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# 第8話 おれは、元々の自分に戻ろうとしていたのかもしれない

    ピットブルに襲われたことがきっかけで、
    すぐに次の部屋を探した。
    2週間後には、別のアパートへ引っ越していた。
    新しい会社にも少しずつ慣れ、店にも馴染んでいった頃だった。
    ある日、キッチンスタッフの1人に聞かれた。
    「猫好き?」
    「うん、好きだよ。くれるの?」
    冗談っぽく返すと、
    「最近生まれた子がいて、里親を探してるんだよね」
    そんな話だった。引っ越したばかりで、家に帰っても1人。
    「それも悪くないかもな」
    そう思って、引き取ることにした。

    話しているうちに気づいたけど、
    その店は妙に猫好きが多かった。
    しかも、おれが借りたアパートの隣のアパートには、
    今のレストランで働いているサーバーが住んでいた。
    その子もかなりの猫好きで、
    部屋には何匹いるんだってくらい猫がいた。
    たしか、9匹くらい飼っていたと思う。

    最初の1匹を迎えてから、2週間ほど経った頃。
    そのサーバーから、テキストが届いた。
    「今日、猫を引き取りに行くんだけど、
    まだ里親探してる子がいるんだよね。もう1匹飼わない?」
    正直、少し悩んだ。仕事で家を空ける時間も長い。
    1匹だけで留守番させるのは、寂しいかもしれない。
    そう思って、その子も引き取ることにした。

    その日の夜、スタッフがアパートまで猫を連れてきてくれた。
    思っていた以上に小さかった。生後2週間くらいだったと思う。
    その日から、男1人と猫2匹の生活が始まった。
    静かだった部屋に、少しずつ色が増えていった。

    新しく勤めた会社は、
    今まで自分が経験してきた飲食とは、
    少し違っていた。メールでの業務報告。
    エクセルを使った売上分析。数字を見ながら、
    人件費や営業の流れを考える。
    日本でラーメン屋として働いていた頃には、
    あまり触れてこなかった世界だった。
    最初は慣れなかったけど、不思議と嫌ではなかった。
    むしろ、新しいことを覚えていく感覚が楽しかった。
    初めてのことをする時、ワクワクしてしまう。
    たぶん、それは昔から変わらない、
    おれの性格なんだと思う。

    数ヶ月が経ち、
    少しずつその店舗での仕事にも慣れていった。
    そんな頃、もともと店を見ていた人のポジションが変わり、
    歴の浅かった自分が、現場をまとめるような立場になっていった。
    同じタイミングで、日本から新しく入社してくる人たちも増えていた。

    おれは、その人たちのトレーニングをしながら、
    店舗運営も見るようになった。

    でも、今振り返ると、あの頃のおれには良くない部分があった。

    「おれができるんだから、他の人もできるでしょ」
    どこかで、そんな感覚があった。
    でも実際は、思っていた以上に見ることが多い。
    衛生管理。食材管理。スタッフ管理。
    日本で働いていた頃よりも、
    求められる責任の範囲がかなり広かった。
    その中で、責任感のズレを感じて、新人の同僚と衝突することもあった。

    今なら分かる。“できる人”と、“教えられる人”は、
    全然別なんだと思う。
    そんな時、家に帰ると、猫たちがおれを出迎えてくれた。
    なにも考えずにただ撫でる時間。かなり救われていたと思う。
    もし、あの時猫を飼っていなかったら、
    日本に帰るという選択をしていた可能性も、
    普通にあった気がする。

    今振り返ると、あの店舗で一番学んだのは、
    “人に教える難しさ”だったと思う。
    仕事ができることと、それを人に伝えられることは、全然別だった。
    当時のおれは、感覚で仕事をしている部分も多かった。
    だから説明も、「こんな感じっすね」みたいな、
    かなり感覚寄りだったと思う。
    でも、自分の中で分かっていることを、
    相手に伝わる言葉に変換するには、それなりのスキルが必要なんだと、
    後になって気づいた。
    今なら、かなり分かる。感じていることを、
    ちゃんと言葉にすることの大切さを。
    あの頃は、仕事中も余裕があるように振る舞っていたけど、
    実際はかなり必死だった。見えていないところで、
    ずっと頭を回していた気がする。

