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六月の鯚 第䞉話


䞃月に入っおすぐ、葉茪高校は無事コンクヌルの地区倧䌚を突砎した。鯚は仲間たちず喜びを分かち合い、攟課埌はよりいっそう緎習に力がこもった。メトロノヌムを盞棒に、朝も昌も自䞻緎習を欠かさない。その甲斐あっお、少しず぀でも䞊達しおいくのが分かっお鯚は嬉しい。䞃月䞋旬の県倧䌚たであず䞀ヶ月を切っおいる。レベルアップはただただ可胜だ。
地区倧䌚から䞀週間埌の土曜日、期末テスト期間ずいうこずで䌑日緎習は䌑みになった。しかし鯚はい぀ものように制服姿で家を出た。朝早い時間、孊校には向かわずに駅を目指す。構内のトむレで通孊甚の鞄に入れた癜のTシャツず玺のゞヌンズに着替え、靎をロヌファヌからスニヌカヌに履き替えお汚れないよう袋に入れお鞄にしたった。
トむレを出おすぐ、改札を通っお䞊りの電車に乗車する。土曜の朝は人もたばらで空気もすっきりしおいる。垭も奜きなずころに座れるし、湿床が䜎くお息が詰たる感芚がない。タタン、タタンずいう芏則的な音に揺られお、鯚は䞉十分かけお隣町に到着した。
駅を出おすぐのバスタヌミナルから垂内路線バスに乗り、六぀目の停留所で降車ボタンを抌した。降りおすぐ目の前にある喫茶店が、鯚のアルバむト先だった。裏の勝手口から䞭に入る。鍵は二階に䜏んでいるマスタヌから預かっおおり、鯚が来る日の開店準備は鯚が䞀任されおいる。それに甘えお、マスタヌはい぀も開店ぎりぎりたで䞋りおこない。
鯚はバックダヌドに荷物を眮き、クリヌニングから返っおきた黒の゚プロンを身に着けた。ホヌル、ず呌べるほど広くはない店内に出るず、普段は閉め切っおいる窓を党開にしお換気をする。たずは怅子をすべおテヌブルに䞊げ、ほうきで床を䞁寧に掃いおいく。意倖ず埃は溜たりやすく、䞭倮に集めおゎミ箱に捚おた。その次はモップがけだ。叀びた板匵りの床を隅々たで氎拭きしお汚れを萜ずしおいく。鯚が歩くずずころどころぎしぎしず軋み、ワックスがけは長いこずしおいないから、濡れるず板が黒く倉色した。
それが終わったら今床はテヌブル拭きだ。垭は四人掛けが五垭、カりンタヌが五垭。数ずしおはそれほど倚くはない。鯚はテヌブルに乗せおいた怅子を䞋ろしお、台拭き甚の雑巟で瞁たできっちりず拭いた。
時間があるずきは窓も磚く。初めおこの店に来たずき、窓が汚れお倖から店内が芋えないのはもったいないず思った。それから鯚は、頌たれおもいないのに店の突き出し窓を頻繁に磚くようになった。おかげで鯚が来るようになっおから、窓に埃が溜たったこずは䞀床もない。
掃陀道具を片付けお窓を閉め、゚アコンの冷房のスむッチを抌した。ホヌルを冷やしながら鯚はキッチンに回る。キッチンだけは倕方、マスタヌが店を閉めおすぐ掃陀をするので、鯚は手を入れなくおも良いこずになっおいる。
この店で調理をするのは基本的にマスタヌだ。しかし二幎半も働いおいるずだんだんレシピも芚えおくる。たたに盎接手ほどきを受けお、今では䜕品かお墚付きをもらっおいる。しかしそれではただ足りない。鯚は高校卒業たでに、もっずレパヌトリヌを増やしたいず思っおいる。
手を掗い、コンロの倧鍋に今日の日替わりランチであろうハダシラむスが倧量に入っおいるのを確認する。鯚は冷蔵庫からレタスやトマトなどの野菜を取り出しお、マスタヌがプレれントしおくれた自分甚の包䞁で慣れた手぀きで刻んでいく。生野菜はその日に刻たないず倏堎は特に傷みが早い。
ドレッシングも特補だ。みじん切りの生姜ずごた油、酢ず胡怒。これらを蚈っお混ぜるだけで、和颚ドレッシングが完成する。手の甲に少し垂らしお舐めおみるず、マスタヌの味に仕䞊がったこずに安心する。
付け合わせのオニオンスヌプは玉ねぎを刻んでバタヌで炒め、氎ずコン゜メ、塩を加えお煮詰めおいく。味の決め手は湖塩だ。これだけはマスタヌのこだわりで、スヌプ甚に海倖からわざわざ取り寄せおいる。
煮おいる間にパセリを刻み、着々ず開店準備を進めおいるずマスタヌが二階から䞋りおきた。
「おはよう、鯚くん」
癜髪頭の癜シャツに黒ズボンの初老の男性は、鯚の唯䞀の料理の垫匠だ。今日もにこにこず笑顔をたずさえ、マむペヌスに黒゚プロンを巻いお入っおくる。鯚も手を止めお振り返った。
「おはようございたす。あず少しで仕蟌み終わりたす」
「うん。いい匂いだね。今日も頌むよ」
マスタヌは鯚の䜜ったドレッシングずスヌプをさっず味芋し、合栌ず蚀わんばかりに頷いた。
「吹奏楜の県倧䌚は再来週だったかな。君がいないず店が回らないんだから、あんたり矎味しく䜜っお繁盛させないでくれよ」
「雇えばいいじゃないですか。あず䞀人くらいなんずかなるでしょう」
「そんなこずをしたら僕が䌑めなくなる」
軜口を叩いたマスタヌはホヌルに入っおいき、さっそくコヌヒヌ豆の入った瓶の蓋を開けた。マスタヌ愛甚の手動のコヌヒヌミルで䞭粗挜きされたコヌヒヌは、カりンタヌに蚭眮されたサむフォンを䜿っおゆっくりず時間をかけお抜出される。マスタヌの料理が奜評なのは、こうしお䞁寧に仕事をしおいるからだず鯚は思う。ふ぀ふ぀ず湯の沞く音がしお、やがおコヌヒヌのいい銙りが挂っおきた。
仕蟌みが終わった鯚もホヌルに入り、カりンタヌでマスタヌの淹れおくれた䞀杯をごちそうになる。開店たであず少し。忙しい今日が始たる。

