。それと、亀さんみたいな石は触っちゃだめよ。浦島太郎みたいにどこかに連れて行かれちゃうからね」
記憶に残る母の声を聞いたのは、これで最後だ。どこで聞いたのかは覚えていない。
その後、会うこともなく帰らぬ人となったのだ。
あれから十八年、今では写真にある母の顔も覚えていない。あの白い雲、もう夢は見なくなった。しかし、あの光の球は、今も胸の奥で脈打っている気がした。
神谷陸の母は幼少期に病気で他界した。そして、父もまた死亡したとのこと。
生前の父は、仕事の関係で家にはおらず長い年月は会っていなかった。
以前、車の事故で死亡と連絡があったが、遺体の引き渡しも無かった。葬儀もすることができず、死亡連絡も疑わしい。全ては闇の中だ。
自宅は父が残してくれたが、財産も少々の現金があるだけだ。父の部屋も
地質学の資料とガラクタのような薄汚い骨董品や、奇妙な石。
鑑定しても何の値打ちもないことは、証明済み。
その後部屋には全く入ることなく放置したままだ。
学費と生活費を工面するため、バイトが欠かせない。
閑静な住宅街に隣接しているハンバーガーショップ。陸はこの店でバイトをしている。
三名ほど登録されている配達員の一人だった。
お店は賑わっており、何人かが並んで注文するのを待っていた。
店長は愛想よく店頭に並んでいるお客さんの対応に追われていた。
店内事務室の配達受注係の女性スタッフがメールの注文依頼を確認していた。
急ぎで配達できるかどうかの注文問い合わせが入ったようだ。
その日の配達用員は陸一人しかいない為、スタッフは店長へ確認を急ぐ。
「店長、急ぎの注文が入りました!どーします?今日は配達員は二名は休みですよ」
スタッフの女性がメールの返信を保留したまま店長に伺いを立てている。
「いつもの大口さんか?」
店長は少し困った表情でスタッフに聞いた。
「当たり―、毎月この時期は注文あるのに、配達スタッフ二人も休ませるから~、どうすんの店長!時間ないよ!」
「陸ちゃんがいるだろう。ラインしてくれ!」
と店長は注文内容を確認しながら返答した。
「店長、陸さん配達詰まってますけど、大丈夫ですか?」
「ああ、そうだったな~」
少し店長は現在の陸の配達先を確認しながらスタッフへ声をかけた。
「陸ちゃんに、B区画の2件は行かずにいったん戻るように言ってくれ!
そこは俺がいくからと……あと、大至急とな。」
とスタッフへ指示をした。
スタッフの女性は早速、陸へメールを送信し受注を完了した。
「お、追加の配達かな?」
陸はB区画へ行く途中でバイクを止め、コンビ二エンスストアの駐車場に入りバイクを止めた。
一件の配達で三百五十円の仕事を請け負っている陸は一日の配達二十件を目指していた。
追加の配達あと二件入れば二十件となる。三時間ほどのバイトで七千円は陸にとっては
大きな収入であった。
『B地区、二件配達せずに至急もどれ』とのメッセージが入っていた。
「配達せず?キャンセルか?」
バイクを走らせお店に戻った。
お店に到着すると、すでに店長がD地区のお客さんの注文分を用意し店頭で待っていた。
「おお~陸ちゃん!急がして悪いけど、D地区の須藤さんのところへこれを持って行ってくれ。それで、B地区の二件は俺が行くから注文品を渡してくれ。」
配達件数が1件に減ってしまうことに少し残念な気持ちになっていた。
店長は陸の様子を見て言った。
「陸ちゃん、心配すんなって。B地区二件分の配達は陸が行ったことにしておくから」
陸は納得した様子で頷き、店長へB地区の注文品を渡した。
バチッ!!
「イテテ!静電気だ」店長と陸は思わず手を引いた。
「店長、すみません。今日は静電気防止のブレスレット忘れて着けてないんです」
店長は笑いながら注文品を受け取った。
「大丈夫!こういう季節になったんだよな」
店長はそう言葉をかけられると、急いでバイクに乗り込み、B地区へバイクを走らせた。
そして陸はしびれた手を振りながらD地区へ向かった。
D地区のお客さんは須藤宅であった。
いつもは他の配達員が来ていたが、陸は初めての配達となる。
庭の隅には小さな三輪車が置かれ、まだ新しい砂場セットが並んでいた。 月に一度、息子夫婦が孫を連れて来ると店長が言っていたのを思い出す。
須藤宅に到着すると、住所を確認し注文の品をチェックした。
門扉には呼び鈴はない。どうやら家の玄関ドアの横にある様であった。
庭に入ると石畳が真っすぐ玄関へとひかれていた。
庭は手入れがよくされているようで、芝生ではお孫さんと思われる男の子が、おもちゃの剣のようなものを振り回していた。
「こんにちは!ハンバーガー届けに来ました」
その声に男の子は振り向き、駆け寄ってきた。
「ねえねえ、これみて、すごいでしょ」男の子はおもちゃの剣を自慢げに陸に見せた。
「これは、勇者だけがもつ魔法の剣エクスカリバーだよ」
陸はしゃがんで男の子が突き出してみせる剣をみて、
「おお、凄いの持ってるね~」と男の子に話しかけた。
男の子は、ニコニコしながら、
「勇者じゃないとこれは力がでないんだよ」と柄の部分についているボタンを押した。すると刃の部分が赤く光った。
「ほら!僕は勇者だ~」とはしゃいでいた。
「おお、これはすごい!君は勇者なんだね」
どうやらゲームの主人公がもっている武器のようだ。
最近のおもちゃの出来をみて時代は変わったと陸は感じていた。
「ハンバーガー、食べるかな?」
とにこやかに男の子に声をかけながら玄関の呼び鈴を鳴らした。
陸は立派そうな表札をじっと見つめていた。
「須藤玄斉」
威厳のありそうな名前に、きっと厳格な人なのかと感じていた。
すると「はーい」と返事が聞こえ玄関が開いた。
表札のある方の奥さんであろうか、年配の女性が顔を出した。どうやら奥さんのようだ。
「ご苦労様ですね、中へどうぞ」
声をかけらると陸は、玄関あけて土間のところで注文品を丁寧に置いた。
その横を先ほどの男の子が駆け足で上がり込みハンバーガーを覗き込んでいた。
奥さんから代金を頂くと廊下の奥から視線を感じていた。
あの方が須藤玄斉なのかは分からないが、作務衣が似合う年配の男性であった。
「いつもありがとうね」と奥さんが、注文品を持ち始めた。
「いえいえこちらこそ、いつもありがとうございます」
こちらを見ていた作務衣の男性は、奥の部屋にお孫さんと思われる先ほどの男の子と部屋に向かっていった。その時、また振り返って陸を見た。
「なんだろう?」
陸は再びこちらを振り返る男の視線に違和感を覚えた。
その目は、初対面の配達員を見る目ではないように感じた。
陸は玄関を出て門扉へむかうと、庭には、何やら薄汚い骨董品や、亀のような不思議な形の石が並べられていた。
「ああ、これは家にもいっぱいあるな。似たような趣味の人はいるんだな」
呟きながら門扉へ歩いていった。門を出て門扉を閉めたとき、背中に視線の残り香のようなものを感じた。気のせいだろうと首を振ってバイクへ向かった。
バイクに手をかけた。
── バチッ!!
「イタタ……今日はやけに多いな」
バイクに触れた瞬間、また静電気が走った。
陸はいつもと静電気とは違う刺すような痛みに、胸がざわついていた。
バイクはお店に向かって夕暮れの住宅街を走っていった。
15時をまわった頃、陸のバイクはD地区からお店にむかっていた。
ふと、先ほどの男の子のことを思い出した。
「フフフ、エクスカリバーか、勇者がもつ伝説の剣ね……」
バイクはお店について代金袋と伝票をもって店内にいる店長とスタッフが談笑しているところへ行った。
「配達完了しました。これが代金と伝票です」と声をかけた。
「お疲れ~。急な変更で悪かったね、助かったよ」
店長はニコニコしながら陸から伝票と代金を受け取ろうとしたとき、
「おっと、ちょっと待った」
店長は棚に置いてある絶縁手袋をはめて陸に近づいた。
「ハハハ、またバチっとくるからな」
と言いながら陸から伝票と代金を受け取り、スタッフへ渡した。
「陸さん。お疲れさまでした。店長が配達したB地区の2件分は陸さんの配達記録にいれておきますね。もっと店長使った方がいいよ」
とニコニコしながら小悪魔的な表情で陸に囁いた。
「陸ちゃん、今日はもう注文ないだろうから、上がっていいよ、また明日頼むね」
店長は頭をかきながら陸に言った。
「あ、店長すみません。明日は大学いかないとまずいんです。単位がやばいんです」
陸は申し訳なさそうに答えた。
店長は頷くと、陸は挨拶して店を出た。
第2話 日常の揺らぎ
陸は、買い置きのカップ麺にお湯を注いだ。 湯気が立ちのぼった瞬間、部屋がふっと揺れた。
「あ、地震だ」
椅子に腰を下ろしながらテレビをつける。震度2。
最近は小さな揺れが続いている。
「最近多いな……しかし十一月でこの暑さって、どうなってんだ」
独り言をこぼしつつ麺をすすっていると、スマホが震えた。 澪からのLINEだ。
『陸、明日バイトある?』
(地震の話じゃないのか……)
「単位がやばいから大学行くよ」と返すと、すぐ既読がついた。
『私もレポート終わってない(泣) 夜は空いてる?』
「空いてるよ」と返した瞬間、また既読。 返信の速さに「早っ」と声が漏れた。
だが、肝心の内容がない。
「夜って何?時間は?」 そう送ったが、既読はつかない。
「……澪のやつ」
電話をかけても出ない。呼び出し音だけが続いた。 仕方なく、伸びかけた麺を啜った。
翌朝。 まぶしい光で目を覚ますと、七時四十分だった。
「やば……」
必修の授業は九時から。落とせない。 急いで身支度を整え、コンビニエンスストアのサンドイッチをかじりながらバイクを走らせた。
朝の空気はひんやりしているのに、どこか重い。
大学には余裕をもって到着した。 中央棟の電光掲示板を見ると、予定が変わっていた。
「え、十三時の授業が十五時から……?」
思わずため息が出る。
「昼休み三時間ってマジか……今日は一日がかりだな」
気を取り直して九時の講義へ向かった。
地球科学の授業は、今日も専門用語がずらりと並んだ。
地殻、マントル、外核、内核。 リソスフェア、アセノスフェア…… モホロビチッチ不連続面。
「長い……覚えられるか、これ」
グーテンベルク不連続面。レーマン不連続面。 百年以上前に、すでに地球内部の構造を測っていたという話に陸は驚いた。
「D''層には未知の鉱物が存在する可能性……か」
(誰も取りに行けないから“未知”なんだよな)
授業が終わると、ぽっかり時間が空いた。 天気が良いので、陸は学内の広場へ向かった。
芝生は十一月とは思えないほど青々としている。 気温は二十四度。蒸し暑くて上着を脱いだ。
ベンチに腰を下ろした瞬間、背後から気配がした。
「どんっ」
図鑑のような分厚い本がベンチに置かれた。 振り向くと、澪が満面の笑みで立っていた。
「あ、澪! 昨日のLINE──」
言いかけた陸の声を、澪のマシンガントークがかき消した。
「ねぇ聞いて!今日ね、すごい虫見つけたの!」
止まらない。 陸は苦笑しながら相槌を打つ。
「ウスバカゲロウって一日で一生終わるんだよ? でもさ、彼らにとっての一秒って、私たちの何時間分なんだろうね」
「へぇ……」
「で、陸は地球の成長の話、講義で聞いてるんでしょ?」
「ああ、今日は内部構造の──」
「例えばさ!」
また遮られた。 陸はもう諦めて聞く側に回った。
「地球って四十六億歳でしょ? もし“地球さん”が四十六歳の人間だったら、私たちの一生なんてウスバカゲロウみたいなもんだよ。 百年生きても、地球さんから見たら一時間くらいで終わっちゃう」
「じゃあ今のうちにうまいもの食っとかないとな」
「もー、真面目に聞いてよ!」
その瞬間、陸の足元に小型ドローンが落ちてきた。
「悪い悪い~!また失敗!」
創が遠くから走ってきた。 工学部で次世代ドローンを研究している、陸の数少ない友人だ。
「澪、電話出ろよな~」
「創!今ね、トンボがいっぱい飛んでるの! そんなポンコツ飛ばさないでよ!」
「ポンコツじゃねぇし!未来を変えるんだぞ、これ!」
言い合いが始まったところで、陸は落ちたドローンを拾おうと手を伸ばした。
── バチッ!
