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いんげんで考えるミニマムな経済

    potesakula

    もう片付けよう、と言いながら
    「まだとれんじゃね??」と
    粘り始めるpote家。
    あと1週間延長で働かされるいんげんちゃんであります。

    秋が来るのが遅かった。
    やっぱりそれに尽きます。

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    年季の入った鍋でゆがく
    茹でものはレンチンでなくゆがきたい

    私が野菜を出荷するお店は
    生産者が値段を決めます。
    他の生産者さんやスーパーの値段を見て決めることが
    ほとんどなのですが、セリの値段も参考にできます。
    地元紙に市況が載るんです。

    先日スーパーで売られているインゲンが高くて
    驚いた、と書きましたが、確かに競り落とされる値段も高いです。

    ここで問題なのが、
    私もその実態にあった値段で出すのかそうでないのか、ということです。

    あんまり安く出すのは
    自己評価が低く自信のなさの表れのようで嫌なのですが、
    主婦目線で考えるとスーパーの値段で買うかと問われたら
    「う~~~ん・・・」となってしまいます。
    はい、「だったら肉買うよ」ってやつです。

    スーパーの値段では買わないけど、
    「この値段(生産者がつけた値段)なら」と
    手に取ってもらい、
    お弁当や晩げの一品になる。
    それでいいんじゃないかな、って思うのです。

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    出荷の支度
    向こうはセレベスの子芋

    ただし「程度」というものがあります。
    「売れりゃぁいい」みたく二束三文で出したのでは
    見向きもされないし、
    野菜のイメージや価値を不当に下げてしまうことになりかねません。

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    筋も少なくやわらかいいんげんだった♪

    スーパーや八百屋さんの値段は
    「目利き」され「市場」で「評価」されたもの。
    気象、物量など、
    社会のいろんなものが絡み合った
    「世の中がつけた」価格。
    私のやっていることはあくまでも
    自己評価。
    悩み迷いながらのせめぎあいも
    頭の体操でちょっぴり楽しいです。

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    掘り上げたセレベスの親芋と一緒に






     
     
     
    撮りたいのは 「愛おしい日々のかけら」 ささやかな日常の片隅をそっときりとります

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