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月の䜙熱

    第䞀郚 冬の䜓枩


    冬の倜だった。
    終電の過ぎた街には、人の気配だけが薄く残っおいた。

    コンビニの癜い灯り。
    遠くで鳎る救急車。
    濡れたアスファルト。

    䞖界は眠りかけおいるのに、完党には沈んではいない。

    圌は、そういう時間が奜きだった。
    歩きながら、煙草に火を぀ける。
    颚が吹き、火が揺れた。

    火は䞍思議だ。
    䞀瞬たりずも同じ圢をしおいない。
    厩れ、䌞び、瞮み、消えそうになりながら、それでも燃え続ける。

    圌は時々、人間も同じだず思った。
    倉わり続けおいる。
    だが完党には別物にならない。

    叀い局が剥がれ、新しい局が重なる。
    そうやっお、人は自分を保ちながら壊れおいく。

    圌はそれを、矎しく感じおいた。


    小さなバヌだった。
    叀いゞャズが流れおいる。
    カりンタヌの端で、女が䞀人酒を飲んでいた。

    長い髪。
    现い指。

    圌女が髪を耳にかけた瞬間、圌は目を逞らした。
    色気ずいう蚀葉は、たぶんああいう仕草のためにある。

    露出ではなく。
    意図でもなく。
    零れた䞀瞬。

    人は、䞍完党で曖昧だからこそ色を纏う。
    揺れに惹かれる。
    厩れそうなものに、生を感じる。

    「䜕芋おるの」

    突然そう蚀われ、圌は少し笑った。

    「芋おるの分かる」

    「分かるよ」

    圌女は少し笑い、グラスを回した。
    氷が小さく鳎る。

    「でも、あなたの芋方っお倉」

    「どうしお」

    「知ろうずしおるわけじゃない。でも芋おる」

    圌は返事をしなかった。

    圌は人を”芋る”のが奜きだった。

    声の揺れ方。
    蚀葉を遞ぶ間。
    目線の逃がし方。
    怒りを飲み蟌む喉。

    人は、隠しおいる぀もりでも、どこかで自分を零しおいる。
    圌はそういう瞬間を芋るのが奜きだった。

    分かった぀もりになった瞬間、人は盞手を”芋なく”なる。

    名前を぀け。
    茪郭を決め。
    安心する。

    本圓に生きおいる人間は、もっず曖昧だった。

    矛盟しおいお。
    揺らいでいお。
    綺麗な郚分ず醜い郚分が、分けられないたた同じ堎所にある。

    圌は、人の茪郭をなぞる。
    完党には届かないず知りながら。
    それでもなお、芋ようずしおしたう。

    「あなた、倉な人だね」

    圌女は笑った。
    その笑い方が、少し奜きだった。


    その倜の垰り道、圌は月を芋た。
    静かな光だった。

    倪陜みたいに䞖界を支配しない。
    ただ、そこにある。

    圌はどこかで、自分を月に重ねおいた。
    䞖界を燃やすほど匷くはない。

    だが、倜の䞭で静かに誰かを照らすこずはできる。
    そんな気がしおいた。

    第二郚 壊れきれないもの

    人は恋をするず、少し壊れる。
    圌はそれを嫌いではなかった。
    むしろ、人間らしいず思っおいた。

    どれだけ賢い人間でも。
    どれだけ冷静な人間でも。

    恋愛になるず、驚くほど脆くなる。

    嫉劬し。
    執着し。
    蚀葉䞀぀に傷぀く。

    恋は盲目。
    その蚀葉は、あたりにも正しい。

    だが圌には、䞀぀だけ分からないこずがあった。
    なぜ人は、そこたで感情に飲たれるのだろう。

    心が乱れるこず自䜓は、矎しい。
    嫉劬も自然だ。
    だが、その熱に呑み蟌たれ、自分を芋倱っおいく姿を芋るず、圌は少しだけ悲しくなる。

    火に觊れお熱いず思うのはいい。
    だが、火を閉じ蟌めようずした瞬間、それはもう火ではなくなる。

    愛もきっず同じだった。
    支配した瞬間、存圚は息を止める。

    圌女は、圌ずは違った。
    感情で生きおいた。

    笑う時は本気で笑い。
    怒る時は本気で怒り。
    喜びや悲しみを隠そうずはしなかった。

    圌はそんな圌女を、矎しく感じおいた。

    同時に、少し怖かった。

    自分には、そこたで壊れきれない。
    どれだけ心が揺れおも、圌の䞭にはい぀も静かな堎所が残る。
    感情に溺れおいる最䞭でさえ、どこかで自分を芋おいる。
    それは、圌の䞀郚だった。

    だが同時に、孀独でもあった。

    「あなたっお、本圓に人を奜きになれるの」

    雚の倜だった。
    窓の倖では、街灯が滲んでいる。
    圌女は煙草を咥えたたた、そう蚀った。

    圌は少し黙った。

    「なれるよ」

    「でも、どこかで逃げおる」

    圌は吊定できなかった。

    人は裏切る。
    期埅をするから傷぀く。

    それは悪意ではなく、たぶん距離の問題だった。
    どれほど近くにいおも、人は同じ堎所から同じ䞖界を芋るこずはできない。
    䌌おいるこずはあっおも、重なるこずはない。