    もともと店舗を見ていた人は、
    その後、各店舗を回りながら問題点を指摘する、
    スーパーバイザーのような立場になっていた。
    ただ、その人の考え方は、かなり“こうあるべき”が強かった。
    「こうじゃなきゃいけない」「これはルールだから」
    もちろん、ルールを守ること自体は大事だと思う。
    でも、当時のおれには、言っていることと、
    実際の行動が噛み合っていないように見える場面もあった。
    会社からは、社員と従業員で特別な関係を持つことは禁止されていた。
    でも、現実は違った。
    そのズレを、どうしても自分の中で飲み込めなかった。
    昔から、“言ってることとやってることが違う人”の言葉が、
    あまり入ってこない。
    たぶん、そういう性格なんだと思う。
    気づけば、おれはその人から目をつけられていた。
    休みの日になると、店舗の指摘がテキストで送られてくる。
    しかも、かなりの頻度だった。
    少しずつ、気持ちが削られていった。
    ジャマイカでも、ニューヨークでも、
    いろんな人を見てきた。
    でも、結局おれの頭を悩ませるのは、ここでも日本人だった。

    昔から、
    人の視線を強く感じ取ってしまうタイプだった。
    だから余計に、その人の存在が気になるようになっていった。
    以前のおれだったら、我慢するか、感情的になってぶつかっていたと思う。
    でも、あの頃はもう、そういうやり方に疲れていた。
    そこで、直属の上司に相談した。
    テキストのやり取りをスクリーンショットで送り、
    「休みの日でも、常に仕事をしている感覚になってしまって、
    気持ちが休まりません」
    そんなふうに、できるだけ冷静に伝えた。
    不思議だった。
    感情的にならずに、ちゃんと状況を説明できている自分がいた。
    「あ、おれもこういう対応ができるようになったんだな」
    少しだけ、そんなふうに思った。
    後から聞いた話では、
    面接をしてくれた人と直属の上司が、その人に話をしてくれたらしい。
    それ以降、状況は少しずつ改善されていった。

    そんな感じで、
    少しずつ仕事も回せるようになっていった。
    その頃から、休みの日は意識して外へ出るようにしていた。
    公園でバスケをしたり。
    山へ行ったり。湖を眺めたり。
    気づけば、自然のある場所を求めることが増えていた。
    今思えば、おれは人が多い場所に長くいると、
    かなり精神を消耗するタイプだった。
    それに気づいたのは、
    アメリカへ来る少し前くらいだったと思う。
    若い頃は、人が多い場所にいることが、
    “楽しい”だと思っていた。
    でも、年齢を重ねるにつれて、
    自分が本当に落ち着ける場所が、少しずつ分かるようになってきた。
    気持ちが疲れた時に、どうやって自分を整えるか。
    その頃から、自分なりに理解し始めていた気がする。

    店舗異動の辞令は、
    だいたい半年から1年に一度くらいのペースであった。
    でも、その間おれは、
    一度も異動することなく、
    最初に配属された店舗で働いていた。
    もちろん、その店にも愛着はあった。
    でも、1年を過ぎた頃から、
    少しずつこんな気持ちが出てきていた。
    「他の店舗でも働いてみたいな」
    環境が変わることに対して、
    昔からあまり抵抗がない。
    むしろ、知らない場所へ行くことに、
    ワクワクしてしまうタイプなんだと思う。
    そんな中、1年半ほど経った頃だった。
    上司から連絡が来た。「テキサスへの異動って、どう思いますか?」
    「悪くないな」自然と、そんな言葉が出ていた。
    その頃のおれの中には、
    Covid後のアメリカの空気が、かなり強く残っていた。
    ニューヨーク。ロサンゼルス。サンフランシスコ。
    大都市ほど、影響を強く受けているように見えた。
    仕事を失う人。
    物価の上昇についていけなくなる人。
    家賃が払えず、ホームレスになっていく人。
    実際、そういう光景を目にすることもあった。
    その中で、テキサスはまだ、
    少し違う空気を持っているように感じていた。
    オークランドで生活していると、いろんなものが目に入った。
    道に溢れるゴミ。ホームレス。
    サンフランシスコへ行けば、
    ドラッグで壊れていく人たち。路上で叫んでいる人。
    立ったまま、意識を失っているような人。
    最初は、かなり衝撃だった。
    そこで生活していると、
    それが少しずつ日常になっていく。その感覚が、どこか怖かった。
    だから、テキサスへの異動の話を聞いた時、
    「悪くないな」と思えた理由の一つも、
    たぶんそこにあったんだと思う。
    しかも、行ったことのない土地だった。
    だからこそ、自然とワクワクしていた。

    遠方の店舗への異動だったことが、
    正直かなり嬉しかった。
    上司から少し距離ができるだけで、
    気持ちが楽になる感覚があった。
    あの頃のおれは、
    もっと伸び伸び働ける環境を、
    求めていたんだと思う。

