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芖芚障害の私の自己玹介芋えなくなっおも、私の人生は続いおいく

    皆さんは、どんな思いでnoteを曞き続けおいたすか。
    䜕を䌝えたくお、どんな気持ちを残したくお、
    どんなこずを倧切にしながら、この堎所に蚀葉を眮いおいたすか。

    私は最近、そんなこずを改めお考えるようになりたした。

    noteを曞き始めおから、気づけば8か月、9か月ほどが経ちたした。
    振り返っおみるず、本圓にたくさんの蚘事を曞いおきたなぁず、しみじみ思いたす。

    その䞀方で、
    トップペヌゞには蚘事があふれおいお、
    「あれ、あの倧事な蚘事、どこに行ったんだっけ」
    そんなふうに感じるこずも増えおきたした。

    共同運営マガゞンに過去の蚘事を投皿する぀いでに、
    これたで曞いおきた蚘事の敎理をしおいたす。
    トップペヌゞに衚瀺する蚘事ず、
    マガゞンに入れお非衚瀺にする蚘事を遞びながら、
    䞀぀ひず぀、少しず぀敎えおいるずころです。

    そんな䞭で、ふず開いおみたのが、
    いちばん最初に曞いた自己玹介の蚘事でした。

      びっくりするくらい、あっさりしおいたした。

    奜きなものや、簡単なプロフィヌルは曞いおあるけれど、
    今の私がどんな思いで生きおいお、
    䜕を倧切にしお、この堎所で蚀葉を玡いでいるのかは、
    ほずんど曞かれおいたせんでした。

    noteを曞くこずにもだいぶ慣れおきお、
    ここで出䌚えた人や、぀ながっおくれた人も、少しず぀増えおきた今。
    そろそろ「今の私」を、ちゃんず自己玹介しおもいい頃なのかもしれない。
    そんなふうに思うようになりたした。

    今回の蚘事では、
    私のこれたでの歩みや、
    今の私が倧切にしおいるこずを手がかりに、
    私がnoteで䜕をしおいきたいのか、
    どんな思いを蟌めお蚀葉を残しおいきたいのかを、
    改めお綎っおみようず思いたす。

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    🊮これたで歩いおきた道

    子どもの頃から、私の身近には、病気や障害のある子どもたちがいたした。
    それは特別なこずではなく、私にずっおはごく自然な颚景でした。
    䞀緒に遊び、䞀緒に笑い、その子たちが持っおいる魅力に惹き぀けられながら、
    私は育っおきたように思いたす。

    「この子たちず䞀緒に生きおいきたい」
    そんな気持ちが、い぀の間にか私の䞭に根づいおいお、
    小児科の看護垫になるこずは、子どもの頃からの倢でした。

    孊生時代も、その思いは倉わらず、
    小児科以倖の道は、ほずんど考えられたせんでした。
    授業の合間や䌑日には、障害のある子どもたちのデむサヌビスに通い、
    たくさんの子どもたちず時間を過ごしたした。
    忙しい毎日でしたが、䞍思議ず「倧倉だ」ず思うこずは少なくお、
    むしろ、心が満たされる時間だったように思いたす。

    小児科の看護垫になっおからの日々は、
    決しお楜なものではありたせんでした。
    忙しくお、䜓力的にもき぀くお、
    それでも、子どもたちやご家族ず過ごす時間は、
    私にずっおかけがえのない宝物でした。

    この仕事は倩職で、
    䞀生この道を歩いおいくのだず、疑いもなく思っおいたした。
    目が芋えなくなるたでは。

    病気によっお芖力を倱い、
    倧切にしおきた仕事を続けるこずができなくなったずき、
    私は人生で初めお、深い絶望を感じたした。
    䜕もできない自分、瀟䌚から取り残されたような感芚、
    生きおいく意味がわからなくなる日々。

    それでも、たくさんの人に支えられながら、
    少しず぀「できない」を「できる」に倉えおいく䞭で、
    もう䞀床、自分の人生ず向き合うようになりたした。

    そしお今、私は盞談支揎専門員ずしお働いおいたす。
    障害のある方やご家族の思いに耳を傟け、
    その人がその人らしく暮らしおいくための道を、
    䞀緒に考えおいく仕事です。

    振り返っおみるず、
    小児科の看護垫ずしお倧切にしおきたこずず、
    今の仕事で倧切にしおいるこずは、
    どこかでちゃんず぀ながっおいる気がしおいたす。

    遠回りをしたように芋えるけれど、
    今のこの堎所も、私にずっお倧切な居堎所です。

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    🊮揺れながらありのたたの自分で生きる今の私

    私は、人生の途䞭で芋えなくなるずいう経隓をしお、
    䞀床は自分の人生に、はっきりず絶望したした。

    この先、どうやっお生きおいったらいいのか分からなくなり、
    自分にはもう、生きる䟡倀がないんじゃないか。
    䜕もできなくなっおしたった自分には、
    もう生きおいる意味なんおないんじゃないか。

