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正しい人

    別れた理由は、たぶん単純だった。
    優しかった彼が、だんだん優しくなくなっただけ。

    最初は小さな違和感だった。
    言い方がきついとか、私のせいにされるとか。
    でも、それに気づいた時には、もう「私が悪いのかも」って思うようになっていた。

    だから別れた。

    それなのに、たった一か月で彼に新しい彼女ができたと聞いた時、胸の奥がざわついた。

    ――早すぎでしょ。

    ムカつきと同時に、別の感情が浮かぶ。

    ――あの子、大丈夫だろうか。

    気づいたら、私はその子のアカウントを探していた。
    共通のフォロワーを辿って、鍵がかかっていないことに少し安心して、DMを送る。

    「突然すみません。彼と前に付き合っていた者です。あの人、最初は優しいけど、だんだん…」

    何人にも、同じようなメッセージを送ったことがある。
    ほとんどは信じてくれなかったし、ブロックもされた。

    それでも、やめられなかった。
    守らなきゃ、って思っていたから。

    新しい彼女達が別れていく度に、
    別れられてよかったと心から安心した。

    また新しい彼女ができていた。
    私は、いつものようにDMを送った。
    でも返ってきた言葉は、少し違った。

    「そういうのやめてください。彼は昔と違うんです。これ以上続けるなら、法的措置を考えます」

    画面を見たまま、しばらく動けなかった。

    ――変わるわけないじゃん。

    そう思いながらも、私はそれ以上送らなかった。

    どうせ、そのうち分かる。
    あの人は、そういう人だから。

     

    それからしばらくして、二人が結婚したと聞いた。

    「彼女がうまくコントロールしてるらしいよ」

    そんな噂も耳に入る。

    ――へぇ。

    少しだけ、胸の奥がざわついた。

     

    ある日、友達に誘われて行った飲み会で、一人の男と出会った。

    穏やかで、話をちゃんと聞いてくれる人だった。
    あの人とは、正反対。

    でもその時は、特別何も思わなかった。

     

    後日、何気ない会話の中で、私は昔のことを話した。

    彼女たちにDMを送っていたことも、全部。

    すると彼は、少しだけ考えてから言った。

    「人の心配もいいけどさ、自分のこと、ちゃんと考えてる?」

    一瞬、言葉が出なかった。

    「もう関係ない人でしょ。その人のことに時間使うより、自分の幸せを考えた方がいいと思う」

    その通りだった。

    私はずっと、“正しいこと”をしてるつもりで、あの人の周りをぐるぐる回っていただけだった。

    未練なんてないと思ってた。
    でも、囚われてはいた。

     

    それから、私は少しずつ変わった。

    新しい人と会うようになって、
    笑う時間が増えて、
    気づいたら、その彼のことを好きになっていた。

     

    数年後、私たちは結婚した。

     

    ある日突然、あの時の彼女からDMが来た。

    「その節はありがとうございました。あの時は信じられませんでしたが、結局離婚しました」

    指が止まる。

    「最初は優しかったんです。でも、少しずつ怒鳴られるようになって、私のせいだと言われるようになって……。気づいたら、私も“自分が悪い”と思っていました」

    呼吸が浅くなる。

    「あの時、あなたの言葉を信じればよかった。今、とてもつらいです。本当にごめんなさい」

    画面を閉じる。

    少しだけ、昔の自分を思い出した。

    ――守らなきゃ、って思ってた。

    でも。

    私はそのアカウントを、そっとブロックした。

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