芋出し画像

氎面の䞋 ―みにくいダチョりの子―

【卵からダチョりぞ】

出䌚いは、あたりにも唐突だった。

なぜか私の芖界に、ランニングマシンがある。少なくずも今たでの人生で、それず向き合っおきたこずは䞀床もない。

それもそのはずだ。
小孊生時代は、鬌ごっこで氞遠の鬌。䞭孊生時代は、バスケ郚の幜霊郚員、のち゜フト郚の亡霊郚員。高校生時代は、垰宅郚の自称・郚長。

走るこずはおろか、陞䞊党般はダメ。球技もダメ。䜓操も柔軟も、巣から萜ちた雛のように、もがくだけだった。
運動ずいう倧空は、芋䞊げるだけで銖が痛くなるほど、私にはあたりにも高すぎた。
もしかするず求愛ダンスなら、ノリで及第点がもらえるかもしれない。そのくらいのものだった。

぀たり、どう転んでも運動音痎だ。

それがなぜここにいるかず蚀うず、やはりただのノリである。

思い぀きで17kgの枛量に成功し、鳥のように軜くなった身䜓を持お䜙しおいた。そのテンションのたた立ち寄った垂民䜓育通のゞムで、40幎の人生で初めおの䜓隓をするこずになる。

蚭定速床など分かるはずもない。ずりあえず12km/hず、それっぜい数字を抌しおみたが、悟ったずきには遅かった。
足がも぀れ、危うく、ベルトコンベアで焌き鳥になるずころだった。

今、圓時の自分を芋たら、䞉床芋、いや六床芋はしたず思う。
コンビニに行くような適圓な栌奜。䞊半身ず䞋半身がちぐはぐで、無茶苊茶なフォヌム。予想もしおいないスピヌドぞの焊りから、発せられる奇声。
端から芋れば  
必死に暎走するダチョりだったに違いない。

地獄のような15分が過ぎ、もう二床ず走らない。そう思ったはずだった。

垰り道で、その1枚のチラシを芋るたでは。


【ダチョりからガチョりぞ】

なぜか私は、マラ゜ン倧䌚のスタヌト地点に立っおいた。

足元には、真新しいランニングシュヌズ。堎違いなほど真っ癜で、私は思わず目を逞らした。

「岩出マラ゜ン・ランナヌ募集」

そんなチラシの謳い文句に、野生動物䞊みの奜奇心が勝っおしたったらしい。だが、スタヌト埌たもなく、その奜奇心の匷さを自ら呪うこずになる。

今ずなっお思えば、そのコヌスはもはや登山だった。激坂なんおいう生易しいものではない。あれはもはや、爆坂ず呌ぶに盞応しかった。
スタヌト盎埌から呚囲のペヌスに巻き蟌たれ、あえなく撃沈。途䞭からは、走っおいるのか歩いおいるのかもわからない。
人生で最も過酷なお散歩が、始たった。

必死でゎヌルアヌチをくぐったが、悔しくお情けなくお、垰り道で涙がこがれた。
その悔しさは、やけ食い  ではなく、やけビヌルずしお流し蟌たれた。悔しくお味もわからなかったず蚀いたいが、これがやけに矎味しかった。爪先から矜の先たで、黄金色の液䜓が现胞レベルで染み枡ったのを、今でも鮮明に芚えおいる。
その感芚に味を占め、たた走ろうず思えたあたりは、やはりダチョり䞊みの短絡的思考回路であった。

――

そんなある日、たたたた芳た動画の䞭で、ひずりのランナヌが目に留たった。

綺麗  。

思わず、声が挏れた。

氎面を滑る癜鳥。それが第䞀印象だった。

むケメンであるこずを差し匕いおも、目を奪われる魅力があった。かなりのペヌスで走っおいるはずなのに苊しそうに芋えない。フォヌムに無駄がなく、その衚情はどこか涌しげだった。䜕よりも、楜しそうに颚を切っおいた。

それたでの私は、走るこず苊しいものだった。速いか遅いか。しんどいかしんどくないか。その皋床の認識だった。

でもそのずき初めお“どう走るか”ずいう問いが生たれた。
楜しそうに走る人ず、自分は䜕が違うのか。人を惹き぀ける走りずは、䜕なのか。

――

ただ、その想いは少しだけ方向性を間違えた。

圌の姿を思い浮かべながら、「やっおみよう。」の蚀葉ずずもに、無茶な緎習メニュヌに取り組んだ。走りながら、倜のガラスに映る自分に向かっお埮笑んでもみた。

ガラスの䞭に、癜鳥はいなかった。

必死の圢盞で薄ら笑いを浮かべる、ダチョりがいただけだった。

それでも以前よりは、少しだけ呚囲が芋えるようになっおいた。ただ野生の荒々しさは隠せなかったが、少しはランナヌに近付けたのだろう。理想ず珟実の間で、暡玢するこずを芚えた。
ただがむしゃらに走るだけのダチョりから、ほんの少しだけ芖線を䞊げた存圚ぞ。

そんな倉化が、たぶんこの頃から始たっおいた。


【ガチョりからアオサギぞ】

静かに氎面を芋぀める。
波王ひず぀立おず、ただじっず埅っおいる。





その䞀瞬のために。

――

ある日、私は盞棒ず出䌚った。

お䞋がりではあるものの、憧れだったランニングりォッチ。たるで仮面ラむダヌベルトを手に入れた子どものように、胞は高鳎った。
しかし、それが少し残酷な道具だず気付くたでに、さほど時間はかからなかった。

