見出し画像

最愛の「同じような服」たちと、どうしてこうなっちゃったのか

前回、「同じ服ばっかり」のクローゼットは私にとっては成長だった、という話を書いた。
さて今回は、私の最愛の「同じような服」たちは、実際何がどう同じようなのか、そしてそうなったワケについてふわふわと呟いてみようと思う。

「同じような服」=マンネリ。じゃなく、=その人の軸である説

前回の繰り返しになるが、昔は憧れや物欲だけで突っ走ってとっ散らかっていた私のクローゼットが、「同じような服ばっかり」になるにつれ ”軸”のようなものを形成しはじめたと感じている。
というか、「同じような服」たちそのものが、私の服装の軸なのだ。

「ファッションの軸」というとえらく大層な感じがするし、ものすごく洒落た人しか使ってはいけないような気がして少々気が引けるが、軸とは本来

ブレない中心

みたいな意味のはずだ。

そのブレない中心にいて、いつなんどきでも私を支えてくれているのが、この「同じような服」たちなのだろう。

だから私は今の自分のクローゼットを眺めてみても、「マンネリ化してるなぁ」とは一ミリも感じない。
それどころか、「同じような服」の「同じような部分」は、私にとってのプラス要素(似合う・ストレスフリー、などなど)オンリーで構成されている、いわば "自己ベスト" なのだから、むしろ好き過ぎるしかない。

そしてそんな軸服たちがいてくれるからこそ、時にはちょっと冒険も出来る。なんというかこう、とっ散らかってないから "味変" もしやすい感がある。

あれ?1日で2本目の長文を書こうとしていてなんかそろそろ朦朧としてきたが、要は、

「同じような」を見極めて極めればそれだけ、

好きで、心地よくて、なおかつ似合うもの

だけが集うクローゼット構築につながってるっぽいよね?という話がしたい、私は。

最愛の「同じような服」たち

さて。ここで一旦、自分のクローゼットにウヨウヨしている、最愛にして自己ベストの「同じような服」たちを考察してみたいと思う。何がどう「同じような」のか、何がそんなに合うのか。果たしてエミッコは明文化できるのだろうか。

1.フレアなマキシスカートたち

私はマキシスカートが大好きだ。あのボリューム、存在感。
それに、前記事でもお話ししたが、シャツを選択肢から外した私は(ちなみにブラウスもあまり着ない)、結果としてトップスがカジュアルに寄る。
そこへ来てボトムスまでカジュアルだと、私の好みに対して少々カジュアルがトゥーマッチになるのだ。

だからこそ、フレアなマキシスカートが救世主。
ドラマチックで、存在感抜群で、しかも巨尻もO脚も隠してくれて、冬にはタイツとレッグウォーマーまでこっそり装備できる。あいつらは私の神だ。

ちなみに私のマキシスカート達は、色・素材・柄が様々で、一見すると「同じような服」ではないように見えるかもしれない。
しかし実は、ウエスト位置や着丈が気持ち悪いくらい「同じ範囲内」に収まっている。
なぜならそれこそが自己ベストだからだ。
マキシスカートのウエスト位置や着丈、これが私のスカート界における「同じような」である。

2.ワイドパンツたち

前記事でもお話しした通り、私の尻は巨大煮ピーマンである。だから細身のストレートも、ペンシルも、選択肢から外した。
結果残ったのは、
・太いパンツ(ワイドまたはデカいサイズをゆるっと履く)
・煮ピーマンを自由にさせない気概のある、厚手のデニムのストレート
この二択だった。

その中でも特に前者が強い。ほぼ一強状態と言っても良い。

この結論にたどり着いたのは、もう7-8年ほど前だろうか、ドリスのワイドタックデニムを穿いた日だ。
素敵なワードローブを持つお姉さまから譲っていただいたこのパンツに袖を通す…もとい、尻を通した瞬間に確信した。

あ、私もうパンツ一生これでええわ。

巨大煮ピーマンはふんだんな生地の中でのびのびとリラックスしている。食い込んで肛門が圧迫されることもなければ、座るたびに尻が破れそうな恐怖に駆られることもない。
そして何より、煮ピーマンの存在感そのものは他のパンツに比べて相当影を潜めていた。

体型に合うというのはこういうことか。と、ストンと腑に落ちた。

しかもこれだけのワイドだと、シルエット的には「真ん中が分かれているマキシスカート」状態だ。これが良い。
主たる移動手段がチャリな私、本来なら毎日でもマキシスカートを穿きたいくらいだが、そんなことをしたら全スカートがチェーンに絡まって破け、1枚残らず臨終させてしまう。(実際1枚やらかした実績あり)
だから、「マキシに近いシルエットで実はズボン」なことが、最高に有難かったのである。

