正義の外側-雨は、止まなかった-第12話 再会
雨は、
まだ降っていなかった。
空は曇っている。
いつ降り出しても、
おかしくない空だった。
黒川は、
机に向かっていた。
書類の山。
変わらない日常。
だが——
どこか、
落ち着かない。
理由は、
わかっていた。
机の端に置かれた携帯が、
震える。
画面を見る。
見覚えのない番号。
一瞬だけ、
指が止まる。
だが、
すぐに通話ボタンを押した。
「……黒川だ」
数秒の沈黙。
「刑期を終えました」
その声は、
落ち着いていた。
だが——
ほんの少しだけ、
柔らかかった。
黒川は、
目を閉じる。
わずかな間。
それから——
「……そうか」
短く、
それだけを返す。
それ以上は、
いらなかった。
通話が切れる。
静寂が戻る。
黒川は、
しばらく動かなかった。
あの雨の夜。
あの選択。
何もかもが、
遠いようで——
まだ、
終わっていない気がした。
「……らしくないな」
小さく呟く。
自分でも、
わかっていた。
ほんの少しだけ、
待っていたことを。
数日後。
事務所の扉が、
静かに開く。
足音が一つ、
中へ入ってくる。
黒川は、
すぐには振り向かなかった。
わかっていたからだ。
「……戻ったか」
そう言うと——
「はい」
短い返事。
ゆっくりと、
振り返る。
そこに立っていたのは、
白石だった。
以前よりも、
少しだけ柔らかい表情。
それでも——
目の奥にあるものは、
変わっていなかった。
数秒の沈黙。
互いに、
何も言わない。
それでも——
そこにいた。
確かに。
「……生きてたか」
黒川が、
小さく言う。
それは確認でもあり、
どこか安堵にも似ていた。
白石は、
わずかに息を吐く。
「そっちこそ」
短い返事。
それだけだった。
それ以上は、
必要なかった。
あの夜の続きが、
ここにあった。
言葉にしなくても、
それだけで十分だった。
「これから、どうする」
黒川が聞く。
白石は、
少しだけ考える。
そして——
「……まだ、決めてません」
正直に答える。
黒川は、
小さく息を吐く。
「そうか」
一拍置いて——
「なら、好きにすればいい」
あのときと、
同じ言葉。
だが——
その響きは、
少しだけ違っていた。
白石は、
小さく頷く。
そのとき——
窓の外で、
ぽつりと音がした。
雨だった。
静かに、
降り始める。
二人は、
同時に外を見る。
降り始めたばかりの雨。
あの夜と同じはずなのに——
どこか、
違って見えた。
同じ雨なのに、
あの夜ほど重くはなかった。
二人は、
並んで立っていた。
同じ場所にいるはずなのに、
どこか、
重なっていない。
あの夜で、
すべてが終わったわけじゃない。
失ったものも、
消えたわけじゃない。
それでも——
こうして、
並んで立っている。
その距離は、
埋まったわけじゃない。
だが、
遠ざかってもいなかった。
「……変わったな」
黒川が、ぽつりと言う。
白石は、少しだけ考えて——
「そうですね」
短く答える。
それ以上は、
言わなかった。
言葉にすれば、
何かが崩れてしまいそうだった。
終わったわけじゃない。
それでも——
ここから、始まるものがある。
二人は、
並んで立っていた。
その距離は——
少しだけ——
近づいた気がした。
しばらくして、
黒川は、
机に戻る。
いつも通り、
書類に目を通す。
だが——
文字が、
頭に入ってこなかった。
視線を、
ゆっくりと横に向ける。
そこには、
白石がいる。
何も変わっていないはずの光景。
それでも——
どこか、違っていた。
あの夜の続きが、
ここにある。
終わったはずのものが、
形を変えて残っている。
「……面倒なことになったな」
小さく呟く。
だがその声は、
どこか軽かった。
白石は、
それを聞いて、
わずかに視線を上げる。
そして——
ほんの少しだけ、
口元を緩めた。
それは、
笑いと呼ぶには、
あまりにも小さかった。
それでも——
確かに、そこにあった。
窓の外では、
雨が静かに降り続いている。
もう、
あの夜と同じ意味ではなかった。
ただの雨。
それでも——
どこか、
消えずに残っているものがある。
音にならないまま、
胸の奥に残るもの。
それを、
二人はまだ、知らない。
それでも——
この先も、
きっと消えることはない。