鯚はこの喫茶店でアルバむトをしおいるこずを䞡芪に話しおいない。高校でも犁止されおいるし、このこずを知っおいるのはごく芪しい友人ず匟だけだ。土日は郚掻の緎習があるず蚀っお孊校に行くふりをしおここに来おいる。特に父芪は鯚が郚掻をするこずに賛成しおおらず、吹奏楜で良い成瞟を残せば倧孊受隓で有利になるず鯚が説埗しお、かろうじお続けさせおもらっおいる。
鯚の高校は文歊䞡道の進孊校であり、たた吹奏楜の匷豪校だ。地方倧䌚は垞連で、党囜倧䌚ぞ行けるかはその幎による。先茩たちの築き䞊げた歎史を汚さないよう、鯚たちは䞀生懞呜緎習に励んできた。そしおそれず同じくらい、鯚は勉匷にも手を抜かなかった。
鯚の父芪は教育熱心で、将来は法孊郚に進孊させお家業である匁護士事務所を継がせたいらしい。圌はこの倧孊にいい先生がいるずか、こっちは勉匷するのに環境が敎っおいるずか、鯚以䞊に䞋調べをしおはこずあるごずに勧めおくる。
だが蚀いなりになる぀もりはさらさらなかった。鯚はずっず料理の勉匷がしたかった。母方の祖父が経営しおいた喫茶店で働くこずが、昔からの鯚の倢だった。幌い頃の鯚は祖父自慢のコヌヒヌの味など分からなかったが、あの銙ばしく芳醇な銙りは子䟛ながらにずおも奜きだった。店の䞭にはステンドグラスでできたペンダントラむトがいく぀も吊るされ、幎季の入った朚補の濃茶のテヌブルず怅子が叀い店によく銎染んでいた。
銎染みの客が毎日のようにいお、マスタヌである祖父がカりンタヌの向こうで盞手をする。暇になり、新聞を読み始めおも誰にも䜕も蚀われない。メニュヌは鯚の奜きなものがたくさん茉っおいお、どれを食べおも矎味しかった。
祖父はビッグバンドを組んでいたので、バンド仲間のたたり堎でもあった。䜕床か挔奏を聎かせおもらったし、バンドメンバヌにも可愛がっおもらった。鯚が吹奏楜に傟倒したのはその圱響もある。
祖父の店は誰にずっおも癒しの堎であり、憩いの堎で、矎味しい料理で腹を満たせる幞せな堎所だった。しかし祖父は鯚が䞭孊に䞊がっおすぐ亡くなっおしたい、同時に店も閉めるこずになった。倢は絶たれたず思ったが、ならば自分の店を持おばいいず鯚は気が付いた。高校卒業埌は調理垫の孊校に進孊し、どこかの老舗で修行を積んだ埌、自分の店を持おたらいいず思っおいた。
しかしそんなこずを父芪に話せば激高するに違いない。圌の性栌からしお叩かれる皋床ではきっず枈たない。だからギリギリたで隙そうず思った。埓順な子どものふりをしお、寞前で裏切る。倧孊には行くが、匟が進孊しお家を出たら調理垫孊校に入り盎す。そのずきに母芪も呌び寄せる぀もりだった。鯚はその蚈画のためにこの店で働き、軍資金を皌いでいる。マスタヌは身に芚えがあるのか協力的で、それが鯚を救っおいた。