そんなこんなでその日以降、太いパンツしか買わなくなった。何なら何年もかけてこのドリスの同じ形で素材違い・色違いも数本集まった。
どれも全く色褪せない一生クラスのお気に入りたち、「同じような服」を通り越して「ほぼ同じ服」だが、だからこそ良いまである。

私の場合はパンツ選びの際、尻サイズが何よりの問題だが、きっと真逆のお悩みを抱えていらっしゃる方や、全く別軸の気になるポイントがある方もいるだろう。
そしてそれぞれに、自己ベストパンツをきっとお持ちだろう。
自己ベストの狙い撃ちが絶対的正解だと宣言する気は全くないが、もし私と同じように憧れと現実のはざまで迷走しているのなら、ぜひその自己ベストを軸にしてみていただきたい。
バリエーションを広げるよりも、その軸を太くしっかりとしたものに育てる方が良いという、私のようなパターンもあり得るのだと。

3.夏場のノースリーブ

私は決して細くない。ちゃんとした中年体型の、ちゃんとした中年だ。
「細いから腕出せるんでしょ」とかの人種ではない。
しかし、ノースリーブでなくてはならない理由がある。その第一が、

暑いのだ。

脇汗との熾烈な戦いに敗れた結果が、ノースリーブなのである。

過去には脇汗パッドのついたインナーを買い漁ったこともある。しかし、2枚着るから結局余計暑い。余計汗をかくし、何ならパッドが当たらない部分がちゃんと脇汗っていて意味なし。
背中の汗はもうすいませんほんと許してってギリギリ思えても、まだ脇汗だけはなるべく見せたくない45歳の乙女心が出した結論というわけだ。

そしてもう一つの理由が、肩幅だ。

私は肩幅が広い。世の「肩ガンダム族」の中でも結構トップ層に入れるんじゃないかと自負している。
長袖の服は重力で下に落ちるが、半袖はどちらかというと横に広がる。ますます肩幅がパワーアップである。それは大変困る。
「二の腕カバーに良い」と聞いてキャップスリーブなるものを試したこともある。しかしキャップ部分は私の肩を覆えなかった。結果カミシモ状態になって余計パワーアップした。

腹が立って、ある時キャップスリーブとは真逆のアメリカンスリーブ的なトップスを着てみた。するとなんと、一番すっきりした。それに一番涼しかった。
そう、意外にも、肩に布がないことが正解だったのだ。

その代わり、シルエットは厳選する。二の腕を放り出してノースリーブを着る中年としてせめてもの礼儀を持って、めちゃめちゃ厳選する。少しでも実寸よりほっそり見えるものを、一応かなり選ぶ。

これも、真逆の方もいるだろう。私と同じくらいの二の腕をお持ちだったとしても、肩幅が狭ければキャップスリーブや半袖の方がスッキリするだろうし、接客していて「腕が細すぎるから逆にノースリーブはバランスが悪い」と半袖を選ぶお客様もいらっしゃった。
とにかく大切なのは自己ベストを見極めることだ。

そうして私はノースリーブおばさんになった。(もちろんお気に入りのTシャツも多いのでTシャツも着るが、その比率8:2ぐらい)

「同じような」をたくさん探してみたら楽しいかもしれない

そんなこんなで私は現在、バリエーション神話を捨てた結果、
・マキシスカート
・太いパンツ
・夏はノースリーブ
その他にも
・カシミヤは繊維長が長め&密度高め一択
・スウェット崇拝
・結局VANSのスリッポンばっかり
・なぜかプルオーバーのアウター集まりがち
などなど、かなりの「同じような」を抱えていると自認している。

けれどこれはあくまでも私の一例である。

人によって、

細身のパンツ集まりがち
タイトなトップスばっかり着てる
気付けばほぼ同じ色のシャツ何枚も持ってた
華やかでインパクトがある服集まり過ぎてる
優しい印象の服選びがち
肌ざわりと着心地の良い服が正義

などなど、様々な角度からの「同じような服」があるんじゃないかと思う。そしてその「同じような服」は、意識していてもしていなくても、きっとその人の軸なのだと思う。
クローゼットを見渡して、アタシの「同じような」って何かしら?と探索してみると、実は自分でも気付かぬ軸を発見できたりして楽しいかもしれない。

いいなと思ったら応援しよう!