    あっという間に、
    その店舗での最終勤務日を迎えた。
    キッチン全体を見ていたおれに、
    スタッフの1人が声をかけてきた。
    「今日、夜飲まないか?」
    嬉しかった。
    その日は、早めに仕事を切り上げて、
    荷造りをする予定だった。
    「いいよ。終わったら連絡して」
    そう言って、おれは先に店を出た。
    アパートへ戻って荷造りをしていると、
    連絡が来た。
    「この家に集合してくれ。何飲みたい?」
    気を遣ってくれているのが、伝わってきた。
    誰が来るのかは知らされていなかった。
    そこへ行くと、4人のスタッフが集まっていた。
    ずっと仲良くやってきたやつもいた。
    何度か衝突したやつもいた。
    でも、そんな相手も、
    最後に来てくれていたことが嬉しかった。
    キッチンスタッフは、
    メキシコやグアテマラなど、
    中南米から来た移民の人たちが多かった。
    みんなが英語を話せるわけじゃない。
    おれも、多少スペイン語を勉強していたから、
    分かる単語はあった。
    でも、全部を理解できるわけじゃなかった。
    それでも、あの場の温かい空気は、
    ちゃんと伝わってきた。
    日本を離れてから、
    ほとんど飲まなくなっていたビールが、
    その日は不思議なくらい進んだ。
    あの時間は、異国で生活していることを忘れるくらい、
    心地よかった。
    Oaklandでの最後の夜は、忘れられない時間になった。

    アパートへ戻ると、
    一気に現実へ引き戻される。
    「……荷造り、終わってない」
    しかも、
    完全に酔っていた。
    もう無理だと思って、
    その日はそのまま寝ることにした。
    次の日、頭痛で目が覚めた。
    完全な二日酔いだった。
    アメリカへ来てから、
    ほとんど酒を飲まなくなっていたおれは、
    「飲んだ後に水を飲まないと次の日きつい」
    そんな基本的なことすら、
    すっかり忘れていた。
    重たい頭のまま、荷造りを再開する。
    猫たちの様子を見ながら、
    荷物を車へ運んでいった。
    その時だった。
    「あ、携帯……部屋だ」
    当時住んでいたアパートは、
    携帯アプリが鍵代わりになっていた。
    つまり、携帯を部屋に置いたまま外へ出たおれは、
    完全に締め出された。
    「やっちゃった……」
    いろいろ試したけど、当然開かない。
    しかも日曜日。管理会社も休みだった。
    部屋の前で立ち尽くしていると、
    ちょうど向かいの部屋の人が出てきた。
    事情を説明すると、
    鍵屋を呼ぶのを手伝ってくれた。
    また、助けられた。
    思い返せば、本当に困った時、
    近くにいる誰かに助けられることが多かった気がする。
    しばらくして鍵屋が来て、
    無事に部屋を開けてもらった。
    全部の荷物を車へ積み終わった頃には、
    たしか午後2時くらいになっていたと思う。
    そこから、テキサスまでの長い移動が始まった。
    猫2匹を乗せて、
    片道25時間の旅。
    とはいえ、最初から無理をするつもりはなかった。
    出発の段階で、
    「今日はここまでにしよう」
    という場所は、なんとなく決めていて、
    事前にホテルも取っていた。
    ただ、二日酔いの身体には、
    その距離ですら十分きつかった。

    ホテルへ着くと、
    必要最低限の荷物と、猫たちを部屋へ運び込んだ。
    旅は始まったばかりだったけど、
    二日酔いもあって、その日は晩ご飯を食べてすぐに寝た。
    次の日の朝。部屋から荷物を運び出そうとすると、
    猫たちは察したように、ベッドの下へ隠れていった。
    たぶん、慣れない車移動が嫌だったんだと思う。
    「ごめんな、もう少しだけ付き合ってくれ」
    そんなことを思いながら、先に荷物を運んだ。
    車の鍵を開けて、荷物を積み込む。
    そして、再び部屋へ戻る。
    もう一度荷物を運ぼうとして、車へ向かった時だった。
    「あれ……開かない」
    見ると、車の鍵は車内に置きっぱなしだった。
    またやった。
    前日は部屋に締め出され、
    今度は車。こういうところ、本当に甘い。
    疲れていたとはいえ、少し深く反省した。
    結局、フロントへ行って、
    鍵屋を手配してもらうことになった。

    数十分後、鍵屋が来て、
    無事に車を開けてもらった。
    でも、その間も猫たちは、
    ずっとベッドの下に隠れたままだった。
    気づけば、チェックアウトの時間も過ぎていた。
    少し焦って、もう一度フロントへ向かう。
    事情を説明すると、清掃スタッフの人が、
    ベッドを動かしてくれた。
    ようやく猫を捕まえることができた。
    朝からいろんな人に助けられていた。
    鍵屋。
    フロント。
    清掃スタッフ。
    ちゃんと感謝を伝えて、
    荷物と猫を車へ積み込む。
    そしてようやく、
    テキサスへの旅を再開した。