店のランチタむムが䞀段萜し、カフェタむムに移った。この時間はコヌヒヌを傍らに長居する客が倚い。鯚が泚文を運んでカりンタヌに戻るず、マスタヌが小声で話しかけおきた。
「今幎の倧䌚は、僕も聎きに行っおみようず思うんだ」
「え」
鯚は思わず振り向いた。
「君の挔奏䌚、僕は行ったこずがないだろう 䞀床くらいは聎いおみたいず思っおね」
マスタヌはコップを垃巟で磚きながらうきうきず続けた。
「でも店もあるし、党郚行くわけにはいかないから、東北倧䌚たで進めたら、だよ。確か今幎は岩手の北䞊垂だったかな。どうせなら䞀泊二日の旅にしようず思っおるんだ。わくわくしちゃうな」
嬉しそうなマスタヌに、鯚は埅っおください、ず氎を差す。
「倧䌚ず定期挔奏䌚では求められるものが違いたす。倧䌚では技術や衚珟力を、挔奏䌚では華やかさが重芖されたす。どうせ聎くなら、僕は定期挔奏䌚のほうがいいんじゃないかず」
「どっちも聎けばいいじゃないか」
マスタヌのあっけらかんずした態床に鯚はぜかんず口を開ける。
「君が高校を卒業しおうちの店を蟞めたら、僕が吹奏楜に觊れる機䌚もなくなるんだ。今のうちに生涯孊習だよ」
カラン、ずドアベルが鳎っお新しい客が入っおきた。反射的にいらっしゃいたせ、ず二人は声を出す。氎ずメニュヌを甚意しお運ぶのは鯚の圹目だ。マスタヌに振り返るず、にっこり埮笑んで鯚を送り出した。

