見出し画像

髪を無くしたことで生まれたモンスターについて|ぼやき

髪を梳っていたら、
櫛に毛束がごっそりと残されていた。

中学2年生後半のことだったと思う。
櫛に残る毛束は、日に日に増えていった。
ゴロゴロと寝転がった床には、大量の毛が散乱するようになった。

母も祖母も、幼い頃に髪が抜けることを経験したらしい。
最初は小さな円形脱毛症だったので、「私達はすぐに治ったから大丈夫だよ」と励まされた。

しかし母と祖母の言葉に反して、
私の頭部の至るところにできた小さな円形のソレは、大きくなって、それぞれが繋がって、まるっとひとかたまりになった。

私の頭部にあったはずの髪は、産毛をわずかに残し、概ね無くなってしまった。
眉毛やまつげをはじめとするすべての体毛が、きれいに無くなった。
鏡に映る自分を見ては、森林限界とか、ツンドラ気候とか、そんな香料とした景色を連想した。
髪の毛が抜けていくことがとても怖くて涙が止まらなかった。
20年近くが経つ今でも、あの時の恐怖は鮮明に思い出せて、気を抜いたら涙が出そうだ。


★☆★

中学では柔道部に所属していたけど、髪が抜けてしまうことから練習に参加できなくなってしまった。
中学3年生の中体連にはなんとか出場したものの、寝技の攻防の末に畳にたくさんの髪の毛が残ってしまったことを覚えている。
相手の顧問の先生が、汚いものを見る目で散らばるそれらと私を見ていて、申し訳無さを覚えた。

不完全燃焼のままで部活を引退する頃には、ウィッグをかぶって生活するようになった。
裕福ではない家庭だったのに、高級な人毛ウィッグをすんなり買い与えてもらえた母と祖母には感謝しかない。
近所のショッピングセンターに入っていたウィッグ屋さんに、人目を忍ぶようにコソコソと買いに行った。
周りの買い物客に、ウィッグを使っていることがバレてしまうことがとても恥ずかしいことだと思った。

ウィッグをかぶり始める頃には、教室に行けなくなった。
周りの人にはウィッグを使っていることがバレバレで、背後から見ると余計にソレが顕著なのだろうと思い込んでいた。
人がいる場所と、背後に人がいる状態がとても怖くなってしまった。
私の視界に入らないところで、みんなクスクスと笑っている気がした。
やがて、聞こえるはずのない笑い声に、「死ね」という声が混ざるようになった。

高校には、なんとか進学できた。
入学早々、脱毛症であることをカミングアウトした。
みんな優しくて、からかうこともなく受け入れて、気遣ってくれた。
級友には恵まれた。
けれど、自分がハゲているという負い目や、周囲がヘアアレンジを楽しむ中で自分は何もできない事に対する鬱屈とした感情は、日々増していくばかりだった。
ハゲている自分と、ハゲていない周りを比較しては、どうして私ばっかりと思った。
聞こえないはずの声はどんどん大きくなり、泣き笑いはどんどんひどくなった。
自分の行動と感情をコントロールできなくなっていった。
そしてすべてが大爆発して、閉鎖病棟に入院した。
高校3年生の冬のことだった。

大学も、なんとか進学できた。
親元を離れ、県外の大学だ。
相変わらず背後に人がいる状況に耐えられず、常に一番うしろの席を陣取っては、教授陣からは「やる気を見せろ」とお小言をいただくことが多かった。
この頃にバイクに出会った。
まさに人生を変える出会いだったかもしれない。
免許を取るために。聞こえない声を打ち消し、泣き笑いを抑えるための薬と、科学色の夢の中に連れて行ってくれる薬をを絶った。
バイクへの強い思いが症状を抑えてくれたのか、いつしか幻聴は影を潜めた。
ただ、バイクに乗り始めてからは、フルフェイスヘルメットを着脱する瞬間がいつも緊張の連続だった。
一緒にウィッグまで脱げてしまったら、それこそギャグ漫画じゃない?

大学院に進学して、バイクの競技のようなものをかじりはじめた。
急制動のたび、ヘルメットの中でウィッグが滑ることこの上ない。
ヘルメットの着脱の機会が増え、当然緊張の瞬間も増えた。
怖さのあまり、人のいない物陰を探すか、周囲の人影を探ってからヘルメットを脱いだ。
摩擦のせいでウィッグはすぐにボロボロになってしまうようになった。
壊れたウィッグの隙間から、ハゲた頭が覗いているんじゃないかとびくびくしていた。
ウィッグの損耗率を考えて、人毛から化繊のウィッグに変更したのもこの頃だ。
キューティクルとは違う不自然なテカリを、指を指して笑われるのではないかと思った。

その後、不自然な作り物の真っ黒な髪で就活を乗り切り、社会人になった。
学生の身分では回避できたことも、組織の中ではできなくなった。
座りっぱなしでウィッグをかぶる時間がのびて、頭がむくんでウィッグの締め付けが辛くなり、慢性的に頭痛に悩まされるようになった。
さらに、学生生活と比較して休みが短い。
学生の頃は、長期休みのタイミングでしれっと髪の長さを変えることができたけど、会社勤めではそうはいかない。
月一で新品に入れ替えるウィッグを、古いものと同じ髪型になるようにセルフカットする様になった。
圧倒的に男性が多い環境だから、ただでさえ女性は目立つ。
時代にそぐわず容姿について何かと指摘される環境で、私の知らないところでハゲていることが広まって、笑いものにされては敵わない。