「いって……また静電気かよ」
触れた瞬間、ドローン中央のランプが緑に点滅した。 プロペラが回り、ふわりと浮き上がる。
「お、おい……」
三メートルほど上昇したところで、また電源が落ち、垂直に落下。 創が慌ててキャッチした。
「陸、お前の静電気で一瞬、充電されたんじゃねぇの!?」
「陸って電気ウナギ?」 澪が真顔で言い、二人は同時にうなだれた。
「高島ー!始まるぞー!」
校舎の入口から創の同級生が呼んだ。 創は手を振り返し、走り出す。
「創ー!今夜十八時、私んちねー!」
澪の声に、創は振り返らず片手を上げた。
「じゃ、陸もよろしくねー!」
澪も走り去っていく。 陸は小さくつぶやいた。
「……電気ウナギって何だよ」
少し時間があったので、陸は食堂へ向かった。 中途半端な時間帯で人は少ない。 奥の席でスマホゲームに夢中の学生が数人。
そのうちの一人が陸に気づき、近づいてきた。 三神祐樹。澪とも仲が良いらしい。
「神谷、珍しいな。今日はバイトないのか?」
「いや、授業がずれてさ」
「そういえば、今夜BBQやるんだろ?白石さんの家で」
「……BBQ?」
三神は笑った。
「白石さんのお母さん、新作の絵ができたらしい。 見に来いって言われたんだよ。 BBQは、神谷と高島を呼ぶための口実らしいけどな」
「ああ……澪ママの絵か。だから澪、何も言わなかったのか」
三神は古代遺跡や伝承を研究していて、陸の父と話が合うらしい。 その“妄想癖”が、陸には少し苦手だった。
「今日はゆっくり話せそうだな。また後で」
三神はニヤリと笑い、食堂を出ていった。
陸は少し戸惑いながらも、 (澪ママの料理はうまいし……行くか) と腹を決めた。
時計を見ると、次の授業の時間だ。
「よし、単位のために頑張るか」
陸は立ち上がり、講堂へ向かった。
第3話 白石家の庭で
この日、夕暮れを迎えた住宅街の離れの白石家は、すっかり日が暮れていた。
敷地の隣には、かつて何かの施設があったのか、現在は使用されいてない駐車場があった。
白石家の庭は、いくつかのランタンの光にともされ、中央にテーブルが置かれラップされた食材がサイドテーブルに並んだ。
「澪~ 木炭に火をつけておいてねー。今からやっておかないと火力が少ないからね」
「はーい」
澪は倉庫に木炭を持出し、紙屑を丸めてライターで火を起こしはじめた。
しかし備長炭はすぐには火が付かない。
一度火が付けば安定した火力となるのだが、
風もあり少し苦戦していた。
「あーいらいらする……いつもこうだ」
澪は不満げに着火用の紙をもう一度押し込んだ。
澪の母 白石玲子はイーゼルにかけられた新作の絵をいくつか吟味していた。
「やっぱり 地水火風空の順で並べた方が良いかな……」
その時遠くから小さな光が点滅したスケートボードに乗って創が現れた。
「やあ~、おいしそうな気配が、俺を呼んでる~、」
ニコニコしながら澪に手を振りながらやってきた。
澪は振り向き、創に声をかけた
「ポンコツ登場~!そのスケボー変わってるね、乗ってるだけでずいぶん走るじゃん!」
「ハハー! 見たか! 電動のボードに改良したんだぞ。俺って天才! 」
創は、ふと周りを見ると自分が一番乗りだったのに気が付いた。
「あれ?まだ誰も来てないじゃん!」
澪は手招きをしていた。
「いいところに登場したね。ポンコツ君、これに火をつけて」
澪はいつまでも点火できない木炭に嫌気がさしていた。
「澪、お前、何、原始的なことやってんの?楽しそうじゃないか、ハハハ」
創は澪を見て笑っていた。
少しムッとした澪。
「ポンコツ君に言われたくないな……バーナーは無いし、風もある。これで火を付けろって無理じゃない?」
創は、足に装着していた金属棒みないな者をもって近づいてきた。
「俺にまかせろよ、これでバッチリだ」
創は金属棒に別の金属棒をこすり合わせ火花をちらした。細かい木炭に火が付き始め安定していった。
澪は見たこと無い金属つ使って火をつける創に口を開いた。
「何それ、すごいじゃん。どこで拾ってきたの?」
「バカ言うな! 家に置いてあったんだよ! 軍人がサバイバルで使うファイアスターターってやつだ。風があっても雨でも火を起こせる優れものなのさ」
創は少し自慢げに話しながら、火を大きくしていった。
その頃、二台のバイクのライトが近づいてきた。陸と三神であった。
澪の母、玲子は、ガレージへ入るように誘導していた。
「こっちこっち~」
陸と三神はガレージにバイクを止めた。
「おばさん、こんばんわお世話になります」と挨拶した。
三神も続いて話しかけた
「白石さん、ご招待ありがとうございます。新作ができたと聞きましたよ。楽しみです」
「三神ちゃんは本当に分かってくれるので嬉しいな。とにかく入って。
陸ちゃんは料理を出すまで、澪と準備してね。あ、創ちゃんもきてるみたいよ」
澪の母はそう言ってご機嫌そうに家の中に入っていった。
BBQの準備が整い、皆、庭のテーブルの席に着いた。
皆でグラスをもち澪の母の白石玲子が立ち上がった。
「皆さん、今日は私の新作発表会に来てもらってありがとう!まずは乾杯しましょう!」
陸は少し引いていた。
「新作発表会?……食べ物で釣ったな」
澪へ視線を送ったが、澪は知らんぷりしている。
三神は一気にグラスを飲み干し、
「白石さん! 待ってました! 是非、今回のテーマを教えてください」
少し興奮気味で喝采をおくった。
「まあ、三神さん、そう慌てないでね。せっかくの料理が冷めちゃうから~まずはゆっくり食事しましょう」
創は待ってましたと立ち上がった。
「そうだよ。そうだよ。俺はもう腹ペコでエネルギー補給が必要なんだ」
創は、早速、出来上がった料理を貪り食べ始めた。
「陸も電力不足だよな~まずは補給だよな」
そしてニヤリと笑い焼きあがったソーセージを陸に勧めた
。
「そーだよ。電気がないとただのウナギだからね~」
澪もノリノリであった。
「だから~俺はうなぎじゃない!って言ってんだろ! 夏にウナギのかば焼き食べづらくなるじゃないか! 」
皆の笑いが庭に響いた。
澪の母は三神とヒソヒソと話をしていた。
「ところで白石さん、絵を描かれるときは何かを見たり、聞いたりしてイメージされるのですか?一般的な風景や、建造物などが描かれている絵は少なかったですよね。」
玲子は少し上を向き何かを思い出すように考えていた。
「んー、特に何かを題材にして描くことはない……ないかな」
三神はそんな玲子を見てさらに自身の興味の赴くまま言葉を継いだ。
「そうですか。寺院や神社仏閣などでもそうですが、
作者は最初から描いた絵を通して伝えたい事など
メッセージ的な目的を持たせてる作品が多いです。
でも白石さんの絵はその逆で、混沌としたイメージが先で、このイメージがどう形になるのかを考えさせるような感じがします。」
「あら、さすが、三神ちゃん、見るところが違う!ただ私の場合は勝手に頭に浮かんでくるものをそのまま描いていいるだけで、
何もイメージしていないわ。ただ今回は、何か誰かの声が聞こえてきたような気がしてた。その誰かのイメージ見えた感じがしたんだよね」
三神はソーセージを食べながら大きくうなずいた。
陸は湯気の出ているスープを飲みながら二人の話をきいていた。
陸は小さくつぶやいた。
「そうか……だからいつも変な絵なんだ」
「陸~!聞こえちゃったよ~、そんなに期待してもらって、うれしいな」
玲子ははニヤリとしながら、陸に視線を送っている。
「え? 期待?……さすが澪のママだ親子だな」
陸は、澪の天然の原点を見た気がした。
創はもくもくと玲子の料理を食べていた。
「あー!これ!めちゃうまいじゃん!」
エビのような肉が入った炒め物が創のテンションが上がらせた。
「このエビ最高だぞ、陸!お前も食ってみろ」
創は皿にエビと野菜の炒め物をのせ、陸の前に滑らした。
とても香ばしい香りに誘われるように陸も食べはじめた。
「これはうまい! 驚きだ !、また一緒に入っている黒っぽい佃煮のような見た目だがカリカリと香ばしいものも食べながら、このカリカリした黒いものもすごい美味しい!……これは何だろう?」
玲子は嬉しそうに澪にピースサインを送っていた。
「おいしい?良かった~。澪良かったね、大成功だよ」
澪は、陸と創の顔を覗き込むように聞いた。
「どう? ほんとにおいしい?」
二人は何度もうなずきながら食べるのを止めない。
澪は満足そうに言った。
「それはエビじゃないよ。ザリガニ。黒いものはスズメバチ。わたしが捕ったんだよ」
むさぼり食べていた二人は澪のほうを向いて時間が止まったように静止した。
「最近の猛暑でザリガニが巨大化したんだよ。スズメバチも最近多くなってきたので粘着ネットでとったやつを漬け込んでいるんだよ」
と笑顔で話しながら、スズメバチを焼酎で漬け込んだ透明な瓶を二人に見せた。
「ゲッ! グロイ! 」
陸と創は同時に声を上げた。
「あら~そんなに喜んでくれてうれしい!」
澪はすかさず声を上げた。
二人は少しうなだれながら、顔を合わせた。
「やっぱりお前も……そう思うか……まちがいない天然遺伝だ」
二人は頷き合った。
その時、三神が立ち上がった。
第4話 五つの絵
三神が立ち上がって声を出した。
「さあ、みんな、料理を堪能したことだし、そろそろ新作鑑賞しよう。白石さんお願いします。」
白石玲子は立ち上がり、隣の部屋の照明をつけた。そこには、五枚の絵があった。
「今回は、五つの絵を同時進行で描いたの。こんなことは今までなかったわ」
玲子は絵の前に立つと、タイトルを紹介し始めた。
「大地の想い、浄化の流れ、創造の炎、広がりの薫風、天空の舞」
「なるほど、地、水、火、これは五元素ですね」三神は頷いていた。
その絵は全体的に黄色く中央が砂漠ののような平地に遠くに山、下方の若干暗くなっているところが渦のようにも見える図柄があった。
玲子は真剣な顔で言葉を添えた。
「このイメージが頭に浮かんだのは一瞬だったわ。何を訴えているのかは、わからない……」
陸は五枚の絵を見ていたが違和感を感じて目を閉じた。
指先になんか電気がピリピリしているようであった。
その様子を隣の三神がじっと見ている。
「神谷、どうした?」
三神の問いかけに、澪と創も陸の方を見ていた。
「陸、指先が少し光ってみえるよ……」
澪は不思議そうに声を出した。
「ちょっと指がしびれてるけど。大丈夫だよ」
陸は目を開けて笑顔を見せていた。
創は再び口を開いた。
「なんかゴッホの絵みたいだな。何かエネルギーのようなものを感じていたという話を聞いたことがある」
澪は驚いたように創を見ていた。
「ポンコツの割には、すごいことを言うよね。よく知ってるじゃん」
「いや、ドローンの動力にするのに空気中にエネルギーがあるんじゃないかと考えていたときに、ゴッホの絵を見て思ったんだ」
創の話にすぐに三神が反応した。
「この渦のような図柄は、古代から龍の通り道である龍脈が関係してるという話は昔からあるんだよ。
風水でも、神社でも龍脈によるパワースポットがあるんだ。だから高島の話も、まんざらでもないような気がするな」
玲子は関心しながら頷いていた。
「うん。とてもいい発想だよね。でも私は何も意識はしていないわ、この五つの絵は言葉、いや想いようなものを感じたのよね」
その時、陸に異変が起こった。激しいめまいで顔に手を当てた陸が立ち上がるとバタッと倒れこんだ。
「ちょっと陸!どうしたの!」
澪が駆け寄って声をかけた。
創も三神も駆け寄ってきた
「陸!大丈夫か!」
床に倒れこんだ陸は顔をあげた。
「すまん、大丈夫だ。ちょっと眩暈がしただけだ」
「こっちで休みましょう!」
玲子はは陸を体を支えながらソファーへ寝かした。
創はその様子をみながら口を開いた。
「これは、スズメバチの毒がまわったんじゃないか? あのザリガニも怪しい」
澪は少しムッとした。
「は?創の方がいっぱい食べてましたけど?」
「え?そうだっけ?……俺はなんともないな」
「ほら!そうでしょう? それか、ポンコツだから体が反応しないだけかもね!」
澪はいたずらな顔で創をいじっていた。
三神は少し真剣な顔をしていた。
「神谷は体が弱いのか?たしか両親を亡くしていたよな。お母さんはだいぶ前に病気だったらしいな。遺伝とかかな?」
創は少しいらだった目で三神を見ている。
「三神!おまえ考えすぎだよ!深く考えるな!ちょっと立ち眩みしたくらいで……陸にはお母さんの話はするな!しかも遺伝だなんて……」
三神は落ち着いていた。
「まあ、まあ、高島、落ち着けよ。さっき高島と神谷が白石さん親子を見て遺伝といってただろ、その流れだよ。」
ソファーでは澪ママがおしぼりを陸に渡していた
「陸ちゃん大丈夫?最近疲れてるんじゃない? 食事はちゃんととれてる?」
陸はおしぼりで顔を拭いていた。
「おばさん、大丈夫です。ちょっと眩暈がしただけなんです。あの絵がなんか夢に出てきた光景みたいで……あの渦巻きは何ですか?」
玲子は陸の顔をじっと見つめていた。
「私が描いた絵の意味は、私にもわからないの。頭の中に浮かんだ光景をそのまま描いただけで意味は分からない」
そして、陸を見つめる玲子は何かを思い出すように話した。
「でも、陸ちゃんはお母さんににているよね。その目元が瓜二つだわ」
「ママ、陸のお母さん知ってるの?」
澪は、陸の母の事は何も知らなかったので、母が知っていることに興味を持っていた。
「だから、お母さんの話はするなって!」
創は澪を睨んだ。
「なによ!別にいいじゃない。私は陸のお母さんがどんな人か興味あるわ。何が悪いの?」
澪の真剣な目に創は、一瞬言葉を詰まらせた。
「い、いや、”今いない人”の話なんて触れられたくないだろ、陸だって……」
「何言ってるの?創は自分のお父さんのことを重ねてるんじゃない?陸は陸、創は創。でしょ?」
澪は少し強い言葉を創に投げかけた。
三神はその話に割って入った。
「まあ、まあ、そう深く考えるなよ……あれ、これはさっき創が言ったことだったな……。古代からの今までの歴史に登場する人たちは、誰一人 ”今いない人” じゃないか。それを知ることは、物語を継ぐ人でもあると俺は思ってる。」
「フフフ……三神さんは吟遊詩人みたいね、だから私の絵心に理解があるのね」
玲子は少し嬉しそうに声を出した。
「ママの天然さを理解してくれる人がいて良かったね」
「澪、それは違うわ、あなたはお父さんの天然さを受け継いだ人なのよ」
「えー、ママのが天然だ」
「澪のが天然でしょ」
二人の天然の応酬が止まらない。
陸と創と三神の三人は顔をあわせて小声が口から漏れた。
「やっぱりこれは、間違いないな、この家族は」
「玲子おばさんは俺の母親と会ったことがあるんですか?」
顔をあげた陸が声を出した。
皆、会話を止めて、玲子の方を見ている。
玲子は遠くを見るように話し始めた。
「そうね二回くらいだったかお会いしたわ、最初は、こっちに引っ越してきた時、挨拶でご主人といらしたわ。
次は真澄さん一人でお散歩している時にお会いして、ここの庭のテーブルでお茶しながら少しお話できたのよ」
澪は興味津々で目を丸くしうなずきながら聞いていた。
