
人は変えられない。だから環境を変える。〜2000人以上と向き合った僕が見つけた、人が育つ場のつくり方〜
はじめに:僕は、人を変えようとは思わない
「どうしたら人は変わるのか」 教育の世界に長くいると、何度もこの言葉を聞きます。不登校になった子どもをどう変えるか。やる気のない子どもをどう変えるか。主体性のない若者をどう変えるか。会社であれば、指示待ちの社員や、すぐ辞めてしまう人、挑戦しない人をどう変えるか。
多くの人は、「その人自身」に原因を探そうとします。本人の性格、努力不足、考え方。もちろんそれも一つの要素ではありますが、僕は2000人以上の子どもたちと向き合う中で、ずっと違和感を持っていました。「本当にその子の問題なのだろうか。本当に能力がないのだろうか」と。
僕が出会ってきた子どもたちは、最初から何かが欠けていたわけではありません。中学校時代に一日も学校へ行けていなかった子。先生や保護者の言葉を全く聞かず、問題児と呼ばれていた子。何をしてもうまくいかず、自信をなくしていた子。でも、僕は一度もその子たちを「できない人」だと思ったことはありません。
足りなかったのは能力ではなく、環境でした。
人は環境によって育ちます。どんな言葉を浴びるのか、誰と関わるのか、何を大切にする場所にいるのか。失敗した時に責められるのか、学びに変えられるのか。それによって、人は大きく変わります。僕は教育現場で、場と関係性を設計することで、進路決定率100%、高い出席率、継続して挑戦する文化、お互いを支え合う関係性をつくってきました。そして現在は、その考え方を企業組織にも応用しています。
人が辞める、挑戦しない、主体性がない。その原因を個人の問題として片付けるのではなく、環境の問題として捉え直す。それが僕の考える「環境設計」です。
ただ、最初に伝えておきます。僕は人を変える方法を書きたいわけではありません。そんなものは存在しないと思っています。人は誰かに変えられるものではなく、変わるのは本人です。僕たちにできることは、その人が変わるきっかけとなる環境をつくることだけです。
だから僕は、人を変えようとは思いません。人が育つ環境をつくる。それが僕の教育観であり、組織づくりの原点です。
第1章:レッテルを信じない 〜「問題児」と呼ばれた僕が、人を諦めない理由〜
認知科学コーチングには「職業機能」という考え方があります。その人が息をするように自然としてしまうこと、誰かに頼まれなくても気づいたらやっていること。僕にとってそれは、「負のレッテルを貼られている人を見たら、その人が選ばれる存在になるように関わること」です。
僕は昔から、レッテルというものが嫌いでした。「あの子は問題児だから」「この子は勉強ができないから」「この人はこういう性格だから」。一度つけられた評価は、その後のその人を見る目を簡単に変えてしまい、人の可能性を決めてしまいます。
僕自身もそうでした。過去の失敗をいつまでも持ち出され、「前もそうだったから」という理由で判断されることが本当に嫌でした。だから僕は、人のことを噂や過去だけで判断しません。「悪い子」はいません。「悪いこと」をしてしまった子がいるだけです。自分の目で見て、自分の感覚で確かめ、本当にそうなのかを自分で決める。これは今でも僕の教育の軸になっています。
僕が「不登校」や「問題児」という言葉に違和感を持つのも同じ理由です。「学校へ行っていない」という状態が、その子自身の価値のように扱われてしまう。でも、それはただの一つの状態であって、その子の未来まで決まったわけではありません。
実は僕自身も、何をするにも一生懸命になれず、動けなかった時期があります。だからこそ、「できない」と決めつけられる苦しさが少しわかります。中学校まで問題行動があったからといって、その先もそうだとは限りません。人は変わります。
僕自身、30歳の時にある先輩との出会いで変わりました。小学校5年生頃から少しずつずれていった自分の人生が、ようやく戻り始めた感覚がありました。たった一人との出会いで、人は変わります。だから僕は、人を諦めることができません。
人を変えることは簡単ではありませんが、その人が変わる可能性を持てる環境をつくることはできます。僕は19年間、それをずっとやってきました。
第2章:人は環境によって育つ 〜足りなかったのは能力ではなく、環境だった〜
最初は誰も期待していなかった子が少しずつ変わり、学校に来ることすらできなかった子が自分の未来について語るようになる。教育の現場で、僕はそんな場面を何度も見てきました。僕が何か特別な魔法を使ったわけではありません。本人が本来持っていたものが出てきただけであり、僕が変えたのはその人自身ではなく「環境」でした。
