
運命のスニーカーは博多の魔法使いから買った
数年前の秋、私は博多にいた。
好きな舞台の公演があり、はるばる遠征した福岡で、駅ビルを散策していた。足をズタボロにしながら。
私は靴サイズ26.0、靴って基本的に「合わない」ので、足というのは歩けば痛むしズタボロになるものだと思っており、その日も足の裏に鈍痛を抱えながらヒールの高いローファーでうろうろ歩き回っていた。
そんななか、ふと目に入ったスニーカーのコーナー。
そういえば気になってるスニーカーがあるんだった。ふわふわの履き心地で、いくらでも歩けるっていう噂のブランドの…。
ふらふらと吸い寄せられて店員さんに声をかける。イケてる雰囲気のお兄さんは私のサイズを聞いて、私の靴を一瞥し「うーん。あなたにはこのブランド、合わないと思いますよ。あなたにはこの靴、売れません」と言った。
み、見ただけで!?
売れない!?
まぁそう仰らず試着だけでも…とお願いすると、しぶしぶといった様子で用意しながら「たぶん足のここと、指のここが、キツく感じると思います」と指摘された。
履いてみた某スニーカーは噂通りにふわふわの履き心地で、お兄さんが言った通りに、足の“ここ”と指の“ここ”が痛かった。
「歩いてるのを見て、思ったんですけど」
お兄さんは合わない靴を回収しながら言う。
「お客さま、小指に何かトラブルがありますよね?」
……こいつ、工藤新一???
私の足は生まれつき小指が内側に曲がっている。数歩、試し歩きをしただけでそれを見抜くなんて、名探偵…?
いやぁ小指が元々曲がってまして〜と話していると、お兄さんはしばし考えて「今日、あなたに売れる靴は、この店に2つしかありません」と言った。
RPGの武器屋…?
出てきた靴は、黒一色と、もうひとつは青とオレンジのド派手なツートンカラー。
ヒールのローファーを履いているような服装の人間に、青とオレンジはさすがに難易度が高いので、黒いほうを試着させてもらう。
なんだこれ。
履いてないみたいに足が楽だ。
今まで靴を履いていて、こんな感覚になったことがない。
お兄さんは「あなたは靴が合うという感覚を勘違いしていると思います」と教えてくれた。
靴のなかで足が裸足のときみたいにリラックスできるのは、靴が合うとは言わないらしい。全体がきゅっと丸く固定されてちゃんと「歩く位置が地面に接地する」のが、靴が合うということらしい。
私は生まれてこのかた、靴を勘違いしていた…!!?
お兄さんは私の足に触れて「そういう勘違いをしているひとは、ここにタコがあるんですよね」と、探ることなく私の足裏のタコを的確に押した。
工藤新一!?!?
専用の器具で足を測ってもらい、「やっぱり、他に売れる靴はないなぁ〜」と断言される。
正直、あまり好みのデザインではなかったので、そうはいわず他のやつも…と試させてもらうと「これは親指がきついと思う」「これは甲のこのあたりに違和感があると思う」と言われる通りに、まぁとにかく合わない。
すごいのは、すべての「合わなさ」を的確に予言されることだ。
このお兄さん、工藤新一じゃない。靴の魔法使いだ。
私にできることは、魔法使いが魔法で選んだ靴を買うことだけだ…。
購入を決めると魔法使いは「あなたの足に合わせておきました」と中敷きを工具で削ってくれた。この靴は僕が思ってる理想の靴紐の通し方と逆です!と言って、紐を通しなおしてくれた。
靴にこだわりのある、靴屋の魔法使い。
「このスニーカーを履くと、どんどん歩きたくなりますよ」と魔法使いは笑った。
今も私はそのスニーカーを履いている。
スニーカーのデザインに合わせて、テーパードパンツをやめてロングのワイドパンツを履くようになった。ワイドパンツにあわせてトップスの趣味も変わった。
最近は、なりたい自分に近づいた服が着れている気がする。
どんどん歩きたくなると言われた通り、このスニーカーを履くようになってから徒歩が苦ではなくなった。東京で一駅ぶんの距離を歩けるようになったし、万博に行って2万歩、歩いても平気だった。
あれ以来、足は一度もズタボロになっていない。
靴屋の魔法使いのお兄さん、ありがとう。
本当は魔法じゃなくて、お兄さんが経験と、靴を愛する気持ちで培った技術なのだと思うと、尊敬しかない。
きっと私は次のスニーカーが欲しくなったら、新幹線に乗ってまたあの店に行くと思う。
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運命の革靴を買った話はこちら。靴サイズ26.0ではないことが判明した↓
このスニーカーを私のエモーショナルアイテムとしてお話した、ファッション教室に参加したときのレポート↓