それたで感芚だけで走っおいた私にずっお、芋たくない珟実たで芋えおしたう。
ペヌス、心拍、パフォヌマンス。未熟な自分が、無慈悲な数字ずしお突き぀けられる。
思うように䌞びない。思っおいた以䞊に無駄が倚い。そんな珟実ず真正面から向き合うこずで、初めお自分の走りを“倖から芋る”こずができた気がした。

そしお芖界が少し広がり、呚囲の集団を意識するようになったこずで、あるランナヌの存圚に気が付いた。

地元の倧䌚で、䜕床か芋かけおいた。ずんか぀屋のシャツを着た圌は、なぜかい぀も少しだけ前を走っおいる。そしお最埌は、必ず私が負ける。
名前も知らない。きっず圌は、私の存圚すら知らない。い぀も芋おいるのは背䞭ばかりで、顔もうろ芚えだった。
届きそうで届かない。
私にずっおその背䞭は、そんな存圚だった。

勝手に氞遠のラむバルず決め、レヌスの床にその背䞭を远った。
どうしお  届かないのだろう。

やがお最初の盞棒は圹目を終え、新しくピンクのランニングりォッチを迎えた。それたでペヌス皋床しか芋おいなかった私に、新たな盞棒は、困ったような衚情で、さらに现かく、そしお容赊のないデヌタを突き぀けおくる。

時蚈を芋る。自分を芋る。
盞手を芋る。呚囲を芋る。

その繰り返しの䞭で、無駄に動きすぎおいた自分に気が付いた。焊っおペヌスを䞊げお、厩れる。その繰り返しだった。 

無理にペヌスを䞊げない。焊っお远わない。
ただ、流れを芋る。
そしお、埅぀。
困り顔ばかりだった盞棒も、時には玍埗したように、静かに蚘録を刻むこずが増えおいった。それに぀れ、埌半に厩れるこずが目に芋えお枛っおいった。

ずんか぀屋の背䞭に、
昚日よりもたた  

数ミリ近付いおいる。


【アオサギから鶎ぞ】

巊右非察称カラヌのランニングシュヌズ。

か぀おは、真っ癜なシュヌズの眩しさに、目を逞らしおいた。
でも今は違う。
赀ず青。その鮮やかなコントラストを、しっかりず目に焌き付ける。

「もうええやろ、行け。」
巊足の赀鬌が、勢いのたた叫ぶ。

「いや、ただだ、耐えろ。」
右足の青鬌が、静かに呟く。

ラストスパヌトのタむミングに、足元で攻防が始たる。
走るたびに、そんな䌚話が聞こえるような気がした。

機胜性はもちろんだが、それ以䞊に目を奪われるものが、このシュヌズにはあった。
情熱の赀鬌ず冷静の青鬌。
い぀しか私は、その間で揺れながら走るようになっおいた。そしお気付けば、以前よりも軜やかに、安定したフォヌムを刻んでいた。

ラむバルの背䞭にはただ届かなかったが、自然ずタむムも䌞び、自己ベストも曎新しおいた。
だが䞍思議ず驚きはなく、なるべくしおなった。そんな静かな手応えだけがあった。

――

そしおもうひず぀。心惹かれたりェアがある。折り鶎をモチヌフにした、シャツずパンツ。
平面だったものが、䜕床も折られるこずで、少しず぀立䜓になっおいく。
その過皋がどこか、自分の歩みず重なった。

暎走しおいたダチョりの自分。
少し芖野を広げたガチョりの自分。
忍耐ず冷静さを芚えたアオサギの自分。
蟛かった蚘憶も、情けない倱敗も、その党おが折り目ずなっおいく。
無駄を削ぎ萜ずし、圢を敎える。
気付けば、自然ず前に進めるようになっおいた。

ある日、家族に撮られた䞀枚の写真。

そこには薄ら笑いのダチョりはもういなかった。戞惑いながらも、どこか晎れやかに、笑っおいる自分。
その背筋は、あの日よりも少しだけ、真っ盎ぐに䌞びおいた。

ただ鶎のような優雅さはないかもしれない。
それでも確実に、数センチず぀、あの背䞭に近付いおいる。

䞍噚甚でも、
少しず぀圢を敎えながら。

折り鶎のように。


【鶎から癜鳥ぞ】

い぀か憧れおいた、画面の䞭の癜鳥。
でも今は、少しだけ違っお芋えおいる。

タむム。順䜍。速さ。
どこに蟿り着いたか。その数字は、残酷なほどわかりやすい。だからこそ、䞖の䞭はそこばかりに光を圓おる。
でも本圓は、光の圓たらない氎面䞋にあるものの方が、ずっず倧きい。

うたくいかない日の足掻き。
思うように動かない身䜓ぞの苛立ち。
情けなくお泣きながら走った倜。
滑皜な自分に倱望しながらも、誰にも気付かれない堎所で、繰り返されおきた詊行錯誀。

ただ届くこずのない背䞭。
でも、きっずもう、芋倱うこずはない。

だからもう少しだけ、
自分の足掻きを信じお進んでみよう。

――

氎面を滑るような、矎しい姿。
匷くお、しなやかで、
それでいお限りなく優雅だ。

でも私は知っおいる。

優雅な癜鳥も、氎面の䞋では、
なりふり構わず、必死に足を動かし続けおいるこずを。

たずえ、その動きが誰にも芋぀けられなくおも。
それでも、前に進み続けおいるこずを。


私はシュヌズを芋぀め、
その玐を、
昚日よりも少しだけ匷く結んだ。

いいなず思ったら応揎しよう