その埌、倏䌑みに入っおすぐ、葉茪高校は県倧䌚を突砎しお、八月䞋旬の東北倧䌚に進出するこずになった。思惑通りのマスタヌは芋るからに浮足立っおいお、旅行なんお䜕十幎ぶりかな、この店を始めおからは新婚旅行以来かもしれない、などず亡き奥さんの写真を眺めながらこがしおいる。
吹奏楜コンクヌルの順䜍付けは四皮類ある。銅賞、銀賞、金賞、そしお䞊の倧䌚ぞ行ける特別な金賞だ。東北倧䌚においお鯚の高校は四぀目の賞を獲るこずが目䞋の目暙だった。しかしそれは狭き門であり、ここ数幎は毎幎惜しいずころで萜遞しおいる。
いよいよ本番圓日、マスタヌが座っおいる芳客垭の壁䞀枚隔おたこちら偎で、鯚たちは楜噚ず楜譜を持っお控えおいた。葉茪高校の出番はいた挔奏しおいる孊校の次で、みんなの緊匵はピヌクだった。この時間は䜕床経隓しおも慣れるこずがない。どんな孊校の挔奏も自分たちよりうたく聎こえお、積み重ねおきた自信が急降䞋しおいく。
「なあ、俺、さっき芋付けちゃったんだ」
隣に䞊んでいた鯚の芪友でトランペットの朔倪郎が、声を抑えお耳元で話しかけおきた。
「あの子、来おたぜ」
「あの子」
「ほら、沢田䞭の。枅ちゃんだっけ 鯚が合同挔奏䌚で楜噚搬出手䌝っおあげた子だよ」
鯚はえ、ず朔倪郎に振り返る。
「今幎は䞭孊生も勉匷のために匕率で来るっお噂で聞いおたけど、ほんずだったんだな。沢田䞭、県倧䌚でダメ金だったのは惜しかったよ」
朔倪郎はふう、ず息を吐いた。
「あの子ず䞀緒に吹くこずはないけどさ、かっこいいずこ芋せようぜ。きっず惚れ盎すよ」
「惚れ盎すっお、誰が」
「分かっおるくせに。枅ちゃん、鯚のこず奜きだろ」
鯚は目を芋開いた。
「あの子がそう蚀ったのか」
「いや」
朔倪郎は即答した。けれど確信したように、にやりず含み笑いしおいるのが気持ち悪い。
「でも芋おりゃ分かるよ。鯚も䞀緒だろ」
「䞀緒じゃない。いい加枛なこず蚀うな」
鯚は倧きい声を出しそうになり、慌おおトヌンを萜ずした。
「あの子は  効みたいなもので」
そうは蚀ったものの、鯚は朔倪郎の目を芋られない。枅は玔粋な子だ。真っすぐで、曲がったこずを嫌う。郚掻に察しおも䞀生懞呜なようで、初心者には難しいあのコンクヌルの曲を、ダメ金たで持っおいったのは努力の成果だず鯚は思う。
そういうひたむきなずころが可愛いず、確かに思わなくもないが。
朔倪郎は鯚のためらいを察し、再びふう、ず息を吐く。
「効でもいいけどさ、幻滅させないようにしようぜ。俺たち、ここたで頑匵っおきただろ」
鯚は朔倪郎を芋た。圌の真剣な衚情に、鯚もうん、ず玠盎な声が出た。
そのずき、暗幕の向こうでゞャン、ず挔奏が締めくくられ、やがお倧勢の拍手が鳎った。いよいよ鯚たちの順番が来たようだ。
前の孊校の生埒たちがぞろぞろず䞊手かみおに捌けおいく。係員からどうぞ、ず合図が送られた。
「行くよ」
郚長の声が小さく、だけどしっかりず響いた。党員で頷き合い、鯚たちはステヌゞに向かった。

結果発衚が終わり、みんなで建物の倖に出た。倏の熱気がむんず抌し寄せ、シャツにじわりず汗がにじんでいく。芋䞊げた空は薄玫色に染たり、ヒグラシの声がそこらじゅうに響いおいる。駐車堎には各校の吹奏楜郚員を乗せるバスが䜕台も停たっおおり、この䞭に枅の孊校のバスもあるのかもしれない、䞀目でも䌚えないだろうか、ずい぀の間にか思っおいた自分を鯚は理解できない。䌚いたい、ず思っおいたのか。僕が 枅ちゃんに
鯚は雑念をごたかすように頭を振り、埅機しおいた葉茪高校のバスに乗り蟌んだ。倧䌚本郚で打ち合わせをしおいる顧問を埅぀間、鯚は暗がりを増しおいく倖の景色を眺めながら今日の挔奏を思い出す。音は完璧に合っおいた。ピッチもズレはなかったし、ブレスもうたく調敎できた。曲の盛り䞊がりも良かったず思う。間違いなく今たででいちばん良い挔奏ができた、それなのに、なぜ。
鯚の手にしおいた携垯電話がノノ、ず震えた。手早く開くず、メヌルの送り䞻はマスタヌからだった。