「それで、それで、真澄さんって言うんだ、どんな人?」
「とってもきれいな人だったのよ!肌が白くきれいで何か悲しげな感じがしたけど、目もキラキラとしてきれいだった。陸ちゃんとそっくりな目だったのよ」
その話に三人は顔を近づけて陸のの目をじっと見ていた。
「おい、おい、顔が近い! 」
陸は慌てて顔をかくした。
「陸は覚えてないの?お母さんの顔」
「ああ、それが全く覚えてない。写真はあるんだけど、記憶はないんだよな、俺も大分小さい時のことだからな」
三神は少し上を向き何か考えてながら口を開いた。
「……真澄? 陸、お前のお母さんはどこの出身だ?」
陸が話をしようとしたところに玲子が話に割り込んできた。
「真澄さんは長野県小諸市だったと聞いたわ、神社関連に従事していた家系だったらしいよ。御主人の朔也さんが地質調査研究で訪れた時に出合われたって聞いたわ」
澪は目を輝かせ始めた。
「キャー、キャー、そこで出会って恋に落ちたのね、どんな出会いだったのかな?」
「澪、あのね、その辺の詳しいところまでは聞いてないわよ。何一人で盛り上がってるの?」
澪は少しつまらなそうな顔になった。
三神は少し動揺していた。
「長野県小諸市か、陸の母親の旧姓は?」
「どうだったかなー?」
陸は少し考えていた。
「思い出した!たしか御影だ。父が以前に言っていた。古い神社跡で見かけた女性で地域に詳しいので調査の案内人としてバイトしてもらったと言っていたよ」
三神は難しそうな様子で何か考えているようだった。
「あれ?三神君、大丈夫? 顔から触角がでてるよ」
三神は考え込んでいて澪の声が届いていないようだった。
そこへ創が口を開いた。
「澪、バッタじゃないんだから触角はないだろ……眉間にしわが寄っているんだよ」
三神は真剣な顔で静かに口を開いた。
「御影真澄?この名前、なんか記憶にある。確か石を継承している古い巫女の家系で御影という名があったような気がする。また白石さんの絵の渦巻き状の図柄もどこかで見たような気がする」
白石玲子はそんな三神をみて笑顔で言った。
「三神ちゃん。あんまり考えすぎると本当に触角がでるわよ」
「ああ、そうですね……一度昔の資料をみてみます」
三神はぎこちない笑顔で答えた。
澪は創の方へ向いて話しかけた。
「そういえば、さっき いない人の話はするなっていってたけど、お父さんの事を考えたことはないの?」
創はドキッとした。そして少し感情的に話した。
「ない!顔も知らないし何も知らない。いや知りたいとも思わないね!母さんと俺を捨てた人……それだけだ」
吐き捨てるように言葉を出して創は庭に出ていった。
創の後ろ姿を見た玲子は澪に向かって話した。
「澪、ちょっとストレートすぎるんじゃない?。まあ、でもうちの和夫さんも”今いない人”というか、ほとんどいない人だけどね」
澪はうなずき、創を追って庭に出て行った。
陸はソファーから起き上がって、澪と創の姿を見ていた。ふと時計をみると午後十時になっていた。
「あ、こんな時間だ。そろそろ帰らなくちゃ……」
陸が声をだすと、三神も立ち上がった。
「もう遅いな、俺帰るわ、神谷、大学でまた少し話をしよう」
陸にそう告げると玲子の前へで挨拶をした。
「白石さん、ごちそうさまでした。今回の新作の絵とっても良かったです。深いものを感じました」
三神は一礼するとガレージへ向かった。
陸は庭に出て声をかけた。
「創~、そろそろ帰ろう!」
澪は創に話していた。
「創、さっきはごめんね。余計なことを聞いちゃったね」
「ああ大丈夫だよ。 それよりお前ら課題は大丈夫か? 俺は山岳地域での機体の安定飛行と地形測量機能の精度確認が必要なんだが……」
「あ、忘れてた!私も森の生物のレポートがあった。山岳地方の森の中への調査が残ってたんだ!」
澪は両手で頭を抱えながら座り込んだ。
二人の話に陸が声を掛けた
「偶然だな、俺もフォッサマグナ周辺の地質で山岳周辺へ行きたいと思っていたんだ。
ただ、まだ場所が決まってなくてな、三神が地質調査もかねて行ってもらいたい先があるって言ってた。
明日、その情報を大学でもらうんだ。決ったら三人でいかなか?一発で卒業課題解決になる」
創は笑顔で親指をたてて立ち上がった。
「いいね、そうしよう」
「賛成、賛成、私も行く!」澪も乗る気だ。
三人は星空が照らす、白石家の庭で意気投合した。
第5話 石が示す者
ここは……真っ黒な空間にポツンと浮かんでいるようだ
白い細い雲のようなものが 暗闇に渦をまいてゆっくり動いている。
陸は目覚まし時計へ手をのばした。
時間は六時、太陽の光がカーテンの隙間から部屋に差し込んで部屋を明るくしている。
「ああ、またあの夢か、久しぶりたな……」
陸は起き上がり大きなあくびをしながら、ぼさぼさの頭をかいた。
小さい頃はよく見ていた夢だったが最近は久しい。この前の絵がどこか、この夢と似ているから、またこの夢を見たと感じていた。
陸は昨日の三神の様子が気になっていた。
「三神は、何を知ってるんだろう? 」
陸はバイクを走らせ大学へ着くと、古代研究部の部室を探していた。三神の事も気になるが、それより卒業課題をクリするための行き先を決めなければならなかったのだ。
旧校舎のうす暗い廊下の先に、古代研究部と示したプレートが壁に貼ってある。手前にある食堂ではスマホゲームしている学生。ゲームに夢中になっているようだ。陸は声をかけた。
「ここに三神君はいますか?」
ゲームに夢中で返事がない。
陸は、彼の目の前に立ちもう一度声をかけた。
「お!」ゲームをしていた学生が顔を上げこちらを見た。
「あんた、だれ?」
少し不機嫌そうにしている。
「あ、神谷っていうんだけど、三神君はここにいるかな?」
「あー、神谷君か、ちょっと待って、おーい、部長ー神谷君が来たぞー、」
学生は陸が来ることを知っていたようだ。そして大きな声を上げた。
「あいつ、部長だったのか」
陸は少し驚いて苦笑いをした。
奥の部屋から、三神が出てきた。
「神谷!よく来たな!まあまあこっちの部屋に来いよ」
三神は資料室と書かれた部屋に陸を誘った。
部屋の中は、骨董のようなものとか、仏像とか、怪しげなものが多く置いてあった。
「これはまるで、うちの親父の部屋みたいだな・・・」
陸は呟きながら三神の後について資料室へ向かった。
後ろからは、先ほどの学生もついてきた。
「神谷、そこの人はうちの部員なんだ。こいつはゲーマーの冨田だ」
すると資料室から一人の女学生が出てきた。
「あ、そしてこちらが、研究員の寺田麗奈さん。」
冨田は陸をじろじろ見ながら口を開いた。
「こいつが噂の神谷君か?」
「冨田君、こいつとは失礼でしょ。 すみません。私は寺田麗奈といいます」
陸も挨拶すると、周りを見渡していた。
「あれ、澪と創はまだ来てないのか?」
三神は陸の言葉を聞くこともなく、棚の箱の中で何かを探していた。
「冨田君、このまえのあれどこだっけ?」
陸は、無視されたと感じて、不愉快な顔をしていた。
冨田は自分の机の引き出しをあけた。
「これだ。ちょっと調べようと思ってたんだよ。でも本当に、神谷君が部長の仮説にあたる人なのか?」
冨田はゴム手袋をしながら、引き出しの箱を手に取り石を取り出した。
その石はドーム型に近い球状の面とゆるやかに高さが違う平面になっている。
球状の部分は亀の甲羅のような形状で、平らの部分は古いせいかきれいな平面ではないが、色は茶褐色をしている。
三神は目を輝かせながら、頷いた。
「それだ。 神谷に渡してみてくれ、あ、それと、白石さんと高島はこれないって言ってたぞ」
「なんだ、あいつら……」
陸は自分一人に話を聞かせるつもりと思い不機嫌になっていた。
「まあまあ、白石さんは俺と陸で決めていいって言ってたよ。それより……ちょっと試したいことがあってね」
三神はそう言って冨田に目配せした。
冨田は頷くと陸に石を渡した。
「はい、これ持って」
陸はその石を見た。それは亀の甲羅のような石だった。幼少の頃の母の話が頭をよぎったが、陸は石を受け止めた。
手に取ると、少し眩暈がした。少し指先がピリピリするのを感じていたが、いつもの静電気はない。
「これがどうした?」
陸は何がしたいのかわからず、周りを見渡していた。
「ほー」
冨田は何も起こらなかったことに感心して手袋を外しながら声をあげた。
「あら、これは、もしかして……」
寺田も意思と陸を見つめながらと声をあげた。
陸は意味が分からず、石を握りしめた。
「いったい何だよ!打ち合わせはどうしたんだ?澪も創も来てないなら俺は帰る」
陸は少し語気を強めて言った。
「ごめん、ごめん、ちょっと説明するから」
三神は、今にも帰りそうな勢いの陸を制止した。
陸は冨田に石を返そうとしたが、ゴム手袋をはずしていた冨田はあわてていた。
「いや、俺はだめ」
冨田は寺田の後ろに隠れた。
陸は黙って石を放り投げた。
「キャ、いあだぁー」
寺田の目の前に飛んできたので思わず素手でキャッチしてしまった。
──バチッ‼
その瞬間石はの静電気のような光と大きな音をさせていた。
「痛っいいー!ちょっと、なにすんの!」
寺田は半泣き状態であった。
「え?、ごめん、?」
陸は何か悪いことしたような罪悪感を感じていた。
三神は手袋をしてゆっくりと石を拾い上げた。
「神谷、実はな……この石は特殊な物質でできている古代の遺物なんだよ。普通の人は、この石に触れると静電気で寺田さんみたいになる、だが、やっぱり予想通りお前が持った時には静電気は起きなかったな、電気ウナギのお前が……」
「電気ウナギ……それは澪が言ったのか? とにかく今日は帰る!また今度にしよう」
陸は、少し腹を立て部屋から出ようと歩き出した。
「あ、ちょ、ちょっとまて、神谷!」
三神は歩き出す陸を慌てて静止した。
「お前最近……というか以前から変な夢を見たりしないか?例えば、白石さんの描いた絵、そう、あの渦のような図柄とか」
「!!」
陸は三神の言葉に胸が騒いで立ち止まった。
陸は自分の鼓動が早くなるのを感じ、
すこし沈黙をおいてゆっくりを振り返り視線を三神にむけた。
「……何……何言ってるのか……わからないな」
陸はつぶやくように声を出し、部屋から出て行った。
陸は下を向き考えながらバイクにまたがった。
その時、駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「神谷くん~」
部室で先ほど会った寺田麗奈が駆け寄ってきた。
「神谷君、ちょっと待って!……部長からこれを預かってきたの」
麗奈は先ほどの石を入れた袋と、レポート用紙が入ったクリアファイルを持ってきた。
「ああ、寺田さん……さっきは大丈夫?」
「うん、ちょっとびっくりしたけど大丈夫。あの石は以前からバチバチいってて……何回かやったんだよね」
麗奈は息を切らせながら笑顔で応えていた。
「あ、なんか、すいませんでした。いきなり放り投げて」
陸は麗奈を見て、少し申し訳なさそうに謝った。
「でも、古代の遺物って、いきなり言われても何なんだと思ってさ、本当にごめんなさい」
麗奈は首を何回も横に振りながら話した。
「いいの、いいの、部長もあまり肝心なことを言わないんで怪しまれても当然だから」
そして麗奈は言葉を継いだ。
「あの石は、石というか、金属というか、とにかく特殊なの!まだうちの部では仮説の段階なんだけど、千八百年前の古代から受け継がれてきた石みたいなの」
陸は、その話に、袋の中の石をじっと見ていた。
「でもそんな重要なものをなんで俺に渡すの?」
「あっはっは~。渡すというより、返すんだよ。」
「え? え? 返す??」
陸は意味が分からず混乱していた。
麗奈は陸の様子を見て、話しをつづけた。
「その石をうちの私に預けてくれた人は、神谷朔也さん。あなたのお父さん。だから返すんだよ」
「え!うちの親父が?」
陸はますます困惑していって、眉間にしわが寄り始め、険しい顔になっていった。
麗奈は顔色が変わり始めた陸を見て慌てて言葉を速めた。
「あっ、じ じゃあ私はこれで……それから部長からのレポート入れてあるから、”見ればわかる”って部長は言ってました」
麗奈は、少し早口で話すと、急いで返っていった。
麗奈が去っていった後、陸は再び、袋の中の箱を取り出した。
そして石を掌にのせて、じっと石を見つめた。更に手に取りいびつなドーム型のような石の平らな部分をじっくりと見ていた。
石を指でのぞると湧きあがる胸騒ぎを感じ、また鼓動が早くなっていく自分に不安を覚えた。
「これが、本当に親父のものなのか?石や金属にしては少し軽いな」
そう言いながら石を袋に入れ、レポートを確認した。
するとそこにはこう書いてあった。
『長野県小諸市 伊弉冉、資料館、七尋石』
「は?これだけ? レポートだって?……三神~これはメモだろ!」
「あー、あいつなんか腹立つ!」
陸はメモと石の袋をポケットに入れバイクを走らせた。
第6話 石の反応
陸が去った後、三神は部室でモニターを見つめていた。
「やっぱり、これか」
その時、ドアが開き寺田麗奈が戻ってきた。
「部長! 神谷君には渡してきたよ」
三神はハッとして寺田の方へ振り返った。
「これ見てくれ!」 三神は少し興奮気味でモニターを指さしている。
そこには、陸が冨田から石を素手で取って見ているシーンの映像が一時停止していた。 「部長、動画撮ってたの? いつの間に」
三神は小さくうなずいた。
「石の変化を記録しておきたくてね」
冨田もコーヒーを片手にモニターに近づいてきた。
「ちゃんと撮れてますか〜? 肝心なところ」
三神は真剣な表情で録画データを確認していた。そして画像を止めた。
「あ、これ、ここだ」
先ほどの陸が映っている場面だった。
「あの石は、俺が陸に手にしても何事も起こらなかったはずです」
冨田は期待していた陸の反応に意味がないような顔をしていた。
三神は黙って陸の手にある石の場面を見つめていた。映像は陸が石を放り投げ、寺田が素手でキャッチしたところであった。
「バチッ!」と強めの光と大きな音がした。
「痛っ! ちょっと、なにすんのー!」
半泣き状態の寺田が映し出されたところで停止した。
「あー思い出しただけで痛みが増す。あ? いや、そういえば少し反応が強いような気がする」
冨田は寺田の話を聞いて、何かを思い出した。そして自分のデスクの引き出しを探し始めた。
「えっと、確かこのあたりに」
「冨田君、どうしたの?」
「最初に寺田さんから預かった後、自分で録画しておいたんだよね。お、あった! あった! 部長! ちょっとこれを映しちゃってもいい?」
「いや、ちょっと待て」
三神の声を聞かずに冨田はカードを切り替えた。
「まーまー、部長、そんなに睨まないで。えっと……これだ!」
モニターには冨田が右手に手袋をはめ、左手を素手の状態で石の前に座っているところが映っていた。
冨田が手袋をした右手で石を持ち、そっと左手に乗せた。
──パチッ 「お! やっぱりパチッときたぞ!」
冨田が声を出しているシーンであった。しかし光や音の大きさが違う。
「これを見ると確かに俺の場合の反応が弱いように思えるね」