    アメリカを車で横断したことがある人なら、
    分かると思う。
    走っても、走っても、
    景色が変わらない。
    何もない荒野が、
    延々と続いていく。
    南カリフォルニアから北カリフォルニアへ移動した時も、
    アメリカの広さは感じていた。
    でも、今回はそれ以上だった。
    「ああ、アメリカって本当にでかいんだな」
    そんなことを、何度も思った。
    日本にいた頃の感覚とは、スケールがまるで違った。
    ただ車を走らせているだけなのに、
    自然の大きさと、人間の小ささを、
    ずっと見せられているような感覚になる。
    地球って広いんだな、とか。
    自分って小さいな、とか。
    そんなことを、ぼんやり考えながら走っていた。

    最初は、車が動くたびに、
    猫たちもずっと鳴いていた。
    慣れない景色。
    慣れない匂い。狭い車内。
    たぶん、かなり不安だったんだと思う。
    でも、移動を続けるうちに、
    少しずつ落ち着いていった。
    気づけば、窓の外を眺める余裕も出てきていた。
    なんとなくだけど、
    顔つきも少したくましくなっていた気がする。
    環境に慣れていくのは、人間だけじゃないんだなって思った

    山あり谷ありだった、
    25時間の旅も終わり、
    ようやくテキサスへ到着した。
    2024年から過ごした、Oaklandでの生活も、
    ここで一区切りだった。
    危ない空気。緊張感。
    気を張りながら過ごした日々。大変なことも多かった。
    でも、あの街で生活した時間は、
    間違いなく今のおれを作っていたと思う。
    そして、また新しい土地での生活が始まろうとしていた。

    初日はホテルへ泊まり、次の日にはそのまま引っ越し。
    テキサス店で店長をしていた前任のマネージャーが住んでいたアパートを、
    おれがそのまま引き継ぐ形になっていた。
    その人は、おれと入れ替わる形でカリフォルニアへ戻る予定だった。
    気づけば、引っ越し作業にもかなり慣れていた。
    荷物を運ぶ手順。
    猫たちを落ち着かせる流れ。
    どこに何を置くか。
    そんなことを、ほとんど感覚で動けるようになっていた。
    今回は特に大きなトラブルもなく、
    スムーズに荷物を運び終え、
    アパートの引き継ぎも完了した。

    テキサスへ来て、不思議な感覚があった。
    朝の匂いが、小学生の頃の夏を思い出させた。
    どんな匂いか、うまく説明するのは難しい。
    夏の朝の気温。少し湿った空気。草の匂い。
    たぶん、そういうものが混ざった空気だったんだと思う。
    外へ出た瞬間、「あ、懐かしい」って感覚があった。
    海外なのに、どこか昔の記憶と繋がる。
    不思議だった。
    でも、その空気は、おれを落ち着かせると同時に、
    子供の頃の夏休みも思い出させてくれた。
    理由もなく、朝から外へ出たくなる感じ。
    何もしてないのに、なんだか楽しかった頃の感覚。
    そんな空気を感じるたびに、自然と笑顔になっていたと思う。

    店舗の引き継ぎ期間は、およそ10日間。
    短い時間の中で、店の流れや、
    スタッフの雰囲気、運営方法を確認していく。
    また新しい環境が始まる。
    そんな感覚だった。
    いよいよ引き継ぎ作業か、と思っていた。
    でも、始まったのは、
    なぜかトレーニングだった。
    前任のマネージャーは、
    かなり昭和の職人気質な人だった。
    こだわりも強い。
    最初は名字で呼ばれていたのに、
    気づけば、「君さ」
    名前ですら呼ばれなくなっていた(笑)
    「まだこういう人いるんだな」
    そんなことを思っていた。
    でも、不思議と嫌な気持ちだけではなかった。
    音楽をやっていた頃も。
    日本のラーメン屋で働いていた頃も。
    こういうタイプの人は、
    何人も見てきた。
    だから、対応の仕方も分かっていた。
    余計なことは言わない。
    とりあえず、元気よく返事をする。
    10日しかない引き継ぎ期間で、
    わざわざ揉めるのも面倒だった。
    「あれ、おれまた大人の対応してるな(笑)」
    そんなふうに思えるくらいには、
    少し余裕もできていた。

