眠れない今夜の雨音と祈り
いつか全て報われたと思える日が来るのだろうか。
それはその時にならなければわからないから今わかることはないだろうけど、いや、報われるということがそもそも贅沢なのだろうか。
でも、報われたいよ。頑張ることで報われたいんだ、本当は。
時折、昔の自分が頑張ったこと、勇気を出したこと、気持ちを伝えたこと、何年も経った後にも喜びとして返ってくることがあって、その喜びを私はぎゅっと抱きしめる。
たくさん泣いてきた日々があること、理解されない努力の日々があること、痛みや悲しみや苦しみに耐えてきた日々があること、それでも表向きはひたすら笑顔で踏ん張って食いしばって頑張ってきたこと。
INFJからENFPに変わったこと。
(おそらく私は元々ENFPだったような気がする)
ただひたすら生きてきた。
私は優しい人間ではないし、できた人間ではないし、器も大きくない。我儘で愛されたがりの子どものまま大人になってしまったみっともない生き物だ。
失敗や挫折がたくさんある。醜い部分がたくさんある。だからこそ抑え込むのにも必死だった。それが醜いことをよく知っていたから。
ずっと苦しかった。
でも、振り返れば「愛」で溢れている瞬間があった。
たくさんの出会いがあった。
色んな愛に触れてきた。
ひとつひとつが私を形作っていった。
つらかったことも許せないこともある。
いまだに苦しんでいることがある。
恨み、憎しみもある。
それに負けないほどの「愛」もある。
自分の中にある今までの経験がより現実的な想像力へ繋がっていたことを感じた。
私が今までに経験してきたことは、思いを馳せることにどんどん繋がっていく。
背景が思い浮かぶ。
背景が思い浮かぶことで、そのために動くことができるようになった。
動ける範囲が広がったことも、言葉を使うことへの意識も変わっていった。
最近、みっともない自分が自分であることを心から認められるようになってきて、少し癒される部分が出てきた。
我儘な私。愛したがりで愛されたがりな私。
もうこれが私なんだもの、私が私を理解して隠さず向き合って抱きしめよう。他人が否定したとしても、他人から見てどれだけみっともなくても恥ずかしくても、これが私なのだから。
やっとここまで来れたような気がする。
今まで出会ってきた素敵な人たちのように、私もかっこよく生きれたらと思う。
とてもとても程遠いけれど、それでも、私の好きな人たちのようにかっこよく生きたいから、今の私がどれだけみっともなくても諦めたくないことがあるよ。
私も、もう少し頑張ってみるね。
どうか、どうか。
いつか、報われたら嬉しいな。
静かな夜、雨音を聴きながら祈りながら眠ろうと思う。