三神は先ほどの映像を出し、モニターで画面を二つに分割して動画を比較し始めた。
モニターを見つめる三神の顔が強張った。
「神谷が寺田さんに返したときの方が、音が大きい。光もだいぶ強いな」
寺田は痛めた手をまじまじと見ながら言った。
「だって、いつもより痛かった」
冨田はゴクリと喉を鳴らした。
「やっぱり関係ある。本当にあの末裔がいるのか?」
冨田はその確信を感じさせる事実に不安を抱き、三神へ視線を送った。
三神は静かにうなずく。
「やっぱり、御影だ」
「御影……」
寺田はそう言いながら、以前に三神が語っていた仮説を思い出した。
卑弥呼一族の血を引く巫女の家系が代々継がれている。 それが長野県の小諸あたりで御影と名乗っていた。
特別な石に反応するとかいう噂もあり、龍脈との交信ができるとも。 都市伝説的な話であったが、 卑弥呼に関わる物語の仮説が神谷のおかげで成立するかもしれない。 ただ、御影に関わる事実だけが確認できていなかったのであった。
寺田はもう一度映像を確認していた。
そして陸が石を手に乗せて見つめるシーンに差し掛かったところで何かに気が付いた。
「ん?」
映像を戻してスロー再生し、画像を拡大して見つめていた。
そして寺田はうなり声をあげていた。
「寺田さん、どうしました?」
冨田と話をしていた三神は振り向き、寺田が見ているモニターに目をやった。
「部長! ここよ! ここ!」
寺田は陸が石を放り投げる直前に、一瞬だけ石の亀甲状の裏面が映っている部分で静止し、拡大した。
「この部分、微かに光があるように見える」
今度は寺田を押しのけ、三神が画面に食い入るように顔を近づかせた。
「あっ! これは! 僅かだが内部から出てるように見える」
「ん? 待てよ」
三神はさらに拡大してみた。
映像には僅かに光がぼやけてはっきりとはしないが、渦のように見えた。
「あ! 間違いない! 神谷は反応している。しかも白石さんの絵の図柄もこれでつながるな」
三神は目を輝かせていた。
「ところで、寺田先輩」
三神から急に“先輩”と呼ばれた寺田は黙って少し下を向いた。
「あのね、先輩って呼ぶのはやめてって言ってるでしょ? 部長もみんな四年生。先輩と言われたら、私の浪人がばれるじゃない」
三神はハッとして、
「あ、すみません……先輩、いや、寺田さん。ところであの石は陸の父親から預かったものだったと聞いてたけど、寺田さんは陸の父親に会ったんですか? 石を持ってきた時、何か言ってなかったですか?」
寺田は思い出すように上を見ていた。
「ああ、神谷朔也さん。神谷陸によく似てる人だよ」
三神は小さくつぶやいた。
「じゃなくて、その、何か言ってなかったかなと」
寺田は椅子に腰かけ、思い出すように考えていた。
「神社仏閣の研究の素材にしてくれと、確かそれだけだったかな」
三神は少し考えていたが、ふっと顔をあげた。
「でも、なんで預けに来たんだろう? 寺田さんのことを知ってたのかな?」
「あ、私は以前に宮内総局での公開イベントで皇王家の歴史展に行った時に、神谷朔也さんと会ったわ。地質学者なのに神社仏閣の研究について講義されてた。質問会で意気投合したのよ。まだ、ここがサークルだった時だね」
「サークルの時代か〜。俺まだ高校生だ……」
冨田は笑みを浮かべながら寺田の方へ目をやった。
「ちょっと、冨田君、何か言いたいことでもあるのかな?」
寺田はキリッとした視線を送った。
苦笑いした冨田は両手を振った。
「い、いや、別に意味はないです」
そして、少しずつ後ずさりして寺田から距離を置いた。
寺田は三神の方へ振り返った。
「あ、そういえば、朔也さん、この石を持ってきたとき、少し急いでいるようだったわ。なんか疲れてそうだった。その時、息子がここへ来たら渡して欲しいって言ってたんだっけ」
三神は腕組みしながら怪訝な顔をしていた。
「え? 陸に? 親子なんだから直接渡せばいいじゃん。なんでわざわざここへ?」
「ああ、でも朔也さんは日本各地を回っていて、家には何年も帰ってなかったみたい。息子さんにも全然会ってなかったらしいよ」
寺田は三神の疑問に答えるように話した。
そして、ふと何かを思い出した。
「そういえば……石を預かった後、数日後だったかな。変な人が来たんだよ」
「変な人?」
「何だったかな、二人の男の人。一人は日本人で、自衛隊のバク? バク……バクテリア本部とか、だったかな。外国人は黒いスーツで、FBIみたいに“51”って書いてある手帳を見せてくれたよ」
「え? バクテリア本部? なんだそれ? ……幕僚本部じゃない? 陸上自衛隊幕僚本部ってのが確かあったはずだよ、たぶん……それでなんだって?」
「神谷朔也を知っているかとか、何か預かっていないかとか聞かれた。それより神谷さんの亡くなった奥さんを知る人はいないかって聞いてたわ。それっきりだよ」
三神は腕を組んで歩きながら話した。
「神谷の親父はいったい何者なんだ? 何かありそうだな……」
ふと足を止め、寺田の方へ顔を向けた。
「あ、そうだ。寺田さんに大事なことをお願いしたいんだ。樸が指定した場所の長野へは、寺田さんも同行してもらいたいんだ」
「あ、もしかして何か現象が起こると思ってるな?」
寺田は笑顔でオーケーサインを送った。
「その結果を見て仮説の仕上げといこう」
三神はそう言ってにやりと微笑んだ。 その目には好奇心と不安が映し出されていた。
第7話 長野調査
数日後の朝、雲ひとつない青空の下、大学の裏手にある駐車場で創が古いワゴンに機材を積み込んでいた。 そこへスーツケースを引いた寺田麗奈が手を振りながら近づいてくる。
「おはよう、高島君。今日はよろしくね」
「えっ……寺田さんも来るんですか?」
創が驚く横で、赤い軽自動車が駐車場に入ってきた。
運転席から白石玲子が顔を出し、助手席には澪、後部座席には陸が乗っている。
「おまたせー。飲み物とお菓子、これ持っていってね」
玲子が袋を渡すと、澪は少し照れながら受け取った。
陸は荷物を降ろしながら寺田に気づいた。
「あ、この前はどうも……。え、寺田さんも?」
「三神部長に頼まれてね。レポートの補助ってことで」
創が陸に手を伸ばす。
「陸、そのレポート見せてくれよ」
陸はため息をつきながらポケットから紙切れを取り出した。 澪と創が覗き込む
。
「長野県小諸市、伊弉冉、資料館、七尋石……」
「これ、レポートじゃなくてメモじゃん!」
二人の声が重なり、陸は肩をすくめた。
麗奈は紙をひょいと取り上げて言う。
「大丈夫。行く意味はわかってるから」
玲子が車に戻ると、創は勢いよく運転席に乗り込んだ。
「よし、出発するぞ!」
ワゴンは大学を離れ、やがて町並みが山の景色へと変わっていった。
陸はポケットから例の石を取り出し、裏面を指でなでた。 胸の奥がざわつき、鼓動が少し早くなる。
「それが陸のお父さんの石か?」
創が手を伸ばした瞬間、後部座席から麗奈が身を乗り出した。
「触っちゃダメ! バチッときて穴が空くよ!」
「えぇ?……陸は平気なのに?」
「神谷君だけ特別なの」
陸は苦笑しながら石を持ち替えた。
すると、澪がひょいと手を伸ばし、石を掴んだ。
「澪!?」 「澪ちゃん!?」
二人の叫びをよそに、澪は平然と石を眺めている。
「へぇ……これが陸のお父さんの石なんだ。裏はつるつるしてるね」
「なんともないの?」 麗奈が驚きの声を上げる。
「うん、全然」
麗奈は眉をひそめた。
「おかしいな……三神部長の仮説が崩れちゃう。澪ちゃんと神谷君って、もしかして……兄妹?」
「小さいときは一緒にお風呂入ってたけど、兄妹じゃないです!」
澪が慌てて否定した。
「お風呂?!」麗奈と、創は口を揃えた。
「澪、余計な事言うな!」陸は頭を抱えた。
車はパーキングエリアに入った。
創は石が気になり、再び石に手を伸ばした。
「澪が平気なら俺も──」
バチッ!
「痛っ! なんだよこれ!」
指先に黒い点ができ、創は涙目になった。
「だから言ったでしょ……」 麗奈はため息をついた。
やがて車は長野県小諸市に入った。 工場地帯を抜け、古い町並みが見えてくる。
澪がスマホを見ながらつぶやく。
「この辺なんだけど……住所が出ないんだよね」
すると麗奈が前に乗り出した。
「高島君、次の信号を右。そこから真っ直ぐ」
「え、知ってるんですか?」 陸が驚く。
「神社調査で来たことあるの。資料館の場所もわかるよ」
ワゴンは麗奈の案内で山あいの道へと進んでいった。 陸は胸ポケットに石をしまいながら、静かに息を整えた。
──父が残した石。 ──白石の絵と同じ“渦”。── そして、長野・伊弉冉・七尋石。
何かが、確実に動き始めている。
第8話 麗奈の回想
ホテルの玄関が見えた瞬間、麗奈の胸の奥に沈んでいた記憶がふっと浮かび上がってきた。
あれは、ちょうど五年前──。
ロビーで須藤と神谷朔也がソファーに腰掛け話をしていた。
「神谷さん、奥さんは残念だったね。私が責任もって管理するから」
「いえ、須藤さんにはお世話になってすみません。いつか行かせてください」
二人が話をしているところに、
「本日は当ホテルをご利用いただき誠にありがとうございます」
ホテルの経営者・白石和夫が挨拶に来た。
「白石さん。突然で申し訳ない。こちら、私の研究を手伝っていただいている神谷さんです。私のご近所でもあるんですよ」
須藤は神谷朔也を白石和夫に紹介した。
「あ!」
神谷と白石はお互いに声を上げた。
「お? お二人はお知り合いですか?」
須藤玄斉は意外そうに二人を見ていた。
「須藤さん、私の家にご夫婦でご挨拶に来られた神谷さんです。近所なので、よく知っています」
白石和夫も、神谷と須藤が一緒にいることを少し不思議そうに見ていた。
三人は和やかに談笑していた。
そこへ立川尚樹が現れた。
「局長、ただいま戻りました。こちらが調査報告書になります」
そう言って、きちんと封緘された封書を手渡した。須藤は一瞬厳しい目になり、黙って封書を受け取った。
「玄関付近にいる女性は君の連れか?」
「あ、はい。あの寺田の娘さんです」
「寺田君? 彼の娘さんか! あんな大きなお子さんがいたんだな。今はいくつくらいだ?」
立川は答えた。
「確かまだ17歳、高校2年ですね」
「そうか。寺田君は残念だったが、優秀な男だったからな。娘さんが同じ研究に興味を持たれたことを知ったら、彼は喜ぶだろう。来年の宮内総局イベントでこちらの神谷さんも来るから招待しておきなさい」
「はい」
立川は返事をすると玄関へ向かっていった。その時、神谷朔也が立ち上がった。
「須藤さん、寺田進さんにはお世話になっていました。娘さんに挨拶してきます」
朔也が一礼し、部下と白石と共に玄関口に向かった。
朔也はにこやかに声をかけた。
「君が寺田さん? 私は東都地大学・郷土地質研究室で古代郷土史と地質を研究している神谷といいます。今度、宮内総局のイベントで登壇することになっているから、もし興味があればいらっしゃい」
寺田麗奈は笑顔で応えた。それが神谷朔也との最初の出会いとなったのだ。
「あれから、五年もたったんだ……」
麗奈はそうつぶやいた。
車はホワイトパールホテル入口に到着した。
ホテル玄関前には、総支配人と女将、数名のスタッフが出迎えていた。
ドアボーイが車のドアを開け、総支配人は近づいてきた。
「お嬢様、お待ちしておりました」
「お、じょ、う、さ、ま……?」
陸、創、麗奈は同時に声をあげて澪を見た。
「は〜? おまえ、お嬢様なの?」
創は冗談かと思い、あきれた顔になっていた。
「なによ……ま、そういうことかな」
澪は少し照れながら車を降りた。
「さ、お嬢様、こちらでございます」
総支配人はエスコートしはじめ、チラッと創の方へ少しきつめの視線を送った。
創の席のドアが開けられ、スタッフの女性が声をかけた。
「運転手係の方はこちらです。お疲れさまでした」
「運転手係?……扱いに差を感じるな」
ムッとしながら創は車を降りた。
陸と麗奈が車を降りてきたところに、女将が声をかけてきた。
「本日は誠にありがとうございます。女将の御影と申します」
そう言って女将はじっと陸を見つめていた。
その視線はただの人見知りではなく、まるで何かを確かめるように陸の顔を覗き込んでいた。
陸は女将の名札の字を凝視していた。「御影……」。
フロントでそれぞれ宿泊者名簿を記入していると、女将はまた陸の目をじっと見ていた。
陸は視線を感じ、
「あ、まただ。なんだろう?」と胸にざわめきを覚えた。
「あ、あの」
陸が口を開くと、女将はすぐに視線を逸らした。
「あ、部屋をご案内しますね」
陸と創の部屋へ向かって歩き出した。
「お嬢様方は、私がご案内いたします。こちらへどうぞ」
総支配人が二人を促しながら歩きはじめた。
ふと寺田麗奈が足を止めて振り返った。
「あ、みんな! 少し休んだらロビーの談話コーナーに集まりましょう! それぞれ課題もあるから話し合ったほうがいいよね」
「あ、そうだね。そうしよう」
陸も振り返りながら返事をした。
創は手を上に挙げ、歩きながら振り返ることなく返事した。
「ほい」
澪は硫黄のにおいを嗅いだこともあり、頭の中はお風呂だけのようだ。
「あの、お風呂、私、お風呂行きたい!」
「そうね、澪ちゃん。せっかくだから一緒にお風呂行きましょう」
麗奈は優しく微笑んだ。
女将は陸と創を部屋に案内すると、備え付けのお茶セットを座敷テーブルに置いた。そしてまた、陸をじっと見ている。
陸は胸の奥のざわめきを抑えられなかった。
「あ、あの、女将さん、何か?」
視線に違和感を感じ、口を開いた。
「あ、ごめんなさい。……もしかして神谷朔也さんの息子さんかなって思って」
「え? は、はい、そうですが、父をご存じなんですか?」
陸の言葉に、少しすっきりした様子の女将は続けた。
「ああ、やっぱりそうでしたか。陸さん……とおっしゃいましたか。真澄さんと同じ目をしてる……」
陸は“真澄”という名を聞いて少し驚いた。
「え! 母を知ってるんですか?」
陸はまたチラッと女将の名札を見た。
「ピ、ピ」
その時、女将のインカムに連絡が入った。
「お客様がご到着されました!」
「あ! ごめんなさい。お出迎えが入りましたので……どうぞごゆっくり」
女将は少し急ぎ気味に部屋を出ていった。陸は女将が出て行ったドアを見つめていた。
陸と女将のやりとりを横目に見ていた創は、座椅子にゆっくり腰をかけた。
創はドローンが入った箱を開けながら部屋のドアをちらっと見た。
女将が部屋を出るのを見届けると、固まっている陸へ声をかけた。
「なあ陸、あの女将さんはなんか知ってるみたいだよな。お前の母さんのこと……逆にお前は何も知らないのか?」
陸は振り向くことなく首を横に振った。
「いや……詳しくは知らないんだ。でも昔、この辺の神社案内を父さんにしていたとは聞いてた。それ以外の、関わりある人なんかの話は知らないんだよな」
創はお茶請けのお菓子を食べながら話し始めた。
「もしかして陸の親戚かもよ。そういえばBBQの時に三神が御影の名前に反応してたよな? もしかしてあいつ、何か知ってるんじゃないか?