    そんな慌ただしい引き継ぎ期間の中で、
    現地に住んでいる日本人女性2人組が、
    YouTubeの撮影で店へ来ていた。
    前任のマネージャーが、取材を受けていた。
    その様子を横目で見ながら、
    おれは普通に仕事をしていた。
    すると、そのうちの1人から声をかけられた。
    「今度、ご飯でもどうですか?」
    そんな流れで、前任のマネージャーと、
    その女性、そしておれの3人で、
    焼肉へ行くことになった。
    当日、待ち合わせをして食事が始まる。
    でも、前任のマネージャーが、ほとんど喋らない。
    「あ、たぶん緊張してるんだな」
    なんとなくそう察して、
    自然とおれが会話を回していた。
    食事会も終わり、
    その後は前任のマネージャーと2人で、
    近くのバーへ行くことになった。
    そこで、ぽつっと言われた。
    「おれ、人見知りなんだよね。
    助かったわ」
    「なんとなく分かってました(笑)」
    そんな会話をした気がする。
    不思議なもので、
    その日を境に、
    “君”と呼ばれていたおれは、
    名字に“さん付け”で呼ばれるようになった。
    なんとなく、
    認められたような気がして、
    少し嬉しかった。

    そんな日々を過ごしているとあっという間に引き継ぎは終わる。
    前任のマネージャーはカリフォルニアへ出発した。

    繁忙期に入る直前、ベテランスタッフが入院。
    さらに、スタッフが2人辞めた。
    求人を出しても、なかなか人は来ない。
    気づけば、「今年は気合いで乗り切るしかない」
    そんな空気になっていた。
    毎日、追われるように働いていたと思う。
    気づけば、休みの日も、仕事のことばかり考えていた。
    それでも、なんとか繁忙期を乗り越えた。
    でも、個人的には、
    ここからさらに怒涛の日々が始まった。
    テキサスへ来る前から、
    滞在資格更新の手続きを進めていた。
    会社が依頼している弁護士とも、
    8ヶ月前から話をしていた。
    もともとは、
    アメリカ国内で更新する予定だった。
    でも、期限が近づいても、
    弁護士側からなかなか連絡が来ない。

    こちらから確認しても、返事がない。
    するとある日、会社の人事担当から連絡が入った。
    「アメリカ大使館側から、
    追加資料を求められていて、
    手続きが終わらないみたいなんです。
    急で申し訳ないんですが、日本で更新してもらってもいいですか?」
    「まじか……」
    日本へ帰ること自体が嫌だったわけじゃない。
    ただ、考えることが多すぎた。
    店舗の引き継ぎ。航空券の手配。猫をどうするか。
    そういう細かいことを、
    全部まとめて考えるのが、とにかく面倒だった。
    だからこそ、できればアメリカ国内で終わらせたかった。
    でも、更新しないわけにはいかない。
    結局、日本へ一時帰国する方向で話が進んだ。
    「申請書類が揃うのは3月半ばです。
    4月16日までに更新できるようお願いします」
    そう言われ、3月末に日本へ帰国し、
    4月半ばにアメリカへ戻る予定を立てた。
    しかも、引き継いだアパートの契約は5月まで。
    つまり、日本から戻った後、
    また部屋探しもしなければいけなかった。

    猫たちは、日本人の同僚にお願いして、
    おれが住んでいたアパートで面倒を見てもらうことになった。
    本当にありがたかった。
    ただ、そこから別の問題が出てくる。
    航空券が異常に高い。
    中東情勢の影響もあったと思う。
    しかも時期は春休みシーズン。
    もともと航空券代が高くなりやすい時期だった。
    値段を見て思わず声が出た。「直通で30万!?」
    さすがに厳しかった。引っ越しも控えている。
    今の状況で、その出費はかなり重かった。
    結局、その中でも値段の安い航空券を購入し20時間かけて、
    台湾経由で日本へ帰ることにした。

    いよいよ、
    日本帰国当日。2年ぶりの日本。
    ……の前に、まずは修行の時間が始まる。
    昔から、飛行機に乗る時は、
    “我慢大会”みたいな感覚がある。
    チェックインで並ぶ。出国手続きで並ぶ。
    搭乗前も待つ。
    着いてからも、入国審査。
    荷物受け取り。外へ出るまで、また待つ。
    しかも今回は、台湾経由。
    トランジットの待ち時間まである。
    「修行はまだ続くのか……」
    そんなことを思いながら、
    空港へ向かっていた。

    無事に搭乗するまで、
    しっかり待たされた。
    飛行機へ乗り込む頃には、もうかなりクタクタだった。
    台湾へ向かう機内では、少しでも寝ようと思っていた。
    でも、昔からおれは、ああいう環境で熟睡できない。
    結局、
    映画を見る。
    途中で寝る。
    また起きる。
    少し映画を見る。
    また寝落ちする。
    そんなことを繰り返しながら、
    時間を潰していた。