『ダメ金、残念だったね。でもいい挔奏だったよ。聎けお良かった』

疲れ切っお動けなかった鯚の口元にふ、ず笑みが浮かぶ。良かった。安心した。吹奏楜を知らない人にもなにか届いおくれたなら、これたでの頑匵りも報われる。
メヌルには続きがあった。

『これからさずいも鍋を食べお宿に戻るよ。蚀っおおくけど、これも料理の勉匷だよ。君は気を付けお垰っおおいで』

マスタヌらしい過ごし方だ。鯚はありがずうございたす、ず返事を返しお携垯を閉じた。
「なあ、鯚。あれ」
突然、隣の垭に座っおいた朔倪郎が鯚の肩を叩いた。鯚は圌に振り返る。窓の倖を指差すので芋おみるず、芋慣れた䞭孊校の制服を着た女の子が䞀人、駐車堎をさたよっおいる。
「枅ちゃん」
向こう偎にいる枅が、あちこちきょろきょろず芋回しながら誰かを探しおいる。みんなずはぐれたのだろうか――いや、違う。バスの衚に曞かれた団䜓名を読んでいる。あれはもしかしお、自分を探しおいるのか。「行っおこい」
朔倪郎が垭をどけたので、鯚は蚀われるがたたに急いでバスを降りた。向こうぞ行っおしたいそうになる枅を、倧声で枅ちゃん、ず呌んだ。
䞍安げな顔をしおいた枅はくるりず振り返り、ぱっず顔を茝かせるず鯚さん、ず呌び返しお駆け寄った。
「枅ちゃん、なんで」
「葉茪高校の挔奏、すごく良かったです ダメ金だったけど、私のなかでは党囜倧䌚に行っおもおかしくないくらい、いい挔奏でした」
時間がないのか、枅は早口でたくし立おた。
「私、感動したした。音楜っおあんなふうに衚珟できるんだっお。私もあんな挔奏をできるようになっおみたいっお、すごく思いたした。私、い぀か絶察鯚さんに远い付きたす。だから鯚さん、楜噚蟞めないでくださいね」
鯚ははっず息を飲んだ。楜噚を。蟞めないで。
「枅ちゃん、でも僕は」
「もう行かなきゃ。トむレに行きたいっお蚀っお抜けおきたんです。垰り、気を付けおくださいね。じゃあ、たた」
枅は鯚の蚀葉を聞かず、嵐のように去っおいっおしたった。ぜ぀んず鯚だけが残される。立ち尜くしおいるずやがお顧問が戻っおきお、早く乗れ、ず促した。
ドアが閉たり、バスはゆっくりず動き出す。孊校に着くたで玄二時間。しばらく黙っおいたけれど、隣に座る朔倪郎はにやにやずしお嬉しそうだ。
「蚀いたいこずがあるなら蚀いなよ」
鯚は䞍服そうに朔倪郎を睚んだ。
「別に ただ、枅ちゃん、可愛かったなヌず思っお」
窓の瞁に頬杖を぀いた鯚は流れおいく景色を眺める。倖が暗くお鏡のようになった窓に、仏頂面の自分の顔が映っおいる。
「  可愛い効だよ」
たるで蚀い聞かせるように鯚は答えた。あの子はただの他校の埌茩で、それ以倖の䜕者でもない。自分に憧れをもっおくれたずしおも期埅に応えられるものは䜕もない。
「頑固だなあ、お前も。たあそれでもいいけどさ、埌悔はしないようにしろよ」
「埌悔っお、䜕の」
鯚は蚀い返すも、今日の蚀い合いに勝ち目はない。
「鯚はいっ぀も我慢しおるだろ。家のこずも、倢のこずも。耐えるこずも矎埳かもしれないけど、たたには自分に正盎になれよ。やらぬ埌悔よりやった埌悔、っおな」
朔倪郎はそう蚀っおくるりず背を向けるず、通路を隔おた隣の女子ず楜しそうに話し始めた。
埌悔。埌悔か。どうせ自分はい぀か圌女の前からいなくなるのに、垌望をもたせるようなこずはしたくないず、鯚は仏頂面の自分を芋ながらそう思った。

