救急車は静かになれない
生まれて初めて救急車に乗りました。
朝から腰が痛かったのですが、「そのうち治るだろう」と思っていました。
ところが時間が経つにつれ、痛みはどんどん強くなり、ついには立つことも歩くこともできなくなりました。寝返りを打つだけで悲鳴が出る。自分の足なのに、自分のものではないようでした。
母が近所の病院から車椅子を借りてきてくれましたが、その車椅子に乗ることすらできません。
かかりつけ医に電話すると、「それは救急車を呼んでください」と即答。
念のため、「救急車を呼ぶべきか迷った時の相談窓口」にも電話しました。
返ってきた答えは、やはり同じでした。
「すぐ119番してください。」
人生で初めて、自分のために救急車を呼びました。
ただ、私はどこか申し訳ない気持ちでした。
命に関わる病気でも、大事故でもない。ただ腰が壊れただけなのに、救急車を呼んでいいのだろうか。
119の方に、
「生死に関わる感じじゃないので、サイレンだけ消せませんか……」
と聞いてみました。
「それはできません。」
間髪入れない返事でした。
そして到着した救急車は、想像の五倍うるさかった。
近所の人たちが次々と外へ出てきます。
「大丈夫!?」
「何があったの!?」
ストレッチャーで運ばれながら、私は心の中で、
「ただ腰が終わっただけなんです……」
と、一軒一軒に謝っていました。
病院で痛み止めの注射を打ってもらい、なんとか帰宅。
ようやく一息ついたところで、父が私を見るなり言いました。
「で、救急車に乗ってみて一句できた?」
心配より先に俳句を求めてくる。
その瞬間、「ああ、家に帰ってきたんだな」と思いました。
もちろん、そのときは痛みのほうが勝っていたので、俳句どころではありませんでした。
でも今になって思えば、救急車のサイレンより、父のその一言のほうが、ずっと耳に残っています。
#創作大賞2026
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