    気づけば台湾へ着き、
    そこから日本へ。
    長かった移動も、
    ようやく終わった。
    空港には、
    地元の友達が迎えに来てくれていた。
    最近どうなの?そんな話をしながら、そのまま地元へ向かう。
    腹も減っていたので、
    昔よく行っていたラーメン屋へ行くことになった。
    「やっぱりうまいな」
    そこでようやく、日本へ帰ってきた実感が少しずつ湧いてきた。
    その後、時間もあったので、
    地元の銭湯へ行こうという話になった。
    その銭湯は、
    小学生くらいの頃から通っていた場所だった。
    でも、SNSで、
    3月いっぱいで廃業するという話を見ていた。
    番台には、いつものおばちゃんが座っていた。
    白髪は増えていた。
    でも、雰囲気は昔のままだった。
    風呂を出た後、少し話をした。
    「なんで閉めちゃうの?
    昔から通ってたから寂しいよ」
    そんなことを言うと、
    「ありがとうね」と返ってきた。
    でも、感謝したいのは、こっちの方だった。
    ここには、たくさん思い出がある。
    「こちらこそ、ありがとうだよ」
    そう伝えた。

    あの日は、“時代が流れていく”
    感覚を、いつもより強く感じた日だった。
    最後のタイミングで、帰って来られてよかったと思う。
    銭湯をでて実家に帰る。

    両親も、
    変わらず元気そうだった。
    それだけで、少し安心した。
    次の日には、
    ビザ更新の手続きが控えていた。
    だから、その日は早めに寝ることにした。
    ……が、
    夜中に目が覚める。完全に時差ボケだった。
    結局、朝までほとんど眠れなかった。
    せっかくだし、
    朝ごはんでも食べようと思い、
    早朝の街を散歩することにした。
    向かった先は、松屋。朝5時。
    その時間から、こんな定食が普通に食べられる。
    しかも、ちゃんとうまい。
    ファストフードなのに、クオリティが高い。
    「ああ、日本やっぱりすごいな」
    そんなことを思っていた。
    食事を終えて、店員さんに
    「ごちそうさまでした」
    と伝えて店を出る。
    たぶん、かなりいい顔をしていたと思う。

    一方で、日本独特の空気感への違和感も感じていた。
    コロナ以降に感じていた、
    ニュースの空気、同調圧力、重たさ。安心感はある。
    でも同時に、息苦しさのようなものもある。
    その両方を感じられるようになったのは、
    外に出たからこそだった。

    何事もなく、
    ビザの更新も完了した。
    これで今回のミッションは終了。

    日本へ帰国する少し前、
    タイミングよく、
    昔お世話になったKさんから連絡が来た。
    「帰ってくるタイミングあるなら、飯でも行こうよ」
    そんな連絡だった。
    素直に嬉しかった。
    昔の自分を知っている人が、変わらず声をかけてくれる。
    それだけで、なんだか安心する。
    久しぶりに会ったKさんとは、
    食事をしながら、
    世界情勢の話なんかをしていた。
    外に出てからなのか、
    年齢なのか。
    昔より、そういうニュースを自然と気にするようになっていた。
    でも、こういう話題って、
    話せる人と、
    全く話せない人で、
    かなり分かれる気がする。
    だからこそ、
    そういうテーマについて、
    人の考えを聞ける時間は、
    おれにとってかなりありがたかった。

    地元の連中とも、
    久しぶりに飲みに行った。
    話している内容は、
    相変わらずしょうもない。
    でも、それがよかった。
    何も考えずに、ただ笑っていた。
    気を遣うわけでもなく、
    無理に自分を作るわけでもない。
    ああいう時間は、
    思っていた以上に、
    ちゃんと心を軽くしてくれるんだと思う。
    地元を離れて、
    1人で生活するようになったからこそ、
    何も考えずに笑える相手がいることのありがたさを、
    改めて感じていた。

    友達夫婦とは、
    定期的に電話では話していた。
    でも、やっぱり実際に会って話す時間は、
    全然違った。
    昼頃にお邪魔したはずなのに、
    気づけば夜の9時になっていた。
    時間が飛んでいた。
    たぶん、あの柔らかい空気が、
    居心地よかったんだと思う。
    無理に盛り上げるわけでもなく、
    自然体でいられる。そんな時間だった。
    気づけば、あっという間に時間が過ぎていた。
    海外へ出てから、
    “居場所”について考えることが増えた。
    でも、あの日ふと思った。
    ちゃんと、いろんな場所に居場所はあるんだなって。

    今回の帰国では、
    昔同棲していた子とも久しぶりに会った。
    日本を離れる前から、
    みんなで集まることはあったけど、
    2人でゆっくり話すのはかなり久しぶりだった。
    今も1人でいると聞いて、
    なんとなくランチに誘った。
    ご飯を食べて、
    買い物に付き合ってもらって、
    最後は近くの川辺でビールを飲みながら話していた。
    不思議な感覚だった。
    昔はもっと近い距離にいたはずなのに、
    時間が経つと、
    関係も少しずつ形が変わっていく。
    でも、嫌な感じは全くなかった。
    むしろ、ちゃんと時間を重ねたからこその、
    落ち着いた空気があった。

