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7mmから始まったわたしの命も、あなたの命も。



わたしの母は「食」にすべてをかけているので、家族と時間を過ごす=何かを食べていると解釈できます。最近仕事はどう?などという質問は母からされたことがありません。その代わりに、何食べる?何食べたい?と聞かれます。

食材を手にすればそれをどうおいしく食べるかを考え、食べたいものがあればその食材をどう手に入れるかを考える。全くもって食べてばかりなのですが、食べることは生きることで。そうして生きていることに感謝する気持ちがより一層膨らむからなのか、実家に帰ると無性に自分が幼かった頃のアルバムを見返したくなります。

今回の帰省では、アルバムよりもっと歴史のある母子手帳を見ました。じゃがじゃがじゃろじゃろと、いつもは岡山弁丸出しの母が、標準語で語尾に「ね」を添えて書いてくれている3行程の日記と、ページをめくる毎に中央の白い部分が大きくなるエコー写真。


わたしは、7.7ミリの時に発見されたようです。1センチに満たない物体をよく生物だと認識出来るものだなと驚きです。人差し指の爪よりも小さかった命が、お腹の中で成長して、地球という舞台に降り、こんなに大きくなるなんて。どうしたってひとりでは無理でしたし、けれどそこに自分の意志がなくても無理だっただろうと思いました。

つまり、これは奇跡です。7.7ミリから始まったこの命は、奇跡の物語。愛しくて、尊くて、逞しくて、温かくて柔らかい。自分の命がそういう存在だと認識することが出来たなら、目の前にいる人や周りの人の命だって、同じように奇跡の物語を紡いでいるんだと分かります。

スピってますねと言われるかもしれないけれど、仕方がありません。本当にこの命の誕生というのは神秘的で圧倒的パワーが宿るものだと思うのです。

だから、命があるからといって何者かにならなくてはと焦る必要はないし、何かを持たなくてはならないわけではない。他の誰かに愛されるかどうかは何の基準にもならないし、他人からの評価は気にしなくてもいい。

ただ、自分を生きること。
命と、身体と、心を大切に、生きていくこと。



母のお腹の中で十月十日ほどを過ごしたわたしも、地球生活35年目を迎えています。まだまだ人生の先輩に教わることもあれば、ひと回り以上歳下の方に新しい時代を教わりながら過ごす日々ですが、歳を重ねること自体は面白いです。

いくら歳を重ねても両親にとってわたしは「子ども」であり、祖父母にとってわたしは「孫」であり。もしもこの先わたしが親になることがあって、両親が祖父母に、祖父母が曾祖父母になったとて、それは変わらない。

娘が34歳になった気持ちを母に聞いてみたのですが、「34年か〜って感じ!」というシンプルなものでした。何者かである必要も、何かを持たなくてはならないことも全くない、と再認識できた気がしました。


わたしは母と完全な上下関係でいた未成年時代より、自分が成人して自立するようになってからの方が良い関係と距離感でいられるようになったと感じています。

わたしが子どもの頃の母は、よく怒っていたイメージが残っています。子どもながらに母には笑っていてほしくて、悲しくなったりする時期もありました。

学生の頃はテストで良い点を取っても学校で先生に評価されても、母からは褒められず寂しかった記憶があります。しかし、裏を返せばテストの点数や評価はなんでもいいよという感覚の人だったんだと、自分が大人になるにつれ分かるようになりました。

友達とうまくいかなくて学校を早退してしまった日に、コンビニスイーツを買ってきて一緒に食べてくれたこと。海外から帰国して燃え尽き症候群だったわたしと韓国ドラマを見て、あまりにもおいしそうなチキンに触発されすぐさまモスチキンに走り、齧りついたこと。決して立派だとはいえない状態のわたしと、一緒に時間を過ごしてくれたことは紛れもなく愛であり、こういった思い出がわたしの心を柔らかく耕してくれていると思います。


現在は海を越えてやってくる若者とも一緒に働いている母ですが、日本語があまり分からない子たちに向かってバリバリの岡山弁で喋り倒しているようです。出身も言語も関係ない。冬に実家に帰ったときは、「しもやけの子にあげるんじゃ」と、一緒にオロナインを買いに行ったりもしました。

そんな母だからなのか、ある日その子たちから写真とメッセージが寄せられたコルクボードをもらったそうで、実家に帰るとそれが飾られています。そのプレゼントを見ていると、「今日もあちいな〜」「もうー!なんしょんでー!」「ご飯食べよん?」などという母の岡山弁が脳内再生されました。最近よく思うのですが、きっと母は世界平和に必要な人です。


近頃の母は、よく笑っているなと思います。思えば母がわたしを産んだ年齢のときのわたしなんて、自分のことさえよく分からず、感情のコントロールも難しかったことを覚えています。だからきっと、母も年齢を重ねながら大人になり、変化していったのだと思います。

母はいつもわたしに何かを与えようとしてくれます。ひとり暮らしをする現在、それは主に食べものですが。食べることは生きることだから、やはり命を与えてくれているんだと思うのです。それに対する感謝はもちろんありますが、わたしは、自分の母がわたし以外の人にも与える人であることを、娘として嬉しく思います。

母へ
いつもありがとう。
わたしはこの命を大切に全力で生きるね。
あなたも、たくさん笑って自分の命を大切に楽しく生きてね。


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