環境とは、単に教室が綺麗かどうかの物理的な場所のことではありません。「どんな言葉をかけられるのか」「どんな人間関係の中にいるのか」「失敗した時にどう扱われるのか」。そういった、毎日受け取り続けるもの全てです。
いつも悪口を言う場所にいれば人を見る目が変わり、挑戦を認める場所にいれば失敗への怖さが減るように、人は環境に合わせて自分を作っていきます。だから僕は、本人を変えようとする前に、その人がいる場所を見ます。
「言葉は映像を生み、映像は感情を想起し、感情は人格を形成する」 これは僕が大切にしている言葉です。「どうせ無理」「向いていない」と言われ続けた人は、いつか自分でもそう思うようになります。反対に、「できるかもしれない」「前より成長した」という言葉を受け取り続けた人は、自分の可能性を見ることができます。
ただ、根拠のない励ましや意味のない褒め言葉を言えばいいわけではありません。僕が何より大切にしてきたのは「納得」です。自分が納得していないことは、人は変えられません。だからこそ、最初に「僕はこういうことを大切にする」「こういう行動は許さない」という基準を伝えます。感情で怒るのではなく、基準に沿って伝える積み重ねが納得につながるのです。
企業理念や学校目標が掲げられているだけで、日常で誰も意識していないなら意味がありません。言葉は、行動になって初めて力を持ちます。だから僕は、子どもたちとの最初の関わりで「この一年で変わろう」と必ずゴールを決めました。目的地がわからない場所では人は走れません。
そして、そこへ向かうための「行動基準」を作りました。「丁寧で気持ちの良い挨拶をする」「毎日の掃除を一緒にする」「ミスをしたら素直に謝る」。表面的な行動ではなく、その奥にある「丁寧で気持ちの良い」「一緒に」「素直に」という、人として大切な部分を伝えるためです。
人は育てられるのではなく、育つ環境があることで自分自身で育ちます。教育者の仕事は、その人が自分の力で変わっていける場所をつくることです。
第3章:「選ぶ力」をもち、「選ばれる人」になる 〜僕が育てたかったのは、言うことを聞く人ではない〜
僕が最終的に身につけてほしいと思っていたものは、「選ぶ力」です。
学校生活を楽しくすることや提出物を出させることも大切ですが、それはゴールではありません。彼らはいつか僕の元から離れて社会に出ます。その時に横にいて指示を出すことはできないからこそ、自分自身で考え、選択できる人になってほしかったのです。
最近「今の若者は主体性がない」とよく言われますが、主体性とはゼロから何かを生み出す能力ではありません。経験や失敗、出会った人を材料にして、その時の自分に必要なものを選ぶ力。困難にぶつかった時、諦めたり逃げたりする選択肢もある中で、「もう一度挑戦する」「やり方を変える」という選択ができること。それが僕の考える主体性です。
そしてもう一つ、「選ばれる人になる」ということも大切にしていました。これは他人の評価を気にするという意味ではありません。自分がこうありたいと思う姿になるために行動し、その結果として進学先、会社、仲間から「選ばれる」。その順番が大切です。
人生で困った時に自分を助けるのは、知識や学力だけではありません。自分を客観的に見る力、相手を思いやる力、立ち直る力。僕はこれを「非認知能力」という言葉で後から知りましたが、僕はずっとこの人間の土台となる部分の指導が好きでした。
「この子が将来困った時、自分で選択できるか」。だから僕は正解を渡しませんでした。僕と出会った後に彼らが悩み、失敗した時に、「あの時、先生が言っていたことはこういうことだったのか」と思い出してくれたらいい。「選ぶ力をもち、選ばれる人になる」。これが僕の教育のゴールであり、それを実現するための手段が環境設計でした。
第4章:環境設計メソッド 〜人を変えるのではなく、人が育つサイクルをつくる〜
「結局、具体的に何をすればいいのか」。そう思われるかもしれませんが、僕の環境設計メソッドは決して特別な魔法ではありません。やること自体はとてもシンプルですが、多くの人が続けられません。なぜなら、環境をつくるということは、相手を変えることではなく「自分自身が関わり続けること」だからです。
流れは以下の繰り返しです。
ゴールを示す(目的地がわからないと頑張れない。変わる可能性を信じさせる)
行動基準を示す(挨拶、掃除、謝罪など、行動の奥にある価値観を共有する)
時間を共有する(授業外の時間を全て使い、怒るためではなく「褒めるため」「できた瞬間を見逃さないため」に見る)
フィードバックし、メタ認知させる(「何がいけなかったと思う?次はどうする?」と自分自身の言葉で整理させる)
新しい行動基準を設定する