    今回の帰国で、
    ひとつ強く感じたことがあった。
    それは、
    “昔と今の距離感の違い”だった。
    地元の連中も、良くも悪くも、
    みんな歳を重ねていた。
    昔は、週1くらいのペースで集まって、
    何も考えず遊んでいた。
    でも、2年ぶりに会ってみると、
    どこか感覚が違う。
    もちろん、
    嫌な違和感ではない。
    ただ、昔と全く同じではなかった。
    みんなそれぞれ、生活があって、
    考え方も少しずつ変わっている。
    でも、たぶん一番変わったのは、
    おれ自身なんだと思う。
    海外で生活するようになって、
    1人で過ごす時間が増えた。
    その分、
    自分と向き合う時間も増えた。
    昔は気づかなかったことに気づいたり、
    逆に、昔ほど無理をしなくなった部分もある。
    だからこそ、昔と同じ景色を見ても、
    感じることが少しずつ変わっていた。
    うまく言葉にはできないけど、
    “時間が流れた”
    というより、
    “自分が変わった”
    そんな感覚の方が近かった気がする。
    それでも、地元はやっぱり好きだった。
    アメリカに住んでいても、
    胸を張って、
    「ここがおれの地元だよ」って言える。
    「おれの友達、最高だよ」って言える。
    それは、昔から変わらない、おれの自慢なんだと思う。

    懐かしい時間も、あっという間に過ぎていった。
    気づけば、日本滞在最終日。
    空港までは、
    仲の良い後輩が送ってくれることになっていた。
    空港へ着いて、チェックインを済ませる。
    まだ少し時間があったので、
    タバコを吸いながら、
    いつものしょうもない話をしていた。
    でも、どこか胸の奥がモヤモヤしていた。
    後輩と別れてからも、
    何かに引っ張られているような感覚が残っていた。
    飛行機へ乗り込み、アメリカへ向かう。
    その時、ふと思った。「あ、おれ寂しいんだ」
    久しぶりに会った友達。地元の空気。
    何も考えず笑える時間。そして、言葉が自然に通じる環境。
    離れてみて、ようやく気づくこともあるんだと思った。

    人生で初めてだった。
    アメリカから日本へ帰って、またアメリカへ戻る。
    その時、初めて“日本を離れる”って感覚が自分の中に湧いていた。
    アメリカへ戻ってからも、どこか気持ちが落ち着かなかった。
    でも、現実は待ってくれない。
    新居を探さなければいけなかった。
    帰国した次の日から仕事。
    気持ちはどこか浮ついたままだった。

    その翌日が休みだったので、
    事前に気になっていた物件を見に行くことにした。
    車を走らせながら、
    ふと、中学生くらいの頃によく聴いていた曲を流した。
    気づけば、自然と口ずさんでいた。
    すると、なぜか涙が出てきた。
    中学の頃、地元の友達とアルバムを交換して聴いていたこと。
    何も考えず集まっていた時間。
    そんな景色が、一気に頭の中へ戻ってきた。
    たぶん、寂しかったんだと思う。
    でも同時に、遠くにいても、
    みんなそれぞれ頑張ってるんだよな、とも思った。
    「おれも頑張るから、お前らも頑張れよ」
    そんな気持ちになっていた。

    昔どんな曲を聴いていたかなと思って、
    最近よく昔の音楽を流している。
    ケツメイシ、Dragon Ash、ジャパニーズレゲエ、10feet。
    シャッフルで流しているだけなのに、
    気づけば体でリズムを取っていて、
    自然と歌詞を口ずさんでいた。
    その時にふと思った。
    「ああ、おれ本当にこの音楽が好きだったんだな」
    昔は、ただ“かっこいい”と思って聴いていた気がしていた。
    でも改めて聴き返してみると、
    ちゃんと歌詞も入ってきていたし、
    その時の自分の感情とも重なっていた。
    ただ盛り上がる曲だけじゃなく、
    ミディアムテンポで、
    感情や想いがちゃんと乗っている曲にも、
    昔から惹かれていたんだと思う。 ケツメイシの『涙』や『太陽』。
    レゲエを好きになったのも自然なことだったんだと思う。

    そして、高校生くらいの頃によく聴いていた、 10-FEET。
    最初は、単純に音がかっこよかった。
    ベースやドラムのリズム。 そのグルーヴに、 自然と身体が反応していた。
    高校生の頃は、ただ音に乗っていただけだった。
    今は歌詞が昔の自分に重なる。

