プレイングマネージャー
職場で救急救命講習があった。
胸骨圧迫や心肺蘇生の講習は何度も受けてはいるが、たまにしておかないと忘れるし、内容もアップデートされていくので、退勤時間間際だったが参加することにした。
練習用の人形の周りに既に皆が座わって待っていて、僕もちょこんと床に腰をおろす。
若い講師役二人が話を始める。
慣れない説明に、たまにウケながらそれを聞いた。ひとつひとつ再確認は、やっぱり必要だ。
僕は皆と同じ床に座って聴きながら、今までとの僅かな違いを感じていた。
ついこの間まで、というかここにちょこんと座るまで、僕も皆と同じフィールドに立っているつもりだった。
ところが講師役の若い先生や、参加している先生たちを、どこか“見守るような視線”で見ている自分がいることに気がついた。
今までなら黙って見ていたかもしれない場面で、 「そこはこうしたほうがいいかもなあ」 と、自分の知っていることを自然に伝えたりした。
別に知ってるからと口やかましくなろうとしたわけじゃない。まして僕は用務員だし、この仕事にそこまで思い込んでいるわけでもない。 そもそも自分は、用務員である前に「原発避難者」だという感覚が強い。
この仕事は生活のための手段なのだ。
その思いは、これを書いている今も変わらない。
それなのに、いつの間にか僕には、 “自分が知っていることは渡していこう” という感覚が、この職場の中でも育っていた。
これは、自分でも驚くべき発見だった。
六十という年齢は、人を少しずつ同じフィールドの外側へ移動させるのだろうか。
もちろん、完全に現場を離れるわけではないし、そんなつもりはさらさらない。 僕もまだ現場のプレイヤー。
けれど同時に、ベンチやコーチャーズボックスの視界を持ち始めたような気がちょっと“してしまった”のだ。
全体を見て、必要なら支え、知っていることを渡していく。
プレイングマネージャー。
大役を引き受けたようなつもりは毛頭ない。ただ、知っていることはそのままお伝えしておきたいという何も飾らない気持ちがいつの間にか僕に備わっていた。
僕は静かに立ち位置を変え始めているのかもしれない。