それから、バイクの競技のようなものに熱心に取り組み始めた。
真夏はとてもつらかった。
ただでさえウィッグに熱がこもるのに、その上ヘルメットまで被ることになるのだ。
ヘルメットの中に灼熱地獄があった。


★☆★

髪が抜けはじめた頃は、開業医の皮膚科に通って治療をしていた。
けれど、少しだけ頭部に芽吹いた産毛は、止められない自分の手が作る引っかき傷ですぐに散っていった。
悪化してくばかりの頭部情勢と、皮膚科医の哀れんだ目に耐えられなくなり、高校入学の頃には通院を拒否した。

大学4年生から大学院を卒業するまでの3年間、機会があって今度は大学病院の皮膚科に通いはじめた。
入院して治療を試みたこともあったけど、やっぱり髪の毛は生えてこなかった。
新卒入社で県外に引っ越すタイミングで、自分の毛根に期待することをきっぱりと諦めることにした。

叶わないことに希望を持ち続ける自分を第三者目線で見てみる。
すごく滑稽で笑える。

自分の毛根と同じく、たくさんのことを諦めたと思う。

学生の頃は柔道を、現在は趣味として習ってみたかった柔術を諦めた。
ハゲた頭を他人に晒して、笑われるか憐れまれるかしてまで、スポーツをする勇気がなかった。

マナーとしてヘアメイクが求められる場で、非常識だと思われることを受け入れた。
もみあげがないから、ウィッグのサイドの毛をアップにすることができなかった。

憧れの会社にエントリーすることと、国防の仕事にチャレンジすることを諦めた。
寮での共同生活で自分の頭を晒す勇気も、四六時中ウィッグをつけている自身も、私にはなかった。

サマーランドとかハワイアンズで水遊びしてみたかったな。
富士急で絶叫マシンに乗って、逆さまになりながら叫んでみたかったな。
高いところから、バンジージャンプしてみたかったな。

多分、本当にたくさん諦めた。
「たかが髪のことで諦めるなら、それらに対する熱量がなかっただけで、言い訳に使っているだけじゃないか」と言われるかもしれない。
でも、私にとって、人に見られて笑われることは恐怖なのだ。


★☆★

髪の毛が無くなって、人の視線が怖くなって、聞こえない声が聞こえてしまった結果、すっかりひねくれたまま大人になってしまった。

みんな人の悪口を言う時、髪があってもハゲと言って笑うじゃない?
ということは、本物のハゲの私のことはもっと悪く言うんだよね。

本当に髪が薄い人のことは、影でコソコソ笑いものにするじゃない?
ということは、私のことも影で笑いものにしているよね。

知人だろうが赤の他人だろうが、髪の毛のことを笑うよね?
ということは、私は万人から嘲笑されなくてはならないということだよね。

テレビを見て、
ハゲていることをバカにされるのが当たり前だし、ハゲている人は自らネタにして皆様に笑っていただけるように務めなくてはならないと学びました。

私は嘲笑され、自ら道化を演じなくてはならない存在です。

これは拗らせすぎているし、流石に中二病が過ぎる。
でも社会に出るまでは割と本当にこう思っていたし、今でも若干、こころのどこかで思っている。
自分が人と比べて劣った存在であるという意識が消えない。

「たかが髪がない程度」
世の中には私と同じ様な状態でも、前向きに堂々と生きている方がいる。
でも私は、その人たちとは違って人の目を気にしてしまう臆病で情けない小心者だ。
堂々と生きていけない自分は、やっぱり劣っているんだ。

人と比べるな、と世間では言う。
でも、身体的に顕著な短所を持ってしまうと、他人の目を気にして、他人軸でしか価値を判断できなくしまった。


★☆★


たくさんのことを諦めてきたから諦め癖がついてしまったし、治療やケアを継続しても効果がなかったから期待したところで叶わないということが身にしみてしまった。
そして他人軸でしか価値を判断できないから、隣の芝の青さを羨んで僻む。
髪がない人生は、立派なモンスターを爆誕させてしまった。

世の中にはこのモンスターよりも辛くて大変な困難に遭遇している人は山ほどいるだろう。
「たかがこれしきのこと」と言われるかもしれない。
でも、モンスターにとっては耐え難く辛くて、自分ではどうすることもできなくて、自分の生を否定して、髪の毛があるとことを当然と享受するすべての人を激しく恨むほどのことなのだ。


でも、10年一緒にいた人と離れた時、気がついた。
「自身を幸せにできるのは、自分しかいない」のだと。
たくさん泣いて恨んで悲しんでばかりだった哀れなモンスターが、なくした笑顔の時間を少しでも取り戻せるように、諦めたり比較しなくていい方法を探してあげたい。
人と比較せず、自分にとって価値のあることに目を向けられるように、たくさんの経験をさせてあげたい。
派手色ウィッグを着用したっていいし、洋装MIXの着物で出かけたっていい。
もう二度と会うことはない他人の視線なんて、電線の上のカラスのものと大差ない。
道行く人の表情よりも、自分が見たいものだけを見たい。

これから先も、今までと変わらず、諦めて羨んで僻んで悲観してばかりの人生が待っているだろう。
それでも、鬱屈した人生の中に、少しでも光が指すように。
そのことだけは、諦めたくない。



それでは、