今回の行き先も三神が決めたんだろ?」
陸は窓のカーテンを開けて、山の景色を見ながら考えていた。
その頃、澪たちは湯船につかっていた。
まだ日が落ちていない浴場にはたっぷりの温泉があふれ、湯気が日の光にあたって白く光って見えた。
「あ〜あ〜、気持ちいい〜、最高〜」
「うん、やっぱりここはいい温泉よね。でも本当に気が付かなかったわ。五年前にお会いした創立者の白石さんが澪ちゃんのお父さんだったなんて」
チャプ、チャプ。
麗奈は澪のとなりで、手でお湯を確かめるようにすくっていた。
「でも、澪ちゃん。陸ちゃんはどうして澪ちゃんの家に?」
「あ、私も詳しく知らなくて……いつだったかパパが連れてきたの。でもなんか弟ができたみたいで嬉しかった」
そう言う澪の横顔には、どこか寂しさの影があった。
二人は並んで湯船につかりながら、少し曇っている窓から外の景色を見ていた。
第9話 調査計画
「あー! あいつら遅い!」
ロビーの談話コーナーにいた創はドローンを手にしながら、ウロウロしていた。
「創、まあ落ち着けよ」
陸は三神のメモをテーブルに出して、広げた地図を眺めていた。
創は何度か居室方面を見ていた。
「まさか温泉に行ってるんじゃないだろうな?」
「ピンポーン、その通り〜」
廊下から歩いてきた澪の声だった。麗奈と一緒である。
「あ〜、いい湯だったよ」
笑顔の澪と麗奈は、髪を上の方で束ねて細い首筋にきれいなうなじが見えていた。その姿に創は少し見とれていた。
「あ、な、何がいい湯だ! 人を待たせておいて」
創は自分を見る澪の視線を避けるようにつぶやいた。
「あのね、すぐに集合とは言ってないでしょ! 創もポンコツなんだから少し癒されたほうがいいよ!」
「う、うるせー、ほっとけよ」
陸のとなりに座った麗奈はテーブルの地図と三神のメモを確認していた。
「麗奈さん、澪とお風呂へ行ったんですか? なんかいい香りがしますね」
陸のその言葉に反応して澪が振り返った。そして少し厳しめの視線を陸に向けた。
「ちょっと陸、麗奈さんを変な目で見ないでよね」
「え? いや、俺はなにも……」
麗奈は陸の言葉を遮るように笑顔で声を掛けた。
「陸ちゃん達も、後でお風呂行ったらいいですよ」
陸は少し頷くと皆に声をかけた。
「ちょっとこれを見てくれ。これから行く所とやる事を決めないと」
陸はさらに一冊のノートを出した。そこには『フォッサマグナ』と書かれていた。
下には赤文字で「来月中に完成提出」と線が引かれていた。
「まあ、三神の指示先もわかるが、これをやらないと卒業ができないからな」
陸はそう言いながらノートを開いて、自分の課題を再度確認した。
「卒業か……」
麗奈は顔に手をあて下を向いた。
「私は地熱温泉周辺の植物と生物の関係をレポートするんだ! まあ、この周辺でもいいけど、苔などに住んでる昆虫も見たいから温泉と神社がいいな」
澪は真っ先に地図へ指をさしていた。
「俺は2種類のドローンを作ったんで、テストしたい。山間の不規則な風が発生する所でプロペラドローンを飛ばしたい。あともう一つ、これは俺が天才だと象徴するドローンを試したい」
創は自慢げに笑みを浮かべていた。
「はあ? 天才? ……別名はポンコツとか?」
澪は冷ややかな目で創を見上げた。
「ち、ちがう! 今までにない観測ができるドローンだよ! 量子反発板を使って、空気を押さずに浮くんだ!」
「え? すごーい」
麗奈と陸は驚きの声をあげた。創はその反応に満面の笑みでガッツポーズしている。
「あの、それってさ、本体残してプロペラだけ飛んでったんじゃないの?」
創は澪に厳しい視線で「……あのな、もう」
「まあそれはともかく、三神部長のメモにはないけど、私は鬼押出し園に行きたいな」
麗奈は何か思い出すように陸の顔を見て言った。
陸は麗奈の顔を覗き込んだ。
「あの、そこは何かあるんですか?」
陸の視線に、麗奈は口を開いた。
「あ、別に……時間あったらでいいの……あの時、朔也さんが何かを探しているように見えたの。それがずっと気になってて……」
「親父と?」
陸は、麗奈の笑顔を見ているとそれ以上は聞かなかった。
その頃の白石家
玲子は自宅でひとり食事の準備をするため、庭の畑からレタス、きゅうりなどの野菜を収穫していた。
プルル、プルル──
電話が鳴っているのに気が付き、収穫した野菜の入った籠を手に急いで家に入っていった。
着信ボタンをタッチすると、壁のスクリーンに白石和夫の顔が見えた。
「やあ母さん! 支配人の珠山くんから連絡があったよ。澪たち、無事にホテルに到着したってね」
「あら、そうなの。それは良かった〜。澪からは何にも連絡ないのよね」
「ま、まあ、母さん。あの娘はあれでしっかりしてるんだから、心配無用だよ。
それより、陸ちゃんは元気か〜。近々いったん帰国できそうだ。1泊だけど、その時、陸ちゃんも呼んでおいてくれないか……」
画面の和夫は笑顔でピースサインをしている。
「うん、わかったわ。でも一泊なの〜? 去年は一回も帰ってこなくて久しぶりなのに、もう少しゆっくりできないの?」
玲子は少しガッカリしていた。
「ごめん、ちょっと慌ただしいけど、スケジュールやっと開けられたんだ。美しい妻と娘に会いたくてね、へへへ」
笑顔の和夫は頭をかいている。その様子を見て玲子も笑顔になった。
「今どこにいるの?」
「ああ、ここは南極だよ! めちゃ寒い!」
「南極? なんでそんなところにいるの? ペンギンさんに会いたかったのかな?」
「ペンギン? お前、母さんだよな? 澪かと思っちゃうな〜。ハハハ」
「また話すけど、うちの新しい研究拠点なんだよ。詳しくは帰った時に話すから。日程決まったら連絡するよ、じゃ」
和夫は投げキッスをして電話を切った。
「まあ、和夫さんたら……澪そっくりだわ……陸ちゃんのことも心配なのね」
第10話 御影の血脈
ホテルの談話コーナー。
陸は立ち上がると皆の疲れた姿を見た。
「今日は朝早かったからゆっくりしよう。明日、八時には出発しよう」
陸は早めに休むように声を掛けた。
すると麗奈は静かに陸へ歩み寄った。
「ちょっと、お散歩しない?」
陸はその声にゆっくりと頷き、立ち上がった。
二人は並んで外へ歩き出した。
その姿を澪はちらっと見ていた。
「あ、麗奈さん……陸と……」
澪は思わずつぶやいた。
陸はふと立ち止まり、後ろを振り返った。そこには、ポツンと立っている澪があった。
しかし澪は目が合った瞬間、澪はそっぽを向いた。
陸はそのまま麗奈と共に入口玄関へ向かっていった。
創はドローンを手に持ちながら、ロビーをうろついている。
「あーどっか飛ばせる所ないかな」
玄関を見ていた澪は振り返り、笑いながら声をかけた。
「創、ポンコツのチェック行くの?」
創は少しムッとしたが、顔は真剣で辺りを見渡していた。
「どこかで動きを確認しておきたいと思ってさ」
「しょうがないな〜、お嬢様が直々につきあってあげるよ〜」
澪は創に近づいてドローンに手をかけ持ち上げた。
「さ、ポンコツ! いくぞ〜」
澪はドローンを手に中庭に向けて歩き出した。
「あ、待って、待って」
創は小走りに澪の後をついていった。
ホテルの玄関から周辺を陸と麗奈が歩いている。周りには目立ったお店などはあまりなく、家もまばらであった。
古い区画のせいか、道幅は窮屈で曲がりながら続いていた。
昔は城があったらしく、石積みの壁があちこちに残っている。
「寺田さん、ところで親父とはどんな経緯があったんですか? 父のことはあまり知らなくて」
「神谷君、朔也さんはあちこち駆け回ってたと聞いてたけど、こんな可愛い陸ちゃんを一人で家に置いて出てたのね、知らなかったわ」
麗奈は陸の顔をちらっと見て、陸と目が合うと言葉をついだ。
「私が最初に見かけたのは五年前で、このホテル。私の父の知り合いの人と一緒にいたところなの。その時はそれっきり。翌年にイベントがあって、そこに朔也さんがいたの。私も参加して、その時に仲良くなったんだよ」
陸は麗奈の話を聞きながら黙って歩いていた。
「あ、でも親父はなんでここに来たんだろう? 鬼押出し園も?」
「石を探しているって言ってたような」
二人が話していた時、路地の左側から両手でいくつか箱を持った男がぶつかった。
「あっ!」
ドターン!
バラバラ──
ぶつかってきた男は尻もちをつき、手に持っていた箱を落とし、中に入っていた野菜が道路に転がった。男は驚いたように顔を上げた。その目は、どこか人を見抜くような鋭さを持っていた。
「あ! ご、ごめんなさい。私よそ見しちゃってて」
麗奈は慌てて道路に転がった野菜を拾っていた。
陸は尻もちをついた男性に駆け寄り、手を添えた。
「すみません。前を見てなくて」
「ああ、大丈夫ですよ!」
男はすっと立ち上がり、ズボンのホコリをはたいていた。
陸は男の後ろに落ちた名札のようなものを拾った。
そこには
「御影」
と書かれていた。陸は黙って男に手渡した。
「ああ、すみません。僕も荷物で前をよく見てなかったから」
麗奈は野菜を拾い集め、箱に入れ直した。
「あの、これで全部ですが、一人で持つにはちょっと多いかな〜」
そう言いながら、麗奈は一つの箱を陸に渡し、もう一つを自分で持った。
「もしかして、ホテルの方ですか?」
男は「ああ、そうなんです。今届けに行くところで……あ、大丈夫ですよ……」
そう言い出したところ、麗奈は箱を持ってホテルに歩き出した。
「あ、なんかすみません。ありがとう」
男は頭を下げながら一つの箱を持って歩き出した。
玄関近くに着くとそこには
「従業員通用口」と書かれた小さな出入口があった。
扉を開けるとそこへ箱を置き始めた。
陸は箱を置いて一歩後ろに下がった時、何かにつまずいた。
そして、ひっくり返ってしまった。
「うわっ! 」
「フフフ」
麗奈は尻もちをついている陸に手を差し伸ばした。
その時──
ガラン、ガラン……
陸のポケットから乾いた音を立てて石が転がった。
男はその瞬間視線を向けた。
石が光を受けて六角形の面が淡く脈動しているように見えた。
「その石は!」
男は石を拾い上げようと手を伸ばした。
「あ、大丈夫です! 陸ちゃん! 」
慌てて麗奈が静止した。そして陸に視線を送った。
「あ、そうだったな……」
陸は起き上がり、石を拾ってポケットにしまった。
「龍正!」
奥の扉から女の人の声が聞こえた。
そしてドアが開いた。女将であった。
「龍正、どうしたの? あらま、お客様も一緒に」
男は女将の顔を見て、ちょっとバツが悪そうに手振りをしながら話した。
「ああ、母さん! ちょっと道端で転んでしまって、荷物運ぶの手伝ってくれたんだよ」
陸は麗奈の手を借りて立ち上がった。
「あ、女将さんの息子さんだったんですか? 名札を見た時に苗字が同じだなって思ったんで」
「お客さん、本当にありがとう。これは私の息子の龍正といいます。ホテルを手伝わせてるんですよ。普段は神社関係の仕事なんだけど、まあ、暇そうだからね」
ちらっと龍正を見た。
「別に暇じゃねーって」
龍正は女将の話に文句をつけた。
女将は笑顔で陸と麗奈を見ながら口を開いた。
「もうすぐ夕食の時間になりますよ。どうぞ中でゆっくりして下さい」
そう言って龍正と一緒に野菜の箱を持って厨房へ入っていった。
麗奈は女将と龍正を見送ると振り返り、陸に言った。
「女将さんの息子さんだったんだね……でも夕食まではもう少し時間ありそうね。あ、神谷君たちお風呂入ってないでしょ。私たちはもう入ったから行ってきたら?」
陸はそれも悪くないと考えて部屋へ戻っていった。
厨房では、龍正が野菜を箱から出して洗い場で洗い始めていた。
「龍正〜、洗い終わったら隣のかごに入れといてくれー」
少し離れたところからシェフの声が聞こえた。
「はい、はーい……なんで俺が野菜を洗うんだ?」
龍正はぶつぶつ言いながらホールの方をのぞくと女将がいた。
少し顔を出し、小さな声で手招きした。
「母さん、こっち、こっち」
龍正に気が付いた女将は、少し周りを伺うように龍正のもとへ来た。
「あんたね、ホールで “母さん”って呼ぶなって言ってるでしょ!」
「そんなのどうでもいいよ! それより! さっきのお客さんの男の方なんだけどさ……」
少し興奮気味の龍正は小さな声で話しかけた。
「ああ、宿泊客の神谷さん? どうしたの?」
「そう! あの人! 怪しい石を持ってたぞ!」
女将は驚き、口に手をあてた。
「え? どんな石?」
「チラッとしか見えなかったけど、たぶん亀甲石だ、あれは」
「亀甲石? まさか! 真澄さんの石?」
女将の声は震えていた。
「母さん、真澄って、まさかあの真澄?」
龍正は少し戸惑っていた。
「でも、なんであの人が?」
女将は静かに言った。
「彼は真澄さんの息子なのよ」
龍正は言葉を失った。
「御影の血筋……? でも、男だから、石はあっても意味はないんじゃないか?」
女将はふと顔を上げ、龍正に真剣な目で言った。
「龍正、この事は絶対に秘密にしなさい。神社あたりで漏らさないでよね。
あの子たち、どこかの神社や資料館へ行くような話をしてたから、あんた案内してあげなさいよ」
「わかった」
龍正は、彼の正体を知るべきだと思いながら、厨房から外へ出て行った。
第11話 朔也と真澄
約二十五年ほど前
秋深く、あちこちで見事な紅葉に彩られた長野県の小諸市の小諸城跡地。
奥にある神社に、ノートを片手にした神谷朔也の姿があった。
朔也は石積みや本殿の軒下などを丹念に見ている。
すると本殿の横の方から、一人の宮司らしき男性が声をかけてきた。
「あの、こちらになにか御用事でしょうか?」
白髪交じりの六十代位の優しいしい笑顔の男性であった。
その声に、朔也は振り返り立ち上がった。
「いや、勝手にすみません。私は東都地大学の郷土地質研究室で神社などを調査している者でして、神谷朔也と申します」
「ああ、大学の先生でしたか……どうぞ見てってください。ここは昔お城があった跡に建てられた神社なので、そんなに古くはないですが」
宮司はゆっくり歩きながら話していた。
