あー子さんと、300個の餃子
長身細身で、ショートでくせっ毛、喋りながら手を口の前でぶんぶんふる70才くらいのおばあちゃんがいたら、それは、あー子さんだ。
私の住む島には銭湯があり、あー子さんは、そこの常連だ。そして、私の銭湯仲間でもある。
私は週3日ほど、3才の娘と夫と3人で銭湯にでかけるのだが、あー子さんとは入浴する時間帯が同じですぐに仲良くなった。
「そこのシャワーは水圧が弱いよ。」
「今日は雨だから、すいてるねえ」
「娘ちゃん、あの唄もう一回歌ってよ!」
あー子さんは、短い髪をもしゃもしゃ洗いながら、いつも元気にどんどこ話しかけてくる。シャワーの音で声が聞こえづらくてもおかまいなしだ。
「あたしゃねえ、家の風呂にはもう20年くらい入ってないよ。あんなの入れたもんじゃないね。旦那しか入ってないよ。」
「2人目か!あんたのお腹を見りゃわかる!おめでたいねぇ!!ん?この出方は、男だね。まちがいねぇーわ。」
「まーた、車が改造されてたわあ、バーカ息子のせいだよ。だってさ、ただでさえピカピカ光ってんのに、ガイコツまでついてたのよー!!ババアにガイコツなんて、おかしいったらありゃしない。」
とにかく、たくさん喋って、たくさん笑う。手をばたばたさせながら、「そいでさ!」と言って、私に話す隙なんて渡さないくらいに喋る。もちろん、何回も聞いた話も交じってる(笑)でも、どんなに喋っても、最後には必ずこう言うのだ。
「あとで、いいもんあげるから!」
あー子さんのお風呂バックは本当に不思議で、いつも、いいもんが入っている。
高級そうなグミ、ぷりぷりに太ったそら豆、お日様みたいなでこぽん、特製豚の角煮。
我が家が、あー子さんにもらったものは、数えきれない。だって、あー子さんと会って、手ぶらで帰った日がないんだもん(笑)
もらうたびに、お礼を言って、もらうたびに仲良くなった。娘が嬉しそうに受け取る姿を見て、あー子さんは、いつもガハハハッって笑ってた。
🧺
あー子さんにもらったものの中で、忘れられないものがある。
大量の餃子だ。

「さっきちょっと、車ぶつけちゃった(笑)そいで、出産おめでと!これさ、食べてよ。今日、一日かけて焼いたのよ~。300こ!!!(笑)」
まってまって、言葉に思考が追いついていかない。言葉が渋滞しすぎているのに、あー子さんは私にツッコむ隙すら与えない。
「あんたん家以外にも、20件くらい配ってるから、大丈夫!大丈夫!あたしは、3個食べたから、もう十分なのよ。」
何が大丈夫なのか、会話の内容がぶっ飛びすぎてて、よく分からない。
でも、ものすごく嬉しかった。何度もお礼を言う。そんな私に、あー子さんは畳みかけるように言った。
「あたしゃね、ただの歯がないババアだよ。みんなのために、ご飯作るのがたのしいのっ!じゃあ、お風呂行ってくるわー!」そう言うとガハハハーと笑って、帰っていった。

そう、我が家の週3銭湯生活は、年明けに私が息子くんを出産したことにより、一時休止中。近所の銭湯は、残念なことに、おむつが取れた子しか入浴できない。利用者の方からクレームが入り、10年ほど前にルールが変わったらしいのだ。
この話を教えてくれたとき、あー子さんはこうも言っていた。
「あたし、友だちのばあさんがうんこ漏らしたの知ってるよ!じーさんばーさんの方がうんこ漏らすだろ!!!うるさい老人がいるもんだんね」(あくまで個人の見解です)
銭湯の常連さんたちと会えないのはさみしくて、その場所に行けば会えるという、場所で繋がる関係性って豊かだったな、なんて思ったりもする。
素っ裸になって、今日も気持ちいですねって話して、天気が悪いとか、船が来ないとか、他愛もない話をする。時たま、人生に関する深い話が聴けたりする。
そんなことを思っていたら、無性にあー子さんに会いたくなって、あー子さんからもらった餃子を焼いて食べることにした。
フライパンに、カチカチに凍った餃子を並べる。今日の餃子だけは絶対に焦がしたくない。いつもだったら、コンロをひねって、その間に洗い物をするけど、今日はしない。餃子の前に立ち、皮の色がじわじわと変わっていく様子を見つめる。フライ返しで裏の色を何度も確認する。
焼きあがった餃子は、こんがりしたきつね色で間違いなくいままでで一番上手に焼けた。
お肉がぱんぱんに包まれて、まるっと太った餃子。あー子さんの愛がそのまんま詰まってるみたいな餃子。
あむっと一口でほおばると、じゅわーーーっと肉汁が口の中に広がった。
あまりにも美味しくて、それよりも嬉しくて、「もんのすごく美味しかったよ!」って、ぱんぱんのお肉を口に詰めながら、電話をかけた。
「当たり前じゃないかー!あたしの餃子は美味しいって評判なんだからー!!!また持っていってあげるから、いっぱい食べなさい!!いまからお風呂行くところよ!あんた今日こないの?また、赤ちゃん抱っこさせてよー!そいじゃね!!」
あー子さんと喋っていると元気になれる。押し付けられた優しさは、とてもカラッとしていて、気持ちがよかった。
正直なところ、いままでそういう風に人と付き合ってきたことがなかった。誰かの世話を焼いたり、焼かれたり・・・。島に引っ越してきてから、私の身の回りの在り方は大きく変わった。だって、都内に住んでいたころは、隣人の顔さえ知らなかったからね。
家族でもない、親戚でもない、ただの銭湯の友だち。そんな私たちになんでこんなにも優しくしてくれるんだろう。材料費だって、作る時間だって、何から何までコスパが悪い。悪すぎる。
でも、あー子さんはそういう人なのだ。何の見返りも求めず、自分がやりたいことをやる。人を喜ばせるのが好きな人なのだ。
でも、それだけじゃないかもしれない。もしかしたらあの餃子には、あー子さんの寂しさとか、これからの不安とか、色々なものが詰まってるのかもしれない。そんな気持ちを吹き飛ばすように、300個包んでるのかもしれない。
あー子さんの本当の気持ちは分からない。でも、そんなことどうでもいいくらい、あー子さんに惹かれてしまう。
私もなれるだろうか。あー子さんにみたいに、手をぶんぶん振って、あっけらかんと明るく笑う、おばあちゃんに。