    “助けて”のその一言は僕の存在を否定するものそんな誓い
    とんだ勘違い誰も独りで生きていけない
    助け求めた君に求めたそして自分にもまた求める
    まだ戻れる また訪れる あの river-ver, river”

    「まだ戻れる。また訪れる」って歌詞が、なんだか妙に心に残る。
    たぶん、昔の自分は、もっと自然に音を感じて、
    もっと自然に今を楽しんでいたんだと思う。

    今になって歌詞を聴き返すと、
    あの頃とは違う形で、言葉が入ってくる。
    その空気の中に入ることで、
    自分の感情が自然と動いていた。
    だから、久しぶりに聴き返した時、
    ただ懐かしいだけじゃなく、
    あの頃の自分の感情まで一緒に蘇ってきた。
    中学の頃、誕生日にもらった『涙』のCD。
    『カラス』を聴いていた時の景色。
    何も考えず、その瞬間を全力で楽しんでいた頃の自分。
    でも面白いのは、“昔に戻りたい”わけじゃないということ。
    むしろ今は、昔感じていた感覚を、
    今の自分でもう一度感じ直しているような感覚に近い。
    大人になると、考えることが増える。
    仕事。
    責任。
    将来。
    お金。
    周りからどう見られるか。
    そういうものに追われているうちに、
    “今を感じる感覚”
    が少しずつ薄くなっていたんだと思う。
    でも、音楽を聴いている時だけは違った。
    気づけば歌っていて、体が揺れていて、
    少し気持ちが軽くなっていた。
    その感覚に触れた時、ようやく分かった。
    おれは、新しい何かになりたかったんじゃなく、
    “元々持っていた感覚”を取り戻したかったんだと思う。

    引っ越しも無事に終わり、
    最近ひとつ気づいたことがある。
    おれが求めていた環境って、
    実はもう、少しずつ、自分の周りに揃い始めていた。
    静かな部屋。自然に落ち着ける空間。
    好きな音楽。猫たち。
    無理に誰かに合わせなくてもいい時間。
    昔の自分は、“どこかへ行けば何か変わる”と思っていた。
    海外へ行けば。環境を変えれば。
    新しい人に出会えば。
    もちろん、それで得た経験もたくさんある。
    でも今感じるのは、環境って「どこにいるか」だけじゃなく、
    “どういう状態で生きているか”の方が大事なんだということ。
    何かを成し遂げた時じゃなく、何者かになった時でもなく、
    “今をちゃんと感じられている時”
    おれは満たされるんだと思う。
    昔は外に答えを探していた。
    でも最近は、少しずつ自分の感覚へ戻ってきている気がする。

    猫たちと過ごしている時間もそう。
    2匹は、性格が真逆だ。
    片方は、静かで落ち着いていて、気づけばいつも近くで寝ている。
    もう片方は、自由で明るい。
    突然走り回ったと思えば、気づいた時には、
    窓の外をぼーっと眺めていたりする。
    でも、どちらも今の自分には、欠かせない存在になっている。
    仕事から帰ると、玄関まで迎えに来る。
    ご飯を食べた後は、自然と同じ空間で過ごしている。
    おれが音楽を流しながらぼーっとしていると、隣で静かに寝始めたりもする。
    最近は、猫たちに話しかける時間も増えた。
    「お前たち、幸せそうだな」
    そんな言葉が、自然と口から出る時がある。
    たぶん、見ていると、ちゃんと“今を生きてる”感じがするんだと思う。
    不思議だけど、片方を見ていると、昔の自分を思い出すし、
    もう片方を見ていると、今の自分を見ているような感覚になる。

    多分、人って何かになるんじゃなく、
    元々持っていた感覚に戻っていく生き物なのかもしれない。
    最近は、そんなふうに思う。
    仕事に追われて、余裕がなくなる時もある。
    でも、家に帰って、猫たちが迎えてくれて、
    好きな音楽を流していると、少しずつ元の自分へ戻っていく。
    そんな時間を過ごしているうちに、ようやく分かってきた。
    おれが欲しかったのは、派手な成功や刺激だけじゃなかった。
    自然体でいられる環境。ちゃんと呼吸できる時間。
    無理をしなくてもいい空気。
    それが今、少しずつ自分の周りに揃い始めている。
    そして、今までの経験や、おれの近くにいてくれた人たちが、
    今のおれを作ってくれている。そんなことに感謝しながら、
    今日も生きている。

    #創作大賞2026 #オールカテゴリ部門


     
     
    米国在住|ラーメン屋マネージャー 多国籍の現場で働きながら、仕事や日常の気づきを言葉にしています。 東京の路地とジャマイカの音に影響を受け、これまでの経験と今を行き来しながら、自分の輪郭を探しています。

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