「そうなんですか」
朔也は、新たな発見はなさそうだと感じていた。
宮司は朔也の表情を見て、笑顔で言った。
「でも地質の研究もされてる先生なら、龍脈に関係する場所の方が、お役に立つかもしれませんね」
「龍脈? 龍脈ですか……興味はありますが、どこへ行ったらいいか……」
朔也は少し考え込んでいた。
「私もあまり詳しくないんですが、ちょうど今日、御影家の巫女さんが来てるから聞いてみましょうか?」
宮司は本殿横の建物に入っていった。しばらくすると宮司は、事務員らしい女性と共に出てきた。
「こちらは今うちで諸々の行事関連の事務のバイトをして方です。
御影家の巫女さんですよ。けっこう古い家系の娘なので、お役にたてるかもしれませんよ」
宮司はそう言いながら、挨拶するよう巫女に促した。
「あ、はい。宮司様、初めまして、御影真澄と申します。なにかお役に立てるようでしたら頑張ります」
真澄は神谷朔也をみて、ペコっと挨拶した。
朔也は真澄の美しい容姿に言葉を失っていた。
「あ、わたくし、大学の……その、神谷朔也と申します」
朔也は嚙みながら挨拶をした。
「クスクス。私、この神社のお手伝いもそろそろ終わりなんです」
真澄は口に手を当てながら神谷を見つめていた。
宮司はその様子をみて朔也に歩み寄った。
そして小声で話しかけた。
「先生、どうでしょうか?……実は、うちでやってもらう仕事がもう無いんです。バイト代も厳しくて……先生が雇ってもらえると有難いのですが?」と神谷に耳打ちした。
朔也は大きく首を縦に振った。
「は、はい!もちろんです!大学の経費がありますからご安心ください」
翌日、小諸駅
待ち合わせをしていた朔也は、時計を見ながら落ち着かない様子でうろうろとしていた。
そこは真澄が歩いてきた。
「先生~。遅くなってすみません」
真澄は昨日とはうって変わってデニムにブラウス、カーディガンというカジュアルな服装。朔也は真澄の姿に胸の高鳴りを感じていた。
「あ、昨日は、どうも」
「先生?……どうかしましたか?」
真澄はすこし下を向いていた朔也の顔を覗き込んだ。
すると、朔也はすぐに後ろを向いた。
「い、いや、今日はよろしく頼みます」
真澄の顔を見れないのか、朔也は柱に向かって頭を下げていた。
「あの~先生、私はこっちです。……それ柱です……」
朔也と真澄の出会いであった。
数日後の夜、小諸市は雨が降っていた。
チリン、チリン──
朔也が滞在している市内の旅館の玄関の呼び鈴が鳴った。
「はーい」
旅館の主人が小走りに玄関へむかって、引き戸を開けた。
すると、そこに傘もささずずぶ濡れの若い女性が立っていた。
「あの、こちらに神谷さんという方はおられないでしょうか?……」
女性の様子を見た主人は、ただ事ではないと感じ、中に入るように促した。
「まあまあ、こんなに濡れて……どうぞ中へお入り下さい。今呼びますからね」
主人は小走りに二階に上がり、神谷の部屋のドアを叩いた。
コンッ、コンッ──
「神谷さん! 」
呼びかけに朔也が出てきた。
「あ、どうされましたか?」
「ああ、今、玄関に、神谷さんを訪ねてきた女性が……ずぶ濡れだったので上がってもらってます……」
「女性?」
神谷は主人と玄関へ向かった。
そこには真澄がずぶ濡れで立っていた。
「御影さん! どうしたの? この雨の中……」
朔也は主人から渡されたタオルを掛けながら声を出した。
真澄は肩を震わせ泣いていた。
「神谷さん、私をどこか……遠くへ連れてって」
「とにかく上がってください! 」
朔也は真澄の手を取り、背中を支えた。冷え切った体が震えているのがわかった。
「ご主人!すみません。まだ風呂は入れますか?」
「大丈夫、どうそ中へ」
主人はお風呂セットを取りに行った。
「御影さん……体が冷えてるよ、お風呂で温めないと」
朔也は真澄をお風呂へ連れて行った。
風呂から上がり、真澄は朔也の部屋に戻ってきた。
「御影さん、寒さは収まりましたか?」
浴衣に着替え頭にタオルを巻いていた真澄に声をかけた。
「なにがあったんですか?」
真澄は下を向いたまま
まるで時間が止まったような沈黙があった。
コンッ、 コンッ。
「神谷さん」
主人の奥さんの声がした。
「温かい飲み物です。お連れさんのお召し物は今整えてますから、あとで持ってきますね。お食事必要でしたら言って下さい」
「お気遣いありがとうございます」
朔也は一礼すると、トレーを受け取った。
湯呑にお茶を注ぎ、真澄の前に置いた。
「お腹は空いてないかな?」
真澄は首を横に振った。
真澄は静かに口を開いた。
「ごめんなさい……実は私、御影家を逃げ出したの」
朔也は優しい眼差しで聞いていた。
「え!?……逃げ出した? 」
真澄は少し声を震わせながら話し始めた。
「御影家は代々巫女の家系なの。龍の主様と心を通わせる。でも……頭の中に、言葉でもない、音でもない“何か”がいっぱい入り込んできて……心が壊れてしまいそうで怖いの。怖い……」
朔也は静かに聞いていた。
「それは、何かの儀式なのかな? 龍の主様というのは? 」
「龍の主様は大地の奥にいらっしゃるの。時々近くまで来られることがあって、空にあがると龍神となって、雨を降らしたりする」
朔也は頷きながら聞いていた。
「私が生まれる前から御影家で伝わる特別な石があって、その石を使って、隠された台与様の大切なものを探す、いや違う……探させないようにしてる儀式かも」
「石?……台与様?」
真澄は首から下げていた紐を外し、小さな茶巾袋から石を取り出してテーブルに置いた。
「これが、石です」
朔也は珍しそうにを見めた。
それは亀甲石のようで、半分に割れたような形をしていた。
朔也は石に手を伸ばした瞬間──
「あ!だめです!」
間に合わず、朔也は石をつかんだ。
バチッ!
「うわっ!」
石は光を放ち、静電気のような衝撃が朔也の手をしびれさせた。光と電気は収まり、石は朔也の掌にあった。
「こ、これは……電気?」
「わからない。でも私は肌身離さず持ってないといけないって……これがないと体が壊れてしまいそうなの」
真澄は朔也の手にから石を取り、袋にしまった。
「いったい、この石はなんだろう?帯電する金属かな?」
朔也は真澄の胸元に戻った袋を見つめた。
「それはよくわからない。でも、台与様の大切なものにも同じで形のものがあるって聞いたことはあるの。伊弉冉の神から受け継がれた何かと」
朔也は有名な神の名前に反応した。
「伊弉冉? ところで台与様というのは?」
「御影家には大きな家系図があって、私、一度だけ見たことがある。遡って辿ると“台与”って名前が出てくる。その少し離れた横に “卑弥呼”って書いてあった」
朔也は驚いて立ち上がった。
「卑弥呼!」
「それは知ってる! 有名な名前で知られてはいるが、謎が多い人物だ。その家系の儀式がこんなに長く受け継がれているなんて……本当に必要な儀式なんだろうか? 公にして調査した方がいいかも知れないな」
真澄は大きく首を横に振った。
「それはだめ、だめなの」
「え?どうして?公表して僕の大学で調査したらだめかな?」
「あ、それはだめなの。台与様の大切なものは皇王家が関係するらしくて、とても危険だから公にしてこなかったの」
「それに」
真澄はすこし考え込んた。
「ん?それに?」
朔也は真澄の顔を覗き込んだ。
「御影の巫女の力はもう衰えてしまって、おそらく私の代で終わりかも。最初のころの巫女のような能力はもう無いの」
「そうなんだ。それなら儀式をやらなくてもいいんじゃないかな?」
朔也は疑問を感じていた。
「龍の主様とお話できるのは台与様の巫女だけ。龍の主様と台与様の大切なものはつながってるの。なにか大きな“別の力”が動きはじめてるって頭の中に入ってきたの。でも、私はいろんな事に巻き込まれそうで怖いの」
「ただ、ふつうの生活をしたいだけなの……」
真澄は下を向いて黙った。
第12話 伊弉冉神社
ホワイトパールホテルのロビーでは、陸と創が出発の準備をしていた。
陸はフォッサマグナの調査課題をまとめたファイルから地図と行き先をチェックしていた。
創は一機のプロペラドローンとコントローラーの充電チェックをして、リュックに詰め込んでいた。
そこへ澪と麗奈がやってきた。
「おはよ〜」
澪はなぜか麦わら帽子に虫取り網を手にしていた。
「澪、まるで夏休みの小学生のようだな」
創は少し笑いながら指をさした。
「なによ! これが私の戦闘スーツよ! 機能的で万全なの!」
澪は得意げであった。
「おはようございます。フフフ、澪ちゃん可愛いでしょ? 生物の課題レポートを作るのには万全よね!」
麗奈と澪が一緒に声をあげた。
「ね〜!」
にぎやかな談笑の声が聞こえる中、ホテルの関係者らしい男性が歩いてきた。
「おはようございます。昨日はすみません、お手伝いしてもらって……皆さんよく眠れましたか?」
昨日、陸たちとぶつかった女将の息子であった。
「あ、申し遅れました。当ホテルの手伝いをしている御影龍正と申します。普段は神社などの管理や手伝い、時々神事もしてるんです。人手不足なもんで」
陸は軽く会釈をすると龍正に声をかけた。
「龍正さん、おはようございます。……これから仕事ですか?」
龍正は陸をじっと見つめた。
すると笑顔で話し始めた。
「いや、小耳にはさんだんですが、伊弉冉神社や資料館などに行くと聞きましてね。もしよろしければご案内しようかと思いまして……この辺けっこう詳しいんですよ」
すると、麗奈が声を出した。
「あら、それは心強いです。でもお祓いまでやってらっしゃるなんて、お詳しそうですね」
麗奈は、自分以外にも地元に詳しい人がいることに安心していた。
「お祓い? ……もしかして仕事は陰陽師とか?」
澪は興味津々の目で龍正を見た。
「澪ちゃん! し〜っ!」
麗奈は口に人差し指を立てて澪に注意した。
「お、陰陽師? いえいえ、神社のただの助っ人ですよ、何しろ人手不足なんで……」
龍正は両手を小さく振りながら笑い飛ばした。
「龍正さん、助かります。是非よろしくお願いします」
陸は龍正に頭を下げた。そして澪の肩をぽんと叩いて声を出した。
「それじゃ、出発しますか」
そして、龍正の案内で神社入口までやって来た。
赤く塗られていたと思われる鳥居はすでに色が褪せている。
ひび割れた古い木材が鳥居の形をかろうじて残している状態だった。
奥には五十段ほどの石段が見える。
石のあちこちが欠けており、苔がついているところも多い。
参拝する人が少ないのだろう。
創は周りを見渡しながら石段を登っていった。
「ここが三神メモの場所か。しかしなんで?」
「フフフ、ここは伊弉冉神社。まあ国のルーツとも言えるところね」
麗奈は久しぶりにここに来て、何も変わっていない様子を確認しながら澪と二人で陸や創の後ろをついていった。
石段を登り切ったところで、龍正が振り返った。
「寺田さんの言われた“国のルーツともいえる”というのは本当です。さすが古代研究部の方ですね」
「俺は違う」創はすかさず答えた。
「私もー」澪も同時に。
「あの、古代研究部は寺田さんだけです」陸は少し小さな声で答えた。
「あれ? そうなんですか? ではここへはどうして?」
龍正は不思議そうに陸たちを見た。
「みんな卒業がやばくって、ハハハ。課題のレポート書くために来たんだよ〜陰陽師さん」
澪は笑顔で龍正の顔を見ていた。
「おっと、それは大変だ」
龍正は少し驚いていた。
「一緒にすんな。俺の方は卒業に問題ない」創は澪を見て言った。
「あ、俺も卒業かけてるわけじゃないかな」陸も口をそろえた。
「え? え? もしかして私だけ〜なの?」
澪は冷や汗をかいて頭を抱えた。
麗奈は澪の肩に手を添えて、
「大丈夫、大丈夫。ほら、見てごらん。ここには火の神の祠があって、火の神に関係するところだけど、湧き水があったり、石垣にもいっぱい水が流れているでしょう。ここでしか生きられない昆虫もいるかもしれないよ」
優しく澪を励ました。
龍正は澪と麗奈を見ながら言った。
「ああ、昆虫といえば、都会の人はあまり見たことないかもしれませんが、この拝殿の裏手に行ってみてください。ここはナナフシが多くいるんです。特にミヤマナナフシという昆虫が珍しいかもしれません」
「ミヤマナナフシ! マジで、実物は見たことない!」
澪は突然目を輝かせ、麗奈の手を引いた。
「麗奈さん! いこ、いこ!」
麗奈は陸たちにぎこちない笑顔を向けながら、澪に手を引かれてお堂の裏へ行った。
「寺田さんも、天然・澪の餌食に」
創は二人を見ていた。
陸は澪と麗奈を見送っている龍正に声をかけた。
「ところで龍正さん。さっき寺田さんが火の神に関係と言ってましたが」
「ああ、その通りです。ここはイザナミという神を祀っています。火の神を生んだんです。またその火の神が神器となる“天渦の剣”を持っていた。この神器はのちに皇王家の草薙剣のことなんですよ」
「え! 神器?」
陸と創は顔を見合わせて驚いた。
「まあ、現代ではそういう話にはなってないようですが……ただ、この地域、というか、うちの御影家の家系ではそう言い伝えられています」
「御影家! 俺の母の旧姓だ」
陸は少し考えていた。
「お母さんですか?」
「はい。そう聞いたことがあって」
「真澄さん……とか?」
龍正は陸の反応を見るように名前を出した。
「な、なぜ知ってるんですか?」
陸は驚き、龍正を見た。
「もしかして神谷朔也さんの息子さん?」
龍正の言葉に、陸はこの人はいったい何者なのかという疑念を抱きながら静かに頷いた。
「神谷陸さん。実は、あなたに見せたいものがあるんです」
龍正はゆっくり陸を誘うように拝殿へ歩き出した。
創は少ししゃがんでリュックを探り出した。
「あ、陸ごめん。俺はちょっとここで飛行テストしたいんで、行ってこいよ」
陸はうなずき、龍正と拝殿に向かった。
創はタブレットとドローンを立ち上げ、ヘッドマイクをつけた。
「よし、いけー」
創のドローンは飛び上がった。
タブレット画面にはドローンに装着してあるカメラの映像が映っている。