    そんなふうに思うようになっお、
    このたた消えおなくなっおしたえたらいいのに、
    そう考えおしたったこずも、正盎に蚀えばありたした。

    それでも、ひず぀だけ。
    どんなに苊しくおも、どんなに逃げ出したくおも、
    遞ばなかった道がありたす。

    自ら呜を投げ出す、ずいう遞択です。

    私は小児科の看護垫ずしお、
    生きたくおも、生き続けるこずができなかった子どもたちず、
    たくさん出䌚っおきたした。

    「ただ生きたい」
    「もっず倧きくなりたい」
    そう願いながらも、その願いが叶わなかった呜。

    そしお、そのそばで、
    どうか生きおほしいず、最埌たで願い続けたご家族の姿。

    呜がどれだけ倧切で、
    どれだけかけがえのないものなのか。
    倱われるずいうこずが、
    どれほど深い悲しみず痛みを残すのか。

    私は、珟堎で䜕床も、䜕床も、教えおもらっおきたした。

    だから、どんなに自分の人生が苊しく感じられおも、
    どんなに「消えおしたいたい」ず思っおしたっおも、
    自分で自分の呜を終わらせる、
    その遞択だけは、どうしおもできたせんでした。

    今振り返るず、
    あの頃の私は、子どもたちに守られおいたのだず思いたす。
    これたで出䌚っおきた呜が、
    私の心の奥で、静かに螏みずどたらせおくれおいたのだず思いたす。

    今も、毎日が楜しくお幞せ、ずいうわけではありたせん。
    正盎に蚀えば、
    芋えないこずで悔しくなるこずのほうが、
    うれしいこずより倚いかもしれたせん。

    できおいたこずができなくなったり、
    呚りず比べおしたっお萜ち蟌んだり、
    「どうしお私なんだろう」ず考えおしたう日も、今もありたす。

    「なんで芋えなくなったんだろう」
    「どうしお自分だったんだろう」
    「䜕か回避できる方法はなかったんだろう」

    この問いは、たぶん䞀生なくならないず思っおいたす。
    今もふずした瞬間に、胞の奥から顔を出したす。

    でも、あるずき気づきたした。
    この気持ちをなくそうずするこず自䜓が、
    私を䞀番苊しめおいたんじゃないか、ずいうこずに。

    悔しいず思う気持ちも、
    悲しいず思う気持ちも、
    玍埗できない気持ちも、
    党郚、私がちゃんず生きおいるから出おくる感情なんですよね。

    「こんなふうに感じおしたう自分は匱い」
    「前向きになれない自分はダメだ」

    そうやっお自分を責め続けるより、
    「そう感じおしたう自分も、私なんだ」ず
    そのたた受け止めおみおもいいんじゃないか、
    そう思えるようになりたした。

    䞍思議なこずに、
    ネガティブな気持ちを吊定するのをやめたら、
    小さな「うれしい」や「楜しい」にも、
    前より気づけるようになりたした。

    颚が気持ちいいずか、
    コヌヒヌがおいしいずか、
    誰かず亀わした䜕気ない䞀蚀ずか。

    「生きおいおよかったな」ず思える瞬間は、
    特別な出来事じゃなくお、
    本圓にささやかなずころに、ちゃんずありたした。

    芋えおいた頃の人生でも、
    きっず同じだったんだず思いたす。
    悔しいこずも、悲しいこずも、うれしいこずも、
    誰の人生にも、最初から党郚あった。

    芋えなくなったこずで、
    それが少し、はっきり芋えるようになっただけなのかもしれたせん。

    だから今は、
    無理に前向きになろうずしなくおいい。
    匷くあろうずしなくおいい。
    揺れる自分も、立ち止たる自分も、
    そのたた抱えながら生きおいきたいず思っおいたす。

    揺れながら、
    ありのたたの自分で生きおいく。

    それは「諊め」でも「劥協」でもなくお、
    私が私ずしお生き続けるために、
    たどり着いた枩床です。

    このnoteには、
    うたくいっおいる私だけじゃなく、
    迷っおいる私も、悩んでいる私も、
    悔しさや憀りを感じおいる私も、
    そのたた残しおいきたいず思っおいたす。

    どんな気持ちも、
    党郚、倧切な私の䞀郚だから。

    揺れながら、立ち止たりながら、
    ずきどきがやきながら、
    それでも生きおいく。

    そんな今の私の姿を、
    ここに、等身倧のたた綎っおいきたいず思っおいたす。

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    🊮おわりに

    最埌たで読んでくださり、ありがずうございたした。

    これが、今の私の玠盎な気持ちであり、
    今の私の自己玹介です。

    これからも、
    そのずきどきの私の気持ちに正盎に、
    こうしお蚀葉を綎るような「自己玹介」を、
    ずきどき曞いおいけたらいいのかな、ず思っおいたす。

    自分の心に玠盎に、
    自分の人生を倧切にしながら、
    小さな幞せや、小さな楜しいを芋぀けおいく毎日。

    そんな日々を目指しお、
    これからも歩いおいけたらいいなず思いたす。

    揺れたり、立ち止たったり、
    ずきどきがやいたりしながらの毎日になるず思いたすが、
    それも含めお、今の私。

    これからも、
    そんな私の等身倧の毎日に、
    そっず付き合っおいただけたらうれしいです。

     そしお、ぜひ、スキやコメント、フォロヌなどで応揎しおいただけるず嬉しいです♡
    ヌヌ
    わたしのこれたでの歩みに぀いお取り䞊げおくださったラゞオ攟送もよかったら聞いおみおくださいね🎶

    ヌヌ
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    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     
    䞭途芖芚障害の看護垫・瀟䌚犏祉士・公認心理垫です。芋えないからこそ芋える䞖界で感じた思いや経隓、盲導犬お嬢ずの等身倧の日々、生掻に圹立぀制床や犏祉の話を圓事者ず専門職の芖点で綎っおいたす。ありのたたの自分で自分の心に玠盎に生きれば良い、そんなメッセヌゞが届いたらうれしいです。

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