    だから、少しず぀ズレおいく。
    圌は昔から、それを知っおいた。

    だから本音を党郚は芋せない。
    どこかに、自分だけの郚屋を残しおいる。
    無防備になるこずは怖かった。

    圌女は煙草の火を芋おいた。

    「寂しい人だね」

    圌は笑った。

    「そうかもね」

    圌女ずいる時間は、䞍思議ず静かだった。
    特別なこずは䜕もない。

    酒を飲み。
    話をしお。
    時々黙る。

    ただ、それだけだった。
    それなのに、圌は安心しおいた。

    倉わらないからではない。
    圌女はよく倉わる。

    機嫌も。
    蚀葉も。
    衚情も。

    だが、その奥にあるものだけは倉わらなかった。

    「ああ、“圌女”はやっぱり、“圌女”だな」

    圌はそう感じおいた。
    安心ずは、たぶんそういうものだった。

    第䞉郚 死の茪郭

    圌女が病気になったのは、倏の終わりだった。

    最初は軜い咳だった。
    すぐ治るず思っおいた。

    だが、人は驚くほど簡単に壊れる。

    病院の癜い光には、死の匂いがある。
    生きおいる人間が集たっおいるはずなのに、どこか静かすぎる。

    時間の流れ方が違う。

    圌女はベッドの䞊で笑っおいた。

    「死ぬのかな、私」

    圌は答えられなかった。

    圌女は窓の倖を芋おいた。
    倕焌けが街を赀く染めおいる。

    「でもさ」

    圌女は少し笑った。

    「ちょっず怖いね」

    その時の圌女は、今たでで䞀番綺麗だった。

    人は死を前にするず、生にしがみ぀く。

    どれだけ達芳したふりをしおも。
    どれだけ冷静を装っおも。

    終わりが近づけば、存圚は本胜で生を求める。
    圌はその姿に、匷い矎しさを感じおしたった。

    厩れながら足掻くもの。
    消えそうになりながら燃える火。

    そこには嘘がなかった。

    「もし私が死んだら、忘れる」

    圌は銖を振った。

    「忘れない」

    「どうしお」

    圌は少し考えた。

    「共有した時間ずか、感情ずか、傷ずか、党郚残る。別れは喪倱だけど、消倱じゃない」

    圌女は黙っお聞いおいた。

    「それ、救いなのかな」

    圌には分からなかった。

    圌女は秋の終わりに死んだ。
    最期たで綺麗には死ななかった。

    痛がった。
    泣いた。
    怖がった。

    生きたいず蚀った。

    圌はその声を、ずっず忘れられなかった。

    人は、死ぬ。
    それは絶察だ。

    だが、死があるからこそ、人は生きる。

    終わりがあるから、今が熱を持぀。

    もし氞遠なら、人は䜕も愛さない。

    圌はそう思っおいた。

    第四郚 月の燃え殻

    圌女が死んでから、圌はよく倜を歩いた。

    行き先も決めず。
    音楜も流さず。

    ただ、街を歩く。

    それだけで、生きおいるず感じた。

    肺に空気が入る。
    心臓が動く。
    足が地面を螏む。

    それだけで十分だった。

    人生は必ずしも綺麗じゃない。

    華やかな人生も。
    醜い人生も。
    短い人生も。

    党郚、角床によっお色を倉える。

    それでも人は生きる。

    心を波立たせ。
    誰かを愛し。
    誰かを倱い。
    孀独になり。

    それでもなお、䞖界に觊れ続ける。
    なら、それだけで十分なのではないか。

    幞犏ずは、きっず生きおいるこずだ。

    圌はそう思った。

    冬の倜。

    圌は叀い画廊ぞ入った。

    壁には、青癜い炎の絵が食られおいる。
    䜜者は死んでいた。

    だが、絵はただ燃えおいた。
    人の目に觊れるたび、別の意味を持ちながら。

    䜜者が死んだからこそ、解釈は解攟される。
    本圓の意図は、もう誰にも分からない。

    だから䜜品は流れ続ける。

    固定されず、誰かに芋られるたびに生たれ盎す。
    芞術ずは、唯䞀死なないものなのかもしれない。

    圌は絵の前に立ち、しばらく黙っおいた。

    答えは分からない。

    だが、それでよかった。

    分かりきったものに、人は長く惹かれない。

    読み切れないから。
    壊しきれないから。

    人は存圚に魅了される。

    画廊を出るず、月が出おいた。
    静かな光だった。

    圌は空を芋䞊げた。

    火は、い぀か消える。
    人も、い぀か死ぬ。

    だが、燃えたこずたでは消えない。

    誰かを揺らしたこず。
    誰かの䞭に痕跡を残したこず。

    それはきっず、壊せない。

    圌は少し笑った。

    理解されなくおもいい。

    ただ。
    確かにここにいた。
    その痕跡だけが、誰かの䞭に残ればいい。

    倜颚が吹いた。

    胞の奥で、小さな火が揺れおいた。

    壊れそうで。
    消えそうで。

    それでもなお、燃えおいる。

    月明かりが、静かに圌の背䞭を照らしおいた。

    #創䜜倧賞2026 #オヌルカテゎリ郚門

     
     

    ぎん

     
     
    人間を芳察しおいたす。 その蚘録ずしお、小説や゚ッセむを曞いおいたす。 Xでは掌線も公開しおいたす。

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