「あ、見て! 見て! ここにいる! ミヤマナナフシだ!」
澪は興奮してスマホのカメラを向けながら麗奈に声をかけた。
「あら、これがミヤマナナフシ。言われなかったらわからなかったわ」
鮮やかな緑色の葉と同じ色のミヤマナナフシがそこにいた。
ほとんど動かず、擬態しているので、よほど注意しないと見つからない。
「ああ、こっちにも! すごーい!」
澪は目を輝かせている。
ビビーン、ビビーン。
創の飛ばしたドローンが近づいてきた。
「なんかうるさいのが来たな〜」
感動の瞬間に浸っていた澪は振り向いた。
『やあ、フナムシは見つかったかい?』
空中で静止している創のドローンから声が聞こえる。
「あ、しゃべった! そのポンコツ声出せるんだ? けどフナムシじゃない! ナナフシ! ミヤマナナフシだよ! 聞こえるのかな?」
『おー、聞こえる聞こえるよ! 映像もバッチリだ! 澪の怒った顔もばっちり』
「あのね、とにかくうるさいんだよ! どっか他行ってくんない? 陸も見てるの?」
『いや、陸はさっきの女将の息子と拝殿に入っていったよ』
創の言葉を聞いて、麗奈がすっと立ち上がった。
「澪ちゃん、ごめんね。私、ここの拝殿に入ってみたいの」
澪は手でオッケーサインを出している。
それを見て麗奈は澪に小さく手を振り、拝殿正面へ向かっていった。
第13話 巫女の系譜
拝殿は、少し薄黒い瓦の屋根を支えるように太めの柱があり、土壁には剥がれそうな箇所がいくつもあった。木の扉も端に腐食が見られ、手入れがあまりされていないようだった。
「ここが開いているのは、初めて」
麗奈はそっと中を覗き込んだ。薄暗い中で、龍正と陸が壁側を向き、長い棒で上の方にある戸板を動かしていた。
すると、そこから光が差し込み、暗闇の拝殿内は少し照らされた。
御神体と思われる場所には簾がかけられていた。
奥には火山岩のような石が鎮座している。
「これは火山岩? 見せたい物ってこれですか?」
「いや、これではありません。まあ、ついでというか」
龍正は鎮座している石の下の方にある引き出しらしきところに手を伸ばしていた。
麗奈は周りを見渡していた。
「ここまで入ったのは初めてだわ。この石が御神体。でも伊弉冉神社なのに、伊弉冉を祀っているようには思えないな」
「良い観察ですね。ここは伊弉冉神社ですが、御神体として祀ってあるのは伊弉冉が生んだ火の神です。長野県内にはきちんと伊弉冉を祀った神社は他にありますが、ここだけが違う」
引き出しを引っ張りながら龍正が答えた。
「伊弉冉が生んだ火の神? スサノオのこと? だったらスサノオ神社でもよさそうな気もするわね」
麗奈は一人つぶやいた。
「おっ、開いた。これだ」
龍正は引き出しの中から、1メートルほどの丸められた和紙を取り出した。
「少し明るいところに行きましょう。あ、それと、この拝殿は拝殿自体が伊弉冉。その伊弉冉が火の神のスサノオを宿していることを表しているようですよ」
龍正は和紙を持って、光が差し込む床に広げた。
その和紙は縦1メートル、広げると横は3メートルほどになる。
「これが、神谷陸さんに見てもらいたいものです」
龍正はすべてを広げ、丸まる部分に小石を置いた。
陸と麗奈はしゃがみながら広げられた和紙を見た。
その時、三神が仮説として考えていた重要情報が、目の前に広げられていた。
「こ、これは!」
「はい。見ての通りです。御影家の家系図です……」
「なんて膨大な家系図なんだ!」
陸は驚きを隠せない。
「これは、大名家などに伝わる家系図よりもはるかに多い名前が……」
麗奈もこの大きさは初めて見るようだった。
龍正が指をさした箇所に「真澄」と記載があった。
しかし隣の父と思われる欄には朔也の名前がなく、「男」とだけ書かれている。
その下の自分と思われる欄も「男」との表記だった。
全体を見渡しても、名前がきちんと書かれているのは女性だけのようだった。
「男……なぜ男は名前がないんだ?」
陸は、名前ではなくただ“男”と書かれた文字に異様な思惑を感じざるを得なかった。
「これは、女性のみの家系が重要と思えますね。あと女性の名前で……あれ? これは消してあるのかしら? 名前が薄くなってる人がいる……これは?」
「確かに薄くなってる人が多い。でも読めないことはないな」
陸は真澄の名前が記載されている周辺を見ていった。
「あれ?」
陸が目を凝らして見ているところがあった。
麗奈も顔を寄せ、その部分をじっと見た。
「え?! まさか! 」
二人は顔を見合わせた。
そこには「澪」と書かれた部分と、その上に「玲子」と書かれた部分があった。
「まさか、澪のことか? どうしてここに? おばさんの名前まである……」
陸は龍正に目を向けた。
「龍正さん、これは家系図と言ってましたよね。するとここに書かれている人は血縁関係……つまり親戚ってことになるんですか?」
「まあ、そうなりますね」
陸は、白石玲子・澪と血縁関係にあるかもしれないと考え込んだ。
「まさか……聞いたことない……人違いだろう……」
そんな陸を見ながら、麗奈は不可解に感じたことを聞いた。
「あと、この後から消すように薄くしてある名前って、なにか意味があるんですか?」
龍正は少し顔をこわばらせ、なぜかくるっと背を向け歩き出した。
「ん〜、それはよくわからない……です」
「?」
「あ、あの龍正さん。ここに載っている“澪”って、今一緒に来た娘なんですよ」
「そうですか。僕はよくわからないんで」
龍正は背を向けたまま、興味なさそうに返事をした。
麗奈はそんな龍正の態度に違和感を感じた。
麗奈は陸に顔を近づけ、小さな声で話した。
「これはあとで澪ちゃんに聞いてみよう」
麗奈の言葉に、陸は無言でうなずいた。
麗奈は再び家系図に目を落とした。
すると、一番最初のところに載っている名に気づいた。
「あれ? これは、まさか!」
麗奈の脳裏に電撃が走った。
「まさか……もしかして、あの台与のことですか?」
「あの台与?」
陸は麗奈が何を知っているのかわからなかった。
先ほどの態度とは打って変わって、龍正は麗奈を振り向き、少し柔和になった。
「よく気づきましたね。さすが古代研究部の方だ。そうです。卑弥呼の血筋の台与のことです」
「え? 卑弥呼?」
陸は驚き、麗奈を振り返った。
「やっぱり。これで確実だ」
麗奈は納得の頷きをした。
「確実って? 何が? 」
意味がわからない陸は麗奈に顔を近づけた。
すると龍正までも麗奈に顔を近づけていた。
「あ、近いです……」
麗奈は顔を赤らめ、慌てて後ずさりした。
その時、虫かごを持った澪が入ってきた。
「あ〜! ちょっと! ちょっと! あんたたち! 麗奈さんに何してんの!」
陸と龍正はパッと立ち上がり、両手を小さく振った。
「あ、いや、いや、なにもしてませんよ〜」
龍正は慌てて弁解した。
「陸! それと陰陽師! 私の麗奈さんに種族保存本能ぶつけてんじゃないだろうね!」
澪は指をさしながら歩いてきた。
陸と龍正は顔を見合わせた。
ビビーン、ビビーン。
そこへ創のドローンが入ってきた。
『あー天然澪の餌食がここにもいたか! ……ハハハー』
ドローンは拝殿内を一周して、陸たちの前で静止した。
陸たちはドローンを見ていた。
「これは、人には見せられないので」
そう言いながら龍正は家系図をくるくると巻き始めた。
「あ、龍正さん。それの写真撮りたいんですけど」
麗奈は貴重な資料だったので、部活で使いたいと申し出た。
しかし龍正は首を横に振った。
「誰にも見せちゃいけないと言われてるものなんで……」
麗奈は少し肩を落とし、ゆっくり龍正に近づいた。
そして囁くように言った。
「見せられないものを、私たちには見せた……どうしてかしら?」
龍正は麗奈の言葉にビクッとして振り返り、少しきつい目つきで麗奈を見た。
「フフフ」
麗奈は笑顔を見せて陸と澪のもとへ歩いていった。
龍正は、何か見抜かれているような気持ちになって麗奈を見ていた。
「澪ちゃん、ミヤマナナフシは採集できた?」
澪は満面の笑みで虫かごを持ち上げた。
「これよ、これ〜! すごーい! これで私の卒業は決まったようなもんだよ!」
陸は澪の持つ虫かごを見ながら考えていた。
「澪、これで終わるくらいの課題だったの?」
「あ〜陸! この昆虫一匹でたいしたことないなって思ってるな?」
澪は虫かごの中のナナフシを見つめながら呟いた。
「ナナフシは七節虫といって、節がいっぱいある虫。七つの節じゃないよ。
擬態で身を守り、周りに見つからないように生きている。
誰にも見つからないように、動いているのを見られないように、でも確かに活動してる」
龍正は澪の話に下を向いていた。
そんな龍正のしぐさを麗奈が見つめていた。
「しかも! ただのナナフシじゃなくて、ミヤマナナフシだよ! めったに見られない子なの!」
澪は感慨無量といった表情で虫かごを見つめた。
その頃、いつの間にか創のドローンをはじめ、みんなは拝殿の外に出ていた。
ふと澪は周りを見渡した。
「あれ? 誰もいない。ちょっと、置いていかないでよ!」
澪は拝殿から慌てて出てきた。
陸は三神のメモを取り出して麗奈に渡した。
麗奈は再確認するように、
「次は資料館ね」と声を出しながら龍正に近づいた。
そして三神のメモを龍正に見せた。
「龍正さん、これがこれから行こうとしている場所なんです」
龍正は三神のメモを手に取って見た。
「なるほど」
龍正は真剣な顔になって麗奈を見て言った。
「これは、神器のルーツを探してるのかな?」
「フフフ、私と三神部長はいろいろな仮説を立ててます。まあ、周りからは都市伝説だと言われてますけど……この先もお付き合いしてもらえるのかしら? 陰陽師さん」
麗奈は笑顔の中に、何かを見抜こうとする鋭い視線を宿していた。
「あ、もちろんですよ〜。あの、陰陽師と呼ぶのはちょっと困ります」
龍正は少し困っていた。
「ごめんなさい、澪ちゃんの言い方がうつっちゃったみたい……フフフ。じゃあ行きましょうか、三本足のカラスさん?」
「!!!」
龍正は戦慄した。
「な、なぜ、その呼び方を?」
「フフフ、さっきの家系図の隅の方に刻印が薄く小さく描かれてましたよ。関係おありかなと思って……フフフ」
麗奈は納得の笑顔を見せて陸のもとへ。
「あの子はいったい、何者なんだ?」
龍正はそんな麗奈を見て立ち尽くしていた。
陸はさっき見た家系図を思い出しながら、無邪気にはしゃぐ澪を見つめていた。
「血縁関係? ……澪が知ったらどうなるんだろう」
歴史は隠された者たちの声を遮ることはできない。
陸はそう強く感じていた。
第14話 資料館──伝承が残した影
長野県小諸市。
陸たちは郷土資料館に到着した。
「なんだ、俺にはあんまり関係ないな」
創は少しつまらなそうにしていた。
「そうね、高島君の課題には関係ないかもね。でも澪ちゃんも卒業のめどが立ちそうなんで、卒業前旅行として見学したらどうかな?」
麗奈は優しく創を見ていた。
「そうだそうだ。こんな可愛い麗奈さんと私が一緒なのよ、ありがたく思え〜」
澪と麗奈は笑いながら創の両脇に立って、資料館入口へ向かっていった。
入口の案内窓口につくと、澪はすぐに受付に行った。
「今回の課題旅行は、パパが全部お金を出すことになってるから……」
澪は慌ててスマホを取り出し、バーコードで全員分の入館料を決済した。
「澪! そうなのか? なんか申し訳ない」
陸は驚き恐縮している。
「さっすがー大企業の社長!」
創は手をあげて喜んでいる。
麗奈が近づいてきて澪の背中に手を当てた。
「フフフ……やっぱり娘が可愛いのよ。今度みんなでお父様にお礼に行かなくちゃね」
澪を見ながら笑顔を見せていた。
龍正の案内で館内を見学していった。
そこには昔使われていた木製の古い農機具のようなものが並んでいた。
「あ、これ勾玉だ」
澪が興味津々に見つめていた。
「ああ、それは勾玉ですね。古代の人たちの装飾として使われていました。また霊力があると信じられ、いろんな儀式にも使われていたんですよ」
「ふーん、陰陽師は使わないの?」
澪は淡々とガイドしている龍正を振り返って聞いた。
「陰陽師……?」
龍正は言葉を止め、ため息をつくように首を横に振った。
陸は展示物をひとつずつ鑑賞しながら呟いた。
「しかし、三神はなぜここに行けって言ったんだ?」
「たぶん、さっき伊弉冉神社の前で龍正さんが神器のルーツとか言ってたよね。三神部長も同じことを言いたかったんじゃないかな」
麗奈は陸の少し後ろで静かに応えた。
展示してある剣の前で陸と龍正は立ち止まった。
この場所の空気はどこか湿っていて、古い紙の匂いが微かに漂っていた。
そこには銀色で真っ直ぐな剣が飾られている。
案内板には『天渦剣(あまうずのつるぎ)』と書かれ、その下には草薙剣の文字があった。
「伊弉冉神社で龍正さんが言ってた話の?……」
陸は伊弉冉神社は近くにあるけど、ここがルーツか疑問を感じていた。
「それは模造品だが、皇王家が伝承している神器の一つなんだよ。正式には天渦の剣だが、時の皇王がこれを振りかざしても草がなびくだけだったので、そう名付けられたんだ」
龍正は陸の隣で静かに語った。
「皇王家の神器? なぜここに展示を? この地域に皇王家の関係が? 伝承とはちょっと違うな」
陸は呟きながら麗奈の方を振り返った。
麗奈は考えていた。
「もしかしてここが神器だけのルーツなの? 伊弉冉関連の神社はいっぱいあるけど?」
龍正は少し笑みを浮かべ、隣にある剣を指さした。
「それだけじゃないよ」
その剣は異様な形をしている。
真っ直ぐな刃に、枝のように左右に突き出した刃が六つある。
下には『七支刀』と書かれている。
龍正は陸を見て、隣の草薙剣を指さした。
「草薙剣が神器としての力を出すと、この七支刀のようになる。つまり草薙剣と七支刀は同じ一本の剣、『天渦の剣』と言われているんだ」
陸は疑問を感じて声を出した。
「でも草薙剣は、確かスサノオがヤマタノオロチを倒して、その尻尾から作った剣で、そのあと天照に献上したというのが神話の話だよね」
