131 福音を待つ24hours
“橋本”はもう完全に、自分とは違う時間の中を生きている。物理的な意味ではなく、使っている時計の種類が違うのだ。
①タイムリープ
大学四年生の後期、中国出身の教授のSA (Student Assistant)を半年間務めていたことがある。勤務最終日にその教授から言われた言葉が最近やたらと思い出されてしまう。
「"筆者さん"は、"今の勤め先"で働くんですよね。なんか正直もったいない気がします。もっと"筆者さん"なら大きいところに影響を与えるような仕事もできると思います。」
他の教授たちよりもズバリものを言う人ではあったけど、それが自分1人に向けられるとなると、こんなにも受け身が取れないのだなと当時は思った。
背中の皮が薄かった。
「教育業界に関心があるので、まずは大きい会社に入って業界を見回してみようと思います。」
こんなところを伝えてその日は終わったのだが、その教授の言うことは嫌ってほど正しいと感じていた。
「国際社会の問題を社会科学の道具を使って、英語で、解決していける人材。 」たしかこんなような人を育てるはずの学部だったのに、それが叶うような働き方は生憎今していない。
社会人になる前もそうなるだろうことは理解していた。
きっと大学の学びで感じたような、知の社会貢献に通ずる意義深さ、国際社会との接点、英語の活用、こんなものとはほぼ出会えないんだろうなと。
大きい会社に入ればその業界を見まわせると思ったが、高いところに身を置いてしまうと、高い階層の顧客としか接点を持てない。
結局、自分の教育に対する問題意識の根幹にあたるような人とは出会えない。
それなりに大学の成績も優秀だったし、それが故に「求める人物像」に近いからこそSAにも抜擢されたのだ。
社会貢献への可能性が埋もれてしまってるのか?
やりたかったことってこれで良いんだっけ。
自己実現は叶ってるんだっけ?
何のために働いているんだっけ?
そんなことを考えながら、今日もまた職場の最寄駅に降り立つ。
②タイムラグ
尊敬できる先輩がいた。
「社会人の最初の上司は、これからも変わらず思い入れの強い上司になるよ。」
最期のFTミーティングでのこの言葉。これを裏付けるような出会いが、社会人一年目時代にはあったのだ。
②ー1
些細なことでも新卒の我々に話しかけに来てくれて、佐久間さんのラジオを聴いてると伝えたら、さらに意気投合して、本を貸与したりした大先輩。
人間味に溢れて、私の能力を認め、存在を認めてくれ、この人のために働きたいとまで思った。
組織のトップとこんなにも距離が近いんだなって、感動したことを昨日のように思い出す。
②ー2
そしてもう1人。厳しさの中にも確固たる根拠を持ち合わせていたからこそ、この人には敵わないなと一発で思い知らされた。
この人のもとでなら成長できる、刺激をもらえる、そう確信していた。
出会った当初は色々指摘されて、なにくそと思ったことも多々あったが、それを察してなのか、休憩中に声をかけてくれたり、別の雑談を数分後に仕掛けてくれたりだとか、とにかくこれまた距離感が絶妙だった。
やはりエンタメは人との距離を縮めてくれるのかもしれない。
お互いの好きな芸人やラジオの話で盛り上がった。褒めつつ、適度にけなしてくれた。そのバランスが心地よかった。
悲しいかな、その2人ともが2年目で異動となってしまい、職場の雰囲気はガラッと変わってしまったように見える。
「"筆者さん"は優秀だから、負荷与えてあげないと飽きて辞めちゃうよ?」
一年前の、その異動者と後任にあたる着任者での会話。
そうですよ、辞めちゃいますよ?いいんですか?あなた方が同じ態度で変わらないなら、さっさとこちらが変わってどっか行っちゃいますよ?
というカードをチラチラ見せる。
私の心がまだまだ成熟していなく、セルフケア的なところでまだまだできることはあるのはわかっている。
けど、そう短くない貴重な20代のキャリア。さて、どうする。
どうする家康。
人事考課の評価も高すぎるんだよ。もっと課題をくれよ。どうすれば良いんだろう…って悩む機会が少ないのよ。
「4,5年目でぶち当たる悩みに、2年目でもう当たれているよ。」そう言われた当時は、誇らしい気持ちになったのだが、成長スピード早すぎないか。
順調にこなせすぎじゃないのか。楽になり始めてるけど、これで良いのだろうか。
時計の種類を変えたほうが良いのでは?
自分としっかり向き合い続けられるのは、この年にとって良いことだとは思う。
けど、そんなことを考えられるのは、今の仕事が順調なので生まれた気持ちと時間の余裕があるからだ。
なんとも憎たらしい。
鉄は熱いうちに打て。
さて、この一年で芽生える変化に私はついていけるのでしょうか。
誰との出会いで変化を起こす気になるのでしょうか。
足を使って動き続けましょう。
おしまい。