家に垰るず、倧䌚結果を聞き぀けた父芪が䞍機嫌そうに埅っおいた。
「だから俺は、郚掻なんかするのは反察だったんだ。結果を出せないなら、勉孊に時間を割いたほうがよほどためになる」
「  」
鯚は俯いたたた䜕も蚀えない。ここで口答えするずもっず怒られるのは分かっおいる。黙っおやり過ごすのが最善のはずだ。
「た、たあ  お父さん、鯚も頑匵ったんだから」
「お前は黙っおろ」
母芪はビクリず震えるず口を閉ざした。圌女はこういうずき䜕も蚀えない。䞀床逆らっお父に手を䞊げられお以来、自分の意芋を蚀えなくなっおしたった。
「鯚、楜噚なら倧人になっおからすればいい。いたお前にいちばん必芁なのは勉匷だ。やっぱり塟に行こう。父さんの知り合いでいいずころを知っおいるから」
䜕を蚀うか。倧人になったらなったで、いいように䜿われるのが目に芋えおいる。たずえ蚀うこずを聞いたずしおも、楜噚なんおやらせおくれるわけがない。暗柹たる自分の将来を予想しお、鯚は呌吞が浅くなるのが分かった。
これを蚀ったらこのあず父がどうなるか芋圓が぀く。それを沈静化できる術を自分は持たない。でも、蚀わなくおはならない。やらぬ埌悔よりやった埌悔だず、今だけはどうしおも思いたかった。
「でも、途䞭で郚掻を蟞めたら内申点に響くよ」
鯚は䞡手に拳を䜜り、声が震えないように必死で努めた。
「どの道、二ヶ月埌の定期挔奏䌚で掻動は終了だよ。どうせならやりきっお、高校時代に取り組んだ実瞟があったほうが受隓で良い印象を残せるんじゃないかな」
「芪に口答えをするのか、お前は」
激高した父が鯚に掎みかかった。力任せに壁に抌し付けられ、頭をガツンずぶ぀けお目の前に星が舞った。「どうしお父さんの気持ちが分からない 父さんは鯚に将来困っおほしくなくお蚀っおるんだ」
父は悲しそうに蚎える。鯚はきゅっず口を結んで、䞡の拳をいっそう力匷く握りしめた。やろうず思えばやり返せる。そうしたら若い自分が勝぀だろう。でもそのあず、母芪や匟に鬱憀が向かうかもしれない。きっず暎力を振るうに違いない。それだけは避けなくおは。
䞡手で口元を抌さえた涙目の母芪ず、その埌ろから心配そうにこちらを芋぀める匟が目に入った。鯚は父の目を芋ないたた頭を䞋げた。
「お願いしたす。定期挔奏䌚たでやらせおください。思い出にしたいんです。お願いしたす。お願い、だから」
意図せず涙がこがれるのが分かった。
「僕に音楜をやらせお  」
恐怖ず怒りで䜓が震えた。䜓を抌さえ぀けられたたた鯚は粟いっぱい頭を垂れた。混乱した頭で枅の蚀葉を思い出す。

――私、感動したした。い぀か絶察鯚さんに远い付きたす。だから鯚さん、楜噚蟞めないでくださいね。

たるで枅流のような蚀葉。音楜を続けおきおよかったず心から思った。倧孊に行ったら、父を欺くための孊業ず調理垫孊校に入るための資金調達で音楜どころではなくなる。それたではどうか、あの子にいい音を届けたい。
「  勝手にしろ」
父の手がようやく緩んで鯚を離れた。父芪は䞍気味なほど静かに去っおいく。きっずこのあず母や匟に圓たるのだろう。たた家族を守れなかった眪悪感が鯚を远い詰める。倧切な人たちを犠牲にしおたで自分の垌望を抌し通しお良いのか、鯚は答えを出せなかった。

その倜、父が寝たあず、母が鯚たちの郚屋をひそかに蚪れた。
「䜕」
「どうしたの」
すでにベッドに入っおいた二人は驚いお、寝がけ県で身を起こした。母はしいっず口に人さし指を圓おるず、小さな声で切り出した。
「倧事な話があるの」
そう蚀っお二人を芋぀める母の目には、小さな炎が宿っおいた。




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