僕は「叱る」という行為には、時間を共有するという資格が必要だと思っています。普段何も見ていない人から怒られても納得できませんが、毎日見て、成長を願っている人の言葉は届きます。許さないなら叱りません。もっと良くなると信じているから伝え、考えさせるのです。
人は誰かに答えを言われ続けても成長しません。自分で気づいたことしか身につかないからです。僕がしたことは、育つ可能性がある場所をつくったことだけです。人は変えられませんが、人が変わる環境はつくれます。
第5章:人は管理されるほど弱くなる 〜主体性を奪わない組織づくり〜
人が育つ仕組みは、学校でも会社でも本質的には変わりません。「指示されないと動けない」と言われる若者も、最初から主体性がないわけではありません。彼らが変わるのは、「自分で考えることが許される環境」になった時です。自由があるからこそ、人は主体性を持ちます。
自分がいない場所でも、その人が自分の力で進めるように、僕はすぐに答えを教えず「あなたならどうする?」と問いを渡してきました。失敗する機会を奪ってはいけません。
会社で上司が全部決めて細かく管理すれば、一時的には良いマネジメントに見えるかもしれません。しかしそれを続けると、人は「言われたことをやる人」になってしまいます。「主体性がない人」を作っているのは、本人ではなく「挑戦したら怒られる、意見を言ったら否定される」という環境の場合が多いのです。
だからこそ、リーダーが最初に変えるべきは部下ではなく環境です。結果や数字だけを見るのではなく、その人がどんな思いで行動しているのか、何につまずいているのかを見る。リーダーの役割は答えを出すことではなく、その人が自分の答えにたどり着ける環境をつくることです。人は管理されるほど失敗を避け、信頼されるほど挑戦します。
第6章:育つ環境には、育てる人がいる 〜一人との出会いが、人の人生を変える〜
環境は勝手には生まれません。そこには必ず「誰かが信じ、誰かが見続ける」という人の存在があります。僕にとってその存在の大きさを教えてくれたのは、30歳の時に出会った一人の先輩でした。
小学校5年生から人生の歯車がずれ、どう頑張ればいいかわからなかった僕を、その先輩は否定せず、過去で判断しませんでした。魔法の言葉をかけたわけではなく、僕自身が気づいていなかった可能性を、先に信じてくれていたのです。
その経験があるからこそ、僕は子どもたちを見る時に「この子には、まだ自分でも気づいていないものがある」という視点で見てきました。問題行動を見るのではなく、誰にも見えていない小さな変化や成長を見つけられるかどうかが、環境をつくる人の役割です。
教育者とは人を育てる人ではなく、その人が自分で育つことを信じて環境を整え、成長の瞬間に立ち会う人です。「あの時、あの人が信じてくれたから」と思ってもらえる存在になりたい。仕組みや制度だけでは人は育ちません。最後に必要なのは「あなたならできる」と本気で信じる人の存在です。
最終章:僕は、これからも人を変えようとは思わない 〜環境が変われば、人は自分の力で歩き出す〜
もし、人を簡単に変える魔法があるなら、教育や組織づくりで悩む人はもっと少ないはずです。人は思ったようには変わらないし、本人が動かなければ変化は起きません。僕が変えようとしていたのは、相手の行動や考え方までコントロールしようとする「自分の思い通りにすること」だったのではないかと気づいた時、教育者やリーダーができることの限界を知りました。
でも、その限界を知った時にできることが見えてきました。それが、環境をつくることでした。
僕自身、たった一人との出会いで人生が変わりました。人の可能性は、本人すら気づいていないことがあります。信じてくれる人がいることで、人は初めて自分を見ることができます。
環境設計という言葉を使っていますが、僕が伝えたいことはとてもシンプルです。人を大切にすること、可能性を諦めないこと、目の前の人を見ること、約束を守ること。特別な技術ではなく、日々の小さな関わりの積み重ねが人を育てます。
卒業後、「先生と出会えてよかったです」と連絡をくれる子がいますが、僕が変えたわけではありません。その子自身が自分の力で歩き出しただけで、僕はそのきっかけになる場所にいただけです。教育とは、相手の人生を背負うことではなく、その人が自分の人生を歩けるように背中を押すことです。
だから僕は、これからも人を変えようとは思いません。誰かを自分の理想に近づけようとは思わない。ただ、その人が自分らしく成長できる環境、もう一度挑戦できる場所、自分の可能性を見ることができる場所をつくり続けたい。
人は環境によって育ちます。 だからこそ、人が育つ環境をつくる。 それが僕の教育であり、僕がこれからも続けていくことです。