麗奈は小さくうなずいた。
「陸ちゃんは地質学専攻なのによく知ってるわね、あと七支刀は百済国から贈られたものと伝わってるわ」
「ここに展示してあるのは地域的にも史実的にも不自然に感じるな」
陸は呟いた。
そこに創が割り込んできた。
「でも結局これは模造品だろ? それならどこにあっても不思議はないよ。模造品はどこでも作れるからな」
麗奈は展示してある剣をじっと見ていた。
「模造品……その通りよね。いくらでも作れる。……皇王家にある剣もね」
「!」
龍正はビクッとして麗奈を振り返った。
その反応を見て麗奈は、
「あら、私まずいこと言っちゃったかな? ……うちの部の仮説なんだよね。あまり気になさらないで」
龍正は顔に手を当てていた。
「寺田さん、いったい何をどこまで知ってるんですか? 僕は少し怖くなってきましたよ」
麗奈はにこっと笑顔を見せた。
「あら、ごめんなさい。研究課題の仮説です。ただの仮説よ……」
龍正は下を向いて唸っていた。
「んー、違う……何か知ってるようだ」
三人は龍正と麗奈のやり取りを呆然と見ていた。
創は小声で澪に話しかけた。
「お、あいつ……急にどうした? 充電切れそうなのか」
「しっ!」
澪は創の言葉を止めて二人を見ていた。
麗奈は動揺している龍正を見て優しく言った。
「龍正さん。私は三神部長と仮説を立てた。それが正しいか確認したいだけなの。でも龍正さんも確認したいのよね?」
そう言いながら展示室中央の石を指さした。
「亀甲石。陸ちゃんが持っている亀甲石が本物かどうか、いや、御影真澄さんの石かどうか知りたいんでしょ? カラスさん」
龍正はキッとして麗奈を見た。
そして頭を掻きながら言った。
「ま、まいった! 寺田さんは、まるで御影の人みたいだよ」
「フフフ、ごめんなさいね。カラスは知ってるけど、私のテーマではないのよね」
麗奈はゆっくりと中央展示の亀甲石へ歩き出した。
「カラスって言ってた?」
陸たちは意味がわからず三人で目を合わせている。
麗奈は振り向いた。
「古代の遺物などを守る人がいつの時代にもいるのよ。そういう人たちのことをそう呼んでるの。ここでは『三本足のカラス』とね」
そして龍正の方を見て続けた。
「陸ちゃんが持っている石は、お母さんの真澄さんの石じゃないわ。真澄さんがずっと持っていたけれど、亡くなった時には持ってなかったそうよ。でも朔也さんは以前、真澄さんから『石は全部で三つある』と言われていたそうなの。その一つが陸ちゃんの石。紛失した真澄さんの石。そして未発見の第三の石。私は朔也さんとそれを探していたの」
龍正は腕組みをして考えていた。
「三つの石? 二つじゃないのか?」
麗奈はにっこり微笑んだ。
「陸ちゃん、石持ってる?」
「あ、ああ、あるよ。ここに」
陸はポケットから石を取り出した。
麗奈は陸を見て言った。
「それじゃ、陸ちゃん。その石を“なだらかな紫色の面”を下に向けて持ってみて。みんな横からその石を見てごらん」
「んー、なんか太鼓に描かれてる図。巴みたいだ」
創が口を開いた。
「うん、そうね〜なんか勾玉みたい」
澪も目を丸くして見ている。
龍正は澪と創の後ろへ回って同じように見た。
「本当だ。三つ巴だから三つなのか」
龍正は麗奈の顔を見て言った。
「いや、三つ巴は考え方の一つだけど、実際の第三の石は形が違うはずだと朔也さんは言ってたわ。朔也さんと私は二つ目の石を探した。でも見つからなかった。後に朔也さんが見つけて預けてくれた。残るは第三の石よ」
龍正は麗奈の言葉を聞き、みんなの前に立って爽やかな笑顔を見せた。
「きゃ! 龍正かわいい!」
澪は小さく声を出した。
そんな澪に創は少しムッとして肘でつついた。
「なによ……」
「べ、別に……」
龍正は話し出した。
「皆さんとは残念ですが、ここまでです。僕はもう帰らなくてはいけない。そのメモに書いてある場所の七尋石。そこに皆さんの答えがあるかもしれません」
そして龍正は麗奈と陸の方を向いて付け加えた。
「七尋石の先、大岩がある」
そう言って龍正はすっと振り返って歩き出した。
麗奈が背を向けた龍正に声をかけた。
「龍正さん、私たちの古代研究部の仮説を作るのを手伝ってもらえませんか?」
龍正は立ち止まり振り返った。
「面白そうだね。僕もどんな仮説か興味ある。来週以降は時間あるから、行きますよ東都地大学へ」
そう言って手を振りながら資料館を出て行った。
「ああ、私も古代研究部に入ろうかな〜」
澪は麗奈に話しかけた。
そんな言葉を聞いた創は立ち上がった。
「なんで! あんなやつ……」
少し苛立った創の横に、そっと麗奈が近づいた。
「高島君、もしかして、やきもち焼いてるのかな?」
「ち、ちがいます!」
「あら本当? 可愛い澪ちゃんが気になってるんでしょ?」
「……」
創は黙っている。
「でも澪ちゃんは陸ちゃんとお風呂に入った仲なのよ、フフフ」
麗奈が小悪魔のような笑顔で創を見た。
「あ、あの、麗奈さん……」
澪は心配そうに麗奈を見た。
「!!! 俺はホテルに帰る!」
創は小走りに資料館を出て行った。
澪は創の後を追いかけた。
「待ってー!」
「フフフ、二人とも可愛いわね」
「寺田さん、あんまりからかわないで下さいよ」
陸は石をポケットにしまいながら麗奈に声をかけた。
「創はああ見えて純情なんです」
「うん、そうみたいね。でも『いもうと』さんも心配なのかな?」
「!」
「ああ、そうだった〜龍正さんに聞けばよかったな」
「そうね、もしかしたら澪ちゃんのお母さんに聞いた方がいいかもよ」
「でもこの地域と、神器。あと御影家か……いったいどんな繋がりがあるんだろう」
陸は少し考え込んでいた。
麗奈はそんな陸の背中をポンと叩いた。
「陸ちゃん。私たちも行こうか」
二人も資料館をあとにした。
その時、陸のポケットの石が少し光っていたのは気づいていなかった。
第15話 最終日前夜
日が傾き、山の稜線が赤く染まり始めたころ。
陸と創はホテルの露天風呂に肩まで浸かり、静かに湯気の向こうの景色を眺めていた。
「はぁ〜……温泉って最高だな。しかもタダ飯つきだぞ、陸」
創は湯にぷかぷか浮かびながら上機嫌だ。
陸は湯面に映る自分の顔を見つめながら、ぽつりと口を開いた。
「なぁ、創……今日の神社で見た家系図、ちょっと気になることがあってさ」
「家系図? お前のお母さんのことか?」
「いや……澪の名前があった。澪の母さんの名前も」
創は勢いよく湯から飛び出した。
「はぁ!? 本当か!?」
「写メ撮ろうとしたんだけど、龍正さんが巻き取っちゃって……本当は見せられないって」
創は慌てて湯から上がり、タオルを巻きながら言った。
「ちょっと待て! 俺のドローンの映像、拝殿の中も撮ってたはずだ!」
そのとき、館内放送が流れた。
『お食事のご用意ができました。食堂までお越しください』
「お、メシの時間だ。続きはあとでだな」
二人は湯から上がり、浴衣に着替えて食堂へ向かった。
食堂では、澪と麗奈がすでに席についていた。
「こら〜、レディを待たせるなんてダメでしょ〜」
澪はすでに何かをつまみながら頬を膨らませている。
「全然待ってないじゃん……」
創がぼそっとつぶやく。
陸は席につき、みんなに飲み物を注いだ。
「明日は鬼押出し園と七尋石。今回の調査はそこで終わりだ。とりあえず乾杯しよう」
そこへ総支配人がワインを持って現れた。
「お嬢様、社長からでございます」
「パパから?」
澪は驚きながらも嬉しそうにグラスを受け取った。
創はすでにワインを一気に飲み干している。
「さすが社長! 太っ腹だな〜!」
「創、飲みすぎ!」
澪が呆れた声を上げた。
そのとき、澪のスマホが震えた。
画面にはパパの文字。
「テレビ電話だ……めんどくさ」
『おーい澪! 楽しんでるか?』
画面の向こうで白石社長が笑っている。
「パパ、みんなと一緒だよ」
『お、そっちの方は?』
「大学の先輩、寺田麗奈さん」
『寺田さん、娘をよろしくお願いしますね』
麗奈は丁寧に頭を下げた。
次に画面が創を映す。
『後ろで盛り上がってるのは……高島君か?』
「は、はいっ! 高島創と申します!」
創はなぜか背筋を伸ばし、敬語がぐちゃぐちゃだ。
澪は吹き出しそうになりながら肩を震わせている。
最後に陸が画面に映った。
「あ、お久しぶりです。陸です。いろいろありがとうございます」
『おお陸ちゃん! 元気か? ちゃんと食べてるか? 病気してないか?』
「パパ、質問多い!」
澪が慌てて通話を切った。
食後、陸と創の部屋に澪と麗奈が集まり、創はタブレットを操作していた。
「ほら、これ。ドローンの録画」
画面には伊弉冉神社の拝殿裏が映っている。
「お、ここだ……家系図が映ってる」
麗奈が身を乗り出した。
しかし映像は突然ノイズに包まれ、途切れた。
「おかしいな……俺が見たときは普通だったのに」
創は首をかしげる。
ノイズの奥で、何かが動いたように見えた気がした。
「祟り……とか?」
澪が青ざめた声を出す。
「大丈夫よ、澪ちゃん」
麗奈は澪の肩に手を置いたが、その瞳には不安が浮かんでいた。
陸は静かに口を開いた。
「……家系図には、俺の母さんの名前があった。真澄って」
澪は息を呑んだ。
「じゃあ……陸のお母さんは御影家の……?」
「まだ断定はできない。でも……」
陸は澪を見つめた。
麗奈が続けた。
「問題はね……その下に玲子と澪の名前があったの」
澪は口元を押さえた。
「え?……私、何も知らない」
陸はそっと澪の肩に手を置いた。
「澪、考えすぎるな。帰ったらお母さんに聞いてみよう。……明日は早めに出よう」
麗奈は澪を連れて部屋を出た。
静かな夜の空気が、明日への緊張を含んでいた。
第16話 真澄が消えた夜
その夜、龍正と母の御影小春は、ホテル従業員の仮眠室にいた。
薄い蛍光灯の光が、二人の影を静かに壁へ落としている。
小春は、陸たちが伊弉冉神社や資料館を訪れたと聞き、落ち着かない様子で息子に向き直った。
「神社や資料館を見て、どんな反応だったの?」
龍正は腕を組み、少し考えてから答えた。
「いや……寺田さんの洞察力には驚いたよ。相当調べてるみたいだ。家系図の“消された名前”についても、男の表記についても、鋭く突っ込まれた」
小春は眉をひそめた。
「家系図を見せたの? なんでそんなことを……。神谷さん以外にも人がいたんでしょ?」
「確かめたかったんだよ。神谷陸が御影のことを本当に何も知らないのか。
それに……もう一人来てた娘、白石社長の娘さんもいた」
小春は目を大きく見開いた。
「お嬢様が? 白石社長の娘さんが……?」
龍正は頷いた。
「玲子さんと澪さんの名前が載ってたのが、彼らには衝撃だったみたいだ。母さんは知ってたのか?」
「名前があったのは覚えてるけど……縁遠いから消されたと思ってた。白石家と御影……別人じゃないの?」
小春の声には、確信のない揺れがあった。
龍正は話題を変えるように、声を落とした。
「それより……神谷陸が持ってた石なんだけど、どうやら真澄さんの石じゃないらしい」
小春は息を呑んだ。
「見たの?」
「しっかり見せてもらった。外側は亀甲石で、横から見ると勾玉みたいだった。一つの石を割った片割れみたいで……陸は『石は二つじゃない、三つある』って言ってた」
小春は怪訝そうに首を振った。
「三つ……? 御影家に伝わっていたのは一つだけよ。それを真澄さんが持っていた。その前は別の巫女が……でも三つなんて聞いたことがない」
龍正は続けた。
「真澄さんが亡くなった時、石は持ってなかったらしい。ご主人が何度もこの辺に来てただろ? その時に二つ目の石を見つけたらしい。真澄さんの石は……紛失してたみたいだ」
小春はしばらく黙り、ぽつりとつぶやいた。
「……どちらにしても、石の力は弱まっていた。巫女の力も同じ。私も石には反応しなかったし……他の娘たちも。『巫女家系は終わりだ』なんて言われていたよ」
龍正は母の横顔を見つめた。
「でも、神谷朔也がいるだろ? 父親なんだから何か聞いててもおかしくない」
小春は視線を落とし、答えなかった。
沈黙のあと、龍正が切り込んだ。
「母さん……真澄さんは、儀式のせいで御影を出たのか?」
小春はゆっくりと息を吸い、遠い記憶をたぐるように語り始めた。
「あの石は……持つ者を選ぶの。龍の主様が選ぶ。選ばれない者には、石が拒絶するように“雷”が走る。私も……そうだった。だから名前が消された」
龍正は小さく頷いた。
「それを確かめるのが儀式だったんだよな」
「違うの。最初の選別だけがそれ。本当に選ばれた巫女は、龍の主様の声を聞ける者……真の巫女は一人じゃない。
でも真澄さんの時は……わからなかった。儀式の途中で横やりが入って、中断されたのよ」
龍正は眉を寄せた。
「横やり? 八咫烏か? 寺田さん、俺のこと三本足のカラスってカマかけてきたぞ」
小春は慌てて首を振った。
「違う! 八咫烏はもともと導き手で、御影を守ってきた人たち……でも今はもういない。いるのかどうかもわからない」
小春は手を握りしめ、声を落とした。
「真澄さんの儀式の日……七尋石には宮内総局の人たちも立ち会っていた。でも突然、軍服の男たちが乱入してきたの。巫女から神器のことを聞き出そうとしていたらしい」
小春の声が震えた。
「宮内総局の人たちと乱闘になって……真澄さんは石の前で倒れた。息が白く揺れて……あの光景は忘れられない。私たちは真澄さんを抱えて逃げて、少し離れた岩陰に寝かせたの。
七尋石に戻った時には、騒ぎは収まっていて軍服の人たちもいなかった。
それで迎えに行ったら……真澄さんは、もういなかった」
龍正は腕を組み、深くうつむいた。
「軍服……自衛隊か? なんでそんな連中が……まさか、そいつらも神器を探してる?」
二人は言葉を失い、静かな仮眠室に雨音だけが響いた。
その夜、外の空はゆっくりと崩れ始めていた。
雷が低く鳴りはじめ、明日の朝には本格的な雷雨になると予感させる空模様だった。
遠くで鳴る雷は、まるで誰かの声のように低く響いていた。